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0. はじめに
第一原理計算ソフトQuantunm ESPRESSO https://www.quantum-espresso.org の入力ファイルの書き方について、複数回にわたって解説していきます。前回は、SCF計算の設定方法を紹介しました。今回は第3回目です。入力ファイルそのものの書き方ではありませんが、擬ポテンシャルファイルの選択方法について解説したいと思います。
この記事では、初歩的な内容しか紹介しません。
入力ファイルの詳細について知りたい方は、マニュアル http://www.quantum-espresso.org/Doc/INPUT_PW.html をご参照下さい。
1. 擬ポテンシャルの入手場所
Quantum ESPRESSOでは、*.UPFという拡張子の擬ポテンシャルファイルを使用します。UPFファイルはQuantum ESPRESSOの公式ウェブサイトにて公開されているので、これをダウンロードして使用します。ここhttp://pseudopotentials.quantum-espresso.org/legacy_tablesからダウンロードできます。公式ウェブサイトでは、各元素に対して複数のUPFファイルが公開されています。用途に応じて種々のUPFファイルが選択できて便利なのですが、、、、、初心のユーザーはここで困ってしまうわけです。つまり、いろいろなUPFファイルがあり過ぎて、どれを選べばよいのか分からなくなるのです。そんなユーザーのために、この記事では、UPFファイルを選択するときの指針を解説します。
ここで紹介する指針は、一般的なSCF計算や構造最適化計算をする場合のものです。特別な目的や特殊な物理量を計算するときには、より詳細な議論が必要となります。
2. 擬ポテンシャル・ライブラリー
さて、Quantum ESPRESSOの公式ウェブサイトhttp://pseudopotentials.quantum-espresso.org/legacy_tablesを訪れてみると、いくつかの種類の擬ポテンシャル・ライブラリーが公開されています。"PSLibrary table", "Hartwigesen-Goedecker-Hutter PP table", "FHI PP table from Abinit web site", "Legacy QE PP table (Original QE PP table)" などがあります。公式には2021年時点で"PSLibrary table"が推奨されています。"PSLibrary table"には H~Puまでの94元素について均質な精度のUPFファイルが格納されており、任意の問題に対応できる汎用的なライブラリーです。しかしながら、汎用的であるが故に カットオフエネルギーが大きめに設定されており、SCF計算のコストが大きくなるという欠点があります。そこで、計算精度、計算コスト、汎用性のバランスから、私としては Legacy QE PP table (Original QE PP table) がお勧めです。比較的に小さいカットオフエネルギー(25~30Ry)でも、それなりの精度が得られます。"Legacy QE PP table (Original QE PP table)"ではランタノイド以降の元素が不足していますが、不足元素については"PSLibrary table"のものを代用します。
3. UPFファイル
公式ウェブサイトでは、元素周期表が表示されています。各元素をクリックすると、元素ごとのUPFファイル一覧が表示されます。さらに、UPFファイルごとに、以下のようなプロパティが表示されます。
Fe.pbe-nd-rrkjus.UPF
Pseudopotential type: ULTRASOFT ← 擬ポテンシャル種類
Method: Rappe Rabe Kaxiras Joannopoulos
Functional type: Perdew-Burke-Ernzerhof (PBE) exch-corr ← 交換相関汎関数
Nonlinear core correction ← 非線形内殻補正
scalar relativistic ← 相対論補正
Origin: Original QE PP library
Author: Andrea Dal Corso
Generated by Andrea Dal Corso code (rrkj3)
Uploaded by Erica Vidal
Classification controlled by Paolo Giannozzi
このプロパティをもとに、使用するUPFファイルを選択します。
4. 擬ポテンシャル種類
