エンジニアのキャリアと生存戦略を考える。日立製作所主催「Social Tech Talk #03」イベントレポート
2022年6月15日、IT・OT・プロダクトを用いて国内外問わず様々な分野における社会課題の解決に挑む日立製作所が、エンジニアのキャリアや働き方をテーマに据えた「Social Tech Talk #03」を開催しました。
人々が幸せで豊かに暮らすことができる「持続可能な社会」の実現に向けて、私たちには何ができるのか。そして、不確実性の高いこれからの時代において、エンジニアはどのようなマインドセットでキャリアを考えるべきなのか。
第3回となる今回は、「Rubyの父」と呼ばれるまつもとゆきひろ氏をはじめ、データサイエンスやAI、セキュリティの領域で先頭を走るエンジニア、そして日立社員が、あらゆる視点から語り尽くしました。本記事では当日のイベントの様子について、エッセンスを抽出してお伝えします。
※過去の開催レポートはこちら
▶︎#01:データ駆動型の新しい社会を乗り切る。予測不能な時代に挑戦を続ける日立製作所の「Social Tech Talk #01」イベントレポート
▶︎#02:VUCA時代におけるキャリアや働き方とは?日立製作所主催「Social Tech Talk #02」イベントレポート
目次
まつもとゆきひろ氏 基調講演「若手エンジニアの生存戦略」
イベント冒頭の基調講演を担当したのは、現在多くの人が使っているRubyの開発者であるまつもとゆきひろ氏。日本で一番有名なプログラマーと言っても過言ではないでしょう。まつもと氏がプログラマーになったのは大学卒業後の1990年ということで、業界32年の超ベテランです。
今回は、そんなプログラミングのベテランという立場から、「若手エンジニアの生存戦略」というタイトルでの講演がなされました。
登壇者プロフィール
健康と、そのための心理的安全性の確保が大事
「まずもって、一番大事なことは“健康”です。若いうちから健康を意識することが大事だなと思ってます」
このように切り出したまつもと氏。若手エンジニアの生存戦略というお題について考えを巡らせた際に、最も重要だと捉えたのが健康であり、それを蝕むストレスを回避することが大切だと感じたそうです。ストレスには肉体的ストレスと精神的ストレスが存在するわけですが、まつもと氏は後者について、「心理的安全性」の確保が大事だと説きました。
「心理的安全性のある職場・組織では、メンバーはストレスを感じることなく働くことができます。例えば、うっかりミスをしたとしても、ビクビクしたり萎縮することなく、しっかりと報告・相談ができる環境が整備されているわけです」
ちなみに、この心理的安全性の対義語には「学習性無力感」があります。つまり、自分の行動に対する成果がない状態が続くことで、成果が出せそうなタイミングであっても行動を起こさなくなるという現象です。この学習性無力感が横行する職場だと、従業員は萎縮し、成長もしなくなってしまいます。
このように聞くと、どのような組織にも心理的安全性があるに越したことはないのですが、実際はそのような職場ばかりではないのが事実でしょう。
心理的安全性がない組織がある理由について、まつもと氏は「何を優先しているかによる」のではないかと言います。
「チームとして世の中に提供する“価値”を優先するのか、それとも組織の“秩序”を優先しているのか。チームが大きくなると、価値よりも秩序を重視するという人も出てくる。そうなると、秩序を乱す者を弾く傾向が出てくるので、心理的安全性がない方向に向かいがちだと感じます」
では、チームの中で心理的安全性を実現するための構成要素は何なのでしょうか。これについてまつもと氏は、「仲間」、「(チーム員の)機嫌」、そして「コントロール意識」の3つを挙げました。
心理的安全性の構成要素①:仲間
「1人だけでできることには限界があります。優れたソフトウェアを作るには、たくさんの人が関わることが大切で、良いチームを作るための人間関係が重要になります」
では、どんなチームが「良いチーム」なのでしょうか。それは「適切な関係」を築けているチームだと、まつもと氏は強調します。そして、適切な関係に必要な要素は「正直」と「リスペクト」だと続けます。
「例えばスケジュールに遅れが出たときに、大したことないから土日頑張るとして、『完了した』と嘘の報告をするとしましょう。すると、チームリーダーは間違った情報で判断を下してしまうことになります。そうなると、次第に嘘を重ねなければならなくなり、チームが健全な状態ではなくなります。そうならないためにも、都合の悪い真実であっても報告できる環境を作ることが大切であり、そのためには正直であることが大切なのです。
