背景と目的
ティール組織の組織モデルの変化から、
時代の切り口を"潮流"と目印となる"旗"で考える。
1. 潮流
1.1. SINIC理論
「SINIC理論」とは、社会のニーズを先取りした経営をするためには、未来の社会を予測する必要があるとの考えから、オムロン創業者・立石一真らが1970年の国際未来学会で発表した理論です。(中略)
SINICとは“Seed-Innovation to Need-Impetus Cyclic Evolution”の頭文字をとったもので、新しい科学が新しい技術を生み、それが社会へのインパクトとなって社会の変貌を促すというもの。
”SINIC.media”より
2025年現在は、下記の状態にあると思われる。
- 情報化社会→最適化社会
- 電子制御技術→生体制御技術
- バイオネティックス→サイコネティックス
1.2. 減速する世界
ダニー・ドーリングは、「Slowdown 減速する素晴らしき世界」にて、
加速の世界は終わり、減速の世界に切り替わっていること多くの事例を示した。
天王星や海王星を間近で見るだけでも、おそらくほぼ四半世紀はかかるだろう。
私たちは時間に縛られている。さらに空間にも縛られている。
どこに行くにも時間がかかりすぎる。私たちはこの先ずっと、ここ地球で暮らすしかない。
「Slowdown 減速する素晴らしき世界」P19
2000年代は、減速する世界への変化に伴う"挑戦"が生まれ、それへの適切な"応答"が求められる。
世界の人口
下記図は、国連のサイトより世界の人口
日本の人口
世界の人口増加率
日本の人口増加率
2080年ぐらいに人口増加率が0%を下回る。
日本の人口変化は、常時-0.5~-0.8%(1億2000万人の場合、60~96万人の減)。
1950年の人口8500万人に、2075年ぐらいに再びなる。
1.3. 人新世(Anthropo-cene)
地質学として新しい区分が提案されている。
(2024年の学会では否決されたとのこと)
人新世(じんしんせい、ひとしんせい、英: Anthropocene)とは、人類が地球の地質や生態系に与えた影響に注目して提案されている地質時代における現代を含む区分である。人新世の特徴は、地球温暖化などの気候変動(気候危機)、大量絶滅による生物多様性の喪失、人工物質の増大、化石燃料の燃焼や核実験による堆積物の変化などがあり、人類の活動が原因とされる。
wikipedia:人新世より
人新世のきっかけとなるキーワードが2つある。
- グレート・アクセラレーション(大加速)
- プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)
面白い現象として、"人新世"という言葉により、他の分野の学者が反応したという現象にある。
未読ですが、、数例だします。
歴史学: ディペシュ・チャクラバルティ, 早川 健治(訳)(2023).人新世の人間の条件.晶文社
哲学:斎藤 幸平(2020).人新世の「資本論」.集英社.
環境学: オズワルド・シュミッツ, 日浦 勉(訳)(2022).人新世の科学 ニュー・エコロジーがひらく地平.岩波書店.
環境史学:クリストフ・ボヌイユ, ジャン=バティスト・フレソズ, 野坂 しおり(訳)(2018)。人新世とは何か ―〈地球と人類の時代〉の思想史.青土社.
