この記事は「公開データだけで市場の変化を先読みする」シリーズの第4弾です。
第1〜3弾では「なぜ起きたか」を家計調査で読み解いてきました。
今回からは「次に何が起きるか」を統計から先読みする視点に移行します。
シリーズ: 公開データだけで市場の通説を検証する(総集編)
第1弾: 「暑すぎて秋物が売れない」は本当か? 気温・検索・購買データで17年を検証した
第2弾: 「暑すぎて秋物が売れない」を検証したら、犯人は気温ではなく家計だった
第3弾: 「節約している」は本当か? 家計調査17年分で見えた削られる消費、守られる消費
総集編: 【総集編】AIでデータ分析・市場縮小の犯人を探したら、顧客の優先順位が変わっていた
はじめに:一見まったく関係のない2つの現象
2022〜2023年にかけて、ある現象が話題になった。
おにぎり専門店の急増だ。都市部を中心に、1個200〜400円のこだわりおにぎりを売る専門店が次々と開業した。「そんな高いおにぎり誰が買うんだ」という声もある一方、行列のできる繁盛店も生まれた。
同じ頃、別の統計がひっそりと変化していた。ペット関連支出が、物価高の局面でも減らなかったのだ。
食料品全般が値上がりし、多くの家計が支出を削り始めた2022〜2024年。しかしペットフードへの実質支出は増え続けた。
一見まったく関係のないこの2つの現象に、同じ構造が隠れていた。
「本来は自分でやっていたことを、市場が引き受けた」 という構造だ。
この記事では家計調査の20年分のデータを使って、その共通点を追う。そしてその先に、業態発明を「先読みする」ための視点が見えてくる。
1. ペットフードは3つの経済ショックで何が起きたか
家計調査(総務省)の品目分類データから、ペット関連4品目の実質支出(CPI総合でデフレート)を2000年から追った。

図1:ペット関連4品目の実質支出指数(2000年=100、二人以上世帯)
ペットフードと動物病院代が一貫して右肩上がりであることがわかる。特に動物病院代は2000年比で+85%(2024年)。単なる物価上昇ではなく、実質的な需要増だ。
3つの経済ショック——リーマンショック・コロナ禍・物価高——でそれぞれどれだけ変化したかを比較すると、その特異性がより鮮明になる。
ペットフードは3局面すべてでプラスだった。
| リーマン | コロナ | 物価高 | |
|---|---|---|---|
| ペットフード | +5.6% | +6.0% | +17.6% |
| 動物病院代 | +4.8% | -0.5% | +10.1% |
| おにぎり | -0.1% | -7.2% | +19.5% |
| 外食(一般) | -1.6% | -27.4% | +43.6%※ |
| 被服 | -2.8% | -18.8% | +1.3% |
※外食はコロナ底からの回復効果を含む
外食がコロナで-27.4%と大きく落ち込んだのに対し、ペットフードはコロナ禍でも+6.0%。被服が物価高でほぼ横ばいのなか、ペットフードは+17.6%。経済的に厳しい局面でも、ペット関連支出は削られなかった。
2. おにぎり専門店は「需要の後から」生まれた
おにぎり専門店の話に戻ろう。2022〜2023年に急増した専門店ブームは、マーケターが仕掛けたものだったのか?
家計調査の「おにぎり・その他」品目の実質支出を追うと、答えが見えてくる。

図3:おにぎり実質支出の推移(2010年=100)と専門店ブームのタイミング
2010年から既に需要は増え始めていた。 専門店ブームの10年以上前から、家計のおにぎり支出は静かに上昇していた。
ただし、2010〜2022年の伸びは主にコンビニおにぎりの日常食化だ。「ご飯を炊く手間」をコンビニに委ねる人が増え、おにぎりにお金を払う心理的ハードルが下がった。
そして2022年の専門店ブームは、そこからさらに一段上がった動きだ。「手間の外部化」から「こだわりと体験の外部化」へ——コンビニおにぎりが「普通においしい」になったとき、「もう少しこだわりたい」という余白が生まれた。専門店はその余白に入ったのだ。
つまり2022〜2023年の専門店ブームは、ゼロから需要を作ったのではない。コンビニで10年かけて耕された土壌の上に、次のレイヤーが開花したタイミングだった。
おにぎり専門店が生まれる前、多くの人は「おにぎり専門店が欲しい」とは言っていなかった。でも心の中にはこんな不満が蓄積していた。
「ご飯炊くのが面倒」
「コンビニで済ませたい、でももう少しおいしいものが食べたい」
「毎日食べるものだから、少しこだわりたい」
その不満を拾ったのが、専門店という業態だった。
3. 2つに共通していたもの
ペットとおにぎり。一見まったく違う市場だが、構造は同じだ。
| ペット | おにぎり | |
|---|---|---|
| 本来は自分でやっていたこと | 栄養管理・医療判断 | 炊飯・調理 |
| 市場が引き受けたもの | ペットフード・動物病院 | おにぎり専門店・惣菜 |
| 外部化されたコスト | 判断コスト・感情的負担 | 調理時間・手間 |
共通しているのは、**「本来自分でやっていたこと(コスト)を、市場が引き受けた」**という構造だ。
これは新しい話ではない。
4. 外部化の歴史——人は少しずつ「面倒」を手放してきた
ペットとおにぎりの共通点は、特殊な事例ではない。むしろ100年以上続いている消費行動の延長線上にある。
