スクラムに関する研修・資格周りの情報は、あまりに複雑過ぎる(と、私は感じています。Scrum Inc.、Scrum Alliance、認定スクラムマスター、Licensed Scrum Master、Srcum.org等)。そこでスクラムに関する研修・資格を選定する際の一助となるように、研修・資格に関連する情報を整理します。
以下に、私の頭の中にある「スクラムとスクラム研修・資格周りの全体像」を可視化した図を掲載します。
この第1話では、スクラムに関する重要人物を4名紹介します。
各人物が、それぞれ異なるスクラム研修や資格に関わっています。
そのため、まず彼らがどのような人物なのかを把握することで、各種スクラム研修・資格が理解しやすくなります。
なお、第2話ではスクラム関連の研修と資格、そしておすすめの受講方法について解説します。
第3話では、なぜこれほどスクラム関連の研修・資格の情報は複雑でややこしいのかを解説します。
(全4話構成です)
※本記事は全4話構成のスクラムシリーズの「第1話」です
・第1話:スクラムの重要人物を詳細解説
・第2話:スクラム関連の研修・資格のまとめ & おすすめの研修受講方法
・第3話:スクラム研修・資格周りの歴史を解説:なぜケンはScrum.orgを設立したのか?
・第4話:ジェフ・サザーランドはいかに竹内・野中論文に出会ったのか?大学時代から解説
<本話の目次>
1.ジェフ・サザーランド(Jeff Sutherland)
2.ケン・シュエイバー(Ken Schwaber)
3.野中郁次郎 先生
4.竹内弘高 先生
1.ジェフ・サザーランド(Jeff Sutherland)
スクラムの共同開発者(co-creator of Scrum)二名のうちのひとりです(現在80歳)[1] 。
1986年に発表された、日本の製造業における「新製品開発のプロセス:SCRUM」(竹内・野中論文 [2])をソフトウェア開発にはじめて応用した人物がジェフ・サザーランドです。
1993年、Easel Corporation社でオブジェクト指向技術の部長をしていた頃、
・ジェフ・マッケンナ
・ジョン・スカムニオタレス
ともに、「竹内・野中論文, 86年」で提唱された製造業のSCRUMを、ソフトウェア開発のスクラムとしてはじめて適用しました(ジェフ52歳頃)[3]。
[備考]
(※1)マッケンナとスカムニオタレスは、スクラムガイドにも名前が掲載されている2人のことです。
(※2)ジェフがスクラムに取り組みはじめたのが、想像以上にキャリア後半である点に驚きました。以降、重要な出来事については、年齢も併せて記載します(何歳になってもチャレンジできるものですね)。
その後、ジェフはソフトウェア開発の文脈でのスクラム開発を整理・構築します。
さらに2011年には、「スクラムガイド」をまとめ上げます(ジェフ70歳頃)[4]。
スクラムガイドは現在も更新され続けています。
この「スクラムガイド」が、スクラム関連の研修・資格が乱立するなかで、唯一の公式ガイドです。
またジェフは2006年に、スクラム関連の資格研修を実施する会社として、Scrum Inc.社を設立します(ジェフ65歳頃)。
現在もジェフ・サザーランドは、創業者 兼 Principal ConsultantとTrainerを務めています
(Scrum Inc.社については第2話で解説します)。
2.ケン・シュエイバー(Ken Schwaber)
スクラムの共同開発者(co-creator of Scrum)二名のうちのひとりです(現在76歳)[5] 。
1985年8月にAdvanced Development Methodologies社(ADM社)を創業し(ケン40歳頃)、現在もCEOを歴任中です。
1980年代前半、ケン・シュワバーはジェフ・サザーランドと何気なく知り合り、交流がありました。
そして、1987年になると、ケンとジェフはビジネス上の必要性から、深い協力関係を築くようになっていました[21]。
そして、1995年、先ほど紹介したジェフ・サザーランドが働いていたEasel Corporation社はVMARK社に買収されました。
買収された後もジェフは、VMARK社でスクラム開発を継続します。
この1995年、VMRAK社時代のジェフ・サザーランドがADM社ケン・シュエイバーと話をした際、「お互いの開発方法はとても似ているね」 という話をします [6]。
文献 [6] Schwaber, Ken. "Controlled chaos: Living on the edge." American Programmer 9 (1996): 10-16.
より。
The Scrum software development process described in this article arose from shared
concerns between Advanced Development Methods (ADM) and VMARK Software (VMARK).