1.4. ペースレイヤリング(Pace Layering)
ステュワート・ブランドは、「The Clock of the Long Now」でペースレイヤリングのモデルを発表した。
下記図は、「The Clock of the Long Now」P37より、
🧭 ペースレイヤリング(Pace Layering)6層構造
レイヤ名 | 変化速度 | 概要・役割 |
---|---|---|
FASHION 流行 |
非常に速い | 衣服やデザインに限らず、あらゆる流行・スタイルの変化 |
COMMERCE 商業・ビジネス |
速い | 市場・消費・企業活動など、経済的な動き |
INFRASTRUCTURE インフラ・基盤 |
中程度 | 電力・交通・医療など、社会を支える基盤 |
GOVERNANCE 政治・行政 |
遅い | 法制度・規制・公共サービスなどの制度的枠組み |
CULTURE 文化 |
非常に遅い | 価値観・慣習・宗教・言語など、人間の深層的構造 |
NATURE 自然 |
極めて遅い | 地球環境・気候・地質・生態系など、変化が最も遅い層 |
人口急増や環境破壊などのテーマは、NATUREの層への影響をシステムに含む必要がでてくる。
GOVERNANCEやCULTUREの層への影響も踏まえた上で、NATUREの層への影響を検討することになる。
1.5. トランジション・マネジメントとトラジション・デザイン
都市計画学の松浦 正浩は、「トランジション」で社会の枠組みの変え方を整理している。
地球全体に関わる気候変動問題」や「日本社会すべてに関わる人口減少問題」など、物理的な空間や、領域を切り取れない問題は、非常に厄介です。このような問題を、社会システムの研究者はシンプルに「厄介な問題(Wicked Problem)」と言います。
「トランジション」P61
トランジションとは、MLPでいうところの中間層、すなわち「構造」を大きく変える、あるいは「構造」が変わるということです。
「トランジション」P81
減速する世界での関心点は、人新世になった後に、あたりまえとなっている"ルール"を減速する状態へ適応させるにはどうするとよいのか?という点だろう。
トランジションを意図的に起こす具体的な方法論を"トランジション・マネジメント"といい、そのプロセスを”トラジション・デザイン”という。
a トランジション・マネジメント
トランジションのフェーズはXカーブをベースに遷移する。
下記図は、“More evolution than revolution: transition management in public policy.”より
Figure1は、1900-2100年にかけての世界人口のフェーズと合致するXカーブである。
Figure2は、トランジションの4つのフェーズである。
トランジションのフェーズ
フェーズ | レジーム側(下降カーブ) | ニッチ側(上昇カーブ) |
---|---|---|
1. 前段階 (Pre-development) |
最適化・安定化 | 探索・試行 |
2. テイクオフ (Take-off) |
過度な最適化による停滞 | 実証実験・学習による加速 |
3. 加速 (Acceleration) |
システムの硬直化・亀裂化 | 拡張・普及が勢いづく |
4. ブレイクダウン (Breakdown) |
崩壊的ショックや制度的崩壊 | ― |
5. 新体制の安定化 (Stabilization) |
― | 新たなレジームとして制度化・定着 |
トランジション・マネジメント
下記図は、Loorbach(2010). “Transition Management for Sustainable Development”より
ガバナンス活動 | 時間軸 | 内容 |
---|---|---|
戦略的(Strategic) | 長期 | ビジョンの策定、未来像の構築、構造的な問題の定義と方向づけ |
戦術的(Tactical) | 中期 | 制度・規制・インフラの設計・解体、政策形成、システム構造の再編 |
実践的(Operational) | 短期 | 実験的なプロジェクトの実施、日常的な意思決定、具体的な行動の展開 |
再帰的(Reflexive) | 全期間 | モニタリング、評価、学習、フィードバックによる再構築と調整 |
OODAループと似たサイクルが”トランジション・マネジメント”になる。
ガバナンス(Governance:統治・管理)の活動は、上から戦略的(Strategic)、戦術的(Tactical)、実践的(Operational)領域に分けられる。
【深化のプロセスを考える①】深化のパターンで示した守破離のサイクルを、組織的に行うときのプロセスフレームワークとなっている。
b トランジション・デザイン
トランジション・デザインとトランジション・マネジメントは、切り離せない関係にある。
戦略的ガバナンスと実践的ガバナンスの弾み車を"トランジション・デザイン"は生み出す。