また、自分のしてほしいことを他人にもしてあげる、逆に自分のしてほしくないことは他人にもしない、という古代からの知恵を活かすことも大切です。取引には究極的にはWinかLoseしかないわけですが、書籍『7つの習慣』でも示されているとおり、Win-Winな関係か、もしくは一方がLoseな場合はNo-dealにするしか、サステイナブルな関係はあり得ません。サステイナブルな関係であるためには、お互いのリスペクトが前提になるのです」
なお、互いがリスペクトする関係を構築する上で、まつもと氏は以下2つのことを覚えておくと良いと言います。
- 他人は責任を取らない
- 同じ方向を見つめる
「寝ないでプロジェクトを続けて健康を害したとしても、その時の上司が生涯面倒をみてくれるわけではありません。他人は責任を取らないもので、自分を守るのは自分でないといけないのです。
また、チーム全体が同じ方向をみていることも重要な要素です。ソフトウェア開発の現場は、立場によって考えのベクトルが変わるものです。開発とプロマネと営業とでは対立構造が起きやすく、違う方向に努力しているので、ベクトルが打ち消しあって、進まないことも往々にしてあります。
だから、大事なことは、上にいる人がビジョンを明確に出して、進むべき方向性を明確にすることです。よって良いチームとは、対立構造の存在を認めて、その解消に努められるチームだと言えます」
心理的安全性の構成要素②:機嫌
2つ目の要素は「機嫌」です。不機嫌は他人を言いなりにするテクニックにもなるので、チームで常に機嫌の悪い人がいるとしたらそれは良くないサインだと、まつもと氏は言います。
「チームに不機嫌な人がいると、その人の言うことを聞かなきゃいけないかのように感じることもあるでしょう。そうすると、機嫌の悪い人は、自分が悪い機嫌の顔をしていると、みんなが自分を大切に扱ってくれることになると考えるようになります。一種の成功体験ですね。その結果、ますます不機嫌になります。
みんなが言うことを聞くようになるので、短期的には成果があるわけですが、結果として萎縮を生むことになるので、先ほどお伝えしたような嘘が横行するようになり、離職率が高まり、長期的には破滅的な結果を及ぼすことになります。
よって、機嫌の悪い人からは離れるべきだし、自分自身も機嫌が良い状態になっている事が大切です」
心理的安全性の構成要素③:コントロール意識
3つ目の要素は「コントロール意識」、つまり、自分が自身の周辺の情報をコントロールできているような気でいることです。ここで大事なことは、本当にコントロールできているかはあまり関係がないということ。自分が「コントロールできている」と思えていれば良く、あくまで認知の問題だとまつもと氏は強調します。
「何年か前に、“There must be a reason” と言うと気分が楽になると教えてもらいました。つまり、『理由があるに違いない』と思うと気が楽になると言うのです。
実際にそれを実践する機会が、その直後くらいにありました。飛行機に乗るために自動車で空港に向かっていたところ、後ろから猛スピードで追い越して行った車がいました。一瞬ムッとしましたが、そこでとっさに “There must be a reason” と思い、猛スピードで追い越して行った理由を想像してみました。もしかしたら、家族が病気だったのかもしれない。そう考えると、たしかに腹が立つ気持ちが消えていく気がして、だいぶ気が楽になったのです」
コントロール意識で勘違いされやすいのが「我慢」です。「自分が我慢すれば」は、自分がコントロールできている状態とは言えず、サステイナブルでもありません。無理だと思ったら「無理です」と言える関係性が大切であり、そういうチームこそがサステイナブルだとまつもと氏は言います。
「ここまで心理的安全性の重要性についてお伝えしてきたわけですが、最終的な判断は結局は自分で行うことになります。自分は、上司にちゃんと言えるのか。妥協できるか。実際に変えるか。それとも見方を変えるか。逃げるか。これらの判断は他人にはできないので。自分で決めるしかありません」
場合によっては逃げることも大事
最後に、肉体的ストレスについても言及がなされました。
「健康、もっと言うと若さへの過信には気をつけたほうがいいです。若いと出来るからと言って夜更かしなど無理をしてしまいがちですし、私もそうでした。でも、無理はききません。負荷は若い体にも確実にかかっているものなので、若いうちからちゃんと考えた方が良いと思います」
心も体も、壊れるとなかなか直らないものです。そして、たとえ壊れてしまったとしても、誰も責任を取れません。よって、「我慢の限界点」を知る必要があるとまつもと氏は続けます。
