コントリビュートこそが価値の源泉! 日立所属CNCFアンバサダーが考える、ビジネスとOSSコミュニティのWin-Winな関係

株式会社 日立製作所(以下、日立製作所)は、OSS(オープンソースソフトウェア)活動の継続において国内有数の歴史を持つ企業です。

1990年代からLinuxカーネルの強化をはじめ、メインフレーム時代からの様々なノウハウを活かす形で多様なOSSコミュニティに貢献してきており、2015年には専門部隊である「OSSソリューションセンタ」を設置。会社としてのOSSコミュニティへのコントリビュート(貢献)と、顧客への積極的なOSS活用提案などを強化/促進してきました。

今回は、同センタのシニアOSSコンサルタントとして活躍している田畑 義之さんにお話を伺いました。顧客の課題解決に向けてOSS活用を提案しながら、OSSコミュニティへのコントリビューションも進める田畑さんは、これまでKeycloakの開発にも参加され、高い技術力を駆使してお仕事されている人物。2023年11月には、世界最大級のクラウドネイティブを推進する団体であるCNCF(Cloud Native Computing Foundation)のアンバサダーにも就任されています。

なぜアンバサダーになったのか、具体的な取り組みや、中長期的な目標など。じっくりとお話を聞いてきました。

* 記事の内容は取材当時(2024年2月)のものです。
* 日立製作所のOSSソリューションセンタについては、以下の記事でも取り上げているので、併せてご覧ください。
▶︎OSS活動を自分の仕事に。日立Keycloakメンテナー×Qiita開発マネージャーが語るOSSのやりがいと論点
▶︎日立のエンジニアライフの実態とは?超エンジニアドリブンな、OSSセンタのワークスタイルに迫る。
▶︎日立OSSエンジニア×Qiita元CTO。なぜ日立製作所がOSSに注力するのか?

プロフィール

田畑 義之(たばた よしゆき)
株式会社日立製作所
クラウドサービスプラットフォームビジネスユニット
デジタルプラットフォーム事業部 プラットフォームソフトウェア本部
OSSソリューションセンタ シニアOSSコンサルタント
2013年、日立製作所に入社。4年ほどストレージ管理関連の自社ソフトウェア開発に従事したのちに、2017年にOSSソリューションセンタへ異動。認証認可のエキスパートとして、金融、公共、社会、産業の重要なシステムにおいてAPI管理やシングルサインオンについての技術コンサルテーションに数多く携わり、知見を講演や執筆活動などで発信している。また、コンサルテーションで得たニーズをもとにKeycloakの開発にも参画し、コミュニティに貢献。2023年11月にはCNCFアンバサダーに就任

重要な「コミュニティ貢献-顧客ビジネスでの活用-社外へのPR」サイクル

――まずは、シニアOSSコンサルタントとして田畑さんが日々取り組まれていることを教えてください。

田畑:新しいビジネスのインキュベーション担当として、各プロジェクトの上流部分に関わることが多いです。
金融や公共分野を中心に、システム領域を問わず認証・認可やAPI周りでお悩みのお客さまが多いので、OSSコミュニティに参加していることで得たグローバル動向や実装ケースなどの情報を提供し、システム開発などをサポートしています。

――OSSコミュニティへの参加も業務の一環なんですね。

田畑:むしろ、そこに対するコントリビュート(貢献)こそが「価値の源泉」だと捉えています。お客さまとしては最新の動向を元にした意思決定ができますし、コミュニティ側としても、現場でどういう使われ方がされているかといったケーススタディを知りたいのではないかと思います。OSSコミュニティへのコントリビュートとOSSの顧客ビジネスでの活用をつなげるという部分で、良いサイクルを確立できていると考えています。

――この図を見ると「社外へのPR」とありますが、これはどういうことですか?

田畑:OSSコミュニティでの取り組みについて、社外のサイトや各種カンファレンスで発表/共有することです。

社外にしっかりと発信することで、「日立ってこんなこともやってるんだ」という認知向上につながります。カンファレンスでの発表を聞いたお客さまからのお問い合わせが案件につながり、OSSコミュニティに共有できる事例が増え、またカンファレンス登壇や記事執筆のご依頼をいただいて、さらに認知が向上する。

そんなサイクルが出来上がって、継続的なビジネスの拡大ができると捉えています。 OSS活用におけるパートナー選定時の指標として 、OSSへのコントリビュート数や国内外カンファレンスの講演数を見られることもあります。

――なるほど、うまくWin-Winになるような仕組みを会社として作り上げているわけですね。世の中には様々なOSSがあると思うのですが、貢献するコミュニティはどのように選定されているのでしょうか?

田畑:難しいところですが、基本的には「ビジネスになりそうか」という直接的な観点と、「今後人気が高まっていきそうか」という種まき的な観点の2軸を見ながら選定を進めています。会社として取り組んでいるので当然ビジネスに貢献できないといけないわけですが、一方でそのための価値づけとなる部分は中長期的な視点で捉えなければなりません。顧客のニーズが大きくて、かつ、日立の強みを活かせる技術分野を選定するというところで、バランスをとりながら目利きに取り組んでいます。

Keycloakや3scakeを選定した際の目利きの観点例

日本のクラウドエンジニアの活躍の場をもっと広げたい!

