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#0. はじめに
第一原理計算ソフトQuantunm ESPRESSO https://www.quantum-espresso.org の入力ファイルの書き方について、複数回にわたって解説していきます。今回は第15回目です。擬ポテンシャルファイルの作成方法を説明します。
SCF計算(pw.x)の実行に当たっては、事前に擬ポテンシャルファイルが必要になります。通常の目的であれば、公式ウェブサイトhttp://www.quantum-espresso.org/pseudopotentialsにて公開されている擬ポテンシャルファイルで事足ります。ただし、一部の重元素や内殻電子が励起またはイオン化した擬ポテンシャルについては、ユーザーが自作する必要があります。本記事では、そのような場合に擬ポテンシャルファイルを自作する方法を紹介します。
この記事では、初歩的な内容しか紹介しません。
入力ファイルの詳細について知りたい方は、マニュアル http://www.quantum-espresso.org/Doc/INPUT_LD1.html をご参照下さい。
#1. 計算実行方法
擬ポテンシャルファイルを作成するためには、孤立原子に対するDFT計算を行う必要があります。当該計算の実行には、ld1.xという実行モジュールを使用します。実行コマンドは、
ld1.x < [入力ファイル]
です。ld1.xを実行すると孤立原子系のDFT計算がなされて、同時に、擬ポテンシャルファイルが出力されます。
#2. 入力ファイルのサンプル
ld1.xにて使用する入力ファイルは少々煩雑で、ユーザーが一から手作業で作るのは面倒です。しかしながら、Quantum ESPRESSOでは、いくつかの元素に対して入力ファイルのサンプルが用意されています。具体的には、
q-e/atomic/pseudo_library/
というディレクトリーにサンプル一式が格納されています。また、下表のようにサブディレクトリーごとに入力ファイルが分類されています。
サブディレクトリー | 格納データ |
---|---|
LDA/REL/ | LDA交換相関汎関数を使用したフル相対論擬ポテンシャル |
LDA/SR/ | LDA交換相関汎関数を使用したスカラー相対論擬ポテンシャル |
PBE/REL/ | PBE交換相関汎関数を使用したフル相対論擬ポテンシャル |
PBE/SR/ | PBE交換相関汎関数を使用したスカラー相対論擬ポテンシャル |
フル相対論擬ポテンシャルは、Non-colinearスピン(noncolin = .TRUE.)やスピン軌道相互作用(lspinorb = .TRUE.)を含むSCF計算にて使用されます。スカラー相対論擬ポテンシャルは、スピンの無い系(nspin = 1)やColinearスピンの系(nspin = 2)に用いられます。また、擬ポテンシャルファイルの名前は、***-rrkj.in と ***-rrkjus.in の2種類があります。前者がノルム保存型、後者がウルトラソフト型の擬ポテンシャルを意味します。
また、すべての元素についてのサンプルは、https://github.com/dalcorso/pslibraryにて公開されています。目的とする元素がq-e/atomic/pseudo_library/にない場合には、当該サイトの入力ファイルも参考になります。
#3. 入力ファイルの詳細
目的に応じて、q-e/atomic/pseudo_library/ または https://github.com/dalcorso/pslibrary からベースとなる入力ファイルをコピーします。必ず、元素と擬ポテンシャル種類(ノルム保存型、ウルトラソフト型、PAW)が合致するものをコピーしてください。その後、入力ファイルの内容を適宜修正します。ここでは Ru(ルテニウム)を例として、入力ファイルの各項目の内容と設定方法を解説します。Ruの入力ファイルのサンプルは、以下の通りです。
&INPUT
zed = 44.0
rel = 1
config = '[Kr] 4d6.0 5s2.0 5p0.0'
iswitch = 3
dft = 'PBE'
/
&INPUTP
lloc = 0
pseudotype = 3
file_pseudopw = 'Ru.pbe-rrkjus.UPF'
nlcc = .TRUE.
