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はじめに

 どうも、みなさん、こんにちは。
 妻の批判はアドバイスとモットーとする エンジニアリングマネージャー @warumonogakari こと かとうです。
 本稿は、Engineering Manager Advent Calendar 2019 10日目向けに書こうと頑張ってきましたが、風邪となにより遅筆のため間に合わなかった記事です(すみません)。タイミングがずれてしまったので、どれだけ読者の方がいるかわからないですが、ここ1年のエンジニアリングマネージャーの活動をとおして、ずっとやってきたこと・考えを温めてきたことをまとめたく公開します。

プロローグ:突然ですが、ここで質問。

 場面は勉強会のあとの懇親会。3人ほどでテーブルを囲んで話をしている。なにか楽しそう。興味深い話かもしれない。
 ここで一人、まじりたそうにしている人がいる。勉強会ではよくあるシーンかなと。

 さて、場をもりあげたいと願った運営の貴方・貴女は一体どうしていったらよいでしょうか?

エンジニアリング組織の困りごと・苦労は、人と人の関係性からきているのではないだろうか。

 ふたたび話はかわります。
 エンジニアリングとは「不確実性の高い=わからないもの」に取り組むことといいます。1
 エンジニアリング組織は、エンジニアおよび非エンジニアからなる組織とし、個々のエンジニアがその専門領域でわからないことに取り組むとなると、エンジニア間およびエンジニアと非エンジニア間にわからないことがどうしても残ります。
 エンジニアリング組織をたばねるエンジニアリングマネージャのつらさは、こうした関係性から残った「わからないこと」を後から無理やり解決しようとすること・解決したことにすることにあるのではないでしょうか?
 関係性から残った「わからないこと」「不確実なこと」は、成果物である ITシステムに反映され、脆弱性や不具合となって露わになっていきます。
 本来なら、真っ先に解決した方が望ましいのに、なぜか人は目の前にある解決しやすい課題に取り組んだり、課題にあっていようがいまいが流行りの解決策に飛びつきがちです。たとえ一時的に正しくリファクタできたとしても、組織の関係性の「わからないこと」により再び問題が発生し拡大していく。そして時間を浪費することになる。

 エンジニア人生30年。炎上案件に見聞きし介入するたびに、つらつらとそんなことを感じてきました。 

適応課題(Adaptive Challenge)とは

 今年(2019年)9月ですから、極最近しったのですが、このような関係性からきている苦労・つらい問題を、適応課題というそうです。
 適応課題の解説は以前書きました 2 が、なによりも下記文献を参照してください。

 適応課題の性質・特徴には、未だ言葉になっていない・語られていない課題、生物の本能・感情からはずれた向き合いにくい課題、それゆえに感情を脇において それでもなお解消するには感情をエネルギーにし「人」として向き合わざるをえない、そんな性質があるようです。

適応課題と向き合うために

 この適応課題に立ち向かうには、エンジニアリングマネージャー(以下、特に断りがない限り EMと略)となった貴方・貴女・わたしは、一体どうしたらよいのでしょうか?

 まず、人と人とは決してわかりあえない。わかりあえないことを認めるからはじめるのはどうかなと。

 「(お前は)なぜわからないんだ!」「どうしてなんだ!」という感情を脇におかないと、関係性からくるこの課題に決して向き合えないとおもうんです。これがひとつ。

 次に言えることは、EM は決してスーパーマンではないことです。
 EMもまた人間だし感情をもっています。また、メンバのもっている情報、心中をすべて把握することは不可能です。高い専門性をもつ ITなら、なおさらすべての専門分野をおさえることは不可能でしょう。この人をこえた人、スーパーマンになりえないことを認め、関係者そしてメンバにもその旨共有しておく。

 知らないこと・弱いこともふくめた 無力であることの情報公開。これがつぎの一歩である気がするのです。

適応課題を解消するためにトライしてきたこと

 実のところ、自分は、昨年夏まで 今までこの適応課題を力づくでおさえてきました。当時は、まだ適応課題という言葉も知らなかったわけですが、受け持っている組織全体を俯瞰し組織構造を見直し、問題がありそうなところに介入し、見える化という形で暴露し、ある時は信頼関係にもとづいて、ある時は原理原則から力づくで解決してきました。
 専門性が低かった数年前までは、この職人的な手法もまだ有効だったとおもいます。なにせ数十年、なんとか暮らしてきたのですから。
 しかし、ここ数年専門性が急激に高まる一方で、メンバの価値観の多様化、育ってきた社会的背景の違いから、この職人的な手法は他者にとって「理解しがたい」ものになってきました。

