1. はじめに:本番DBへの負荷を抑えデータを複製する技術
これまでのシリーズで、Db2 for z/OSとオープン系システムとの連携における2つの主要なアプローチ、「DB接続アプローチ」と「DB複製アプローチ」の全体像を解説してきました。
本記事では、後者の「DB複製アプローチ」を支える中核技術であるQレプリケーションに焦点を当てます。
「Qレプリケーションとは何か?」という問いに答えるとともに、IIDR、IRS、IBM MQといった関連する様々な用語を整理し、それらがどのように連携して高信頼なデータ複製を実現しているのかを解き明かしていきます。
本稿は、3部構成シリーズの最終回となります。本番システムへの影響を最小限に抑えながら、メインフレームのデータを安全に活用するためのアーキテクチャを学んでいきましょう。
2. Qレプリケーションと関連用語の整理
Qレプリケーションのアーキテクチャを理解する上で、まずいくつかの重要な用語の定義とその関係性を明確にしておくことが不可欠です。ここでは、この記事で登場する主要な用語を、その位置づけと共に整理します。
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Qレプリケーション
- 位置づけ: 技術方式
- 解説: IBM MQを基盤とし、データベースのトランザクションログを活用することで、高信頼なデータ複製を実現するアーキテクチャの名称です。
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CDC (Change Data Capture)
- 位置づけ: 技術概念
- 解説: データベースへの変更を、データそのものへの問い合わせや、変更を加えた元のSQL文からではなく、データベースが内部的に記録する「トランザクションログ」から識別・取得する技術概念です。ログにはSQLの実行結果(どの行のどのデータがどう変わったか)が記録されており、これを読み取ることで本番処理に影響を与えずに変更を把握できます。Qレプリケーションはこの技術を中核としています。
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IIDR (IBM InfoSphere Data Replication)
- 位置づけ: 製品ファミリー
- 解説: Qレプリケーションという技術方式を実装した、IBMのソフトウェア製品群の総称です。このIIDRの中に、データ複製を実現するための具体的なプログラムが含まれています。
IIDRに含まれる主要なコンポーネント
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Qキャプチャー (Q Capture):
ソースデータベースの変更を"検知"するプログラムです。Db2 for z/OSからデータを複製する場合、このQキャプチャー・プログラムは後述するIRSというパッケージを通じてz/OS上に導入され、STCとして稼働します。 -
Qアプライ (Q Apply):
ターゲットデータベースに変更データを"適用"するプログラムです。通常、ターゲットとなるオープン系のサーバーにIIDRのコンポーネントとして導入・設定されます。 -
IRS (IBM Data Replication for Db2 for z/OS):
IIDRファミリーの一部で、z/OS環境にQキャプチャーを導入するための専用ソフトウェアパッケージです。
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IBM MQ
- 位置づけ: 基盤ミドルウェア
- 解説: IIDRのコンポーネントであるQキャプチャーからQアプライへ、変更データを伝送するための高信頼なメッセージング基盤(プラットフォーム)です。
3. Qレプリケーションのアーキテクチャ詳解:データの流れと各要素の役割
Qレプリケーションは、複数の専門的なコンポーネントが連携することでデータ複製を実現しています。ここでは、データが複製されるまでの流れと、各要素が担う具体的な役割を解説します。
3-1. 全体像:データが複製されるまでのステップ
まず、z/OS上のDb2で発生した一つのデータ変更が、オープン系のターゲットデータベースに反映されるまでの流れを、ステップ・バイ・ステップで見ていきましょう。
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変更の発生と記録:
アプリケーションによってz/OS上のDb2のデータが変更されると、その処理内容はDb2自身のトランザクションログに記録されます。 -
変更の検知:
ソース側(z/OS)で稼働するQキャプチャー・プログラムが、このトランザクションログを常時監視し、あらかじめ定義されたテーブルへの変更を検知します。 -
メッセージの送信:
Qキャプチャーは、検知した変更内容をトランザクション単位でメッセージに変換し、IBM MQの送信キューに書き込みます。 -
メッセージの転送:
ソース側とターゲット側を結ぶMQチャネルを通じて、メッセージはターゲット側のMQ受信キューへ確実・安全に転送されます。 -
メッセージの受信と適用:
ターゲット側(オープン系)で稼働するQアプライ・プログラムが、受信キューからメッセージを読み出し、それをSQL文に再構成してターゲットデータベースに実行(適用)します。
3-2. 起点:Qキャプチャー・プログラム (IRS)
データ複製の起点となるのが、ソース側でデータ変更を検知するQキャプチャー・プログラムです。
Db2 for z/OS環境では、このQキャプチャーはIRSという専用パッケージを通じて導入され、z/OS上でSTCとして稼働します。その最大の特徴は、CDC(Change Data Capture)技術を用いて、本番データベースのテーブルを直接SQLで問い合わせるのではなく、内部的なトランザクションログを読み取る点にあります。
これにより、本番トランザクションの処理性能にほとんど影響を与えることなく(負荷が低く)、データ変更を正確に捉えることが可能です。どのテーブルの変更を監視するかといった複製ルールは、専用のコントロール表(コントロール・テーブル)で一元管理されます。
