最近、ソニーセミコンダクタソリューションズがSPRESENSE向けに「マルチIMU Add-onボード」を発表して話題になりました。なんでも、16個のIMUをリアルタイム合成して超高精度を実現できるとのこと。
参考
https://www.drone.jp/news/20241227143001107372.html
「IMUってそんなにたくさん積むと何がいいの?」と疑問に思ったので、ちょっと考えてみました。キモは 「IMUの出力ノイズにランダム成分がある」 ということっぽいです。
そもそもIMUって何?
雑に説明すると、
- 加速度センサー(3軸) + ジャイロスコープ(3軸) = 6軸IMU
です。
振動や姿勢変化を検出するために、ドローンやロボット、スマホなんかに当たり前のように積まれています。小さい部品の中に6軸分入っているのでとても便利です。
ただ、民生用の小型MEMS IMUって、どうしてもノイズが大きいとかバイアスドリフトがあるとか、いろいろ課題もあります。そこで高精度が求められる用途だと、FOG(光ファイバージャイロ)やリングレーザージャイロなどの高級センサーを使うことが多いですが、それらは大型で高価なのです。
マルチIMU合成技術とは?
ソニーセミコンダクタソリューションズさんによると、複数の民生用IMUを同時に使ってデータを取り、それをリアルタイムでうまく合成(=信号処理)することで、実質1個の高精度IMU並み(あるいはそれ以上)を目指すというアイデアらしいです。
個人的に「なるほど〜」と思ったポイントは下記のとおり:
-
たくさんのIMUを用意する
- 例えば16個や32個のIMUを使う
-
それぞれのIMUは多少精度が低くてもOK
- 民生用小型MEMSセンサーなのでコストも抑えられる
-
ランダムノイズを平均化して減らす
- 結果的に高精度を実現する(FOGクラスに迫る?)
「なんか魔法みたい」と思うかもしれませんが、原理は案外シンプルです。加えて、この “プラスα” の最適化に、ソニーがCMOSイメージセンサーで培ってきたノイズ低減技術が活かされているかもしれない……と想像すると、さらに興味深いです。
「ランダムノイズだから」たくさん平均すると小さくなる
センサーが測定するとき、我々が欲しい「真の値」には、ざっくりこんな要素が混ざります:
- 真の加速度や角速度 (欲しい信号)
- ランダムノイズ
- バイアスドリフト (温度や経時によって徐々にずれる)
ここで、ランダムノイズが互いに無関係(無相関)と仮定すると、「$\sqrt{N}$則」という統計の基本則が働きます。ざっくり言えば、
$$
\text{(合成後のノイズレベル)} \sim \frac{1}{\sqrt{N}}
$$
というイメージです。IMUをN個同時に測って平均すると、ランダムなノイズ成分は1個使用時の$\frac{1}{\sqrt{N}}$に下がるわけですね(理想的には)。
グラフにするとこんな感じです。
例: コイントスの平均
コインを1枚投げると「表か裏か」のばらつきがありますが、16枚同時に投げて結果を平均すると1枚のときよりばらつきが小さくなる……というのと同じ理屈です。
もちろん、IMUの場合は完全に独立なノイズばかりとは限りません。例えば同じ基板で動いていれば電源ノイズや振動を共有してしまう場合もあります。こうした相関ノイズは単純平均ではうまく消しにくいですが、そこをソニー独自の合成アルゴリズムやCMOSイメージセンサーでのノウハウなどを駆使して最適化している、のではないかと思います。
「バイアス安定性」って何?
「バイアス安定性0.39 deg/h以下を実現」という文言がありますが、これはドリフトが極端に小さいことを意味します。精密ジャイロの世界では「○○deg/h」という数字がよく使われますが、これが小さいほど「放置していても勝手に回転しているように見える誤差が少ない」状態だといえます。
複数IMUをうまく合成すれば、こうした長期的なドリフトもある程度は平均化・相殺できるわけです。これが高級ジャイロ級の安定性や精度を得るカギになっているのではと思います。
「地球の自転が計測できる」ってどういうこと?
ソニーの発表によると、ノイズ密度が1.0 mdps/√Hz(ミリ度/秒/√Hz)以下になり、地球の自転(約15度/時)が測定可能とのこと。
「光ファイバージャイロでしかできないと思っていたことが、MEMSでも可能になってきた」と考えると、かなり夢が広がりますよね。自宅にIMUを設置して地球の自転を捉える……なんて考えると、ちょっとロマンを感じます。
製品への期待
販売は2025年2月28日からとのことで、まだちょっと先ではありますが、私の様な電子工作好き、DIY好きにとっては非常に興味深い製品です。
実際に使ってみて、ノイズの低減がどれだけ効いているのか、ぜひ確かめてみたいところ。高価なFOGに手を出せなかった層にとって、手頃な価格で手に入る「超高精度IMU」は相当魅力的に映ります。
応用例の妄想
-
自宅の振動計測:
地震や生活振動を超高感度で捉えられるかも? -
ロボットやドローン:
位置推定や姿勢制御の精度が格段にアップする? -
科学実験・教育:
大学の実験とかで、気軽に超高精度の角速度測定ができる? -
地球の自転計測:
ちょっとやってみたい。
上記はあくまで妄想ですが、こうした用途に民生IMU×多数合成というアプローチが普及する可能性は十分ありそうです。
まとめ
- IMUのノイズは概ねランダム
- ランダムノイズは平均をとると$\frac{1}{\sqrt{N}}$の割合で下がる
- バイアスドリフトも平均化・合成である程度相殺可能
- ソニー独自の合成アルゴリズム+CMOSイメージセンサー由来のノウハウ?でさらに最適化しているのかも?
- 結果、FOGクラスのバイアス安定性・ノイズ特性を実現
- 地球の自転を測るレベルにも到達
以上、「マルチIMUでノイズを減らせるのはなぜ?」を雑にまとめてみました。今後、実機での検証レポートが増えてくることを期待します。
「なんでそんなにノイズ減るの?」と訊かれたら、「IMUのノイズはランダムだから、たくさん集めて平均化すれば減るんだよ」と答えればとりあえずOKですが、もう少し踏み込むなら、相関ノイズをどう除去するか、がキモになりそうです。
参考リンク
以上