擬ポテンシャルには、いくつかの種類があります。Quantum ESPRESSOで利用可能なものは、ノルム保存型、ウルトラソフト型、PAWの3種類です(各擬ポテンシャル種類について、理論の詳細説明は割愛します。)。擬ポテンシャル種類は、プロパティの"Pseudopotential type"に記載されています。"Legacy QE PP table (Original QE PP table)"には PAWはほとんど格納されていませんので、ノルム保存型またはウルトラソフト型のいずれかを選択します。問題は、ノルム保存型/ウルトラソフト型の選択指針です。2p, 3d, 4f 軌道を含む元素についてはウルトラソフト型を選択します。それ以外の元素については、適当なノルム保存型が存在すればこれを選択し、なければウルトラソフト型を選択する。少し分かりづらいですよね。。。 難しいことを考えるのが面倒だという方は、実務上は、これだけ覚えれいただければ十分です。SiとAlは単成分ならノルム保存型、それ以外の場合はウルトラソフト型を選択する。ウルトラソフト型を使用すべき元素に対してノルム保存型を適用すると、高いカットオフエネルギー(数百Ry)での計算が必要となり計算コストが必要以上に上がることになります。そのため、とりあえず 全ての元素に対してウルトラソフト型を適用すれば問題ないわけです。ただし、SiとAlについては古くからノルム保存型を用いた研究が盛んになされており、良いノルム保存型擬ポテンシャルがあるのでこれを使います。
5. 交換相関汎関数
擬ポテンシャルは、SCF計算にて使用する交換相関汎関数の種類に依存します。擬ポテンシャルの交換相関汎関数は、プロパティの"Functional type"に記載されています。SCF計算で使用するものと同一のものを選択してください。また、使用する全元素について、交換相関汎関数は同一のものを使用する必要があります。
6. 非線形内殻補正
交換相関汎関数の計算に内殻電子密度を考慮する手法です。部分内殻補正とも呼ばれる手法です。デフォルトでは、非線形内殻補正は適用されません。プロパティに"Nonlinear core correction"の記載があれば、当該の補正が適用されます。典型元素については、この補正は無くても良いです。遷移金属で且つスピン分極計算をする場合には、十分な精度を得るためには、この補正は必須です。
7. セミコア軌道
稀に、遷移金属元素に対してセミコア軌道を含むUPFファイルがあります。プロパティに"Semi-core state in valence"の記載があるものです。セミコア軌道というのは、価電子軌道の一つ内側にある軌道のことです。通常の擬ポテンシャル法ではセミコア軌道は内殻の一部として取り扱うわけですが、"Semi-core state in valence"の記載がある場合にはセミコア軌道は価電子軌道の一部としてSCF計算に組み込まれます。価電子軌道が増えて計算コストが増大するので、通常の目的では使用すべきではありません。磁気異方性などの精密な磁性プロパティの計算には必要な場合があります。
8. 相対論補正
重たい元素では内殻電子に対する相対論補正は必須です。プロパティに、"scalar relativistic"の記載のあるものを選択してください。ただし、Non-colinearスピンを用いたSCF計算を実施する場合には、"scalar relativistic"の代わりに"full relativistic"を選択してください。重たい元素で相対論補正が無いと、定性的にも誤った結果となるので注意して下さい。
9. カットオフエネルギー
SCF計算で使用するカットオフエネルギーは、UPFファイルに依存します。UPFファイル内に推奨値の記載のあるものは、これを使用します。推奨値の記載が無い場合には、自身でベンチマークして決定する必要があります。UPFファイルが複数ある場合(複数元素を使用する場合)には、カットオフエネルギーの最大値をSCF計算に使用します。実用的な計算をするためには、波動関数のカットオフエネルギーが30Ry以下となることが望ましいです。"Original QE PP table"では、目的の如何ではありますが、25~30Ryで十分な精度が得られるものが多いです。
次回は、構造最適化計算の設定方法と、計算時間短縮のためのテクニックを紹介したいと思います。
なお、Winmostarを利用するとQuautum ESPRESSOをGUI上から簡単かつ高度に活用することができます。学生は無料で利用でき、学生以外も無料トライアルを入手することができますので、是非 WinmostarのWebサイト をご覧ください。
Quantum ESPRESSO入力ファイル作成手順シリーズ
1.結晶構造の作成
2.SCF計算の設定
3.擬ポテンシャルファイルの選択方法
4.原子座標のみの最適化
5.格子ベクトル及び格子内部の原子座標の最適化
6.状態密度の計算
7.局所状態密度の計算
8.バンド構造の計算
9.バンド数の設定
10.van der Waals相互作用
11.LDA+U法
12.NEB法
13.Phonon計算(特定q点)
14.Phonon計算(バンド構造)
15.擬ポテンシャルの作成
16.擬ポテンシャルのテスト
17.SCF計算の入力ファイルの実例