背景と目的
人間の維持状態でのストックされるやり方について考える。
1. 認識機能の違いと変化
1.1. 環世界
個体の成長が止まった状態では、外から多くの変化を目にする。
逆にその変化を認識できない生命は、維持状態は止まっていると言える。
生物学者のユクスキュルは、環世界(かんせかい,Umwelt)という概念を提唱した。
すべての動物はそれぞれに種特有の知覚世界をもって生きており、それを主体として行動しているという考え。ユクスキュルによれば、普遍的な時間や空間(Umgebung、「環境」)も、動物主体にとってはそれぞれ独自の時間・空間として知覚されている。動物の行動は各動物で異なる知覚と作用の結果であり、それぞれに動物に特有の意味をもってなされる
wikipedia:環世界より
例えば、人間の視界は180度ほどだが、馬の視界は350度ほどある。
赤外線や紫外線などを認識できる生命ある。
それぞれが認識できる感覚をもとに行動している。
美学者の伊藤亜紗は、「目の見えない人は世界をどう見ているのか」で目が見えない人と目が見えている人が目をつぶった状態の違いをこう示している。
それはいわば、四本脚の椅子と三本脚の椅子との違いのようなものです。もともと足がある四本ある椅子から一本取ってしまったら、その椅子は傾いてしまいます。壊れた、不完全な椅子です。
でも、もともと三本の脚で立っている椅子もある。脚の位置を変えれば、三本でも立てるのです。
「目の見えない人は世界をどう見ているのか」P30
五感である人と、四感である人は、環世界が異なるのである。
1.2. 成長時の機能発達
人間の五感の発達には多少ばらつきがある。
視覚については、3才ぐらいで成人並みになる。
人間の五感の発達:成熟の早さと時期の比較表
| 感覚 | 発達の早さ | 主な発達内容 | 機能の成熟時期 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 聴覚 | ★★★★★(非常に早い) | 胎児期から機能。出生直後に母の声を認識可能 | 生後すぐ〜1歳 | 言語理解の基盤。8〜9か月で名前に反応 |
| 嗅覚 | ★★★★☆(早い) | 母乳や母の匂いを識別。視覚が未熟な時期に代替感覚として活躍 | 生後すぐ | 安心感や授乳行動に関与 |
| 味覚 | ★★★☆☆(中) | 甘味・旨味を好む。苦味・酸味は拒否傾向 | 生後すぐ | 離乳食開始時に味覚の幅が広がる |
| 触覚 | ★★★☆☆(中) | 胎児期から発達。スキンシップで感覚刺激が促進 | 生後すぐ〜2歳 | 安心感・情緒形成に重要 |
| 視覚 | ★★☆☆☆(遅い) | 生後はぼんやり。30cm程度の距離が見える | 約3歳で成人並み | 3か月で立体感、6か月で大きさ認識、1歳で視力0.4程度 |
1.3. 維持後の機能低下
人間は、各感覚の機能が低下していく。
反射神経をつかう身体反応は、20才がピークと言われている。
オリンピックの選手は、競技にもよるが20才代が最も多い。
人間の加齢による五感の変化:強弱の比較表
| 感覚 | 加齢による変化の程度 | 主な変化の内容 | 変化の始まる時期 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 聴覚 | ★★★★★(非常に大) | 高音域から聴力が低下。会話の聞き取り困難、特に騒音下で顕著 | 40代から徐々に | 男性の方が早く低下しやすい |
| 視覚 | ★★★★☆(大) | 老眼、水晶体の濁り(白内障)、視野狭窄、暗順応の低下 | 40代から老視、60代以降に急激な低下 | 色の識別力も低下 |
| 嗅覚 | ★★★☆☆(中) | 匂いの識別力が低下。食欲や危険察知能力に影響 | 60代以降 | 神経変性疾患の前兆にもなる |
| 味覚 | ★★☆☆☆(やや小) | 特に塩味・甘味の感度が低下。食事の満足度や栄養摂取に影響 | 60代以降 | 嗅覚の低下と連動することも |
| 触覚 | ★☆☆☆☆(小) | 皮膚の感度が鈍くなり、温度・痛み・圧力の感知が低下 | 70代以降 | 転倒リスクや火傷の危険性が増す |
60代以降は、多くの機能が低下しやすくなる。
現代は機能を拡張もしくは補助する機器が発達してきており、身体の機能低下がそのまま外部活動の低下とはいえないが、定期的な補正は必要だろう。
機能低下している状態では、環世界も少し変わっていると言えるだろう。
1.4. 流動性知能と結晶性知能
心理学者のレイモンド・キャッテルが流動性知能と結晶性知能の概念を提唱した。
流動性知能(Fluid Intelligence)
