0. 背景と目的
前回の投稿で個性の見つけ方を探してみた。
人が持つバイアス(偏り)ができる要因は、大きく分けて2つあると思われる。
- 入力フィルタ、出力フィルタにおける感情、身体、志向性、社会や文化による影響
- PROCESSにおける深掘りができるようにする余白、深掘りのための思考用道具の精度
要因の大きな要素に"自身の使用する言語や言葉"がある。
その中でも振る舞いを規定する動詞と動態について、自身や他者への影響を考える。
1. 自然言語と人の関係
まず、人が使う言語と動詞及び動態について、整理する。
1.1. 動態(能動態、受動態、中動態)
人が出来事に対面したとき、色々な対処がなされる。
その対処や感じたことを言語化するとき、伝える対象が得意な自然言語を用いる。
主語が自身であったときの活動している状態を”動態”で現れる。
大きく動態は3つある。
主語(主体)から出来事が移動するものを 能動態(active voice) といい、
主語(主体)へ出来事が移動するものを 受動態(passive voice) という。
例えば、AさんがBさんへ"ありがとう"と言ったとき。
Aさんは"ありがとう"と言う。
Bさんは"ありがとう"と言われる。
その時に、AさんとBさんのいる場で起こったことは、
出来事が移動しないため、能動態、受動態では示せない。
出来事が移動しない活動している状態を 中動態(middle voice) という。
例えば、Aさんがお返しをしたいと思っただろうし、Bさんが"うれしい"と思っただろう。
そうして、Bさんは"どういたしまして"と言うかもしれない。
多くの新しい体験では、中動態的な活動が行われる。
1.2. ベイトソンの学習理論
社会人類学者のグレゴリー・ベイトソンは、『精神の生態学へ』で、学習理論を示した。
学習のレベルは5つあり、下記表に示す。
レベル | 内容 |
---|---|
ゼロ学習 | 反応が定まっている。刺激→固定された反応。NPC的反応 |
学習Ⅰ | 反応が定まり方が変わる。慣れ。コンテクストの道具的条件づけ。文字と意味を一つづつ覚える。 |
学習Ⅱ | 文節化が変わる。学習のコンテクストを学習する。連続する事象に流れを区切ってまとめる、まとめ方。 |
学習Ⅲ | 前提の入れ替え。学習Ⅱの進行プロセス上の変化。学習Ⅱで登場する前提を入れ替えを試行や思考してみる。 |
学習Ⅳ | 学習Ⅲに生じる変化。SF的進化のイメージ。進化のプロセスはこのレベルに達しているかもしれない |
コンテクストとは、有機体に対し、次に行なうべき選択の選択肢群がどれであるのかを告げる出来事すべてに対する集合的総称である
人は、使用する言葉(特に動詞)で出来事の状態を認識する。
頻繁に使用される言葉は、学習Ⅱを引き起こしやすく、コンテクストとして蓄積される。
例えば、”ヤバい"と思った回数は、"ヤバい"ときにするコントテキスト(選択肢)も同様に蓄積される。
"ヤバい"の意味は、"最高に良い"、"困った"、"刺激的だ"などと区別できるかもしれない。
1.3. 斎藤環「イルカと否定神学」
ベイトソンの学習理論をベースにし、
脳と心を2つのOSと仮説し、OS1を"脳-コンテクスト"系、OS2を"心-自然言語"系で示した。
理解した範囲で図にしている。
脳のはたらきとして、コンテクストに依存する。心も依存をする。
例えば舞台で殺人事件があるとする。自身は観客である。
コンテクストL0として、舞台にいる。
コンテクストL1として、観客である。という前提のもとで作動システムの選択肢(可能性)が生まれる。
もし、コンテクストL0/L1が異なった場合、心の働きも変わる。
その中で行われる劇であるというコンテクストL2としての対応が行われる。
このシステムでは、言語はコンテクスト(=小さな真実)への補強もしくは揺さぶりの作用を及ぼす。
1.4. 唯識
過去の投稿「唯識思想と人の心とAIの違い」で心の振る舞いを整理した。
1.3.のコンテンツや心の働きがすべて、唯識では阿頼耶識(蔵識)に蓄えられるとしている。
自身が発する言葉や見聞きする言葉もそこに蓄えられるだろう。
1.5. ヨシタケシンスケ「『ころべばいいのに』のアイツ」
ヨシタケシンスケの本では、モヤモヤしたものに名前を付ける。
『ころべばいいのに』
で、そのモヤモヤしたものを"アイツ"と呼んだ。
