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自宅にISDNを再現する

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isdn.jpg

概要

ADSL や FTTH に取って代わられ、消滅寸前の通信方式である ISDN を自宅に再現してみたいと思います。

動機

前回記事 「自宅に自営PHSを構築して2000年代のPDA通信を蘇らせる」 にて自営 PHS を収容するために使用した IWX70 は、本来は ISDN の TA(ターミナルアダプタ)製品です。

そのため、 PHS の通信は ISDN 回線を通じてインターネットに流すのが IWX70 の「正しい」使い方ですが、本物の ISDN 回線である INS ネットの新規申し込みは 2024 年に終了しており、今から新たに触れることは困難です。

以前の実験では、 ISDN 回線の代用として IWX70 のシリアルポートに Raspberry Pi を接続しダイヤルアップサーバーとしました。ただ、それでもやはり ISDN で通信しているところを見てみたい!と思い今回の実験に踏み切りました。

その他にも ISDN 回線を体験する方法として、灰色の公衆電話(いわゆるグレ電)を利用する方法がありました。実際に公衆電話ボックスへ ISDN TA と 100V モバイルバッテリーを持ち込んで ISDN 回線に接続するといった試みが存在したようです。

実験にあたり、 https://x.com/t_sas 様の一連のツイートを参考にさせて頂きました。この場を借りてお礼申し上げます。

必要な物

  • Aterm IWX70
    • DSU切り離しユニット PC-IT/US1
  • Aterm IT65EX
    • 高機能S点ユニット PC-IT/UX1
    • RS-232C 20ピン→9ピン変換ケーブル
    • RS-232C USB 変換ケーブル
  • Yamaha RTV700
  • Yamaha RTX1200
  • 自営 PHS 子機
    • P-in m@ster などの通信カード
    • AH-J3003S・WX330J などの一部の PHS 端末
    • など……
  • Windows XP を搭載した PC

高機能S点ユニット が今回の実験における最重要機材です。このパーツを TA に組み込むことで、ISDN の内線通信が実現できます。

構成図

isdn.png

事前知識

今回の構成を理解するためには、ISDN の U点・S点・T点 と DSU について知っておく必要があります。これらの概念は現代の LAN とは異なり、電話網の設計思想が自宅の内部まで入り込んでくるのが特徴です。また、一つの電話番号に対して複数の機器を接続できるなど、アナログ回線にはない特徴も存在しています。

私はリアルタイムで ISDN に触れられなかったため、概念の理解に非常に苦労しました。本実験はあくまで再現ですので、当時稼働していた本物の INS ネットとは一部異なる解説をしている可能性がありますが、どうかご容赦ください。

規定点とは

ISDN では、回線や通信機器同士の接続位置を「規定点」として定義しています。 INS ネットの構成を単純化すると、以下のようになります。

それぞれ、

  • U 点: NTT の加入者線と DSU (NT1: Network Termination 1)の間
  • T 点: DSU(NT1) と PBX などの NT2(Network Termination 2)の間
  • S 点: NT2 と TE などの ISDN 端末の間

を定義した規定点です。 この「点」というのは機器の端子名ではなく、通信機器同士の 境界 を指しています。 Ethernet では境界に名前を付けることはあまりないので、とても混乱しました。

なお、PBX はオフィスなどの大規模な環境で利用されることが多い機器なので、家庭で INS ネットを利用する場合には NT2 が存在しないことが多く、 NT2 を省略して DSU と TA などの ISDN 端末を直接接続します。

この場合は S 点と T 点が同じ場所に存在することとなり、一般に S/T点 と呼ばれます。

実際に、RTX1200 にも「ISDN S/T」という名前の端子があります。

DSU とは

DSU(Digital Service Unit)は、NTT から来る U 点の INS ネット回線を終端し、宅内の ISDN 機器が使用する S/T 点インタフェースへ接続する装置です。上図では NT1 に相当します。
現代の FTTH であれば、大雑把に言うと ONU が近い役割の存在です(もちろん技術的には異なる機器です)。