rcore = 0.9
/
4
5P 2 1 0.00 0.70 2.40 2.40 1
4D 3 2 6.00 0.00 1.90 2.20 1
4D 3 2 0.00 -0.30 1.90 2.20 1
5S 1 0 2.00 0.00 2.30 2.30 1
&INPUT にて孤立原子系のDFT計算の設定をします。設定すべき各項目は、以下の通りです。
- zed : 原子番号を設定します。
- rel : スカラー相対論の場合は1、フル相対論の場合2を設定します。
- config : 電子配置を設定します。内殻電子を励起させたりイオン化させる場合には、ここを修正します。
- iswitch : 擬ポテンシャルファイルを作る際には、必ず3を設定します。
- dft : 交換相関汎関数を設定します。"PBE"や"PZ"が利用可能です。Hybrid-GGAやvdW-DFは使用できません。
&INPUTP にて擬ポテンシャルファイルの生成方法についての設定をします。設定すべき項目は、以下の通りです。
- file_pseudopw : 出力される擬ポテンシャルファイルの名前を設定します。
- nlcc : .TRUE.の場合、交換相関汎関数に対する非線形内殻補正が適用されます。磁性に寄与する遷移金属の場合に.TRUE.とすることをお勧めします。
上記以外の項目については、特段の事由がない限り、ベースとなる入力ファイルのまま変更しないことをお勧めします。
さらに、&INPUTP 入力ブロック以降の行に、価電子軌道についての情報を記述します。価電子軌道というのは、SCF計算(pw.x)にてあらわに考慮される電子系を意味します。価電子軌道から非局所ポテンシャルが生成され、価電子軌道に含まれない内殻電子から局所ポテンシャルが生成されます。先ず一行目に、価電子軌道の数を設定します。二行目以降に、各価電子軌道の情報を設定します。各行の一列目には、軌道の名称を設定します。二列目と三列目は、それぞれ主量子数と軌道角運動量を意味します。基本的には、以下のように設定していれば問題ありません。
- S軌道の場合 : 1 0
- P軌道の場合 : 2 1
- D軌道の場合 : 3 2
- F軌道の場合 : 4 3
ただし、セミコア軌道を使っている場合(本来は内殻である電子を価電子扱いする場合)には主量子数の設定値が異なるので、マニュアルhttp://www.quantum-espresso.org/Doc/INPUT_LD1.html等を参考にして修正して下さい。四列目は、軌道に対する電子の占有数です。&INPUT 入力ブロックのconfigの項目と同じ値を設定してください。五列目は、軌道エネルギーです。占有数が0でない場合には、軌道エネルギーは0に設定してください(自動的に孤立原子系での計算結果が利用されます。)。占有数が0の場合には、適当な軌道エネルギーを設定する必要があります。今回の例では、二行目の5Pと四行目の4Dが該当します。これらの軌道は、結晶や化合物中での原子軌道の混成や変形に対応するためのものです(ガウス基底における分極関数やdouble-zetaみたいなもの)。軌道エネルギーの具体的な設定値は ターゲットとする物質系に依存するのですが、特段の事由が無ければベースの入力ファイルから変更しないことをお勧めします。六列目および七列目は、それぞれノルム保存型擬ポテンシャルおよびウルトラソフト型擬ポテンシャル用のカットオフ半径です。カットオフ半径を小さくすると計算精度は向上しますが、その代わりにSCF計算時のカットオフエネルギーが大きくなります。逆に、カットオフ半径を大きくすると計算精度は低下するが、小さいカットオフエネルギーでSCF計算が可能となります。目的とする精度/コストに応じて、微調整する必要があります。八列目は全軌道角運動量です。フル相対論(rel = 2)の場合にのみ使用します。
なお、Winmostarを利用するとQuautum ESPRESSOをGUI上から簡単かつ高度に活用することができます。学生は無料で利用でき、学生以外も無料トライアルを入手することができますので、是非 WinmostarのWebサイト をご覧ください。
Quantum ESPRESSO入力ファイル作成手順シリーズ
1.結晶構造の作成
2.SCF計算の設定
3.擬ポテンシャルファイルの選択方法
4.原子座標のみの最適化
5.格子ベクトル及び格子内部の原子座標の最適化
6.状態密度の計算
7.局所状態密度の計算
8.バンド構造の計算
9.バンド数の設定
10.van der Waals相互作用
11.LDA+U法
12.NEB法
13.Phonon計算(特定q点)
14.Phonon計算(バンド構造)
15.擬ポテンシャルの作成
16.擬ポテンシャルのテスト
17.SCF計算の入力ファイルの実例