連載: マイクロSaaS: #1 なぜ米国法人 | #2 Stripe Atlas設立 | #3 年間維持費 | #4 フランチャイズ税 | #5 アイデアの見つけ方 | #6 MVP 1週間 | #7 月$1で運用 | #8 公開後の時期
はじめに
前回、なぜ米国法人を選んだのかという方針を書いた。今回は、実際にStripe Atlasで会社を設立したときの具体的な手順・費用・届く書類・Registered Agent・銀行口座開設までを書く。
日本に住んだまま米国デラウェア州のC-Corpを作りたい人向けの手順書として読めるようにした。
Stripe Atlasとは
Stripe Atlas は、決済プラットフォームの Stripe が提供している法人設立サービスである。オンラインで申請するだけで、米国デラウェア州にC-Corp(株式会社に相当)を設立できる。費用は$500。日本に住んでいても、米国に行かなくても、全てオンラインで完結する。
デラウェア州が選ばれている理由は、米国のスタートアップの多くがデラウェアで登記しているからである。会社法が柔軟で、判例の蓄積も多く、将来的に投資を受けたり買収されたりする際に手続きがスムーズだと言われている。自分のようなマイクロSaaSにそこまでの話が来るかはわからないが、器としては一番無難な選択肢だと思う。
Stripeはなぜ$500でこんなサービスを提供するのか
最初にAtlasを知ったとき、$500で法人設立・EIN取得・銀行口座開設まで面倒を見てくれるのは安すぎないかと思った。自分なりに考えた結論としては、Atlas単体で儲ける必要がないのだと思う。
Stripeの本業は決済手数料である。Atlas で設立された企業が成長して決済額が増えれば、Stripeは手数料で長期的に回収できる。つまりAtlasは、将来の決済手数料を稼ぐための顧客獲得チャネルとして機能している。$500は投資のようなものだろう。
加えて、Atlas は法人設立後のサービス(銀行口座、税務申告、Registered Agent)をパートナー企業経由で提供しており、そこからの紹介手数料もあるはずである。法人設立から売上管理、税金の支払いまで、起業家のライフサイクル全体をStripeのエコシステムに取り込む設計になっている。ユーザーとしてはそれで困ることはないし、むしろ一箇所で全部管理できるのは便利である。
申請の流れ
Stripe のアカウントを持っていれば、Atlas のページから申請を開始できる。やることは以下の通り。
1. 会社情報の入力
会社名、事業内容、住所などをフォームに入力する。会社名は事前にデラウェア州のデータベースで重複がないか確認しておくと良い。事業内容は「SaaSの開発・運営」程度の簡単な記述で問題なかった。
住所については、自分の場合はStripe Atlas が提供するRegistered Agentの住所を法人の登記住所として使っている。自宅の住所を使う必要はない。
2. 本人確認
パスポートの写真をアップロードする。スマホで撮影したもので問題なかった。日本の運転免許証ではなく、パスポートが必要になる。
3. 署名
ここが一番驚いたところで、署名は物理的にペンで書くのではなく、画面に表示された筆記体のサインに対して「この自筆風のサインを、私のサインの代わりとして提出することに同意します」というチェックボックスにチェックを入れるだけである。日本の感覚だと実印や印鑑証明が必要な場面だが、米国ではこの電子署名で法的に有効らしい。
4. 支払い
$500をクレジットカードで支払う。これで申請は完了である。
5. 承認
自分の場合、申請から承認まで数日だった。メールで通知が届き、Stripe Atlasのダッシュボードにログインすると、法人設立が完了していた。
届く書類
法人設立が完了すると、以下の書類がダッシュボードからダウンロードできるようになる。
- Certificate of Incorporation(設立証明書) — デラウェア州が発行する法人設立の証明書
- EIN確認書 — EIN(Employer Identification Number)は米国の法人番号に相当するもので、銀行口座開設や税務申告に必要になる
- Bylaws(内規) — 会社の運営ルールを定めた文書。Atlas がテンプレートを用意してくれる
全てPDFである。紙の書類は一枚も届かない。日本で合同会社を作るときは法務局に出向いて登記簿謄本を取得する必要があるが、そういった手続きは一切ない。
Registered Agent
そもそもRegistered Agentとは何か
米国で法人を設立すると、州や裁判所から法的書類が届くことがある。フランチャイズ税の通知、訴状の送達、州政府からの公式通知などである。これらの書類を確実に受け取るために、米国内に「Registered Agent(登録代理人)」を置くことが法律で義務付けられている。
日本で言えば、登記上の本店所在地に届く公的書類を受け取る役割に近い。ただし米国では、法人の代表者が米国に住んでいない場合でもRegistered Agentがいれば問題ない。つまり、日本に住みながら米国法人を運営するための仕組みとして機能している。
実際の使い勝手
Stripe Atlas経由で年$100程度で契約できる。届いた書類はPDFにスキャンされて、Atlasのダッシュボードで共有されるので、日本にいながら書類管理が完結する。実務上の手間はほぼゼロである。