 自分のいる会社は traditional 組織。
 役職定年制の導入・世代交代も待ったなしとされる一方、その「理解しがたさ」から 職人的な手法を伝承すること自体、現実的ではなくなりました。なによりも脆弱さが露わになるとどうしても対処療法中心となります。ここ数年は、課題さえも解消できず解決も一時的なものでした。もはや限界だったのです。

 そこで、今年1月から やり方を根本的に見直しました。
 組織構造をいきなり変えることはせず、以下の施策をとることにより、マネジメントチームとメンバ、マネージャとメンバ、メンバ同士のインターフェイスを改善することを試みました。

  • チーム間主要メンバとマネジメントチームからなるふりかえり
  • チーム内でのふりかえり
  • 1on1

 これらは皆グループ全体(関係チームすべての)関係者の関係性の向上をめざして導入したものです。3
 つまり、モジュール間のI/Fに焦点をあて対話をうながし、I/F間が自己組織的にかわっていくことを狙いました。それにより、組織構造の見通しがよくなり、適切かつ必要最小限な改良ですみます。なによりも「理解しがたさ」と職人芸から脱却できる。
 この3つの取り組みは継続中で、いずれ何かの折に Outputする予定でいます。
 ただ、1on1は、上長である わたし とメンバとの年齢差が10歳以上と違い、世代・経験が違いすぎてうまくいきませんでした。話を聴いていくうちに、自己の成長の悩みよりも外部利害関係者との関係性の苦しさが主な課題であることが判明し、それが下記に示す「関わり方の研究」に発展してきています。現在は、本当に困ったメンバがここぞで相談・活用できるようにドアを開けておく、いわば開店休業の時間になっています。

さらに適応課題を解消するためにやろうとしていること

 関係性の向上のために、ほかに何か役立つアプローチはないでしょうか。
 答えは、心理学はセラピー方面にあると考えた自分は、臨床心理士の妻の示唆も受けながらいろいろと調べてきました。そこで ブリーフセラピー(とくにMRIアプローチ)とその派生アプローチが、システム思考やサイバネティックスをベースにしていて、エンジニアにとってとてもなじみやすいこと、なによりもチームのふりかえりとの親和性が高いことに気づき、以下のアプローチを一部実験的にとりいれてやっています。

オープンダイアローグ

 もととはいえば、フィンランド西ラップランド地方に位置するケロプダス病院 発祥の統合失調症に対するブリーフセラピー(家族療法)の一種なんですが、基本は対話に徹すること、それだけです。現在は、統合失調症だけでなくアルコール依存症や引きこもりや うつ病、様々なソーシャルワークに使われているそうです。
 なによりも原則やものごとの進め方がアジャイル開発と似ています。

 このオープンダイアローグの中には、いくつか特徴的な技法があります。
 そのうちの一つ、リフレクティングは言わば公開噂話というアプローチで、事前に行った対話にたいしそれを聴いた人たちがまた対話し、また対話している人たちにフィードバックするというものです。

 公開された噂話を聴く。

 たった これだけのことで、向き合いにくい もやもやしたことが言語化され、容易に受け入れられて学びとなっていく。なによりも、「教える」「指導する」といった際にまつわる いろいろなしんどさがない。最近、チーム間のメンバでのふりかえりでも活用しましたが、これにはすっかり魅了されています。とにかく むっちゃ楽です。
 他にも、未来からふりかえる未来語りのダイアローグや、相手の具体的な行動に加えて心配事を話す早期ダイアローグといった独特の手法があり、これらは特別なテクニックがいるわけではないので、明日から職場に活用できます。

「関わり方の研究」 ~苦労を研究しよう~

 もう一つは、先ほど述べた 1on1 の中ででてきたもので、外部関係者との関わりをチームで研究してみようというアプローチです。これも統合失調症治療で有名な「ぺてるの家」の「当事者研究」を参考にしています。
 なぜ関わり方の研究、苦労の研究なのか?
 これは、苦労してきたことを振り返るとなると、どうしても反省となってしまい、個々の問題・個人の素質に目が向きがち・還元されがちです。なによりも、つらい。
 一方、研究なら、いろいろなアプローチをおもいついては実験してみるという より前向きのイメージがつきやすい。「やさしい〇〇さんに関わる研究」とタイトルをつけ課題を外部化(客観化)しやすいというメリットもあります。
 進め方自体がまだまだトライ&エラーで、研究にかかる時間が2~3時間とかかりすぎ、改善の余地が多いにあるのですが、今まで知りえなかった現実を知ることができるようになり、とても興味深い結果がでつつあります。