"アイツ"は1.3.における"出来事の感じ"にあたるものになる。
モヤモヤを"アイツ"に分離し、明確に言語化及び非言語(絵)にすることで、
"出来事の認識"と"出来事の感じ"がスッキリする(明瞭になる)。
1.6. NLPから派生したLABプロファイル
NLPとは、Neuro Linguistic Programing(神経言語プログラミング)の略であり、
人間心理とコミュニケーションに関する学問を指す。
NLPから派生した"LABプロファイル"という分析ツールがある。
(The Language And Behaviour Profile:言語と行動のプロファイル)
自身が好む動詞や言い回しがあるとしている。
大きく特徴の分類は2つあり、
"動機付けの特徴"で6種類/"内的処理の特徴"で8種類の小分類としている。
a) 動機付けの特徴
a1) 主体性:主体・行動型 / 反映・分析型
a2) 価値基準
a3) 方向性:目的志向型 / 問題回避型
a4) 判断基準:内的基準型 / 外的基準型
a5) 選択理由:オプション型 / プロセス型
a6) 変化・相違対応
b) 内的処理の特徴
b1) スコープ:詳細型 / 全体型
b2) 関係性:内向型 / 外向型
b3) ストレス反応:感情型 / チョイス型 / 冷静型
b4) 連携:個人型 / 近接型 / チーム型
b5) システム:人間重視型 / 物質・タスク重視型
b6) ルール:自分型 / 無関心型 / 迎合型 / 寛容型
b7) 知覚チャンネル:視覚型 / 聴覚型 / 読解型 / 体感覚型
b8) 納得モード:回数重視型 / 直感重視型 / 疑心型 / 期間重視型
1.3.に関連した補足をすると、
コンテクスト中で学習されやすい言語(動詞や言い回し)、
作動システムが発動しやすい言語(動詞や言い回し)があるとしている。
2. 入出力フィルタにおける影響の分類
2.1. 動詞と思考
"フィルタがかかる"を別の表現にすると、動機へのブレーキや内的処理へのブレーキがかかると言える。
例えば、謎解きが好きな人は、
1.6.のa1)主体性が反映・分析型、a3)方向性が目的志向型の可能性が高い。
分析&目的志向の言葉を頻繁に使ったり、聞いたりする。
2.2. 動態と思考
1.1.で整理した能動態、受動態の活動だけでは、思考は広がらず、深まらない。
ダニエル・カーネマンが『ファスト・スロー』でいう「システム2」が作動するには、
"出来事"が動きすぎてはいけない。
中動態的な活動を行うことで、自身の出力を再度、自身の入力にする。
その留まる(止まる)行程が、深さのある思考のきっかけになる。
また、ダブルループ学習においても出来事の内で留まることで、再度入力とすべき"適応のタネ"が見つかる。
儒教の朱熹がまとめた『大学』では、"はじめに"にあたる冒頭に
大学の道は、
明德を明らかにするに在り、民を新たにするに在り、至善に止まるに在り。
『大学』経一章
とある。
”至善に止まる"とは、もっとも善い状態を維持するとも言える。
自身にとって"もっとも善い状態"が、どんなものかを感じてみるとよいかもしれない。
その状態では、入力のフィルタ、出力のフィルタが何かしら”はたらく”はずだろう。
2.3. コンテクスト認識の自身と他者のずれ
1.2.で登場したベイトソンがコミュニケーションの論理階層のさまざまなレベルについて、言及している。
a) さまざまなコミュニケーションモード
例:遊び、非遊び、空想、神聖、隠喩など
b) ユーモア
コミュニケーションのモードを変えるときに使われる
c) いつわりのモード同定シグナル
例:つくり笑い、親しげなふり、冗談でかついだり
d) 学習
メッセージを受けた主体がそれに対応した行為をするとき。
例:"ごはん食べるよ。"に対応し、ご飯を食べる行為をする。
e) 多重の学習レベルとシグナルの論理階型づけ
例:1.2.で示した舞台での殺人事件=メッセージにおける観客の反応
自身がメッセージ(言葉)を他者に伝えたとする。
a)の空想モードで伝えたものを、他者がb)ユーモアで受け取ったとする。
他者は微笑み、自身はさらに空想モードでの話をすすめる。
他者は、もしかしてユーモアではなく、その世界(空想)を続けるのではと認識する。
それに気づいた他者は、空想のコンテクストについての質問や返答をするかもしれない。