家庭用の TA では DSU を内蔵した製品が一般的で、 IWX70 や IT65EX にも DSU が内蔵されています。しかし、今回の実験では本物の INS ネットには接続せず、複数の ISDN 端末を S/T 点で直接バス接続します。そのため、各 TA の内蔵 DSU を使用せず、 DSU を切り離して S/T 点を外部に取り出す必要があります。

後述の「DSU切り離しユニット」や「高機能S点ユニット」を使用すると、これら Aterm 機器に内蔵された DSU を切り離すことができます。

ISDN の配線

U 点の配線は2線式で、一般的には6極のコネクタ (RJ11と同じ形状) です。本実験では本物の INS ネット回線を使用しないため、この配線は登場しません。

これに対し、 S/T 点の配線は4線式で、8極のコネクタ (RJ45と同じ形状) です。コネクタが LAN ケーブルと同じとはいえ LAN と ISDN では信号規格がまったく異なるのですが、「全ピンストレート結線された CAT5e 以上の LAN ケーブル」であれば ISDN で使用するピンを都合よくカバーできます。本実験でも、全ピンストレート結線の CAT6 LAN ケーブルを流用しています。

また、LAN は機器を増設する際にスター型のトポロジになりますが、 ISDN では S/T 点に機器を増設する際バス型のトポロジになります。

バス型のトポロジには「終端」という概念があり、終端となる ISDN 機器に内蔵された終端抵抗を ON にします(または 100Ω の抵抗入りローゼットを接続します)。

セットアップ

自営 PHS 子機を IWX70 に収容する手順は 自宅に自営PHSを構築して2000年代のPDA通信を蘇らせる を参照してください。

RTV700

ISDN は同期方式の通信のため、各機器はINS ネットの信号からクロックを取り出す必要があります。しかし、完全に INS ネットから切り離して内線環境でのみ使用する場合、 INS ネットからのクロック信号が提供されず、 ISDN 端末は正常に動作できません。

そこで RTV700 の出番です。 RTV700 は本来 VoIP ゲートウェイであり、電話機やビジネスホンを収容して拠点間の通話環境を構築するための機器ですが、この RTV700 の PBX2 ポートは何故か 単体で ISDN のクロック信号を出力できる という挙動を示します。

もちろん RTV700 自身も INS ネットか PBX 主装置とクロック同期する前提の設計となっており、これらのクロック源を接続しない場合の動作はヤマハが想定したものではありません。

ですが、実際に RTV700 の PBX2 ポートと IT65EX の高機能S点ユニットとを接続したところ、外部のクロック源が存在しない状態でも ISDN 端末の同期が成立し、正常に通信できました。このため、本実験では RTV700 の PBX2 ポートを同期クロック源として利用します。

なぜ PBX2 ポートのみそのような挙動なのか?という点については、公式の資料を見つけることはできませんでした。 RTV700 の回路が偶然そのような構造となっているのか、もしくは単に私の入手した個体の PBX1 ポートが故障していたのか、詳細な原因については不明です。

RTV700 のシリアルポートに接続し、以下のコマンドを入力します。

# 内蔵 DSU を切り離す
isdn dsu bri1 off
isdn use bri1 off

# PBX2 ポートを有効にする。
# ただしデフォルトで PBX2 は有効なので、以下の2行は念のためくらいの意味
isdn use nt-bri2 on
isdn layer2 structure nt-bri2 p-mp

IWX70 + PC-IT/US1

ハードウェア設定

IWX70 には INS ネットの回線を終端するための装置(DSU)が内蔵されていますが、今回の実験では IWX70 には回線の終端装置ではなく ISDN 端末として振る舞ってもらうため、DSU切り離しユニットを IWX70 に装着し、内蔵 DSU を切り離します。

また、構成図のとおりこのユニットは S/T バスの終端ではないため、DSU切り離しユニットの基板上にある SW1 を OFF にし、終端抵抗を無効化します。

IT65EX + PC-IT/UX1

ハードウェア設定

IT65EX にも同様に DSU が内蔵されているため、高機能S点ユニットの基板上にある SW2 を OFF にし、 IT65EX の内蔵 DSU を切り離します。