[備考]
(※3)ここの事実関係が私には不明なのですが、ジェフとケンはお互いの開発方法をスクラム開発としてまとめ、発表しよう。そして、その学会論文の作成はケン・シュエイバー宜しく♪、となりました。
私には違和感があり、ジェフが一人で論文書けば良いのに、なぜケンを引き込まないといけなかったのでしょうか?
その答えは2人のバックグラウンドの違いにあると私は考えています。マネジメント気質のジェフと、コーダー気質のケンのうち、ソフトウェア系の論文を書くのはケンの方が相応しかったのかもしれません。
第4話にて、二人のキャリア前半時代について紹介したいと思います。
またスクラムをソフトウェア業界に広めるという意味でも、ソフトウェア業界でコーダーとして著名であったケンの方が相応しかったという理由もあるかもしれません。
その後、1995年の国際学会OOPSLA(Object-Oriented Programming Systems, Languages, and Applications)にて、ジェフ・サザーランドが座長を務めたワークショップ「Business object design and implementation workshop」にて、ケン・シュエイバーが、 「SCRUM Development Process」 を論文発表しました [7-10]。
この95年の発表内容は、その後1997年に再度丁寧に構成されなおし、原稿も書き直し、書籍化および論文化されました(以下の論文です) [11, 12]。
上記の論文の見出しの通り、95年および97年の学会論文「SCRUM Development Process」は共著論文ではなく、ケン・シュエイバーの単著論文です。
そのため、スクラム開発をきちんと書面化、論文化したのはケン・シュエイバーということになります。
しかし、製造業のSCRUMを提唱した竹内・野中論文を発見して、ソフトウェア開発におけるスクラムを構想し最初に創ったのはあくまでジェフであり、文献[6] で紹介した通り、VMRAK社時代のジェフ・サザーランドとケン・シュエイバーの同意の元、 スクラムは二人の共同開発(co-creation) となっています(ということだと私は理解しています)。
1995年の国際学会OOPSLAの後、1996年にジェフ・サザーランドはVMARK社を退職し、Individual社を起業します(ジェフ55歳頃)[3]。
そしてジェフはIndividual社の開発プロセスにスクラム開発を導入したく、ケン・シュエイバーに支援を依頼します。
そこでケンとジェフは一緒に働きました(ケン51歳頃)[3]。
それから5年後の2001年、有名な 「アジャイルソフトウェア開発宣言(アジャイルマニフェスト)」 [13, 14] 、が作成されました。
この署名者17名のなかに、ジェフ・サザーランドもケン・シュエイバーも含まれています(ジェフ60歳頃、ケン56歳頃)。
翌年、2002年、ケン・シュエイバーはマイク・コーン、エスター・ダービーとともに、スクラムのスキルの資格認定する機関として、Scrum Alliance社を設立します
(Scrum Alliance社については第2話で解説します、ケン57歳頃)。
しかし2009年、ケン・シュエイバーはScrum Alliance社を離脱し、Scrum.orgという組織を作成します(Scrum.orgについては第2話で解説します、ケン64歳頃)。
Scrum Alliance社離脱の話は第3話で詳しく解説します(ここあたりからスクラムの研修・資格周りが複雑になります)。
その後2011年に、最初の「スクラムガイド」がジェフ・サザーランドもケン・シュエイバーによって作成されました [4](ジェフ70歳頃、ケン66歳頃)。
スクラムガイドはその後も、2013年、2016年、2017年、2020年と改訂を繰り返しています。
このようにして、ジェフ・サザーランドとケン・シュエイバーによって「スクラム開発」が共同開発され、今日に至ります。
二人はスクラムのCo-creatorであり、スクラムの研修を受講したり、スクラムを学ぶうえでも知っておきたい重要人物です。
3.野中郁次郎 先生
野中 郁次郎(のなか いくじろう)先生は、ソフトウェアのスクラム開発の着想を与えた、「竹内・野中論文, 86年」(The new new product development game, arvard business review)の執筆者です(現在86歳)[15]。
1972年にカリフォルニア大学バークレー校の博士課程を卒業して、博士号を取得されました(野中37歳)。
日本では経営理論(とくにナレッジマネジメント)の知識人として非常に著名な先生です。
しかし、”ソフトウェア開発におけるスクラム開発の起源となった人” としては、ご存じない方も多いかもしれません。
ちなみにジェフ・サザーランドは、野中先生と竹内先生のことを、「The Roots of Scrum」 や 「Scrum Godfathers」 と呼んでいます [16, 17]。
また以下のようにも述べています [16]。
Some say Nonaka has replaced Peter Drucker as the leading management guru on the planet.
