はじめに
.NETラボ勉強会では、これまで行動指針を明文化していませんでした。参加者はみな良識ある大人だと信頼し、安心して学べる場は、その信頼を土台にすれば成り立つと考えていたからです。
しかし、一部の参加者の行動を受けて、参加を制限せざるを得ない状況が生じました。具体的な行為や個人がわかる情報は、ここでは書きません。誰かを非難することではなく、今回の経験を通して運営として何を考えたのかを記します。
明文の指針がない中で参加制限を判断することは、簡単ではありませんでした。また、問題となる行動に対して、これまで十分な対応をしてこなかったと思われても仕方のない側面があったことも、運営として受け止めています。この記事では、行動指針を策定するに至った経緯と、その判断を担う運営の責任について考えます。
信頼だけでは支えきれない場面
参加者を信頼することは、今も大切だと考えています。勉強会は、互いに学び合う人たちが集まる場です。参加者を最初から疑うことを前提にしたいわけではありません。
一方で、信頼だけでは、場で何を大切にし、困ったことが起きたときにどう対応するのかを、誰もが同じように理解できるとは限りません。行動についての基準が明文化されていなければ、参加者にとっても運営にとっても、どこからが問題なのか、どのような対応がありうるのかが見えにくくなります。
実際に参加制限を考えなければならなくなったとき、私たちはその難しさに直面しました。運営が判断を下すこと自体が重大である一方、判断の土台となる指針をあらかじめ示せていなかった。そのことを、運営の課題として認める必要がありました。
こうした不足を補うため、私たちは場で大切にしたいことを言葉にする必要があると考えました。
行動指針を言葉にする
この経験を受けて、.NETラボの関係者に向けた行動指針を策定しました。対象は参加者だけではありません。登壇者やスタッフも含め、この場に関わる人たちが大切にしたいことを言葉にしています。
策定にあたっては、他のコミュニティの行動規範も参考にしました。
そのうえで、.NETラボの勉強会や交流の場に合わせて、私たちが伝えるべきことをまとめています。
執筆時点で公開している指針では、学びの時間を守ること、お互いを尊重すること、撮影や共有の前に確認すること、困ったときにはスタッフに相談することを案内しています。勉強会だけでなく、懇親会や関連するオンラインの場にも適用されます。運営はプライバシーに配慮しながら状況を確認し、必要に応じて注意や退場をお願いすることがある、としています。
.NETラボの行動指針はこちらです。指針の内容を公開し、関係者が同じ前提を共有できるようにしました。
指針は、場に期待することを共有する土台
行動指針を公開することで、参加者に何を大切にしてほしいのか、困ったときにどこへ相談できるのかを、事前に伝えられるようになりました。これは、参加者を監視するためのものではありません。安心して学び、交流するために、互いに守りたいことを共有するためのものです。
事前に基準を知る機会があれば、参加者は場に期待されていることや、困ったときの相談先を確認できます。運営にとっても、目指す場のあり方を関係者と共有する土台になります。
指針は、個々の状況に自動で答えを出すものではありません。共有の土台ができても、個別の判断に伴う難しさは残ります。
明文化しても、判断の難しさは残る
運営が状況を確認するときには、関係者のプライバシーに配慮する必要があります。そのため、個々の事案について、外から見える情報だけで経緯や判断のすべてを知ることは難しいでしょう。詳しく説明できないことがあるからといって、運営の対応が常に正しいということにはなりません。
行動指針があっても、書かれた言葉をどのように状況に当てはめるのか、ほかの選択肢はなかったのかを考える必要があります。状況を確認し、選択肢を検討し、判断の影響を引き受けるのは運営です。運営の判断にも誤りや偏りがありうることを忘れてはなりません。
明文化は、恣意的な判断をなくす万能策ではありません。それでも、何を大切にしているのかを事前に示すことで、運営と参加者が同じ土台から考える助けになります。個々の判断に不確かさが残るからこそ、指針の限界も含めて運用を振り返ることが大切です。
その難しさは、参加制限という具体的な判断が、人に与える影響にも表れます。
参加を制限する判断の重み
参加を制限することは、運営が軽く決めてよいことではありません。参加制限は、参加を希望していた人がその場に参加できなくなる結果をもたらします。その人にとっての重みを、運営は忘れてはならないと思います。
同時に、参加者が安心して学び、交流できる場を守ることも運営の責任です。どちらか一方だけを見ればよい、という話ではありません。場を守ろうとすることを運営の手柄として語るのでも、参加制限を受ける人の事情を単純化するのでもなく、判断が誰かに与える影響を正面から考え続ける必要があります。
明文の基準がないまま判断に至ったことや、これまでの対応が十分ではなかったように見えた可能性について、運営側の課題を参加者のせいにすることはできません。今回の指針の策定は過去の判断を正当化するためではなく、今後の場のあり方を考えるための一歩です。
責任を引き受けるということは、参加者に求めるだけでなく、運営自身も同じ指針に照らされることだと考えています。
運営もまた、指針に照らされる
行動指針は、参加者や登壇者だけに守ってもらうものではありません。スタッフを含む運営も、その対象です。参加者に尊重を求めるなら、運営も同じように人を尊重する。困ったことを相談してほしいと案内するなら、相談を受ける側も丁寧に向き合う。そうした姿勢がなければ、指針は掲げた言葉だけになってしまいます。
判断をした側も、同じ規範に照らされることを受け入れる覚悟が必要です。指針を根拠に何かを求める運営自身が、指針から自由であってはならないと私は考えています。運営の判断に誤りがありうることを認め、必要なら振り返る。その責任も含めて、場を運営するということなのだと思います。
指針を公開して終わりにするのではなく、実際の運営の中で見直し、必要な改善を続けること。参加者に求める言葉を、まず運営自身の行動に反映すること。そうした積み重ねが、行動指針をコミュニティの土台として働かせるのではないでしょうか。
おわりに
行動指針を策定したからといって、今後の判断に迷いがなくなるわけではありません。すべての事例をあらかじめ書き尽くすこともできません。それでも、期待することと、運営が担う対応の土台を言葉にして公開できたことには意味があると考えています。
参加者の安全を守る責任と、参加制限がもたらす重み。その両方から目をそらさず、運営自身も同じ指針に照らされること。これからも指針と運用を見直し、関わる人たちと一緒に.NETラボのあり方を考え続けていきたいです。
そうした運営の積み重ねの先に、いつか.NETラボを健全なコミュニティとして若い世代に引き継ぎ、私自身も運営から身を引けるようにしたいです。
私自身、このような判断をした重みはあります。そのような判断をした立場は、その逆も受けるだけの覚悟がなければいけないと考えています。それは、参加を制限してしまった方への人生をゆがめてしまった責任でもありいつかはその報いを自身でも受けなければならないと考えています。この地球というこの人生というコミュニティからの退場を意味しています。
コミュニティを守るためとはいえ、大変申し訳ないことをしたと感じています。また、これからもその罪を重ね続けていくことになります。