はじめに
モータでアームやテーブルを回すとき、必要なトルクは負荷の 慣性モーメント で大きく変わります。慣性モーメントは「回転のしにくさ」を表す量で、物体を小さな質点に分けたときの $\sum m_i r_i^2$(質量 × 回転軸からの距離の2乗の合計)です。距離の2乗で効くため、同じ形・同じ重さの部品でも、どこを回転軸にするか で慣性モーメントは何倍も違います。
この記事では、直方体の負荷を例に、次の2つの回し方を比べます。
- 重心を通る軸で回す(中心で回転)
- 端を通る軸で回す(端で回転)
そして、平行軸の定理 を使って「端で回転」の慣性モーメントを求め、必要な加速トルクまで手計算します。
前提条件
- 負荷は、密度が一様な直方体とします
- 寸法は、幅 $W$、高さ $H$、長さ $L$ です
- 回転軸は 高さ $H$ の方向(鉛直) とし、負荷は水平面内で回転するものとします
- 求めるのは、負荷を角加速度 $\alpha$ で加速するための 加速トルク です。摩擦・外力・減速機などは考えません(最後の「この記事で扱っていないこと」を参照)
回転軸が水平な場合は、重力によるトルクも加わります。 ロボットアームの関節で腕を上下に振る場合などがこれにあたります。この記事で求めるのは加速トルクだけなので、そのままでは必要トルクが足りません。重心が回転軸から距離 $d$ にあるとき、重力トルクは最大で $m g d$(腕が水平になったとき。$g \approx 9.81\ \mathrm{m/s^2}$)になります。たとえば後の数値例(12 kg、長さ 600 mm)を端の水平な軸で持ち上げる場合、重力トルクの最大値は $12 \times 9.81 \times 0.3 \approx 35.3\ \mathrm{N \cdot m}$ で、加速トルク(4.44 N·m)の約8倍になります。
回転軸の位置は、上から見て次のとおりです(○ が回転軸、紙面に垂直)。
- 中心で回転:重心を通る鉛直な軸
- 端で回転:長さ $L$ の端面($W \times H$ の面)の中央を通る鉛直な軸。重心からの距離は $L/2$
式と単位
中心で回転
直方体の、重心を通り高さ方向に平行な軸まわりの慣性モーメントは次の式です1。
J_c = \frac{1}{12} m \left( W^2 + L^2 \right)
回転軸と平行な寸法である高さ $H$ は、式に入りません。軸から見た距離に影響しないためです。
端で回転(平行軸の定理)
重心を通る軸まわりの慣性モーメント $J_c$ がわかっていれば、それと平行で距離 $d$ だけ離れた軸まわりの慣性モーメントは、平行軸の定理で求められます2。
J = J_c + m d^2
この式は、次のように考えるとイメージしやすくなります。端の軸で回すと、物体は「重心のまわりで向きを変える回転」と「重心そのものが回転軸のまわりを半径 $d$ の円を描いて動く運動」を同時にしています。前者の回しにくさが $J_c$、後者は質量 $m$ が重心の1点に集まっているとみなしたときの $m d^2$ で、この2つを足したものが $J$ です。
(厳密には、各質点の位置を「重心からのずれ」で表して $\sum m_i r_i^2$ を展開すると、重心の定義 $\sum m_i \boldsymbol{\rho}_i = \mathbf{0}$ から交差する項が0になるため、ちょうど2つの和になります。)
端で回転の場合は $d = L/2$ なので、次のようになります。
J_{\mathrm{end}} = \frac{1}{12} m \left( W^2 + L^2 \right) + m \left( \frac{L}{2} \right)^2 = \frac{1}{12} m \left( W^2 + 4L^2 \right)
加速トルクと安全率
慣性モーメントが求まれば、加速トルクは角加速度 $\alpha$ を掛けるだけです。モータ選定の初期検討では、これに安全率 $S$ を掛けた値を目安にします。安全率は、計算に含めていない要素や見積もりの誤差に備える余裕で、条件がよくわかっていない初期検討では 1.5〜2.0 程度から検討することが多いです(この記事の数値例では 1.5 を使います)。
T_{\mathrm{acc}} = J \alpha, \qquad T_{\mathrm{req}} = T_{\mathrm{acc}} \, S
| 記号 | 意味 | 単位 |
|---|---|---|
| $m$ | 質量 | kg |
| $W,\ H,\ L$ | 幅・高さ・長さ | m |
| $J$ | 慣性モーメント | kg·m² |
| $\alpha$ | 角加速度 | rad/s² |
| $T_{\mathrm{acc}}$ | 加速トルク | N·m |
| $S$ | 安全率 | ― |