トランジションデザインが「デザイン」するもの
- 望ましい未来の具体的な様子を「視覚的に」デザインする
- 実践社会を特定の生活様式や働き方に閉じ込めている、現在の慣習の「物質的な」デザイン(マテリアルデザイン)を分析する
- 新しい社会の日常を実現するための“変化の理論”の一部として、「計画的な実験」をデザインする
LoftWork:トランジションデザインとは何か? 理論と実践から紐解く 前編より
1.6. エフェクチュエーション
経営学のサラス・サラスバシーは、「エフェクチュエーション」(Effectuation)にて、
熟達した起業家たちの意思決定における明確なパターンの存在から5つの原則に落とし込んだ。
エフェクチュエーションの5つの原則
原則 | 説明 |
---|---|
Bird in Hand 手の中の鳥 |
今ある資源(自分・知識・人脈)を出発点にして、できることから始める。 |
Affordable Loss 許容可能な損失 |
期待利益ではなく、失っても構わない範囲でリスクを取る。 |
Crazy Quilt クレイジーキルト |
多様なパートナーとの協働によって、予期せぬ価値を創出する。 |
Lemonade レモネード原則 |
予期せぬ出来事や失敗を、創造的な機会に変える柔軟性を持つ。 |
Pilot in the Plane 飛行機のパイロット |
未来は予測するものではなく、自らの行動によって創り出すものである。 |
エフェクチュエーションのプロセス
下記図は、Diamond Online:優れた起業家が実践する、エフェクチュエーション「5つの原則」とは【書籍オンライン編集部セレクション】より
トランジション・デザインの実践方法として、
エフェクチュエーションのプロセスと原則は、追加コストが少なく、とても相性がよい。
2. 旗
2.1. SDGs
2020年代でもっとも有名な旗は、SGDsだろう。
2030年までに達成すべき持続可能な開発目標として示された。
持続可能な開発目標(英語: Sustainable Development Goals、略称: SDGs〈エスディージーズ〉)は、2015年9月25日に国連総会で採択された、持続可能な開発のための17の国際目標である。
wikipedia:持続可能な開発目標(SDGs)
2.2. 仏教的思想
仏教の思想は、現代が認識している加速から減速にむけた課題を解決する方向性を示していると考える。
🧘 仏教と現代課題解決の対応原則
仏教の原則 | 現代的課題への対応 | 解説・応用例 |
---|---|---|
一切皆苦(dukkha) | ストレス・不安・思い通りにならない現実 | 苦を前提にすることで、回復力(レジリエンス)を育む |
無常(anicca) | 変化への抵抗・喪失・不確実性 | すべては変化すると理解することで、執着を手放す |
無我(anatta) | 自己中心性・アイデンティティの混乱 | 自己は固定ではなく関係性の中で構成されると捉える |
縁起(pratītyasamutpāda) | 孤立・分断・因果の不理解 | すべての存在は相互依存していると理解することで共感が生まれる |
慈悲(karuṇā) | 他者への無関心・競争社会 | 他者の苦に寄り添う態度が、社会的つながりを回復する |
中道(madhyamā-pratipad) | 極端な選択・過剰な消費・二項対立 | バランスの取れた生き方を促す |
正念(sammā-sati) | 注意散漫・情報過多・心ここにあらず | マインドフルネスによって「今ここ」に集中する力を養う |
因果律(karma) | 無責任・結果への無理解 | 行為と結果の関係を理解し、選択に責任を持つ |
十二縁起(順観)一覧表
順番 | 梵語(パーリ語) | 日本語訳 | 意味・現代的解釈例 |
---|---|---|---|
① | Avidyā (Avijjā) | 無明 | 根本的な無知。現実や自己の本質を誤解する状態。 |
② | Saṃskāra | 行 | 意志・業の形成。無明に基づく行動や習慣。 |
③ | Vijñāna | 識 | 意識。対象を認識する心の働き。 |
④ | Nāma-rūpa | 名色 | 心と身体。精神と物質の構成要素。 |
⑤ | Ṣaḍāyatana | 六処 | 六つの感覚器官(眼・耳・鼻・舌・身・意)。 |
⑥ | Sparśa (Phassa) | 触 | 感覚器官と対象の接触。 |
⑦ | Vedanā | 受 | 感受。快・不快・中性の感覚。 |
⑧ | Tṛṣṇā (Taṇhā) | 愛(渇愛) | 欲望・執着。快への欲求、不快の回避。 |
⑨ | Upādāna | 取 | 執着。欲望に基づく所有・固執。 |
⑩ | Bhava | 有 | 存在。業によって形成された生存状態。 |
⑪ | Jāti | 生 | 生まれること。新たな存在の開始。 |
⑫ | Jarā-maraṇa | 老死 | 老いと死。苦悩・悲しみ・憂いの発生。 |
