はじめに
減速機を使うと、モータ軸に必要なトルクは $T_L / (i\eta)$ になる、と習います($T_L$:負荷側のトルク、$i$:減速比、$\eta$:効率)。減速比を大きくするほど、モータは小さなトルクで済むように見えます。
ただし、$T_L / (i\eta)$ は 負荷側のトルクをモータ軸に換算した値 です。モータが加速するときは、モータ自身の回転部分(ロータ)も加速しなければならず、そのトルクが別に要ります。減速比を大きくするとモータは速く回るので、ロータの加速トルクはむしろ大きくなります。
この記事では、ロータの加速トルクを含めてモータの必要トルクを見積もり、$T_L / (i\eta)$ だけで見積もるとどれだけ不足するかを、減速比を変えて確かめます。
前提条件
- 負荷は一定の角加速度で加速し、負荷側のトルク $T_L$ は 負荷の加速トルクだけ とします(摩擦・重力は考えません)
- 減速機の効率 $\eta$ は一定、モータが負荷を駆動する向きで使います
- 減速機自身の慣性モーメントは考えません(含める場合は、ロータと同じようにモータ軸側で足します)
負荷は、1本目の記事 の直方体を端で回す例($J_L = 1.48\ \mathrm{kg \cdot m^2}$)を、2本目の記事 と同じく 60 rpm まで 0.5 秒で加速する場合とします。
式:モータの必要トルク
加速中のモータの必要トルク $T_{req}$ は、負荷の加速トルクをモータ軸に換算した $T_M$ と、ロータの加速トルク $T_{rot}$ の和です。
T_{req} = T_M + T_{rot}, \qquad T_M = \frac{T_L}{i \, \eta}, \qquad T_{rot} = J_M \, \alpha_M, \qquad \alpha_M = i \, \alpha_L
| 記号 | 意味 | 単位 |
|---|---|---|
| $T_L$ | 負荷側のトルク(ここでは負荷の加速トルク $J_L \alpha_L$) | N·m |
| $T_M$ | 負荷の加速トルク(モータ軸換算) | N·m |
| $T_{rot}$ | ロータの加速トルク | N·m |
| $T_{req}$ | モータの必要トルク(加速時) | N·m |
| $i$ | 減速比(モータ回転数 ÷ 負荷の回転数) | ― |
| $\eta$ | 減速機の効率 | ― |
| $J_L,\ J_M$ | 負荷・ロータの慣性モーメント | kg·m² |
| $\alpha_L,\ \alpha_M$ | 負荷・モータ軸の角加速度 | rad/s² |
なぜ減速比を上げるとロータの加速トルクが増えるのか
負荷を同じ速さで回すには、モータは減速比 $i$ の分だけ速く回る必要があります(負荷 60 rpm なら、$i = 50$ でモータは 3000 rpm、$i = 100$ で 6000 rpm)。同じ時間でその速さまで上げるので、ロータの角加速度 $\alpha_M = i , \alpha_L$ も $i$ 倍 になります。ロータの慣性モーメント $J_M$ は減速比によらないので、$T_{rot} = J_M \alpha_M$ は減速比に比例して増えます。
一方、$T_M$ は減速機のてこの作用で $1/i$ になります。減速比を上げると、負荷を加速するトルクは小さくなり、ロータを加速するトルクは大きくなる、という関係です。
負荷の加速トルク(モータ軸換算)だけで見積もったときの不足
$T_L = J_L \alpha_L$ を入れると、$T_{rot}$ と $T_M$ の比はイナーシャ比で表せます。
\frac{T_{rot}}{T_M} = \frac{\eta \, i^2 J_M}{J_L} = \frac{\eta}{\text{イナーシャ比}}, \qquad \text{イナーシャ比} = \frac{J_L}{i^2 J_M}
したがって、$T_M$ だけで見積もったときに不足する割合($T_{req}$ に対する $T_{rot}$ の割合)は次のとおりです。
\frac{T_{rot}}{T_{req}} = \frac{\eta}{\eta + \text{イナーシャ比}}
イナーシャ比が小さいほど、不足の割合が大きくなります。 減速比を上げるとイナーシャ比は $1/i^2$ で小さくなるので、不足が目立ってきます。
手計算の数値例
- 負荷:$J_L = 1.48\ \mathrm{kg \cdot m^2}$、60 rpm まで 0.5 s で加速
- 減速機:減速比 $i = 50$、効率 $\eta = 0.9$
- モータ:ロータ慣性 $J_M = 0.67 \times 10^{-4}\ \mathrm{kg \cdot m^2}$(0.67 kg·cm²)
負荷側の角加速度と加速トルクは、2本目の記事と同じです。
\alpha_L = \frac{2 \pi \times 60}{60 \times 0.5} \approx 12.57\ \mathrm{rad/s^2}, \qquad T_L = 1.48 \times 12.57 \approx 18.6\ \mathrm{N \cdot m}