自身が"ずれ"ていると認識するか、他者の"もしかして"が起こらない場合、
認識のずれはそのままとなる。
3. PROCESSにおける深掘りができるようにする余白、深掘りのための思考用道具の精度
深掘りができる道具とリソースについて、要素をあげてみる。
a) 2.2.で示したシステム2が作動できる時間を持つ
b) システム2が作動できる出来事に留まる
c) システム2が作動できる感情に留まる
d) システム2が作動できる身体の状態である(ほどほどに良い状態)
e) 2.3.で示したコミュニケーションモードの変化が許容できる状態である
f) e)の広がりや深さを作るための補助もしくは能力がある
g) 連続的なメッセージをある程度の量を保持できる
各要素の確保及び要素の精度向上
a)~e)は前提条件。
感情、身体が落ち着ける環境であるべきだろう。
複数人で行うのであれば、コミュニケーションしやすい環境が必須である。
(場の空調、温度、湿度、明るさ、音環境、参加者間の距離、水分補給の楽さなど)
e)を複数人で行うときは、グラウンドルール(場の制約)を設けるとよい。
f)は、対話型AIが現在でもある程度有効になっている。
問いかけの語彙力や言葉に対しての感度もあると広がりしやすくなる。
そういう意味で、小説や古典の知識が思考用道具として現在でも有効である。
g)は、対話型AI、らくがきノート、マインドマップが使えそうである。
人のワーキングメモリは深掘りに使えるように、外部に途中経過を出しておくとよい。
4. 最後に
言葉を駆使し、どうしたいのかの例を2つ伝えて締めとする。
「私たちが探し求めているものは、いったい何なんだ。
三つの簡単に質問に答えることのできる能力じゃないのか。
『何を変える』、『何に変える』、それから『どうやって変える』かだ。
マネージャーとして求められる、最も基本的な能力を探し求めているんだ。
考えてみてくれ、この三つの質問に答えられない人間に、
マネージャと呼ばれる資格があると思うかね」
『ザ・ゴール』P519
哲学は概念を扱う。
哲学は漠然と真理を追究しているのではない。
直面した問題に応答するべく概念を創造する~それが哲学の営みである。
哲学にできることはそのようなことであり、そのようなことでしかない。
だから私は自分が出会った問題に応答するべく、中動態の概念に取り組んだ。
『中動態の世界』P330
問題を感じたとき、
動き、留まることで、変えるべき対象を見つけ、何に変えるかを概念にし、
どうやって変えるかを構想する。
9. リンク
qiita
URL
wikipedia:中動態
中動態で表されるべき「創造」(深い創造)
グレゴリー・ベイトソンの学習理論と心の変容進化
NLP-LABプロファイル公式サイト
wikpedia:二重過程理論
wikipedia:ダブルループ学習
シングルループとダブルループ:組織の成長と変革を促進する二つの学習プロセス
『大学或問』経の一~明明徳・新民・止至善とは何か~
明徳と仏心
書籍
國分 功一郎(2017).中動態の世界 意志と責任の考古学. 医学書院.
グレゴリー・ベイトソン(2023).精神の生態学へ (上).岩波文庫.
グレゴリー・ベイトソン(2023).精神の生態学へ (中).岩波文庫.
グレゴリー・ベイトソン(2023).精神の生態学へ (下).岩波文庫.
斎藤 環(2024).イルカと否定神学――対話ごときでなぜ回復が起こるのか. 医学書院.
ヨシタケシンスケ(2019).ころべばいいのに.ブロンズ新社
シェリー・ローズ・シャーベイ(2021).「影響言語」で人を動かす[増補改訂版] .実務教育出版.
ダニエル・カーネマン(2014).ファスト&スロー 上 ―あなたの意思はどのように決まるか?.早川書房.
ダニエル・カーネマン(2014).ファスト&スロー 下 ―あなたの意思はどのように決まるか?.早川書房.
Daniel Kahneman(2011).Thinking, Fast and Slow.Penguin.
エリヤフ・ゴールドラット(2001).ザ・ゴール 企業の究極の目的とは何か.ダイヤモンド社.
変更履歴
2025/06/01 新規作成
2025/06/05 1.6./2.1.追加
2025/06/06 2.2./2.3./3.追加
2025/06/07 4.追加
2025/06/08 3.内容追記