約8割の組織がGo-to-Marketで壁にぶつかる。ボトルネックは社内連携にあり

稲葉:私たちファインディは、エンジニアやものづくりの領域で事業を展開する中で、AIによって「何をどう作るのか」というものづくりのあり方が大きく変わりつつあると感じていました。そこで、特に新規事業開発や商品企画に携わっている方々を対象に、AI時代のものづくりの実態を調査しました。
対象は従業員100名以上の企業に所属する新規事業開発・商品企画・R&D担当者など622名です。業種は製造業が37.6%、情報通信業が50.5%と、ものづくり領域を中心に構成しています。
清野:調査から見えてきた最大の課題は何でしたか?
稲葉:まず、最も大きな課題は、製品を作ったあとに市場に投入する「Go-to-Market」フェーズで起きていると分かりました。約8割(79.9%)の組織が市場投入段階で何らかの課題を抱えています。
そのフェーズでの課題として最も多かったのは「営業・マーケ部門との連携・引き継ぎがうまくいかない」(34.6%)、次いで「PoCは完了したが事業化方針が定まらない」(33.1%)、「スケールアップの目処が立たない」(29.9%)でした。興味深いのは、上位3つがいずれも「市場環境の変化」や「顧客獲得の難しさ」ではなく、一定事業が前進したあとの社内連携に関する課題だったことです。
市場投入時の課題(複数回答・上位5項目)
清野:非常に納得感があります。まさにAIが出てきたことで、作るものが決まってからリリース・デリバリーするまでのスピードは圧倒的に早くなりました。各社「これだけ早くできるなら、新規事業や新しい施策も次々に進めよう」と動き出したのは良いものの、これまで見えていなかった後工程の連携の課題が一気に顕在化したのだと思います。Qiita社内でも、そう感じる場面はありますね。
稲葉:ベンチャー規模であっても、プロダクトを作るスピードが上がるほど、マーケティングや営業部門との連携が難しくなります。プロダクトマーケティングマネージャー(PMM)のような役割を新たに置く会社も増えていますが、大企業では往々にして部門で区切られており、「作って終わり」になりがちです。合意形成から実行までに時間がかかるのが現状で、AI時代のものづくりにおいては、この課題が改めて浮き彫りになっていると感じています。
清野:ちなみに、業種による違いはありますか?
稲葉:製造業における課題では「PoC完了→事業化方針未定」(37.2%)が最も高く、情報通信業では「スケールアップ困難」(32.5%)が相対的に高い傾向が分かりました。製造業ではプロダクトアウト的なアプローチをとる傾向が強く、「良いものを作れたが、市場で受け入れられるか分からない」というギャップを感じていらっしゃるケースも多いです。技術力があるからこその悩みが数字に表れた印象です。
業種別:Go-to-Market課題の保有率(複数回答)
清野:大企業の場合は既存ブランドが強いがゆえに、長年プロダクトアウトで進めてきた意思決定の習慣から脱却できず、マーケットインへシフトしたくてもできない。そのようなもどかしさを感じている企業さんは、たしかに多いように思います。
多くの組織で意思決定のコンテキストが構造化されていない