| $T_{\mathrm{req}}$ | 安全率込みの必要トルク | N·m |
$\mathrm{kg \cdot m^2 \times rad/s^2}$ は $\mathrm{N \cdot m}$ になります(rad は無次元として扱います)。
手計算の数値例
次の条件で計算します。
- 質量 $m = 12\ \mathrm{kg}$
- 幅 $W = 200\ \mathrm{mm} = 0.2\ \mathrm{m}$、高さ $H = 50\ \mathrm{mm} = 0.05\ \mathrm{m}$、長さ $L = 600\ \mathrm{mm} = 0.6\ \mathrm{m}$
- 角加速度 $\alpha = 3\ \mathrm{rad/s^2}$、安全率 $S = 1.5$
中心で回転
J_c = \frac{1}{12} \times 12 \times \left( 0.2^2 + 0.6^2 \right) = 0.04 + 0.36 = 0.4\ \mathrm{kg \cdot m^2}
T_{\mathrm{acc}} = 0.4 \times 3 = 1.2\ \mathrm{N \cdot m}, \qquad T_{\mathrm{req}} = 1.2 \times 1.5 = 1.8\ \mathrm{N \cdot m}
端で回転
d = \frac{0.6}{2} = 0.3\ \mathrm{m}, \qquad J = 0.4 + 12 \times 0.3^2 = 0.4 + 1.08 = 1.48\ \mathrm{kg \cdot m^2}
T_{\mathrm{acc}} = 1.48 \times 3 = 4.44\ \mathrm{N \cdot m}, \qquad T_{\mathrm{req}} = 4.44 \times 1.5 = 6.66\ \mathrm{N \cdot m}
| 回転軸 | $J$ [kg·m²] | $T_{\mathrm{acc}}$ [N·m] | $T_{\mathrm{req}}$ [N·m] |
|---|---|---|---|
| 中心で回転 | 0.4 | 1.2 | 1.8 |
| 端で回転 | 1.48 | 4.44 | 6.66 |
同じ部品でも、端で回すと必要トルクは 3.7倍 になりました。
何倍になるかの目安
端で回転と中心で回転の比は、次の式で表せます。
\frac{J_{\mathrm{end}}}{J_c} = \frac{W^2 + 4L^2}{W^2 + L^2}
- 細長い負荷($W \ll L$)では 約4倍 に近づきます
- 幅と長さが等しい($W = L$)ときは 2.5倍 です
細長いアームを根元で回す構成では、中心で回す場合の約4倍のトルクが必要になる、と覚えておくと見積もりに便利です(回転軸が鉛直で、加速トルクだけを比べた場合)。
数値を変えて試す
筆者が個人で運営している モータ必要トルク計算 で、この記事の計算を試せます。
- 直方体の「端で回転」「中心で回転」を切り替えて、途中式つきで比べられる
- 角加速度は、回転数と加速時間からも入力できる
- 回転軸の向きを「水平」にすると、重力トルク(最大値)を含めた必要トルクも出せる
この記事で扱っていないこと
この記事の計算は、負荷を加速するための理論上のトルクです。実際のモータ選定では、次のような項目も考慮する必要があります。
- 回転軸が水平な場合の重力によるトルク
- 摩擦トルク、外力
- 減速機を使う場合のモータ軸への換算と効率
- モータ・減速機・カップリングなど、駆動側の慣性モーメント
- モータのピークトルク・連続定格トルク、運転パターン全体の実効トルク(RMS トルク)
まとめ
- 同じ直方体でも、回転軸の位置で慣性モーメントと必要トルクは大きく変わる
- 中心で回転:$J_c = \frac{1}{12} m (W^2 + L^2)$
- 端で回転(長さ $L$ の端面の中央):平行軸の定理で $J = J_c + m (L/2)^2 = \frac{1}{12} m (W^2 + 4L^2)$
- 細長い負荷では、端で回すと中心で回す場合の約4倍、今回の例(12 kg・200 × 600 mm)では3.7倍になった
- 回転軸が水平な場合は、重力トルク(最大 $m g d$)も加える
- 「端」がどこを通る軸かを先に決める。寸法は m、角加速度は rad/s² にそろえる
参考
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直方体(solid cuboid)の慣性モーメント:List of moments of inertia - Wikipedia(英語)。高さ方向の軸まわりは $\frac{1}{12} m (w^2 + d^2)$ として記載されている。 ↩



