シリーズ: 公開データだけで市場の通説を検証する(第3弾)
第1弾: 「暑すぎて秋物が売れない」は本当か? 気温・検索・購買データで17年を検証した
第2弾: 「暑すぎて秋物が売れない」を検証したら、犯人は気温ではなく家計だった
データ: 総務省「家計調査」品目分類・用途分類(2000〜2024年)
前回の結論と残った問い
第2弾では、秋冬アパレル支出の長期的な減少を家計構造から説明した。
食料・通信・医療費といった支出が増え、被服費が「押し出されていた」という構造が見えた。
ここで新たな問いが生まれる。
では、押し出した先に何があったのか。日本人は消費をやめたのか、それとも「何に使うか」を変えたのか。
「節約で苦しい」は毎年のように語られる。しかし家計調査を丁寧に追うと、削られたものと守られたものの間に、鮮明な非対称がある。
検証①:「モノから体験へ」は本当か
「モノを買わなくなった代わりに、旅行やライブなど体験にお金を使うようになった」──これはよく聞かれる言葉だ。
家計調査の消費支出構成比(2000→2024年)で確かめた。
| 費目 | 2000年 | 2024年 | 変化 |
|---|---|---|---|
| 被服及び履物 | 5.09% | 3.20% | -1.89pp |
| 家具・家事用品 | 3.47% | 4.20% | +0.73pp |
| 教養娯楽(体験の代理) | 10.10% | 9.69% | -0.40pp |
| 食料 | 23.3% | 28.3% | +5.02pp |
| 保健医療 | 3.58% | 5.09% | +1.51pp |
| 交通・通信 | 11.47% | 13.85% | +2.39pp |
「モノから体験へ」は、両方向で外れた。
被服は確かに減った(-1.89pp)。しかし体験の代理として見た教養娯楽も微減(-0.40pp)だった。
本当に増えたのは食料・保健医療・交通通信という「固定費」だ。この3費目だけで合計**+8.9pp**増加している。
消費支出全体に占める「固定費計(食料+住居+光熱水道+保健医療+交通通信)」は2000年の51.6%から2024年の61.0%へ、+9.4pp膨張した。収入が同じなら、消費支出の6割以上が先に埋まる構造になっている。

図1:何が増え、何が減ったか。赤が増加(固定費化)、青が減少(モノ消費)。食料+5.02ppが圧倒的に大きい。
検証②:外食は本当に物価高で減ったのか
「物価高で外食を控えている」もよく聞く。データはどうか。
家計調査で食料支出を外食・中食(調理食品)・内食に分解し、2000〜2024年の構成比を追った。
食料支出に占める割合:
外食比率 中食比率 内食比率
2000年 16.7% 10.8% 72.5%
2019年 16.9% 13.8% 69.3%
2020年 12.5% 14.1% 73.4% ← コロナ急落
2024年 16.1% 14.9% 69.0%
驚くべきことに、外食比率は2000〜2019年の20年間、ほぼ横ばいだった。
外食を急落させたのは物価高ではなく、コロナだった(2020年: -4.4pp)。物価高で外食が減ったという説を、このデータは支持しない。
一方、静かに増えていたのは中食(調理食品:弁当・惣菜・冷凍食品)だ。2000年の10.8%から2024年の14.9%へ、+4.1ppのじわじわとした上昇。コロナ後も定着している。
「節約で自炊回帰」ではなく、「調理を外部化している」方向の変化だ。コロナ後に外食が8割近く回復した一方で、中食だけが高止まりしているのは、タイパ重視の生活スタイルが定着した痕跡かもしれない。

