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ゴンペルツ曲線とは何か?(9)

Last updated at Posted at 2020-11-22

dose-dense chemotherapy

drug on と drug off による増減

Nowak らは B型肝炎患者に抗ウイルス薬:ラミブジンを投与した際の B型肝炎ウイルス (HBV) -DNA 血清濃度変化を報告しています1。個体内の drug on による HBV-DNA 血清濃度減少と drug off による HBV-DNA 血清濃度再増加は以下のように表せます。(HBV 量は対数化されています。)
drug_on_off_HBV.jpg
上図の数式
drug on による HBV-DNA 血清濃度減少;

\begin{align}
\ v(t)&=v_0(1-\rho+\rho e^{-ut})\\
&=v_0-v_0\rho+v_0\rho e^{-ut}
\end{align}\\

は、ゴンペルツ曲線とは何か?(4) で示した HCV 血清濃度の減少曲線

\begin{align}
\ln{H(t)}&=\ln{G_{max}}-\frac{D_0}{k}+\frac{D_0}{k}e^{-kt}\\
&=\ln{H_{min}}+\frac{D_0}{k}e^{-kt}
\end{align}\\

と同等であることがわかります。
また drug off による HBV-DNA 血清濃度再増加;

\begin{align}
\ v(t)&=v_1 e^{-ut}+\frac{ky_1}{u}(1-e^{-ut})\\
&=\frac{ky_1}{u}-\biggr(\frac{ky_1}{u}-v_1\biggl)e^{-ut}
\end{align}\\

は、ゴンペルツの増加曲線

\ln{G(t)}=\ln{G_{max}}-\frac{A_0}{k}e^{-kt}

と同等であることがわかります。
Nowak らがウイルス学的アプローチから導いた数式がゴンペルツ曲線と同一であることは興味深いです。

短期間に on -> off -> on -> off を繰り返す

drug on と off を繰り返すと、個体内のウイルス血清濃度は以下のようになります2
drug_on_off.jpg
drug on では

\ln{H(t)}=\ln{H_{min}}+\frac{D_0}{k}e^{-kt}

に平行な曲線に従って減少し、
drug off では

\ln{G(t)}=\ln{G_{max}}-\frac{A_0}{k}e^{-kt}

に平行な曲線に従って増加します。
ウイルス血清濃度が高い時は減少曲線の方が急峻ですが、ウイルス血清濃度が低くなると減少曲線が緩やかになって増加曲線が急峻になります。最終的に ln Heq という平衡状態に達します。
増加曲線の ln Heq における傾きは、

\frac{d \ln G}{dt} = k(\ln G_{max}-\ln H_{eq})

減少曲線の ln Heq における傾きは、

\frac{d \ln H}{dt} = -k(\ln H_{eq}-\ln H_{min})

となります。 ※ゴンペルツ曲線とは何か?(2)
平衡状態においては減少量と増加量が等しくなります。
drug on と off の時間が共に Δt で等しい時、以下が成り立ちます。

\ k\Delta t(\ln H_{eq}-\ln H_{min})=k\Delta t(\ln G_{max}-\ln H_{eq})\\
\therefore \ln H_{eq}=\frac{\ln G_{max}+\ln H_{min}}{2}

drug_on_off_1_1.jpg
ln Heq は ln Gmax と ln Hmin を 1:1 に内分する位置になります。

drug on : off = 2:1 の場合はどうなるでしょうか。

\ 2k\Delta t(\ln H_{eq}-\ln H_{min})=k\Delta t(\ln G_{max}-\ln H_{eq})\\
\therefore \ln H_{eq}=\frac{\ln G_{max}+2\ln H_{min}}{3}

drug_on_off_2_1.jpg
ln Heq は ln Gmax と ln Hmin を 2:1 に内分する位置になります。
このように dose density の違いが減衰係数 k の見かけ上の変化をもたらすことがわかります。

IFN-β 1日1回と1日2回の違い

現在では C型肝炎の治療には有効率 100% の抗ウイルス薬(direct acting antivirals: DAA)が使用されますが、かつては interferon (IFN) が使用されていました。特に日本では IFN-β 300万単位 1日2回 14日間先行投与 -> ペグインターフェロンα という治療がいくつかの施設で行われていました3。IFN-β 300万単位を1日2回投与する方法は、600万単位を1日1回投与するよりもはるかに有効であることが報告されています4
IFN_beta_once_vs_twice.jpg
IFN-β 600万単位 1日1回投与では
ln H(t) = 4.513 + 2.163 e-0.746 t
初期減少率 (-D0) = -1.6, 減衰係数(k) = 0.746
IFN-β 300万単位 1日2回投与では
ln H(t) = 3.825 + 2.937 e-0.585 t
初期減少率 (-D0) = -1.7, 減衰係数(k) = 0.585
と初期減少率は同等ですが減衰係数に違いがあることがわかりました5
この違いは上記の dose density theory から説明できます。