(野中先生は、亡きピーター・ドラッカーに代わり、世界を代表するマネジメントの第一人者とも言われています。)
野中先生の有名な成果としては以下の4つが挙げられます。
(1)1984年:書籍「失敗の本質 日本軍の組織論的研究」[Amazonへ](野中49歳)
(2)1986年:ハーバードビジネスレビューでの竹内先生との共著論文「The new new product development game」[論文PDF](野中51歳)
(3)1996年:書籍「知識創造企業(The Knowledge-Creating Company: How Japanese Companies Create the Dynamics of Innovation)」[Amazonへ](野中61歳)
(4)2020年:書籍「ワイズカンパニー: 知識創造から知識実践への新しいモデル(The Wise Company: How Companies Create Continuous Innovation)」[Amazonへ](野中85歳)
(1)の書籍 「失敗の本質」 は日本軍は日本軍の第二次世界大戦での失敗から、組織論としてのあり方を問う内容です。
日本国内では、部下を持ち、経営に関わっている人間であれば、誰もが読んでいると言っても過言ではないほど有名は書籍です。
以下のページの1枚図と解説が非常に分かりやすくておすすめです。
「日経ビジネス 失敗を認めず繰り返す 日本組織の問題点(2021.7.30)」
(上図は無料ページ範囲内より引用)
(2)の 「The new new product development game」論文 は、ソフトウェア開発のスクラムの起源となった論文です。
日本の製造業の経営力の源泉を、Scrumというフレームワークにまとめ、提唱しました。
また、ナレッジマネジメントという概念を提唱した論文でもあります。
(3)の 書籍 「知識創造企業」 はナレッジマネジメントを体系化した成果です。
知識が如何にして生まれ「暗黙知」から「形式知」へと変換されていくのかを 「SECIモデル」 として提唱した書籍となります。
知識創造過程の4つのプロセスとして、
- 共同化(Socialization)
- 表出化(Externalization)
- 連結化(Combination)
- 内面化(Internalization)
を提唱し、その頭文字をとって、「SECIモデル」と呼びます
そして、各プロセスを実現する手段として、「場の理論」(英語でも”Ba”と記載します)を提唱しています。
- 創発場(共同化)
- 対話場(表出化)
- システム場(結合化)
- 実践場(内面化)
「SECIモデル」によるナレッジマネジメントの詳細については、上記文献や他資料等をご覧ください。
(4)の 書籍 「ワイズカンパニー: 知識創造から知識実践への新しいモデル」 は、アメリカ空軍のジョン・ボイド氏が提唱した OODAループ(ウーダループ:近年のVUCAな時代においては、PDCAサイクルではなくOODAループを重要視する風潮があります)を、SECIモデルに組み込んだ、 「SECIスパイラルモデル」 を提唱しています。
野中先生は上記のような様々な成果を生み出した、日本を代表する経営学の偉大な研究者です。
そして、スクラム開発の起源にもなったスクラム論文の著者であり、Scrum Godfatherの一人です。
最近の野中先生の出版物ですと、野中先生とジェフ・サザーランドの対談がまとめられた、
「アジャイル/スクラムから考える開発と経営, 2020年」 [18] がおすすめです。
SECIモデルと、ソフトウェア開発でのスクラムが絡み合う二人の対談は非常に興味深いです。
その他、最近の野中先生のスクラム関連の記事としては、こちらもおすすめです。
「アジャイル手法提唱者が涙ぐんだ「日本発の論文」 論文著者、野中郁次郎教授が指摘する「アジャイルの真髄」」
4.竹内弘高 先生
竹内 弘高(たけうち ひろたか)先生は、ソフトウェアのスクラム開発の着想を与えた、「竹内・野中論文, 86年」の執筆者です(現在76歳)[19]、[画像引用 20]。
1986年のハーバードビジネスレビュー誌にて、野中先生との共著論文「The new new product development game」[論文PDF] を発表されました(竹内40歳)。
竹内先生は、カリフォルニア大学バークレー校で31歳のときに博士号を取得されました。
元々アカデミックに残るのではなく、MBA取得後は企業で働くつもりだったそうですが、カリフォルニア大学で野中先生と出会って影響を受け、経営学の研究者としての道を歩まれています。
(私には)野中先生は日本をメインに活動しているイメージである一方、竹内先生はアメリカでの活動も精力的なイメージが強いです(実際、ハーバード大学経営大学院教授もされています)。
野中先生・竹内先生の共同出版物は、だいたい先に竹内先生メインで英語で出版し、その後日本語化して日本で出版されている印象があります(私には)。
また、論文の発表だけでなく、日本に帰国していた野中先生とジェフ・サザーランドの間をいろいろ取り持ったりするなど、Scrum Godfather の一人として、精力的に活動されている先生です。
ジェフ・サザーランドは竹内先生のことを
Takeuchi is considered one of the top ten business school professors in the world
(竹内先生は、世界中のビジネススクールの教授としてトップ10に入る人と言われています)
と表現しています [16]。
2010年にハーバード大学ビジネススクールの教授となった際には、ジェフ・サザーランドが竹内先生の講義内でスクラムの講習を実施したりもしています。
