データ: 総務省「家計調査」四半期支出 (2008-2024) / 気象庁 月別平均気温 / Google Trends
シリーズ: 公開データだけで市場の通説を検証する
毎年秋になると聞こえてくる話
「今年も暑くて秋物が動かない」
アパレル業界の決算説明や業界紙でよく目にする言葉だ。温暖化が進む日本で、「秋冬商戦の不振 = 暑さのせい」は半ば常識として語られている。
でも本当にそうなのか。
公開データだけで検証してみた。使ったのは3つのデータソースだ。
①気象庁 : 東京7〜12月 月別平均気温(2008〜2024年)
②Google Trends : 「コート」「衣替え」「ニット」の月次検索量
③総務省家計調査 : 婦人用コート・男子用コート・セーター の四半期支出
検証①:気温は秋冬アパレル支出を説明するか
まず直球で確かめる。東京の各月の平均気温と、Q4(10〜12月)秋冬アパレル支出の相関係数を計算した(n=17, 2008〜2024年)。
| 月 | r | p値 |
|---|---|---|
| 7月 | +0.056 | 0.83 |
| 8月 | -0.264 | 0.31 |
| 9月 | -0.227 | 0.38 |
| 10月 | +0.140 | 0.59 |
| 11月 | -0.244 | 0.35 |
| 12月 | -0.115 | 0.66 |
7月から12月のいずれの月においても、Q4秋冬アパレル支出との有意な相関は確認できなかった。
最も強い相関でも r = -0.264(8月気温)にとどまる。
なお n=17 は検出力として十分ではなく、「気温と無相関」と断言するのは早計だ。ただ「気温だけで秋物商戦を説明できる」という仮説を、このデータは支持しない。
検証②:Google Trendsは何を語るか
検索行動は購買の先行指標になる。「コート」「衣替え」の検索ピークが後ろ倒しになっているなら、それ自体が需要の変化を示す。
「コート」検索ピーク月の推移:
| 期間 | ピーク月 |
|---|---|
| 2007〜2012年 | 11月 |
| 2013年以降 | 12月 |
検索のピークが1ヶ月後ろ倒しになっていた。「コートを探し始める時期」が遅れている。これは行動の変化として確かに存在する。
ただし、この検索の後退と気温の相関を取ると、有意な関係は見えなかった(気温が高い年に特に遅れるわけではない)。「検索の後退 = 気温のせい」という因果は、データからは読み取れない。
検証③:気温の説明力はわずか2%、構造変化は58%
Q4の秋冬アパレル(婦人用コート・男子用コート・婦人用セーター・男子用セーター)の四半期合計支出を2008年から追った。
絶対支出の推移:
| 年 | Q4支出(4品目合計) |
|---|---|
| 2008年 | 5,724円 |
| 2014年 | 6,455円(ピーク) |
| 2019年 | 4,768円 |
| 2024年 | 3,603円 |
2008→2024で -2,121円(-37%) の減少。
2変数モデル: Q4支出 = α + β1×10月気温 + β2×年数
| 変数 | 係数 | p値 |
|---|---|---|
| 10月気温 | -39.5円/℃ | 0.80(非有意) |
| 年トレンド | -133.8円/年 | 0.0005(★★★) |
| R² | 0.602 | — |
気温の説明力: R²=0.019(2%)
年トレンドの説明力: R²=0.583(58%)
「暑い年ほど売れない」パターンは数字に表れなかった。代わりに、気温に関係なく毎年-134円ずつ減り続ける構造変化が、非常に強く検出された。
さらに、COVID-19前後で比較すると:
- COVID前(2008〜2019年)平均: 5,631円/Q4
- COVID後(2021〜2024年)平均: 4,049円/Q4
- 断絶: -1,582円(-28%)
構造変化の速度がCOVIDで加速した可能性がある。
三角測量の結果
| 指標 | 発見 |
|---|---|
| 気温(7〜12月) | Q4支出との有意な相関は確認できず |
| Google Trends | 検索ピーク: 11月→12月(1ヶ月後退) |
| 家計調査 | -134円/年のトレンドが高度に有意(p=0.0005) |
「暑さ犯人説」をデータは積極的に支持しなかった。
代わりに見えてきたもの:
【同時に観測された2つの変化】
A. 検索ピークの後退(Google Trends)
コート検索のピーク: 11月 → 12月(1ヶ月後退)
B. 長期的な支出縮小(家計調査)
-134円/年(p=0.0005)、気温では説明できず(R²=2%)
COVID断絶: -28%
※AとBの因果関係は本分析では示せていない
ただし両者が同じ方向(遅れ・縮小)を向いていることは確認できた
「秋になっても買わなくなった」理由を気温に求めるのは、少なくとも今回の分析では根拠が弱い。EC移行、ファストファッションの浸透、衣料品支出優先度の低下、人口構成の変化——こうした複合的な構造変化を、データは指し示している。
この分析は他業界にも使える
今回使ったのは、気象庁・Google Trends・総務省の無料データだけだ。
同じフレームワークは、こう転用できる:
| 業界 | 「通説」 | 検証できること |
|---|---|---|
| コンビニ | 暑い夏は飲料が売れる | 気温×飲料支出の相関 |
| 食品メーカー | 寒くなると鍋の売上が上がる | 気温×鍋つゆ支出の構造 |
| 住宅 | 金利が上がると売れなくなる | 金利×着工件数×検索量 |
| 観光 | 円安で外国人観光客が増えた | 為替×訪日客数×消費単価 |
重要なのは「売上データ単体」を見るのではなく、物理環境・行動意図・実購買を別々に観測することだ。
三つのデータが「暑さ犯人説」に疑問を呈したように、複数の独立した指標を重ねると、単一指標では見えなかった構造が浮かび上がる。
今回の分析は、その一例に過ぎない。
分析環境・データ・留意事項
データ:
- 総務省「家計調査」品目別四半期支出(statsDataId:
0003348233) - 気象庁 月別平均気温(東京, 2008-2024年)
- Google Trends(pytrends ライブラリ)
主な限界:
- n=17(検出力が十分でない可能性あり)
- 月別平均気温のみ使用(最高気温・猛暑日数は未分析)
- 東京の気温のみ(全国気温との分析は別途必要)
- 家計調査は二人以上世帯が対象(単身世帯の動向は別データが必要)
# 2変数回帰のコアロジック
X = np.column_stack([np.ones(n), temp_oct, year_num])
coeffs, _, _, _ = np.linalg.lstsq(X, q4_spending, rcond=None)
# alpha, beta_temp, beta_year = coeffs
# → beta_temp p=0.80(非有意), beta_year p=0.0005(★★★)
次回: 「コンビニ離れは本当か? 人口・世帯・消費データで通説を検証する」(予定)