流動性知能とは、未知の問題に対して柔軟に思考し、論理的に解決する能力です。
記憶や経験に依存せず、抽象的な推論やパターン認識、ワーキングメモリの働きが中心です。
加齢により低下しやすく、20代前半にピークを迎える傾向があります。
結晶性知能(Crystallized Intelligence)
結晶性知能とは、過去の経験や学習によって蓄積された知識や語彙、常識などを活用する能力です。
言語理解や文化的知識に基づき、加齢によってむしろ向上することもあります。
教育や職業経験がその発達に大きく影響します。
文化や地域社会との接点は、40才以降で関わりが増えてくる。
その時に結晶性知能が発揮される。
2. ストックされるもの
2.1. 個々の身体
人間の組織は、日々入れ替わる。
髪はひと月に1cmほど伸び、皮膚は2週間に1回のペースで表面が1層増え、押し出される。
常に身体は変化している。
周りのモノや生命から刺激を受けて、流動性知能を発揮する。
そのとき、パターンや知識を蓄積する。その蓄積が結晶性知能として、違う形で発揮する。
違う環世界を持つ生命や自分からの刺激を、違うことを知ったうえで応答する。
その時、一粒の欠片がうまれる。欠片がたまり、時につながり、結晶となる。
結晶が、心に広がりとして貯まるのだろう。
2.2. 身体の外
a) 暮らしの品(ケの品)
定住により、家には1年で使う道具が置かれることとなる。
衣食住の道具は、多くがケ(日常)のモノである。
永く使う道具には、記憶の"欠片"が身体に埋め込まれる。
6年使われたランドセル、3年使われた制服、10年使われた机など。
b) 暮らしの品(ハレの品)
ケが日常なら、ハレは非日常である。
ハレの道具もある。最近は冠婚葬祭が減っており、ハレの分類も少し変わってきている。
イベント用機器、季節のスポーツ、年次の祭り、特別な旅行など、
使う期間は限られるが、ハレの日にいろどりを添える。
そこでしか手に出来なかったチラシ、ZINE、パンフレット、ステッカー、
御朱印やパスポートのスタンプなどは、"欠片"のタネとなるだろう。
そこであったモノゴトと合わせて。
c) 趣味の品
日々の活動の中で、好きなモノゴト、興味があるモノゴト、知りたいモノゴトについて、
集めていくことになる。また、そのリストや閲覧性のある情報を持つ。
本棚には、2面性がある。
c1 実体のあるモノである
c2 閲覧性がある情報である
趣味に関わるWebサービスでのタグやカテゴリ指定は、c2を提供している。
ある一つの品について、関連する知識や歴史を追加していくと、
それ自体が、一つの品となっていく。
d) 家やその周辺(庭など)
柱に身長の高さで印を残した例を見聞きしたことがあるだろう。
家の中で、モノを置く、意図してかしないかは構わない。
そのモノがある状態になっていること自体が、欠片のタネである。
また、庭も含めて自然に変化する環境がある、そこに手入れをすると、
関心が生まれ、欠片のタネとなる。
片づけることは、その欠片を生まれやすい環境を整える準備ともいえる。
e) 記録・作品
記録は、起こったモノゴト、感じたコトを残す。
違いによるズレ、差分の情報といえる。
作品は、"欠片"や結晶を他の生命に伝えようしたものといえる。
若いときは流動性知性をもとに、壮年期になると結晶性知性をもとに、
その作品を形づくっていく。
2.3. まとめ
余剰の現れを整理する。
9. リンク
qiita
URL
wikipedia:環世界
ナゾロジー:記憶世界は7次元に最適化されている――概念空間は五感を超える
wikipedia:流動性知能と結晶性知能
健康長寿ネット:高齢期における知能の加齢変化
note:流動性知能と結晶性知能
脳の構造
wikipedia:ハレとケ
官報・省庁の資料
文部科学省:平成 22 年度の体力・運動能力に関する調査結果の概要
論文
田口 孝行, 新岡 大和(2021).加齢に伴う感覚機能の変化.理学療法学,48巻,2021,3号
乳幼児・児童期の発達研究の動向と展望
日本人一流競技者における競技開始年齢およびトップパフォーマンス
ワーキングメモリトレーニングと流動性知能
書籍
ユクスキュル,クリサート,日高 敏隆 (訳), 羽田 節子(訳)(2005).生物から見た世界.岩波書店.
伊藤亜紗(2015).目の見えない人は世界をどう見ているのか.光文社.
内村 鑑三(2011).後世への最大遺物・デンマルク国の話.岩波書店.
酒井敏(2019).京大的アホがなぜ必要か カオスな世界の生存戦略.集英社.
千葉 雅也(2020).勉強の哲学 来たるべきバカのために 増補版.文藝春秋.
変更履歴
2025/11/01 新規作成