抗癌化学療法への応用

dose-dense chemotherapy は元来、米国の医学者である Larry Norton が抗癌化学療法を最適化するために提唱したものです6。抗癌化学療法では癌細胞の分裂期や休止期など抗癌剤感受性を左右する要因が加わりますが上述の解析は役に立つと思います。

追記:COVID-19 への応用(2021.4.18)

本稿では HBV や HCV の個体内ウイルス動態にゴンペルツ曲線が当てはまることを示しました。では SARS-CoV-2 の個体内ウイルス動態にゴンペルツ曲線は当てはまるでしょうか?また、IFN-β は COVID-19 に対して有効でしょうか?IFN-β には強力な ① 抗ウイルス作用と ② 免疫調整作用があり、以下に文献的な考察を示します。

①抗ウイルス作用

in vitro

Clementi らは培養細胞(Vero E6 細胞)において IFN-β が容量依存的に SARS-CoV-2 の複製を抑制する7ことを示しています。

in vivo

香港の 6施設で行われたランダム化比較試験8(lopinavir, ritonavir, ribavirin 群 vs. lopinavir, ritonavir, ribavirin, + IFN β)では IFN-β 併用群で有意に重症スコアの改善日数が短縮しました。また IFN-β 併用群の大部分は 8日目までに PCR が陰性化しました。

SARS-CoV-2 の免疫回避機序

SARS-CoV-2 は宿主の内因性 IFN-β を抑制して、ウイルスの増殖を有利にする免疫回避機序(immune evasion mechanism)がある9 10 11ことが知られています。また重症化する患者において、初期の内因性 type 1 IFN が高度に抑制されて血清ウイルス濃度が増加する12ことが報告されています。

"type I IFN deficiency is a hallmark of severe COVID-19 and infer that severe COVID-19 patients might be potentially relieved from the IFN deficiency by IFN administration" J. Hadjadj et al., Science 10.1126/science.abc6027 (2020).

②免疫調整作用

NLRP3 インフラマソームは COVID-19 のサイトカインストームへの関与が注目されています13 14。SARS-CoV-2 が細胞内に入ると NLRP3が活性化します。NLRP3 は自然免疫系(innate immune system)の重要な担い手ですが NLRP3 の過活動はインターロイキン-1β(IL-1β)やインターロイキン-18(IL-18)、ガスダーミン-D(GSDMD)の過剰産生から肺障害(ARDS)を惹き起こします15 16。そのため NLRP3 経路を抑える免疫抑制剤(MCC950, カナキヌマブ、アナキンラなど)が COVID-19 のサイトカインストーム防止に期待されています13
IFN-β は NLRP3 インフラマソームを抑制することが知られています17。多発性硬化症(multiple sclerosis: MS)の第一選択薬は IFN-β ですが作用機序は NLRP3 の抑制であることが報告されています18
NLRP3_IFN.jpg
図:NLRP3 インフラマソーム複合体は NLRP3(センサー)、ASC(アダプター)、pro-caspase-1(エフェクター)の3つから構成される。ウイルスが細胞内に侵入すると NLRP3 インフラマソームが活性化し、インターロイキン1β、インターロイキン18、ガスダーミンDが産生される。IFN-βは抗ウイルス作用とインフラマソーム抑制作用を併せ持つ19

IFN-β のアドバンテージ

IFN-β には以下のような利点が考えられます。

  • 抗ウイルス作用と NLRP3 抑制作用を併せ持つ唯一の薬剤である。
  • MS や HCV 治療で長年の臨床使用経験があり、効果や副作用が熟知されている。(使い慣れている)
  • 海外の治験では重篤な副作用は報告されていない。

まとめ

IFN-β 300万単位×1日2回静脈注射は日本の肝臓専門医:奥新浩晃先生が開発した3 HCV 治療法ですが dose-dense chemotherapy の理論にも適っています。この方法が COVID-19 にも有効であるかは検討する価値があると思います。