清野:大企業に顕著な課題として、意思決定プロセスに関する問題も大きいと感じます。
稲葉:おっしゃる通りで、新規事業の企画・稟議が決定に至るまでに、承認ステップが2段以上必要な組織が62.4%、会議が2回以上必要な組織が63.4%、差し戻しが時々〜ほぼ毎回発生するという回答も61.2%と、いずれも6割を超えています。
企画書・稟議などが実施決定されるまでに必要な承認の段階、関係者調整や説明のために必要な会議の回数、差し戻し(修正依頼)発生頻度
稲葉:エンジニアの世界では最近「人によるレビューがボトルネックになる」という話を耳にしますが、企画の世界でも構造は同じで、意思決定プロセスが重いほど必然的にスピードは落ちます。とはいえ、プロセス自体はガードレールとして残さざるを得ないことを考えると、承認側が少ない回数で判断できるよう、エビデンスを見やすく提示する仕掛けが求められるフェーズに来ていると思います。
清野:AIは人が介在しないほどスケールさせられる一方で、人が介在した瞬間、その人の頭数が上限になります。そこがどうしてもボトルネックになる構造ですよね。
稲葉:企画書・稟議・資料作成に週3時間以上を費やしている人は61.8%、週5時間以上も31.6%にのぼります。社内事例・過去調査の探索にも54.6%が週3時間以上を使っており、承認を通すために、裏側で大量の時間が消費されていることが調査でも明らかになっています。
週あたり業務時間(3時間以上/5時間以上の割合)
清野:差し戻しが多いのも象徴的な結果ですね。
稲葉:これはまさに、最近エンジニアリング領域で話題になっている「ハーネス」(AIエージェントが自律的に動く際のガードレール設計)が足りていない状態と構造が似ていると感じています。
清野:差し戻しが常態化するのは共通のハーネスやコンテキストが共有されていないためで、これまで意思決定者の判断プロセスが非言語的なところで行われてきたのだと思います。どれだけ言語化できるかが、再現性に直結する時代になっていると思います。

稲葉:調査でも、意思決定の根拠を第三者が追える形で残せている組織は半数に留まっており、過去の調査結果や意思決定根拠を探してたどり着けなかった経験がある人は88.1%にのぼります。多くの組織で意思決定のコンテキストが構造化されておらず、参照可能な資産になっていません。これがGo-to-Market課題の根幹にもつながっていると見ています。コンテキストの残し方について、Qiitaさんではどのように考えていますか?
清野:大きく2つあります。1つは、とにかく情報をオープンにし、データを構造化すること。個人レベルでアウトプットをする以上に、「自分が対応していることをデータとして構造化していく」文化が重要だと思っています。
また、組織のあり方自体を変える必要があるとも考えています。多くの会社は職能でグルーピングされていて、コンテキストが組織内に閉じがちです。たとえば弊社の場合、開発はGitHubのIssueをたどればすべて追えますが、企画のドキュメントとコード構成の紐づきはデータとして残っていないので、企画からプロセスを復元することができません。意思決定も同じで、個人の属人的な意思として残っていても、コンテキストに境界ができて再現性が失われてしまっています。
稲葉:ファインディでも、営業とプロダクトの連携では商談データを自動で取り込み、AIエージェントがお客さまの課題や要望を抽出・分類する仕組みを構築しています。営業担当者も「自分が上げた要望がどの分類に属していて、どれくらいの分量があるか」が可視化されるので、声を積み上げる意味・意義を体感できます。このように、「自分がコンテキストの一部である」と認識してもらう文化作りを、仕組みとセットで進めています。
マネージャーや経営者のAIリテラシーが、組織全体のリテラシーの天井になる

清野:AI活用の実態はどのような状況でしたか?
稲葉:何らかの形でAIを導入している組織は76.2%、部門あるいは全社で標準化済みの組織も55.0%に達しており、「使う/使わない」ではなく「いかに使いこなすか」のフェーズに入っている印象です。
用途としては「インタビュー・商談・会議音声の文字起こし・要約」が最も浸透しており、約3割(29.9%)が業務ワークフローに組み込まれている状態です。資料作成や企画書・仕様書作成、インタビューやアンケート結果の分析などの用途でも2割強で活用されていますね。
業務プロセス別:「AIを頻繁に活用+完全に組込み」 vs 「まったく活用なし」
稲葉:ただしAI活用による時間短縮の実感は業務によって差があります。文字起こし・要約については「短縮実感あり」の回答が51.3%だった一方、「社内事例・過去調査の探索」は43.0%にとどまります。さらに、全社でAI標準化済みの組織でも効果を「十分実感」できているのは14.1%に過ぎません。清野さんから見て、この結果はどう映りますか?
AIによる時間短縮実感あり vs 短縮実感なし
清野:「AIを使っている」とは言えるけれど、意思決定まで至るケースはまだ少ないと感じました。いわば「みんなが同じスピードで出せる程度のアウトプット」にとどまっているからだと思っています。そこから組織のケイパビリティとして質を上げるには、コンテキストをどう作るか、ハーネスをどう整えるかに踏み込まないといけないですが、その部分にピンと来ていない方がまだ多いということを、この数字を見て改めて感じました。
稲葉:構造化自体はAIが得意です。でも構造化されたものが正しいか判断し、それを意思決定につなげるのは人の役割です。結果として、AIが構造化してくれても「顧客インサイトの精度が上がる」「社内合意形成が早くなる」ことへの期待値は低くなってしまいます。AIの質を上げるために、逆説的に人間側のリテラシーを上げる必要があるのだと思います。
清野:一方で、AI活用の副作用としてはどのような課題が調査結果で出ていますか?
稲葉:顧客インタビューの要約・分析で文脈や感情が抜け落ちる、インサイトを出しても元の顧客の声にたどり着けずエビデンスとして使えない、アイデアはたくさん生まれるが評価・説明に時間がかかる、企画の実現性が担保されず頓挫する…。このような課題が上位に並びました。いずれも「AIに任せきり」になった結果、事業としての意思決定に結びつかない構造になっています。
これらは個人レベルで起きているように見えて、組織レベルでの生産性も同じ課題を抱えているケースが多いです。つまり、個人のAI活用の課題ではなく、組織のAIエージェント活用の課題と言えます。これからは、コンテキスト設計・エージェント設計・プロンプト設計を、個人ではなくいかに組織で取り組むかというフェーズに突入していると感じます。