図2:外食比率は2000〜2019年の20年間ほぼ横ばい。急落させたのは物価高ではなくコロナ(2020年)だった。中食(調理食品)は一貫して増加し、コロナ後も定着している。
教養娯楽「大分類 -0.4pp」の内側
教養娯楽全体が微減(-0.40pp)だったことは確認した。ただしこれは大分類の話だ。
品目分類(statsDataId: 0003348233)で2007〜2024年の変化を品目別に見ると、真逆の動きが共存していた。
年間支出の増加 TOP5(2007→2024):
| 品目 | 増加額 | 性質 |
|---|---|---|
| インターネット接続料 | +25,297円 | 関係インフラ |
| 宿泊料 | +22,990円 | 旅行体験 |
| ゴルフプレー料金 | +9,565円 | スポーツ |
| 動物病院代 | +6,962円 | ペット |
| ペットフード | +6,734円 | ペット |
年間支出の減少 TOP5(2007→2024):
| 品目 | 変化額 |
|---|---|
| ゲーム機 | -1,741円 |
| 外国パック旅行費 | -734円 |
| CD・DVD | -187円 |
| 雑誌 | -92円 |
全グループ(旅行・スポーツ習い事・エンタメ・デジタル・ペット)の名目金額はすべて増加している。
教養娯楽の構成比が微減した理由は「体験消費が減ったから」ではない。食料・医療・通信の伸びが圧倒的に大きく、相対的に構成比で負けたためだ。
最大の増加品目は「ネット回線代」だった
ここで注目したいのは増加額1位の**インターネット接続料(+25,297円)**だ。
「教養娯楽」カテゴリに分類されていながら、その実態は旅行でも映画でもない。ネット回線代だ。
2007年当時、インターネット接続料はまだ「あると便利なサービス」だった。2024年の今、それは電気代・水道代と同じ「止められない生活インフラ」になっている。スマートフォン、在宅ワーク、動画配信、SNS──あらゆる生活の前提にネット接続がある。
「娯楽にお金をかけるようになった」ではなく、「娯楽のための前提インフラが固定費化した」というのが正確な解釈だ。
教養娯楽の中でさえ、固定費化は進んでいる。

図3:教養娯楽の内側の変化。最大増加品目はインターネット接続料(+25,297円)。2位の宿泊料(+22,990円)を大きく上回る。CD・DVD・ゲーム機は減少。
ペット消費という特異点
教養娯楽の内訳でひときわ目を引く動きがある。ペットだ。
| 費目 | 2007年 | 2024年 | 変化率 |
|---|---|---|---|
| ペット合計 | 8,454円 | 30,024円 | +255% |
| 動物病院代 | 2,610円 | 9,572円 | +267% |
| ペットフード | 3,223円 | 9,957円 | +209% |
2024年の年間ペット支出(30,024円)は、宿泊料(34,349円)に迫る規模になっている。 映画・演劇(7,059円)の4倍以上だ。
①コロナで唯一増えた体験消費
コロナ禍(2020〜21年)各費目の変化(コロナ前比):
旅行(宿泊料) -66% ← 壊滅
映画・演劇 急落
スポーツ月謝 減少
ペット合計 +10% ← 唯一の増加
外出制限で旅行・映画・スポーツが軒並み崩れた2020〜21年、ペット支出だけが増えた。コロナ後もペットは増加を続け(コロナ後22-24平均: コロナ前比+23%)、旅行はまだコロナ前水準に戻っていない(-18%)。

図4:2007年を100とした成長指数。コロナ禍(グレー区間)で旅行・映画・スポーツが急落する中、ペット合計は355まで一貫上昇。景気や外的ショックに左右されない消費構造を示している。
②動物病院代がペットフードに追いついた
動物病院代 ÷ ペットフード の比率:
2007年: 0.81倍(フードの8割しか病院に使わない)
2017年: 1.02倍(病院代がフードを超えた)
2024年: 0.96倍(ほぼ並んだ状態が定着)
2007年は「飼う」の比重が大きかった。今は「医療で守る」に変わっている。
動物病院代の伸び(+267%)はペットフード(+209%)を上回る。ペット消費の高度化が進んでいる。