実際のところ、設立から現在までRegistered Agent経由で届いた書類はフランチャイズ税の通知くらいで、頻繁に届くものではない。ただ、万が一訴状が届いた場合などに備えて、確実に受け取れる体制があるのは安心感がある。
EINの取得
EINは通常、IRSに申請して取得する必要があるが、Stripe Atlas 経由で設立すると自動的に取得してくれる。これは地味にありがたい。自分でIRSに電話して申請する方法もあるが、英語での電話対応が必要で、時差もあるので面倒だと聞いている。
銀行口座の開設
法人設立が完了したら、次に米国の銀行口座を開設する必要がある。Stripe の売上を受け取るためにも、税金を払うためにも、米国の銀行口座は必須である。
Stripe Atlas のダッシュボードから、Mercury や Relay といったオンラインバンクの口座開設に進める。自分は Mercury を使っている。こちらも申請はオンラインで完結し、数日で口座が開設された。
Mercury はスタートアップ向けのオンラインバンクで、UIが使いやすく、国際送金にも対応している。日本からの操作も問題ない。デビットカードも発行されるので、サーバー代やドメイン代の支払いにも使える。
数週間後にデビットカードが届いた。初めて持つ「自分の会社のカード」みたいなものに若干興奮した。画像だと、もっと金属とかでできているかっこいいカードかと思ったが、実際は小学校の時に使っていた透明の下敷きみたいなペラペラの素材だった。まあカードの素材で事業の良し悪しが変わるわけでもないのでいい。
全体のスケジュール
自分の場合、全体の流れはこうだった。
| ステップ | 所要時間 |
|---|---|
| Atlas 申請 | 30分 |
| 承認・法人設立 | 数日 |
| EIN取得 | 自動(Atlas経由) |
| 銀行口座開設(Mercury) | 数日 |
| Stripe 本番アカウント有効化 | 即日 |
申請を始めてから、Stripe で実際に決済を受け付けられる状態になるまで、約2週間だった。日本で合同会社を設立する場合、定款認証だけで数日〜数週間かかることを考えると、圧倒的に速い。
日本の合同会社との比較
参考までに、日本の合同会社設立と比較しておく。
| 項目 | Stripe Atlas (Delaware C-Corp) | 日本の合同会社 |
|---|---|---|
| 費用 | $500(約7.5万円) | 6〜15万円(電子定款+自分で手続きなら6万円〜) |
| 手続き | 全てオンライン | 法務局への出頭、定款認証、印鑑届出 |
| 所要時間 | 数日〜2週間 | 2週間〜1ヶ月 |
| 印鑑 | 不要 | 法人実印の作成が必要 |
| 署名 | 電子署名(チェックボックス) | 実印 + 印鑑証明 |
| 書類 | 全てPDF | 紙の登記簿謄本 |
| 住所 | Registered Agent の住所を利用可 | 代表者の住所 or オフィス |
| 銀行口座 | オンラインで開設 | 支店に出向いて開設(審査あり) |
こうして並べてみると、日本の法人設立がいかに手間のかかるプロセスかがわかる。もちろん日本の合同会社には、日本国内での信用力や税制上のメリットもあるので、一概にどちらが良いとは言えない。ただ、「とにかく早く会社を作ってプロダクトを出したい」という目的であれば、Stripe Atlas は圧倒的に楽だった。
なお、副業×グローバルSaaSという条件で両者の税務・手取りを詳細に比較した記事は本連載の #12(予定)で扱う。
やってみた感想
正直なところ、拍子抜けするほど簡単だった。ネット銀行の口座開設と同程度か、それ以下の手間しかかからなかった。「会社を作る」という行為に対する心理的なハードルがかなり下がった。
日本で合同会社を作ろうとしたときは、定款の書き方を調べ、司法書士に依頼するか自分でやるか悩み、印鑑を発注し、法務局の予約を取る。ここまでで、まだ1行もコードを書いていないのに疲弊していた。Stripe Atlas ではそういった事務作業がほぼ存在しないので、設立後すぐにプロダクト開発に取りかかることができた。
運用しているサービス
この手順で設立した米国法人で、以下のマイクロSaaSを運用している。
- incnumber.com — 米国法人向けの電話番号維持サービス。月 $7 で、OpenPhone(現Quo)Starter $19/月の3分の1強。SMS はメールに転送、電話は自動でテキスト誘導するので英語を話す必要がない。
- faxchat.app — 米国・国際向けのオンライン FAX。Pro プラン月 $12(送信 200 + 受信 300 ページ)は eFax 月額 $19.95 の約6割。サブスクが嫌なら登録不要・1回 $1.50 + $0.30/ページの都度課金も使える。
- quickfaxjp.com — 日本国内向けのオンライン FAX 送信サービス。月額なし、1枚 ¥300 から、登録不要。コンビニまで行かずスマホからそのまま送れる。
全部、自宅サーバー1台で動かしていて、追加コストはアプリごとのドメイン代だけである。
連載: マイクロSaaS: #1 なぜ米国法人 | #2 Stripe Atlas設立 | #3 年間維持費 | #4 フランチャイズ税 | #5 アイデアの見つけ方 | #6 MVP 1週間 | #7 月$1で運用 | #8 公開後の時期