「自分はこれくらいできる、というものの半分くらいしか達成できないと考えておくのが良いかもしれません。私の場合、若い頃からだいぶバッファを積んで見積もるようにしていました。こんなことを言うとマネージャー陣に怒られてしまうかもしれませんが、若いうちからたっぷりとバッファを持っておく方が良いでしょう。
あとは、逃げ道を作っておくことも大切です。この業界の人材流動性はすごく高いので、どこであってもやっていけます。自分の売りになるスキルを持っていると、相対的に市場価値が高まるので、ますます流動性が高まり、逃げてもいいと思える状態になります。そういう環境で働くと良いでしょう」
まとめると、生存戦略のためには健康が大前提で、健康のためには心理的安全性を維持することが目安になります。また、場合によっては逃げることも必要で、肉体的にも精神的にもストレスから離れることが大切だということです。
「自分がいるチームの心理的安全性を確認するとしたら、都合の悪い報告でもちゃんと来るかどうかをチェックすると良いでしょう。心理的安全性が担保されていないと、都合の悪い報告はなかなかあがってきません。
あと、先ほど人材流動性の話をしましたが、自分をいかに高く売りつけるかが大事だと思うので、自分の持っているスキルセットは売り物になるのかということを振り返るとプラスになるんじゃないかなと思います。本日はありがとうございました!」
トークセッション① 「企業で働くKagglerのキャリアトーク」
続いては最初のトークセッションということで、「企業で働くKagglerのキャリアトーク」というテーマのもと、日本経済新聞社および日立製作所に在籍するKaggler3名がディスカッションを行いました。
登壇者プロフィール
日経イノベーション・ラボ 主任研究員
Lumada Data Science Lab. (LDSL) データサイエンスエキスパート
公共システム事業部 デジタルソリューション推進部
*¹ Materials Informatics
*² 材料開発ソリューション:日立 (hitachi.co.jp)
https://www.hitachi.co.jp/Prod/comp/app/mi/
Kaggleの取り組み
――まずはKaggleの魅力について教えてください。
石原 : ゲーム性があるところですね。世界中の方々と競い合いながら、かつ楽しみながら学びができるところがいいなと思います。社外のデータサイエンスや機械学習エンジニアの水準、外を知るための指標としても使えるのかなと思います。
諸橋 : 一言で言うと「楽しい」なのですが、なぜ楽しいのかを言語化しようとすると難しいですね。例えば、仕事でモデルを作るときは基本的に1人なのですが、コンペだと他の参加者と精度を競い合ったり、チームを組んで協力することもできるので、そういうところが面白いなと思っています。仕事で分析してるのに「早く帰ってコンペの分析をしたいな」というテンションになるくらいにハマってますね。
高原 : 様々な方と繋がれるのが魅力の1つですし、あとは分析手法の最新情報のキャッチアップをリアルタイムに行うことができる点がいいなと思います。例えば自身も参加したKaggleのPetFinder.my – Pawpularity Contestのコンペでは、コンペ終了数日前に論文で公開されたConvNeXt*³というアルゴリズムを実装して使用したということがありました。
――Kaggleで称号を取るのは並大抵ではないなと思うのですが、なぜそこまで続けられたのですか?
石原 : 最初の方に運良く良い成績を出すことができて、それが成功体験になりました。毎回勝てるわけではないので、負けず嫌いなところがうまくハマった気がします。
諸橋 : 前の自分よりもスキルが少しずつ上がっていき、できることが少しずつ増えていることが、続けている理由なのかなと思います。
高原 : 以前に参加したコンペの手法をまた別のコンペで使えたりするので、これまで参加してきたコンペの点と点がどんどんとつながっていくのが楽しいと思います。また、データの見方や分析手法については仕事でも活用できる場面があるので、実際に自分で手を動かして培ってきた技術が仕事で使える点も魅力だと思います。こういった楽しさや魅力がKaggleを続けている理由なのかなと思います。
あとはチーム参加の場合、仕事などの予定が終わって疲れている中でも夜な夜なみんなで集まって議論したり分析したりしているので、ワイワイガヤガヤするのが自分は好きなんだろうなと思っています。
Kagglerとしての今後について
――Kagglerとしての次の目標はいかがでしょうか?