清野:ここで効いてくるのが、意思決定を行うマネージャーや経営者のAIリテラシーですね。彼らのリテラシーが、組織全体のリテラシーの天井になると思っています。同じ事象に対して「AIは使い物にならない」と判断してしまえば使わない方向に行くし、「ハーネスが足りないから、どう文脈を集めていこうか」と捉えれば改善に向かいます。
清野:現場のメンバーがAIのソリューションイメージを描ききれていない側面もありそうですね。
稲葉:そうですね。周りから見れば簡単にできそうなことでも、現場からはその発想が出てこないこともあるでしょう。社内のAI活用事例共有会を全社的に始めると、意外と「あ、それもできるんだ」という声が多く上がります。現場のナレッジを引き上げることが、遠回りのようで、実は組織の生産性を高める一番の近道だと感じています。
清野:Qiita社内ではよく、「ワークフローを組む以外で手を動かしていたら何かおかしいと思った方がいい」とメンバーに伝えています。AI系ツールはリスクもリターンも未知数なので、導入の意思決定自体が重くなりがちですが、まずは個人レベルでも触ってみて肌感を掴むことが大事だと考えています。マインドチェンジできる人が1人でもいると、組織は結構変わっていくと感じますね。
事業の方向性をプライマリーのコンテキストとして扱う