図5:左は両指標の年間支出(円)の推移。右は「動物病院代÷ペットフード」の比率。2007年の0.81倍から2017年に1.02倍へ逆転した。「飼う」から「医療で守る」への変化を示す。
③景気に左右されにくい一貫した成長
ペット支出はリーマンショック時も含め、2007年から2024年まで一貫して増加している。旅行・映画・外食といった他の体験消費が景気や外的ショックで大きく揺れるのと対照的だ。
削られたものと守られたものの非対称
今回の分析で見えてきたパターンを整理する。
削られたもの:
- 被服(2000年5.09% → 2024年3.20%、-1.89pp)
- CD・DVD・ゲーム機(縮小)
- 雑誌(縮小)
守られた・伸びたもの:
- ペット(+255%)
- スポーツ習い事(+171%)
- インターネット接続料(+145%)
- 映画・エンタメ(+117%)
- 宿泊・旅行(+57%)
削られたものの共通点は「所有・ストック・季節性」。守られたものの共通点は「関係・習慣・つながり」だ。
ペットは象徴的だ。動物病院代がフード代と並んだというのは、「飼う」から「家族として一緒に暮らす」への変化を示している。ペット産業は実質的に「家族産業」になっている。
ただし、この「関係性」という解釈は仮説の域を出ない。データが示しているのはあくまで「このパターンが観察された」という事実だ。
経営者・マーケターへの示唆
本分析はデータの観察であり処方箋ではない。ただ今回の結果からは、問いを立て直すためのヒントが見える。
示唆①:競合相手は同業他社ではないかもしれない
被服の競合は食料・医療・通信という「必需化した支出」だった。業界内の競争だけを見ていると、家計の優先順位という上流の変化を見落とす。「誰と戦うか」の前に「何と戦っているか」を問い直す必要があるかもしれない。
示唆②:コロナ耐性のある消費の特徴
旅行・映画がコロナで崩壊した一方、ペット・インターネットは増えた。外的ショックに強い消費の共通点は「物理的な外出に依存しない」「習慣化している」「感情的な結びつきが強い」ことだ。
示唆③:「季節が来たから買う」から「関係があるから使う」へ
被服の減少、外食の横ばい、アイスの脱季節化(別シリーズ参照)──これらは「季節・イベント起因の消費」の弱体化を共通して示している。ペット・スポーツ習い事・インターネットは季節に依存せず継続する。
「いつ売るか」より「なぜ使い続けるか」を問う必要があるかもしれない。
示唆④:「節約している」は半分しか正しくない
固定費化(+9.4pp)は事実だ。しかしペット支出は17年で3.5倍になった。「みんな苦しくて切り詰めている」ではなく、「優先順位が変わった結果、選ばれたものには使う」というのがデータの示す姿だ。
マーケティングの問いは「どうすれば買ってもらえるか」から「どうすれば優先されるか」に変わっているかもしれない。
留意事項
- 本分析は相関・傾向の観察であり、因果関係の特定ではない
- 「関係性消費」という表現はパターンの解釈であり、データが直接示した概念ではない
- 家計調査は二人以上世帯が対象(単身・若年世帯の動向は別途必要)
- ペット支出の増加要因(単価上昇 vs 飼育頭数増加 vs 高度化)の分解はできていない
- 2007年開始のデータのため、それ以前の構造変化は追えていない
- n=17〜25年の期間であり、長期トレンドの解釈には限界がある
おわりに
「日本人はなぜ服を買わなくなったのか」から始まった分析が、削られたものと守られたものの非対称な構造を明らかにした。
固定費が家計を圧迫する中で、ペット・スポーツ・旅行・ネット環境には使い続けている。削られたのは衣料品・出版・パッケージ化されたエンタメだった。
これを「節約」と呼ぶのは正確ではない。
削られたのは服や雑誌のような「所有型の消費」だった。一方でペット・スポーツ習い事・ネット環境のような、日常的に関わり続ける消費にはお金が残っていた。
これを「関係性消費へのシフト」と呼ぶのはまだ早いかもしれない。しかし少なくともデータは、日本人が単純に節約しているのではなく、「何を優先するか」を選び直していることを示している。
公開データだけで「市場の通説」に疑問を呈し、別の構造を見つける。それが今回試みたアプローチだ。
分析環境・データ
-
消費支出構成比: 総務省「家計調査」用途分類 月次(statsDataId:
0002070001) -
教養娯楽品目別: 総務省「家計調査」品目分類 四半期(statsDataId:
0003348233) -
食料サブカテゴリ: 同上(外食: cat01=
098、調理食品: cat01=090) - 期間: 2000〜2024年(用途分類)/ 2007〜2024年(品目分類)
- 対象: 二人以上の世帯・全国平均
# ペット消費の成長率計算(コア部分)
pv = annual.pivot(index="year", columns="label", values="amount")
pet_growth = (pv.loc[2024, "ペット合計"] / pv.loc[2007, "ペット合計"] - 1) * 100
# → +255%
hospital_ratio = pv["動物病院代"] / pv["ペットフード"]
# → 2007: 0.81x → 2017: 1.02x → 2024: 0.96x
シリーズ: 公開データだけで市場の通説を検証する
第1弾: 「暑すぎて秋物が売れない」は本当か? 気温・検索・購買データで17年を検証した
第2弾: 「暑すぎて秋物が売れない」を検証したら、犯人は気温ではなく家計だった
データ: 総務省「家計調査」品目分類・用途分類(2000〜2024年)