石原 : 直近では、次のコンペに勝つというのが目標です。あと、私は今Kaggle Masterなので、Grandmasterにもきちんと挑戦したいと思っています。
諸橋 : 分析の領域は結構広いので、スキルはあまり持っていないけど興味がある分野、例えば強化学習の分野などのコンペにも今後参加したいなと思っています。また、テーブルデータのコンペに参加することが多いのですが、画像系や自然言語系にも出てスキルを磨きたいなと思います。称号で言うと、私もKaggle Masterなので長期的にはGrandmasterを取りたいなと思っています。
高原 : 私はフィールドが材料ということで、言語から画像、テーブルまで幅広く使うところにいるので、1個の分野と決めずに面白そうだったら出てみようかなと思っています。視聴者さまから質問もいただきましたが、今はU.S. Patent Phrase to Phrase Matchingという自然言語タスクのコンペに出ています。称号については、私は今Kaggle Expertなので、まずはMasterということで、おふたりの背中が早く見えるように精進したいなと思っています。
高原さんは、Social Tech Talk #03のイベント中に参加されていたKaggleの U.S. Patent Phrase to Phrase Matching コンペで他参加者と5名で結成したチームで銀メダル入賞を果たしました。
――最後に、これからKaggleを始めようかなと思っている人に向けてのアドバイスをお願いします。
石原 : Kaggleの入門記事をQiitaにあげているので、是非そちらを見てください!あと、Qiitaに記事を書いたことで出版社からご連絡をいただき、その内容を題材にして講談社さんから入門の書籍も出版したので、そちらも合わせてご参照ください。
諸橋 : Kaggleは思っているほど敷居は高くないです。もちろん、上位に食い込むのは大変ですが、タイタニック号の練習問題もありますし、だいたいどのコンペでも、とりあえず動かせばサブミットまでできるようなコードを公開してくれています。なので、それを見ながらちょっとずつ手を動かして、少しずつ登っていけばいいと思いますよ。あとは、僕も初心者向けに『Kaggleで磨く 機械学習の実践力』という本を出しているので、これから始める人がいたら是非見ていただければなと思います。
高原 : 石原さん、諸橋さんのおふたりをはじめ、有名な方がQiitaなどにKaggleの導入記事を書いてくださっているので、最初にやるべきことが分からない方にはお勧めです。そういう意味でも、以前よりは大分Kaggleに参加する敷居は低くなったのではないかいう印象をもっています。
トークセッション② 「AIエンジニア/データサイエンティストの育て方」
続いては2つ目のトークセッションということで、「AIエンジニア/データサイエンティストの育て方」というテーマのもと、エーアイアカデミー代表および日立製作所でデータサイエンティストの育成に携わるメンバーらがディスカッションを行いました。
登壇者プロフィール
創業者&代表取締役CEO
公共システム事業部 デジタルソリューション推進部
*⁴ High Performance Computing
*⁵ 日立が「デジタル人材10万人獲得」の大風呂敷計画、その実現性と秘策は?
https://diamond.jp/articles/-/302723
*⁶ 三菱ガス化学がマテリアルズインフォマティクスに本腰、日立との協創で
https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2204/18/news043.html
公共システム事業部 デジタルソリューション推進部
*⁷ 化学工学会 第86年会
http://www3.scej.org/meeting/86a/prog/session_SS-5.html
*⁸ ライオンが歯磨き粉の開発にMI活用、チューブへの充填性能も予測するAIとは
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/06805/
AIエンジニア育成課題・育成に必要な条件
――まずはAIエンジニア育成についての課題と条件について、日立製作所で考えていることや取り組みについて教えてください。
森田 : まずは前提となる会社の情報をお伝えします。日立では広く「社会インフラ事業」を推進しているのですが、その成長ドライバーとして、グリーン・デジタル・イノベーションを中心に据えて、1つはプラネタリーバウンダリー、もう1つは個人のウェルビーイングに矛先を向けて事業活動をしています。
その中で最も重要視しているのが、人財の獲得と育成であって、社内でも機運がものすごく高まっている状況です。
――人財の育成方針について、どのようにお考えでしょうか?
森田 : いかにリアルなデータに触れてデータ分析の結果を残してもらうか、というところにこだわって環境を整備しています。
一方で先ほどのテーマであったKaggleについては、部下全員にコンペで力を磨いてくださいと伝えていて、賞与など評価との連動もさせています。実際の現場では、Kaggleとはまた違う問題を抱えています。よって、例えばセキュリティの観点で通常は見ることが難しいお客さまのデータを分析してもらうなど、そういった醍醐味や楽しみ、苦しさを味わってもらいたいなと思って課題を持ってきています。
――学びという観点で、エーアイアカデミーではどのように考えていますか?
