参考
村上春樹風の文章自動生成 #自然言語処理 - Qiita
GPT-3による村上春樹風の文章自動生成 #自然言語処理 - Qiita
chatGPT plus(GPT-4(有償版))で村上春樹風の文章を自動生成 #ChatGPT - Qiita
村上春樹風にファインチューニングの物語を作った #AI - Qiita
出力結果
Azure ロールベースのアクセス制御 (Azure RBAC) とは | Microsoft Learn
「アクセスを管理する仕組み」と僕は繰り返した。「でも、それだけじゃない」
「それだけじゃない?」
「それだけじゃない。誰が触れるかだけじゃなくて、何をしていいのか、どこまで行っていいのか。その境界線を決めるものなんだ」
彼女は少しだけ頷いた。その頷きは完全な理解というより、理解へ向かう途中駅のようなものだった。Azure RBAC は Azure Resource Manager の上に静かに建っている。土台のように。あるいは古い港町に積まれた石畳のように。その上を人は歩き、荷物を運び、ときどき道に迷う。
細かく決められるのだ、権限は。
はじまり
やれやれ。私は村上春樹作品が好きだ。
小説を一冊読むと、人は感想をつぶやく。感想だけを書くこともできるし、誰かに勧めることもできる。でも私は、プロンプトを書きたくなった。小説そのものではなく、小説がどんなリズムで息をしていたのか。別の言葉で確かめてみたかったのだ。
村上春樹を初めて読んだのは高校を卒業した春休み、「アンダーグラウンド」が初めてだ。流れるようでなめらかで心地の良い文章を覚えている。扱う題材がノンフィクションなのにどこか浮遊感があってどちらかというと彼の本業であろうフィクションではなくこちらから入って良かったというくらいには、村上春樹との初めての出会いがアンダーグラウンドで良かった。
それから新刊が出るたびに、少しだけ特別なところに村上春樹はいた。上海に出かけるときもその頃に新刊だった一冊をお守りのように持って行った。上海から帰るときにもその一冊はあえてオフィスにおいてきた。誰かに読んでもらえたらいいなと思った。普通に処分されてしまったと思うのだが。
村上春樹の新刊は初めて女性が主人公らしい。舞台も身近な武蔵境だ。小説の中に武蔵境らしさははっきり言って何もないし、主人公の女性も女性らしくない気もする。逆になぜ女性を主人公にしたのか聞いてみたい。文明の果つるところとまでいう武蔵境をなぜ選んだかも聞きたい。
本題の「夏帆」だ。読んでいてそんなはずはないのにこの村上春樹の文章は AI が書いたのではないかという気持ちになった。何の揶揄でもなくそのくらい村上春樹の生み出す文章は元々独特の非現実感と浮遊感とそれでいて秩序だった読みやすさが相まってまるで AI がなめらかにただ何の情緒もなく機械的に生み出した文章のように思える。私は気づいた。AI などない時代にこの文章を生み出していたことそのものがまさに、村上春樹のすごさすさまじさそれそのものだったのだ。しかし AI というものができた今、その村上春樹の村上春樹たるところに気づかされるという衝撃的な体験をすることになった。
なぜ村上春樹は読みやすいのか。それは極めて論理的だからだとおもう。武蔵境とアリクイと、とぎやとしろありとブラジル。訳がわからないがすべては関連していて登場人物たちはそれを受け入れている。
独特の浮遊感は健在だし相変わらず読みやすい。村上春樹はもういい年なのに、この小説を書ききる体力と想像力と集中力やらはやはりとてつもないものとしか思えない。ノーベル賞はもはやとらなくて良い。AI もきっとこの村上春樹感を再現させるのは簡単だろう。それくらい独特の村上春樹らしい文章。指紋あるいは声紋のようなものだ。
まとめ
さてそんなことを考えながら「夏帆」を読破した(上の文章はすべて自力で書いた)んですが、書きたくなりますよね、村上春樹的な文章。最終的に文章を咀嚼しながらプロンプトを作ったのでした。
上の文章を村上春樹風に描写してください。村上春樹風な文章とは以下の要素です。
- 英語の文章を翻訳しなおしたような描写
- 動物やちょっと遠い外国などの不思議な違和感を帯びた比喩
- 登場人物のやり取りの中に相手の言葉を繰り返すことで咀嚼しつつしきれないようなズレ
- 突然の倒置法
- 猫
- やれやれ
- あるいはそうかもしれない
結局私は村上春樹の小説というよりも、村上春樹らしい文章でそれらしい雰囲気に浸るのが好きなのかもしれません。これで何でも村上春樹化できます。でも「村上春樹そのものではなく、雰囲気を借りたオマージュです。」と AI は言っています。簡単になっちゃったなあ、それらしい春樹生成。それは古い港町に積まれた石畳のように。RBAC の道に迷うひとのように (オチ)。