また、構成図のとおりこのユニットは S/T バスの終端ではないため、高機能S点ユニットの基板上にある SW1 を OFF にし、終端抵抗を無効化します。

ソフトウェア設定

高機能S点ユニットの設定はらくらくホームネットワークというユーティリティで行います。

Windows XP 搭載の PC にらくらくホームネットワークをインストールし、 IT65EX と PC を RS-232C で接続します。

ユーティリティを起動したら、以下のように設定します。

  • モードの設定: ホームネットワークを使用する
  • グループ番号: 1
  • 呼び出す着番号: 12345678

home_network.png

なお、 IT65EX で高機能S点ユニットを使用するには IT65EX のファームウェア v1.20 以上が必要です。アップデータは NEC の公式ページから入手できます。

RTX1200

RTX1200 には、内線 ISDN 回線の RAS(Remote Access Server) を構築します。
isdn piafs arrive on によって、自営 PHS 端末からの PIAFS も RTX1200 で着信できます。

なお、電話番号に / という見慣れない記号がありますが、これは「サブアドレス」という ISDN 特有の概念です。 ISDN では一つの電話番号に対し複数の機器を接続できるので、サブアドレスを使用してどの機器が着信するかを発信側から指定することができます。

# ISDN 有効化
line type bri1 isdn-ntt

# ISDN S/T ポートの終端抵抗を有効化
isdn terminator bri1 on

# ISDN ポートに電話番号を振る
isdn local address bri1 12345678/1

# RAS
pp select anonymous
 pp bind bri1
 isdn arrive permit on
 isdn piafs arrive on
 pp auth request chap-pap
 pp auth username user password
 ppp ipcp msext on
 ip pp remote address pool 192.168.100.200-192.168.100.209
 pp enable anonymous

# LAN3 ポートの設定と NAT 設定
ip route default gateway dhcp lan3
ip lan3 address dhcp
ip lan3 nat descriptor 300
nat descriptor type 300 masquerade
nat descriptor address outer 300 primary

# DNS サーバー
dns server dhcp lan3
dns notice order msext me

接続

接続する PHS 端末や ISDN 端末で、以下の内容で通信設定を作成します。

電話番号として設定する 1*1 は、先ほど高機能S点ユニットで設定したグループ番号 1 のサブダイヤル 1 を示しています。

先ほどの高機能S点ユニットの設定で、グループ番号 1 に着番号 12345678 を設定しており、 1*1 にダイヤルすると RTX1200 に設定した 12345678/1 を呼び出します。

項目 設定値
電話番号 1*1
ユーザー名 user
パスワード password
トーン/パルス トーン
ボーレート 115200
データ 8bit
パリティ none
ストップビット 1bit
フロー制御 none

トップ画像でも使用している日本無線系 PHS は自営2版に対応しており、 5 + 6 + # を同時に押しながら電源を投入することで IWX70 に子機登録が可能です。

また、日本無線系 PHS では、発信に使用する電話番号は 1##3*1 となります。それぞれ

  • 1: 電話番号
  • ##3: PIAFS 32K 接続
    • 余談ですが ##41 で PIAFS 64K 接続も可能です。ただし IWX70 との組み合わせでは接続が安定せず、通信切断後圏外になってしまいます
  • *1: サブアドレス

を示しています。
また、端末の「発信設定」にある「サブアドレス」を ON にします。

端末からの接続が完了すると、 RTX1200 の ISDN LED が点灯し、 ISDN による通信が行われていることが確認できます!

rtx1200.jpg

まとめ

いずれも過去のものとなった PHS と ISDN という通信技術を、自営 PHS や S/T バスのホームネットワークという形で、手元に動く状態で保存することができました。

いずれの機材も 20〜30 年前に製造されたもので、今では入手困難なものばかりです。これらの機材を地道に集め、限られた資料から挙動を検証し、という繰り返しによって得られたものは「わずか 64kbps の通信回線」ですが、過去のものとされた技術を蘇らせて現代に通信を通すという行いは、ネットワークに触れる者の端くれとして興奮せずにはいられません。

参考文献

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