谷 : データサイエンティストには、お客さまへの提案が求められるところがありますし、Kaggleをやり込むということもあると思います。一方でAIエンジニアになると、UNIXに関するコマンド知識はもちろん、幅広いITエンジニアの知識・スキルが必要になると思います。求める基礎スキルはある程度共通化していますが、その後の用件が変わってくる認識で、AI Academyでもそのように設計しています。
AIエンジニア育成事例・育成プロジェクト参加者の声
――実際に日立製作所の育成プロジェクトに参加された立場として、感想を教えてください。
大澤 : OFF-JTとOJTがあるのですが、圧倒的にOJTが効果的だったと感じます。私の場合、素材メーカーのお客さまが抱えている課題に対して、MI(マテリアルズインフォマティクス)やAIをどのように活用できるかという観点でアプローチを考えていきました。具体的には、生の実験データをお客さまから拝借して課題解決のアプローチを検討し実行するという一連のプロセスを、年次の近い先輩と一緒に進めていくことになります。
自分も、当時4年目の先輩と一緒にデータ分析を進めていったのですが、用意された教材でもなく、その先輩が答えを知っているわけでもなく、データもきれいに整っていないので、「そもそもどうしようか」というところから始めていきました。
生々しいデータを扱うことで、単純なデータ分析だけでは解決できない壁に直面することもあるので、データサイエンススキルのみならずビジネススキルも学べました。また、チームの仲間が壁打ち相手になってくれるので、孤立せず研修を受けることができたのも大きかったかなと思いました。
――業務の難度の高さは、意図してやっているのですか?
森田 : はい。失敗したら私が責任とりますよと伝えていて、具体的に「◯◯円までは損失を出していい」と伝えています。その代わり思い切ってやってください、ともお伝えしています。私のところにきたら、漏れなくリアルデータです。
育成の必要性・今後の目標
――今後の目標を教えてください。
谷 : 今年に入ってから法人向け育成を強化しており、ビジネス職のような非エンジニア職にも、AIリテラシー教育を行うようにしています。今後は法人向けのリスキリング全般をやっていき、例えば社内でAI関連のチームの立ち上げもできるような支援をしていく予定です。
森田 : 日本での育成についてはある程度形になりつつあると思っているので、次はワールドワイドだと考えています。
例えばPoCをやるにしても、海外はアプローチから進め方まで全然違うので、日本流で進めようとしても全然通じません。向こうの価値観をちゃんと理解して我々の価値を認めてもらえるようにしないと全然話にならないので、いかに世界で活躍できるデータサイエンティストやAIエンジニアになれるかということに、今は特に注力しています。
いずれにせよ、学べる機会はたくさんあると思っているので、使えるものはちゃんと使い、自分の立ち位置をちゃんと把握した上で、AIエンジニアを生業にしたいのであれば今はチャンスであり、めざすべきかなと思いますよ。
トークセッション③ 「セキュリティ人材のキャリアトーク」
最後、3つ目のトークセッションでは「セキュリティ人材のキャリアトーク」というテーマのもと、トレンドマイクロと日立製作所のメンバーでディスカッションが行われました。
登壇者プロフィール
高知工業高等専門学校 サイバーセキュリティ実務家教員(副業先生)
東京電機大学 サイバーセキュリティ研究所 研究員
セキュリティアナリストについて
――最初に、セキュリティ領域の魅力について教えてください。
林 : 技術としてはプログラミングやネットワークですが、そこに「常に人が関わっている」のがセキュリティの面白さなのかなと思います。これには攻撃する側と守る側、そして社会からのリアクションがあります。その三者が興味関心を惹きつける要素だと思います。
青木 : 攻撃者は常に人の嫌がるところを狙ってくるので、「こういうところがひっかかるんだよな」というのを考えるのが楽しかったというのはあります。その上で、攻撃者も間違いを犯しますし、分析を進めると狙いも分かったりするので、不謹慎だけど脱出ゲームと似たようなところを感じるなと思っていて、そこが魅力かなと感じます。
――セキュリティの仕事って、有事の対応が多いと思うのですが、疲弊しませんか?