※2010年に、マイケル・ポーター教授(5F分析、バリューチェーン、競争優位戦略などの経営フレームワークを提唱した先生)が竹内先生を招聘しました
竹内先生の成果はとしては、野中先生の章で紹介した以下の内容が共同成果になります(共著)
・1986年:ハーバードビジネスレビュー共著論文「The new new product development game」
・1996年:書籍「知識創造企業」
・2020年:書籍「ワイズカンパニー: 知識創造から知識実践への新しいモデル」
その他、竹内先生単独では、マイケル・ポーター先生の書籍「競争戦略」の日本語版の翻訳でも有名な先生です。
さいごに
以上本話では、スクラムの資格を選定したり、スクラムの研修を受ける前に知っておきたい人物として、
1.ジェフ・サザーランド(Jeff Sutherland)
2.ケン・シュエイバー(Ken Schwaber)
3.野中郁次郎 先生
4.竹内弘高 先生
の4名を紹介しました。
本話を読んで、「ジェフ・サザーランドは「竹内・野中論文、1986年」(日本の製造業の開発フレームワークであったSCRUM論文)をどのようにして知り、1993年にソフトウェア開発に適用したのだろうか?」 と、疑問が湧いたかもしれません。
ジェフ・サザーランドは当時、Easel Corporation社でオブジェクト指向技術の部長職でした。
一介のIT関連の部署の部長が、「Harvard business review誌」を定期購読し、さらには日本の製造業のフレームワークの知見を実際のIT業務に活かそうとするでしょうか?
なぜジェフ・サザーランドはそれが可能な部長であったのかを、ジェフやケンの大学時代までさかのぼり、彼らのバックグラウンドから、私なりの回答を解説したいと思います(第4話を予定)。
なお次回、第2話では、スクラム関連の研修と資格、そしておすすめの受講方法について解説します。
以上、ご一読いただき、ありがとうございました。
⇒第2話:スクラム関連の研修・資格のまとめ & おすすめの研修受講方法へ
引用文献
[1] (Wiki) Jeff Sutherland
[2] Takeuchi, Hirotaka, and Ikujiro Nonaka. "The new new product development game." Harvard business review 64.1 (1986): 137-146.
[3] Sutherland, Jeff. "Inventing and Reinventing SCRUM in five Companies." Cutter IT journal 14.21 (2001): 5-11.
[4] Schwaber, Ken, and Jeff Sutherland. "The scrum guide." Scrum Alliance 21.1 (2011).
[5] (Wiki) Ken_Schwaber
[6] Schwaber, Ken. "Controlled chaos: Living on the edge." American Programmer 9 (1996): 10-16.
[7] Proceedings>OOPSLA '95>Business object design and implementation workshop
[8] Business object design and implementation workshop
[9] Schw95.Ken Schwaber. SCRUM Development Process. OOPSLA'95 Workshop on Business Object Design and Implementation, http://www.tiac.net/users/jsuth/oopsla/oo95summary.html, 10 Dec 95.
[10] Workshop Report: Business Object Design and Implementation
[11] Business Object Design and Implementation: OOPSLA '95 Workshop Proceedings 16 October 1995, Austin, Texas
[12] Schwaber, Ken. "Scrum development process." Business object design and implementation. Springer, London, 1997. 117-134.
[13] アジャイルソフトウェア開発宣言
[14] アジャイルソフトウェア開発宣言の読みとき方
[15] (Wiki) 野中郁次郎
[16] Takeuchi and Nonaka: The Roots of Scrum
[17] Scrum Godfathers: Takeuchi and Nonaka
[18] 野中郁次郎, サザーランドジェフ, 志度昌宏, & 内田伸一. (2020). アジャイル/スクラムから考える開発と経営: 対談: 野中郁次郎× ジェフ・サザーランド (特集 公共分野におけるアジャイル型開発). 行政 & 情報システム, 56(2), 3-7.
[19] (Wiki) 竹内弘高
[20] 竹内弘高先生の顔写真引用元
[21] 【A Brief History of Agile】Ken Schwaber - A Brave Warrior (Part 1)
【記事執筆者】
電通国際情報サービス(ISID)AIトランスフォーメーションセンター 製品開発Gr
小川 雄太郎
主書「つくりながら学ぶ! PyTorchによる発展ディープラーニング」
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