清野:ここまで調査結果について教えていただきましたが、稲葉さんが手掛けられている「Findy Insights」がどのように課題解決へと導いてくれるのかについても教えてください。
稲葉:事業開発、特に仮説検証のプロセスは、一部のエース社員が属人的に担うケースが多く、大企業では特定の少人数チームで動く場合も少なくありません。その結果、検証の結果やナレッジが構造的に残らず、組織規模がスケールしたりローテーションしたりしたときに、データも知見も、それを支える基盤もない状態になりがちです。「同じようなリサーチを隣の部署が半年前にやっていた」というケースもしばしば耳にします。
AIインサイトマネジメントツール「Findy Insights」は、このような仮説検証のあり方をAI時代に適したものへアップデートするプロダクトです。商談・アンケート・フォーム・議事録など、お客さまとの接点におけるあらゆるデータを集約し、AIエージェントがインサイトを抽出・構造化します。そのうえで、仮説検証・評価のフレームワークと、元のエビデンスへの紐づけを担保する仕組みを備えているのが特徴です。
コアのコンセプトは仮説検証のイテレーションを早めることで、実行するスピードをとにかく上げて、「やってみたら違った」ということに早く気づけるようにする。そのためのAI活用のあり方を体現するプロダクトでありたいと考えています。
商談や顧客の声から得たインサイトを基に、ソリューションをアップデートする
清野:一般的な分析ツールとは、何が違うのでしょうか?
稲葉:最大のポイントは「企業が立てた戦略を、プライマリーのコンテキストとして扱う」点です。事業の意思決定は、結局どのセグメントを取りに行くのか、どのようなポジションを狙うのかといった戦略に紐づきます。「Findy Insights」では、STP分析のようなフレームワークによる戦略整理もAIが支援・構築し、その戦略を起点としてアウトプットが生成されます。常に組織の戦略という重要な軸に立ち戻る形でコンテキストを管理するというわけです。
清野:戦略レイヤーの情報は、経営層こそ日常的に触れているものの、現場の人たちは期首に1回見るだけといったケースも多いでしょうから、情報の非対称性を解消するという意味でとても良いですね。
稲葉:組織のコンテキストを自律的に参照できるようにすれば、企画・分析・検証の一貫性が担保されます。戦略自体、あるいはターゲットとするペルソナもまた、事業作りにおける「ハーネス」になります。上司が正しい戦略をチームに示せていれば、メンバーは自律的にその戦略をハーネスとしてアウトプットを出していけます。将来的には、人ではなくAIエージェントがその整理を担う世界も見えてきます。
そして、このハーネスが効いていれば、営業やマーケティングと連携する際にも、「取りたいポジションや欲しい機能、訴求したいメッセージ」などの話がブレることなく伝わります。冒頭のGo-to-Market課題に対しても有効なアプローチだと捉えています。
清野:このようなツールが浸透していくと、組織の「規模」ではなく「あり方」そのものが変わっていく気がします。それが、意思決定のスピードと質にそのまま直結していくのだと思います。
最後は人と人との接点、お客さまの意思決定にどれだけ深く入り込めるかがポイント

清野:「Findy Insights」はどのような組織にフィットすると考えていますか?
稲葉:ナレッジやデータを構造化・コンテキスト化して組織の知見へと昇華しきれていない企業さまにとって、より価値を感じていただけるプロダクトだと思います。その上で、「AIに分析を任せたら事業が伸びる」と考える組織ではなく、「AIに任せられることは任せて、自分たちはお客さまや市場、コミュニティと本気で向き合う」という覚悟を持った組織だと、さらに成果を出せると強く感じています。
AIによって分析や構造化は誰でも一定水準でできる時代になってきました。だからこそ、最後は人と人との接点、お客さまの意思決定にどれだけ深く入り込めるか、どれだけ市場に価値を届けられるかが、AI時代の事業やプロダクトの差別化になっていくと思います。そこに情熱を傾ける組織にとって、「Findy Insights」はベストの相棒になれるはずです。
清野:たしかに、AI同士で物事が決まる「AtoA」の流れは、Amazonでの購入のような領域ではすでに始まっていますが、難易度の高い意思決定は依然として人間が担う領域ですね。
稲葉:特にBtoB領域では決裁に向けて複雑な承認プロセスがあるため、エージェントに丸投げして決まることはまずありません。だからこそ我々のプロダクトは、意思決定の主体である「人」を排除するのではなく、判断の根拠となるデータやインサイトを提供して、人の意思決定をより深く・賢くサポートし、その能力を最大化させることを目指しています。
清野:組織のケイパビリティが、今後はメンバーの思いや熱量そのものになっていくという考え方にも強く共感します。上手にいっていないと感じながらも、情熱を持って立ち上げに向き合っている方々にこそ、使っていただきたいですね。
稲葉:得意・不得意がある中で、熱い思いを持っている人の灯火をもっと大きくしていく上で、ベストの相棒になれる存在でありたい。そのような組織や個人の挑戦を支えられるように、私たちも市場を広げていきます。
編集後記
「作る速さ」が劇的に上がったAI時代、次にボトルネックとなるのは「何を作るか」「どう市場に届けるか」を決めるプロセスそのものなんだなと、今回の対談を通して改めて感じました。意思決定の根拠を組織の資産として構造化し、戦略を共通のハーネスとして運用する。そして最後は人の熱量がプロダクトの差別化を生む。その思想を体現したFindy Insightsの設計思想は、これからの組織のあり方を示唆しているように感じます。
取材/文:長岡 武司
撮影:大森 光太郎
提供:ファインディ株式会社