林 : 正直、そういう話は多々ありますよ。そうやって離れた人も知っています。じゃあ自分の場合はどうかというと、根幹にあるのが「ファイヤーファイタースピリッツ」(消防士の精神)を持ち続けることだと思っています。有事の際にはいち早く現場に駆けつけて、現場の問題を解消していく。その心構えをずっと持ち続けていくことが、ずっと業界でやり続けていくことにつながっていると思います。
セキュリティエンジニアとしての持続学習
――セキュリティ領域に苦手意識を持っている人たちは、まずは何から始め、どのような意識で持続学習をするべきですか?
青木 : 最近の傾向としてすごくいいなと思うのは、実際に検証してデータを見ようという取り組みが増えたことです。私の場合、入社後に会社を模擬したネットワークシステムを協力しながら作り、そこで実際にマルウェアを動かしてみて、中に入ってきた攻撃者が実際にどんな動きをするのかを学んでいきました。
その際に、ある程度のインシデントレスポンスをするとなると、ネットワーク構成などの付帯情報を知っていくというのがものすごく大事だと考えています。今のセキュリティの第一線を張っている人たちは、公共や金融のシステムを構築・運用してきたバックボーンがあるケースが多く、逆に新しくセキュリティとして入ってきた人たちはその基礎知識が抜けちゃっていたりします。セキュリティ一本で食っていくのも全然ありですが、代わりが効かない感じになってしまうところもあるので、私的には実体験に支えられたIT基礎知識・技術などを大事にしておくことが大切だと思っています。
林 : 私も高専で教えている時に、安全に繰り返し失敗できる環境を用意することに気をつけています。具体的には、仮想ソフトウェアやDocker(ドッカー)、クラウド、ネットワークシミュレーターなど。そこで延々と素振りをして、時には失敗をあえて経験することで、改善すべき部分も学びとして見えてくると考えています。
素養的な部分で言うと、必ずしもプログラミングは必要ではないのですが、そういった中でも一般的なプログラミング素養は写経でも構わないので、まずはやってみて、仕組みを理解することが大事だと思います。
なおモチベーションの維持には、インプットアウトプットのロギングをオススメしたいです。ロギングすることで振り返りを行い、学びを得て、次のステップに向かっていける。アウトプットは日頃の準備であって素振りだと思うので、蓄積があればいざと言うときにそれがポートフォリオという武器になるでしょう。
今後のセキュリティアナリストのキャリア
――最後に、セキュリティ人財を業界全体でどう育成していくべきかということについて、お考えを教えてください。
青木 : 少しでも興味を持ったらチャレンジしてみることをオススメします。
私も技術が強いわけではなく、現に外部組織に出向して技術周りのことをやっている時に、当時のマネージャーに「技術は苦手だね」と指摘されました。当時はそれをマイナスに捉えていましたが、今思えば私の特性ではありますし、「やってやる」と思って積み重ねた経験が役に立っているので、感謝しています。まずは、様々なことに取り組む人をみて「私もこれをやりたい」と思ったら、挑戦して触れてみることを考えるのが重要だと思います。
自分の中である程度軸が決まっていて仕事にしたいと思うこともあるかもしれませんが、組織に必要だと思われることと、自分がやりたいと考えていることは、実はなかなかマッチしないことが多いです。
そして、セキュリティ領域でもそういう理解がないような状況は多々あります。必要だと言ってもらえることもあれば、いらないと突き返されることもあるので、あまり自分の好きだけを押し付けるのではなく、相手の立場や世間の動向など様々な角度から必要だと認めてもらえるようにすることが大切だと言えます。
その上で質問の回答に戻りますが、今後のセキュリティ業界を考えると、世界中の組織がある程度協力しながらやっていかねばならない時代になっていくと思っています。なので、いろんな会社や団体と協力して、うまく仕組み化して回していく活動が必要だと考えています。
編集後記
どのセッションも各領域の第一線で活躍されている方々によるディスカッションが展開されており、内容の密度が非常に濃く、学びが深い時間だったと感じます。
特にまつもとゆきひろさんからの心理的安全性に関するメッセージは、普段なかなかじっくりと聞く機会が少ない内容だと思うので、自身の職場環境を省みるきっかけになった方も多いのではないかと推察します。
また記事では言及しませんでしたが、個人的にはまつもとさんのお話の中でも、ジェラルド・ワインバーグ著『プログラミングの心理学』で書かれているエゴレス・プログラミングの重要性の話が改めて刺さりました。プログラミング下においては自意識を抑え、改善点を積極的に受け入れる意識でいることが円滑なチーム運営につながるという話は、いつの時代でも変わらない法則なんだろうと感じました。
取材/文:長岡武司
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