2.3. 風の谷
「イシューからはじめよ」「シンニホン」で有名な安宅和人は、"風の谷"を2025年7月に立ち上げた。
"風の谷"のHPより前文的なものを全文参照する。
前文的なもの
人間はもっと技術の力を使えば、自然と共に豊かに、人間らしく暮らすことができる空間を生み出せる。経済とテクノロジーが発展した今、我々は機能的な社会を作り上げることに成功したが、自然との隔たりがある社会に住むようになり、人間らしい暮らしが失われつつある。これは現在生きる我々の幸福だけの問題ではない。
これからの世代にとってのステキな未来を創るための課題でもある。
「風の谷」プロジェクトは、テクノロジーの力を使い倒し、自然と共に人間らしく豊かな暮らしを実現するための行動プロジェクトである。
同時にこれは、都市に代表される密集的な空間利用と社会構造に対して、「開疎」的なオルタナティブを提唱するものである。
「風の谷 HP」より
200年後を見据えた、トラジションの可能性である。
9. リンク
URL
wikipedia:人事を尽くして天命を待つ
OMRON:SINIC理論
SINIC.media
note:トランジションデザイン研究会:[Vol.5_コラム]サステナビリティトランジション研究の主要な理論
LoftWork:トランジションデザインとは何か? 理論と実践から紐解く 前編:事業を新しい社会へと移行するためのアプローチ
LoftWork:トランジションデザインとは何か? 理論と実践から紐解く 後編:米国メガバンクが挑戦する未来志向の組織づくり
wikipedia:人新世
wikipedia:アンソニー・ギデンズ
IDEA FOR GOOD:トランジションデザインとは・意味
Diamond Online:優れた起業家が実践する、エフェクチュエーション「5つの原則」とは【書籍オンライン編集部セレクション】
wikipedia:持続可能な開発目標(SDGs)
unicef SDGs CLUB:SDGs17の目標
Introduction 「風の谷を創る」ことで、未来そのものを創る
ニューロサイエンスとマーケティングの間:「風の谷」という希望
風の谷 HP
creativeog:ペースレイヤリング(Pace Layering)を理解すれば、未来は想像できる
wikipedia:スチュアート・ブランド
論文
立川 雅司.人新世概念が社会学にもたらすもの.社会学評論.70(2).2019.
Rotmans, J., Kemp, R., & van Asselt, M. (2001). “More evolution than revolution: transition management in public policy.” Foresight.
Loorbach, D. (2010). “Transition Management for Sustainable Development”, Routledge.
東京大学:日本におけるトランジション研究の現況と今後の展望.2021.
政府資料・公的資料
UnitedNattions:World Population Prospects 2024
経済産業省:高度デザイン人材育成研究会 ガイドライン及び報告書
書籍
ダニー・ドーリング, 遠藤 真美(訳), 山口 周 (解説)(2022).Slowdown 減速する素晴らしき世界.東洋経済新報社.
中間 真一(2022).SINIC理論 過去半世紀を言い当て、来たる半世紀を予測するオムロンの未来学.日本能率協会マネジメントセンター.
松浦 正浩(2023).トランジション 社会の「あたりまえ」を変える方法.集英社.
アンソニー ギデンズ, 門田 健一(訳)(2015).社会の構成.勁草書房.
吉田 満梨, 中村 龍太(2023).エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」.ダイヤモンド社.
サラス・サラスバシー, 加護野 忠男(訳), 高瀬 進(訳), 吉田 満梨(訳)(2015).エフェクチュエーション 市場創造の実効理論.碩学舎.
Saras D Sarasvathy(2008).Effectuation: elements of entrepreneurial expertise. Northampton: Edward Elgar Publishing.
安宅和人(2025).「風の谷」という希望――残すに値する未来をつくる.英治出版.
Stewart Brand(2000).The Clock Of The Long Now: Time and Responsibility.Basic Books.
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2025/08/15 新規作成
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