T_M = \frac{18.6}{50 \times 0.9} \approx 0.413\ \mathrm{N \cdot m}
\alpha_M = 50 \times 12.57 \approx 628.3\ \mathrm{rad/s^2}, \qquad T_{rot} = 0.67 \times 10^{-4} \times 628.3 \approx 0.042\ \mathrm{N \cdot m}
T_{req} \approx 0.413 + 0.042 = 0.455\ \mathrm{N \cdot m}
イナーシャ比は $1.48 / (50^2 \times 0.67 \times 10^{-4}) \approx 8.84$ なので、$T_M$ だけで見積もると $0.9 / (0.9 + 8.84) \approx 9%$ 不足します。
減速比を変えると、不足はどれだけ大きくなるか
同じ負荷・同じ加速で、減速比だけを変えた結果です(効率 90%、ロータ慣性 0.67 kg·cm² のまま)。減速比が大きいほど、$T_M$ だけの見積もりは必要トルクに届かなくなります。
| 減速比 $i$ | モータ回転数 [rpm] | イナーシャ比 | $T_M$ [N·m] | $T_{rot}$ [N·m] | $T_{req}$ [N·m] | $T_M$ だけの見積もりの不足 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 10 | 600 | 221 | 2.066 | 0.008 | 2.075 | 0.4% |
| 30 | 1800 | 24.5 | 0.689 | 0.025 | 0.714 | 3.5% |
| 50 | 3000 | 8.84 | 0.413 | 0.042 | 0.455 | 9.2% |
| 100 | 6000 | 2.21 | 0.207 | 0.084 | 0.291 | 29% |
| 157 | 9420 | 0.90 | 0.132 | 0.132 | 0.264 | 50% |
減速比 10〜30 ではロータの加速トルクは無視できますが、減速比 100 では必要トルクの約3割になります。
$T_{req}$ が最小になる減速比は、$T_{req}$ を $i$ で微分して 0 とおくと求まります。
\frac{d}{di}\left( \frac{J_L \alpha_L}{i \, \eta} + J_M \alpha_L \, i \right) = 0 \quad \Rightarrow \quad i = \sqrt{\frac{J_L}{\eta \, J_M}} \approx 157
このとき $T_M = T_{rot}$ で、イナーシャ比は $\eta$(ここでは 0.9)になります。ただし、この例ではモータ回転数が約 9400 rpm になり、多くのサーボモータの最高回転数を超えます。実際の減速比は、回転数の上限と合わせて決めます(加速トルクだけを比べた場合の話です)。
数値を変えて試す
筆者が個人で運営している 減速機計算 で、この記事の数値を試せます。
- 減速比と効率から、モータ回転数と、負荷の加速トルク(モータ軸換算)$T_M$ を計算できる(ロータの加速トルクは含まないので、加速時は $T_{rot} = J_M \alpha_M$ を足す)
- ロータ慣性を入れると、イナーシャ比も出る
- 負荷側のトルクは「モータ必要トルク計算」から、結果を引き継いで入れられる
この記事で扱っていないこと
- 減速機・カップリングの慣性モーメント(モータ軸側で $J_M$ と同じように足す)
- 摩擦・重力などの定常的な負荷トルク
- 減速時(負荷側からモータが回される向き)の効率
- モータの回転数-トルク特性、連続運転時の実効トルク(RMS トルク)
まとめ
- 減速機を使うときのモータの必要トルクは $T_{req} = T_L/(i\eta) + J_M \alpha_M$。$T_L/(i\eta)$ は負荷の加速トルクのモータ軸換算で、ロータの加速トルク $J_M \alpha_M$ は入っていない
- 減速比を上げると、モータは速く回る必要があり、ロータの角加速度も $i$ 倍になるので、ロータの加速トルクは増える
- $T_L/(i\eta)$ だけで見積もったときの不足の割合は $\eta / (\eta + \text{イナーシャ比})$。数値例($J_L = 1.48\ \mathrm{kg \cdot m^2}$、60 rpm まで 0.5 s、$\eta = 0.9$、$J_M = 0.67\ \mathrm{kg \cdot cm^2}$)では、減速比 50 で 9%、100 で 29%
- 加速トルクだけで見ると、$T_{req}$ は $i = \sqrt{J_L/(\eta J_M)}$ で最小。実際は回転数の上限と合わせて減速比を決める