CNCFアンバサダーだけが受け取れる専用の刺繍が入ったブルゾン。コンテナやマイクロサービスなどのクラウドネイティブ技術の開発/普及をグローバルで推し進めている非営利団体・CNCFには、世界各地の約850団体が加入し、世界中の技術者が開発に参加することで技術の発展に貢献している

――田畑さんといえば、2023年11月に設立されたCNCFのJapan Chapter「Cloud Native Community Japan」(以下、CNCJ)に参画されていて、かつCNCFアンバサダーにも就任されていますよね。それぞれの背景について教えてください。

田畑:先にCNCJ設立の背景についてお伝えすると、もともと日立では、CNCFの上位組織であるThe Linux Foundationを創立当初からサポートしていて、付随してOSSの開発にも貢献してきました。
そんな関係もあってThe Linux Foundationの代表と会話することが多いのですが、ある時「クラウドネイティブにおける日本からのコントリビュートが少ないので、日本発のグローバルで使われる技術がなかなか出てこない。結果として日本としても、何かをやるときに海外技術を活用するしかない」という話があがりました。
このままではこのような状況はさらに悪化する可能性があるという危機感から、グローバルなCNCFの開発コミュニティと日本の企業/団体/各コミュニティなどをつなぐ組織を立ち上げようということになり、CNCJを立ち上げました。
まだ立ち上げたばかりなので主な活動としてはこれからですが、継続的にミートアップやイベントを開催して、日本のクラウドエンジニアの活躍の場を広げるような取り組みを推進していく予定です。

The Linux Foundationのボードメンバーを務める日立製作所・中村 雄一氏がCNCJ設立の発起人となった

――日本からのコントリビュートが相対的に少ないと感じられるのは何故でしょうね…。

田畑:様々な要素が考えられますが、環境としてタイムゾーンの違いや言語の壁といった要素はあると思います。あと、OSSコミュニティへのコントリビュートをうまく社内の評価などにつなげることができず、結果として強い情熱のある人でないと継続的な参加が難しいといった側面もある気がしています。
もちろん少ないといっても世界を代表するような方も日本にいらっしゃって、例えば2023年のCNCF Community AwardsのTop Committerに、NTTの須田さんが選出されています。CNCJとしては、世界に通用する日本のエンジニアをもっと輩出していくことが当面のミッションだと捉えています。

KubeCon + CloudNativeCon North America 2023での登壇の様子

――田畑さんはCNCJのメンバーでありCNCFのアンバサダーでもあるわけですが、アンバサダーって、具体的にどのようなことをする存在なのですか?

田畑:いろんなことをやっている人がいますね。イベントを主催している人もいれば、OSSの各プロジェクトの課題を整理したり議論をリードするような人もいらっしゃいます。私の場合、どちらかというとカンファレンスでのスピーキングがメインになっていますね。

――そもそもで恐縮ですが、アンバサダーはどのようにしてなるものなのでしょうか?

田畑:実はアンバサダーって、誰でも応募できるものなんです。私の場合、2023年秋のアンバサダー・アプリケーションフォームから応募して、評価選考を通じて就任しました。基本的に任期は1年なのですが、継続して就任したい場合は、また改めて申し込んで評価を受けることになります。

――そうなんですね! どのような観点で評価されるものなのでしょうか?

田畑:大きくは「実績」と「やりたいこと」ですね。私の場合、実績としては、各種カンファレンスへの登壇実績や記事執筆実績のほか、Keycloakコミュニティのコントリビューターとしての活動もアピールポイントとなりました。また、やりたいことに関しては、より多くのお客さまのプロジェクトにOSSを効果的に活用してもらうように働きかけていきたいと考えています。特に私自身がAPIセキュリティ領域を専門としているので、セキュアなOSS活用に関する情報をどんどん発信していきたいと考えています。

――なるほど。アンバサダーに就任されたことで、事業面でのインパクトなどはありましたか?

田畑:まだ発表からそこまで日が経っていないのでお客さま認知はこれからだと思いますが、この領域に詳しい専門家みたいな人が日立にいるということで、それを踏まえてご相談いただくケースは少しずつ増えてきている印象です。

コントリビュートは「小さく」始めるべき


――これまでのご経験を踏まえて、OSSコミュニティへのコントリビュートを進める上でのアドバイスがあればお願いします。

田畑:何事も、最初は小さく始めたほうが良いと思います。例えば、翻訳でも小さなバグフィックスも大歓迎です。小さいところから徐々に実績を作っていき、徐々に影響力を強めていただければと思います。コントリビュートは、大きな活動を前提にしているわけではありません。いつでも気軽なところからコントリビュートできるという意識でいていただくのが良いのではないでしょうか。

――田畑さんとしては、日立のメンバーとしてOSSコミュニティ活動に参加することに対して、どのようなモチベーションを感じていますか?