| 時代 | 外部化したもの | 代表例 |
|---|---|---|
| 家電時代 | 体力 | 洗濯機・掃除機・炊飯器 |
| コンビニ時代 | 調理時間 | 弁当・惣菜・おにぎり専門店 |
| サービス時代 | 家事・管理 | 家事代行・サブスクリプション |
| AI時代 | 認知・判断 | AI・自動化 |
人間が怠惰になったのではない。価値を感じない作業を、より安く実行できる仕組みに委ねるようになっただけだ。
面白いのは、各時代でまったく同じ反応が繰り返されることだ。
- 洗濯機が登場したとき:「手で洗えばいい」
- コンビニ弁当が普及したとき:「家で作ればいい」
- 家事代行が出てきたとき:「自分で掃除すればいい」
しかし20年後に振り返ると、「なんであんな面倒なことを自分でやっていたんだろう」になる。ペットフードもおにぎり専門店も、この長い流れの中の一コマだ。
実はこの「面倒」には、体力や時間だけでなく認知の負担も含まれている。おにぎり専門店を選ぶとき、人は「今夜何を食べるか」という判断から解放される。動物病院に頼るとき、人は「この症状は大丈夫か」という不安から解放される。ChatGPTに要約を頼むとき、人は「どう読めばいいか」という思考から解放される。形は違えど、根底にあるのは同じ欲求——脳のキャパシティを、自分が価値を感じることへ向けたい——だ。
5. なぜ「外部化された市場」は削られにくいのか
ペットフードが3局面で削られなかった理由は、「高くても買い続けたい」という感情的なコミットメントがある。でも、それだけではない。
一度外部化したコストは、元に戻すのが難しい。
おにぎりを専門店で買い始めた人が「やっぱり自分で炊こう」と戻るためには、米を炊く時間を確保し直し、習慣を変え直す必要がある。動物病院に行き始めたペット飼い主が「自分で診断しよう」とは思わない。
外部化された市場は、「復帰コスト」が見えにくい形で高くなっている。
「解約する」コストではなく、「元の自分でやる生活に戻る」コストだ。おにぎりをやめれば炊飯と献立と買い出しが戻ってくる。動物病院をやめれば医療判断を自分でしなければならない。
ただし、ペットとおにぎりでは「戻れなさの質」が違う点には触れておきたい。
ペット医療は不可逆な聖域だ。命に関わるリスク判断を一度プロに委ねたら、「お金がないから今月は病院をやめよう」にはならない。一方、おにぎりの物価高局面での急増には別の側面もある——1回1,500円の外食を諦めた人が「300円で少し贅沢できる専門店」に流れた、防衛的なトレードダウンという動きだ。自炊からの避難であると同時に、外食からの降下でもある。
形は違えど、どちらも家計が「自分でやる(我慢する)」ことの限界に達した結果だ。
そして、外部化されていれば必ず削られないわけではない。実際にはコロナ禍で大きく落ち込んだ外部化サービスも存在した。削られた市場と削られなかった市場の違いが何なのか——それは次回掘り下げる。
6. 経営者への問い
今回の分析から浮かぶのは、次の3つの問いだ。
問い①:顧客は何を「負担」として抱えているか?
問い②:顧客は何を「面倒だ」と感じながら続けているか?
問い③:顧客は何をまだ自分でやっているか?
「次に伸びる商品は何か」ではなく、この3問から考えると、業態発明のヒントが見えてくる。
おにぎり専門店が生まれた背景には「炊飯という面倒」があった。動物病院が伸びた背景には「ペット医療の判断という不安」があった。どちらも、顧客が「自分でやり続けていること」の中に答えがあった。
人々は価値を感じない作業を市場に委ねる方向へ、一貫して動いている。
だから市場を探すときは、「何が売れるか」ではなく、「人々は何から解放されたいのか」を見る方が早い。
そして——ここが重要だが——その変化は業態が生まれる前から、家計調査に現れている。
おにぎり専門店ができる前に、おにぎり支出は伸びていた。ペット保険が普及する前に、動物病院代は増えていた。業態発明の前に、統計への蓄積がある。
次回予告
次回(最終回)は、この「外部化パターン」を家計調査の全541品目に適用し、「次に業態発明が起きそうな市場」を統計データからスクリーニングする。
条件は単純だ。「需要が積み上がっているのに、まだ誰も十分に収益化していない市場」を探す。
候補として浮かび上がってきた市場には、意外な共通点があった。
「家計調査が20年かけて記録していたのは、購買履歴ではなかった。
人々が価値を感じない作業を、少しずつ市場に委ねてきた軌跡だった。
そしてその委ねる行為は、業態発明より先に統計へ現れる。
データは変わっていない。変わったのは問いだった。」
分析メモ
データソース:
総務省「家計調査」品目分類 年次データ(e-Stat API、statsDataId: 0003348239)
総務省「消費者物価指数」2020年基準(e-Stat API、statsDataId: 0003427113)
実質化の方法:
名目支出額 ÷ CPI総合指数(年平均)× 100
対象:二人以上の世帯
対象期間: 2000〜2024年(ペット関連)、2000〜2024年(おにぎり)
品目コード(2020年改定):
ペットフード: 090204030 / 動物病院代: 090205010
ペット用品: 090204040 / ペット関連サービス: 090205020
おにぎり・その他: 010910030