注1) 上記は理論的に有効である可能性を文献的に考察したものであり、本当に有効かどうかは大規模臨床試験による検証が必要です。
注2) COVID-19 に対する IFN-β は保険適応がないので、一般の民間病院で施行することはできません。

ゴンペルツ曲線とは何か?(1)
ゴンペルツ曲線とは何か?(2)
ゴンペルツ曲線とは何か?(3)
ゴンペルツ曲線とは何か?(4)
ゴンペルツ曲線とは何か?(5)
ゴンペルツ曲線とは何か?(6)
ゴンペルツ曲線とは何か?(7)
ゴンペルツ曲線とは何か?(8)
ゴンペルツ曲線とは何か?(10)
ゴンペルツ曲線とは何か?(11)
ゴンペルツ曲線とは何か?(12)
ゴンペルツ曲線とは何か?(13)
ゴンペルツ曲線とは何か?(14)


  1. Nowak MA, Bonhoeffer S, Hill AM, et al. Viral dynamics in hepatitis B virus infection. Proc Natl Acad Sci U S A 1996; 93: 4398―4402 

  2. 松井圭司 Gompertzian modelを用いたHCV動態の解析. 肝臓 To the Editor 2008; 5. 

  3. Okushin H, Morii K, Uesaka K, Yuasa S. Twenty four-week peginterferon plus ribavirin after interferon-beta induction for genotype 1b chronic hepatitis C. World J Hepatol. 2010;2:226-232. 

  4. Asahina Y, Izumi N, Uchihara M et al. A potent antiviral effect on hepatitis C viral dynamics in serum and peripheral blood mononuclear cells during combination therapy with high-dose daily interferon alfa plus ribavirin and intravenous twice-daily treatment with interferon beta. Hepatology. 2001;34:377-384. 

  5. Gompertz-Matsui model for HCV kinetics 

  6. Norton L. Conceptual and practical implications of breast tissue geometry: toward a more effective, less toxic therapy. Oncologist. 2005;10:370-381. 

  7. Clementi N, Ferrarese R, Criscuolo E et al. Interferon-beta-1a Inhibition of Severe Acute Respiratory Syndrome-Coronavirus 2 In Vitro When Administered After Virus Infection. J Infect Dis. 2020;222:722-725. 

  8. Hung IF, Lung KC, Tso EY et al. Triple combination of interferon beta-1b, lopinavir-ritonavir, and ribavirin in the treatment of patients admitted to hospital with COVID-19: an open-label, randomised, phase 2 trial. Lancet. 2020;395:1695-1704. 

  9. Lei X, Dong X, Ma R et al. Activation and evasion of type I interferon responses by SARS-CoV-2. Nat Commun. 2020;11:3810. 

  10. Bouayad A. Innate immune evasion by SARS-CoV-2: Comparison with SARS-CoV. Rev Med Virol. 2020e2135. 

  11. Xia H, Cao Z, Xie X et al. Evasion of Type I Interferon by SARS-CoV-2. Cell Rep. 2020;33:108234. 

  12. Hadjadj J, Yatim N, Barnabei L et al. Impaired type I interferon activity and inflammatory responses in severe COVID-19 patients. Science. 2020;369:718-724. 

  13. Freeman TL, Swartz TH. Targeting the NLRP3 Inflammasome in Severe COVID-19. Front Immunol. 2020;11:1518. 

  14. van den Berg DF, Te Velde AA. Severe COVID-19: NLRP3 Inflammasome Dysregulated. Front Immunol. 2020;11:1580. 

  15. He WT, Wan H, Hu L et al. Gasdermin D is an executor of pyroptosis and required for interleukin-1beta secretion. Cell Res. 2015;25:1285-1298. 

  16. Ito H, Kimura H, Karasawa T et al. NLRP3 Inflammasome Activation in Lung Vascular Endothelial Cells Contributes to Intestinal Ischemia/Reperfusion-Induced Acute Lung Injury. J Immunol. 2020 

  17. Guarda G, Braun M, Staehli F et al. Type I interferon inhibits interleukin-1 production and inflammasome activation. Immunity. 2011;34:213-223. 

  18. Inoue M, Shinohara ML. The role of interferon-beta in the treatment of multiple sclerosis and experimental autoimmune encephalomyelitis - in the perspective of inflammasomes. Immunology. 2013;139:11-18. 

  19. Matsui K (2021) Twice-Daily Intravenous Injection of Interferon-Beta is a Promising Therapeutic Strategy for COVID-19. J Microbiol Lab Sci 2: 103 

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