田畑:やはり、冒頭にお伝えしたサイクルの話が大きいですね。日立は膨大な顧客基盤に支えられているのですが、そのような多様な顧客サイドを見つつ、コミュニティサイドも見ることができる存在って、実はなかなかいません。

例えば、コミュニティで仕様策定に強く関わっている方は現場感に欠けてしまうことがありますし、一方で現場は現場でセキュリティを考慮した設計・構築に苦労しているケースがしばしば発生しています。自分はそこに両方関わることができる立場にあって、そこが面白いところだと感じています。

コミュニティと顧客の両者と接点があって、両者の視点を持ちつつ両者にフィードバックできる。また、多様な事業があるため、1つのOSSを様々なユースケースで活⽤することができ、それに対応していくことでエンジニアとしての幅が広がる。さらに、実際にコントリビュートやアウトプットしているエンジニア仲間とノウハウを共有しつつ、切磋琢磨しながら共に成長することができる。そんな環境が整っているのが日立というフィールドだと感じています。

――やはりアウトプットがポイントということですね。

田畑:実際、Keycloakや3scaleについて発信をしていると、その記事を見てお声がけいただくことがこれまで何度もありました。発信の積み重ねが大きなカンファレンスでの登壇実績につながり、また書籍執筆などにも関われるようになります。そんな良い感じのサイクルを拡大すべく、CNCFアンバサダーとしては中長期的に、CNCFのコミュニティとKeycloakなどID界隈の団体をつなげていきたいと考えています。

――日立さんくらいの企業規模だと発信1つとってもチェックが大変そうなのですが、そのあたりはいかがでしょう?

田畑:もちろん、チェックは厳しく入りますよ。入りますが、基本的にはやりたいことをやらせてくれる器の広い会社だと感じています。そもそもの話として、OSSソリューションセンタは立ち上げ当初はコストセンターだったことから、様々なことをやってみようということで発信を強化するようになったという背景があります。私の発信も、最初はそれこそQiitaでしたね。

あともう1つ、日立の魅力でお伝えすると、多岐にわたる分野に業務・キャリアのパスがある点は、日立ならではだと思います。例えば同じチームの乗松 隆志さんはシニアOSSスペシャリストとして専門性を極めていますし、ソフトウェアアーキテクトやクラウドアーキテクトとして活躍している人もいます。様々な方面のエンジニアを、多様なポストで迎え入れる準備が整っているのは、エンジニアとして非常に恵まれた環境だと感じています。

日立は、目標を持って活動しているといずれは叶う環境だと思う


――OSSソリューションセンタには他にどのようなメンバーがいらっしゃいますか?

田畑:製品開発やSEとしてのバックグラウンドを持つ方が多い印象ではありますが、様々ですね。OSSへのコントリビュートをメインにしていたり、私のように上流支援をしていたりと技術に尖った人もいれば、ビジネスとしてスケールすることが得意なPMもいますね。

――今後、どのような経験や思いを持ったエンジニアと働いていきたいですか?

田畑:グローバルで活躍したいという志がある方は、特にウエルカムですね。私自身、日立に入社した時に掲げていた目標が、グローバルで活躍できるエンジニアになることでした。入社直後は自社ソフトウェアの開発に携わっていて、そこがとても楽しかったのですが、4年目で全く別のOSSソリューションセンタへと配属になって、結果として海外のカンファレンスに行ったり、海外のエンジニアと日々やり取りをするようになっています。目標を持って活動していれば、いずれは叶う環境だと思っています。

――最後に、読者の皆さまに一言メッセージをお願いします。

田畑:日立の場合、やはり企業規模ならではのやりがいが非常に大きいと思います。小規模な会社だとどうしても、案件サイズが小さくなって活躍の場も限られてしまうことが多いと思うのですが、日立くらいのサイズになると極端な話、やりたいことがあれば何かしら、それに携われるフィールドを用意できる環境があると思います。エンジニアとしてのキャリアを考える上でとても良い選択肢なのではないでしょうか。ちなみに、OSSソリューションセンタはどんどん成長している組織なので、興味のある方はぜひ応募してください。

編集後記

インタビューの中で、日本からのコントリビュートが少ない理由について「OSSコミュニティへのコントリビュートをうまく社内の評価などにつなげることができず、結果として強い情熱のある人でないと継続的な参加が難しい」というお話が印象に残りました。そういう意味でも冒頭の導入文に記載した通り、日立製作所ほど日本国内においてOSS活動に積極的な企業はいないのではないかと、改めて感じた次第です。ビジネスとOSSコミュニティのWin-Winな関係に向けてグローバル規模で切磋琢磨したいエンジニアの方は、ぜひ応募を検討してみてはいかがでしょうか。

取材/文:長岡 武司
撮影:平舘 平


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