3-3. 伝送路:IBM MQによる高信頼な非同期通信
Qキャプチャーが捉えた変更データを、ターゲットシステムまで送り届ける重要な役割を担うのがIBM MQです。
MQは内部的に「キュー」というメッセージの一時保管場所を持ちますが、単なるデータの一時保管庫ではありません。MQは、高信頼なメッセージング基盤として、システム間の確実なデータ伝送を保証するために設計されています。
ここで、前回の記事で解説したDRDAのような**同期的(Synchronous)**な通信との違いを整理しておきましょう。
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DRDAの通信(同期的):
リクエストを送信した後、相手からの応答が返ってくるまで処理を待機します。リアルタイムなやりとりが目的です。通信が途絶えれば、処理は失敗します。 -
MQの伝送(非同期):
送信側であるQキャプチャーは、メッセージをMQに渡した時点で自身の役割を完了します。相手(Qアプライ)がそのメッセージをいつ受け取るかを待つ必要はありません。確実に届けることが目的です。
この非同期通信を実現するため、MQは以下の重要な機能を提供します。
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メッセージ伝送の保証:
MQの最も中核的な機能です。万が一、ネットワーク障害が発生しても、MQはメッセージを失うことなく保持し、通信が回復次第、自動的に再送します。 -
疎結合の実現:
送信側(Qキャプチャー)と受信側(Qアプライ)のシステムを時間的・場所的に分離します。これにより、例えばターゲット側のシステムがメンテナンスで停止していても、ソース側のQキャプチャーは処理を続け、メッセージをMQに溜めておくことができます。システム全体の柔軟性と耐障害性が高まります。
この高信頼な非同期通信を実現する、ソース側とターゲット側のMQ間を結ぶ論理的な通信経路がMQチャネルです。すべての変更データは、この専用パイプを通じて安全に伝送されます。
3-4. 終点:Qアプライ・プログラム
データ複製の終点となるのが、ターゲット側で変更データをデータベースに適用するQアプライ・プログラムです。
ターゲットとなるオープン系のサーバーで稼働し、MQの受信キューを常に監視しています。メッセージを受信すると、その内容を解析し、ターゲットデータベースが解釈できるSQL文に再構成して実行します。
また、Qアプライは複数のトランザクションを並列で処理する機能を持ち、ソース側で発生した大量の更新処理を効率的にターゲットDBへ反映させ、システム全体のスループット(単位時間あたりの処理性能)を最大化する役割も担います。
4. Qレプリケーションの主な活用シナリオ
Qレプリケーションが持つ「本番DBへの低負荷」と「高信頼な非同期連携」という特性は、企業のIT基盤において様々な価値を生み出します。ここでは、その代表的な活用シナリオを3つ紹介します。
シナリオ1:災害対策(DR)と高可用性(HA)
企業の事業継続計画(BCP)において、データベースの災害対策は不可欠です。Qレプリケーションは、この課題に対して重要な役割を果たします。
平時、DRサイトの複製データベースは参照専用です。しかし、災害対策の目的は、データ損失を最小限に抑え、迅速に業務を再開させることにあります。
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データ損失の最小化:
Qレプリケーションは、本番サイトのトランザクションをほぼリアルタイムでDRサイトに複製し続けます。これにより、災害発生直前までのデータが遠隔地に保全され、データ損失のリスクを大幅に低減します。 -
迅速な業務再開:
災害発生後、DRサイトでは既にデータが最新に近い状態で存在するため、時間のかかるバックアップからのリストア作業は不要です。
そして、**業務再開を決定した時点で、これまで参照専用だった複製データベースを「読み書き可能な新しいマスターDB」として昇格させます。**アプリケーションの接続先をこの新しいマスターDBに切り替えることで、迅速に業務を再開できるようになります。
このように、Qレプリケーションはデータを安全に保全し、有事の際には新しいマスターDBとなることで、効果的な災害対策を実現します。
シナリオ2:データ活用基盤への連携
z/OS上の基幹系Db2に蓄積された貴重なデータを、ビジネス分析や意思決定に活用したいというニーズは非常に高まっています。Qレプリケーションを使えば、基幹系の本番トランザクションに影響を与えることなく、データウェアハウス(DWH)やデータレイクといった分析基盤へ、ほぼリアルタイムにデータを供給できます。
シナリオ3:負荷分散
特定のテーブルへの参照アクセスが非常に多いシステムでは、Qレプリケーションで参照専用の複製データベースをオープン系に作成し、参照系の処理をそちらに振り分ける(オフロードする)ことが有効です。更新処理はz/OS上の本番DB、参照処理はオープン系の複製DBへと役割を明確に分離することで、本番DBの負荷を軽減し、システム全体のパフォーマンスと拡張性を向上させることができます。
5. まとめ:低負荷と高信頼性がもたらす価値
本記事では、Qレプリケーションのアーキテクチャと、それを支える各コンポーネントの役割について詳しく解説しました。
Qレプリケーションの最大の価値は、ソースである本番DBにほとんど負荷をかけることなく、信頼性の高いデータ連携を実現できる点にあります。これを可能にしているのが、トランザクションログを読み取るCDC技術と、IBM MQを介した疎結合のアーキテクチャです。
この仕組みにより、本番システムへの影響を完全に分離した上で、メインフレームのデータを安全かつ柔軟に活用する道が開かれます。耐障害性に優れ、システムの独立性を保ちながらデータを活用できる、極めて強力なソリューションです。
3回にわたるシリーズを通じて、「DB接続アプローチ」と「DB複製アプローチ」という2つの主要な連携方式を解説してきました。どちらを選択するかは、常にシステムの目的に依存します。
本シリーズが、皆様の技術選定の一助となれば幸いです。
【Db2 for z/OS連携シリーズ】