適応課題を解消した後の状態

 以上、適応課題を解消した後では、以下のようなことが期待できます。

  • 言葉になりえなかった、思いがけない知りえなかったことが語られようになる
  • 少しわかりあえた気持ちになる、もっと知りたくなる、そしてお互い行動を触発される
  • ときに調子が悪い場合は、安心して無力になれる
  • ハラスメントもまた関係性からくる問題が大半なので、自然に解消される
  • 変化に強いコミュニケーションが活性化した組織にかえられる
  • 未来にむけ価値がある世の中に役立つ組織、ないと困る組織になる

 自分たちの組織が真に世の中に役立つ組織かというと、やっと最初の一歩をはじめたところです。アプローチも実験的なものばかりです。たまには爆発失敗することもあります。

 つまり、まだまだ発展途上中ですが、お互い励ましあってそのような組織を一つでも多くふやしたい。今はそんな風に考えています。

というわけで、勉強会を立ち上げました。

 お互い励ましあって、適応課題という向き合いにくい課題に向き合いたい。なによりもとても個人的では理由ですが、より多くの壁打ち・実験の場がほしい。
 発表資料などは公開しているので詳細は割愛しますが、今年は4回ほど企画し3回実施しました。
 第1回 3/18 エンジニアリングマネージャー、エンジニアのマネージメントで悩んでいる人の相談会 in 名古屋 をやってみた
  自分含め わずか3人の出発でしたが、楽しかったです。なによりも触発されました。
 第2回 1on1実践者・実践予定者 Meetup in 名古屋
  サイゼリヤは 1on1のベストプレイスという名言が生まれました。サイゼリヤ、社外で1on1やる場合は本当におすすめです。
 第3回 1on1実践者・実践予定者 Meetup 2nd in 名古屋
  第3回はお盆明けという設定もあってかメンバが集まらず残念ながら休止。
 第4回 エンジニアリングマネージャー、マネジメントで苦労している人
  適応課題にはじめて真正面からフォーカスした回。オープンダイアローグの中の早期ダイアローグのワークを実際にやってみました。びっくりするほど盛況でうれしかったです。

今後にむけて

 自分がいる名古屋だけなく、東京や大阪でも活動の場をひろげていきたいと考えています。対象もEMだけでなくフリーランスな方やメンバな方、ひいては DX にかかわるすべての非エンジニアな方も広げていったらいいですよね。会社の枠をこえて、適応課題解消のための専門チームがあり、求めに応じて迅速に対応・介入することで、今困りに困っている日本の開発体験の向上ができたら。。妄想は広がるばかりです。

おわりに、あるいはエピローグ。

 ふたたび懇親会の場面に戻ります。
 まじりたい人がタイミングを見図り「なにかおもしろそうですね。まじってよいですか。」声かけるのも手かもしれないですね。
この場合は、まじりたい人のソーシャルスキルあげることが目標となり、動機づけ・スキルのトレーニングを提供するのが あなたの役割になるでしょう。

 でも。
 寄ってきたときに、話をしている側が気がついた際に「こんな話をしたのですよ」と概要を話すのも手のひとつかもしれません。この場合は、「気がついた際には概要を話してあげましょう」と事前にうながしておくのが、あなたの役割なのかしれません。ソーシャルシステムとしてはこちらの方が実現コストが低そうですね。

 エンジニアリングマネージャーに向いている方とは、そんなことをあれこれ考え、実験し、苦労と向き合って人生を重ねている人なのかもしれないです。
 さあ、一緒に苦労を研究してみませんか?

 以上、なにかしらの参考になれば幸いです。

 ではでは、よい開発体験を。

謝辞

 今年も Advent Calendarなる機会をつくってくれた ゆのんさん、daichi hirokiさんに感謝します。どうもありがとうございました。

  1. 不確実性に向き合う働き方「あなたの夏休みの宿題は?」

  2. 「他者と働く 「わかりあえなさ」から始める組織論」を読んで。

  3. 導入当時はなんとなく信頼関係はあげたいね程度でしたが、関係性をあげると組織パフォーマンスがあがることまでは予想していました。なぜあがるのか(=適応課題の解消によりあがる)がはっきりわかってきたのは極最近のことです。

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