◆沈んでいく先で
光に包まれたまま、
私はどこまでも、ゆっくりと落ちていった。
落ちているという痛みはない。
落ちていく恐怖もない。
ただ、胸の光粒だけが
どくん、どくんと存在感を主張するように、脈打ち続けている。
(……ここ……どこ……?
……わたしの……中……?)
足元がふっと軽くなり、
私は静かに“着地”した。
そこは──
私がこれまでに経験してきた、生きてきた記憶が散らばる、無音の空間だった。
記憶の欠片とも言える淡い光の粒が宙に浮かび、触れれば消えてしまいそうなほど儚い。
◆記憶の欠片
ひとつの光が、私の前にふわりと音もたてずに降りてきた。
指先で触れると──
視界が一瞬だけ白く染まる。
いつか見た小さな手。
どこかの誰かの声。
柔らかくも温かい光。
そして、
「守らな……」
という、かすれた声。
(……これ……わたしの……?
それとも……誰かの……?)
光はすぐに消え、
また静寂だけが残った。
◆“内側”から響く主様の声
“……ここ……
……おまえの……なか……
……わたしの……かけら……”
声は外からではなく、
私の内側から直接響いてくる。
主様の影が、
光の粒の向こうにぼんやりと立っていた。
“……おまえ……
……なに……もの……”
胸の光粒が強く脈打つ。
(……わたしは……)
言葉を紡ごうとするが、喉から出る前にほろりとほどける。
答えようとしても、何かが邪魔をして言葉にならない。
影がゆっくりと近づいてくる。
“……おまえの……なか……
……わたしの……なにか……
……ある……”
主様は怒っていない。
ただ、
必死に私の中にある何かを探している。
その姿は、どこか寂しげで、悲しそうにも見えた。
◆声が届く
「ニカはん……うちの声……聞こえますか」
リミラの優しくもゆっくりとした声が、
どこか遠くから、けれど確かに届いた。
「惑わされんといて。
主様は……ただ確かめたいだけなんよ」
(……リミラ……?
ここに……あなたも……来られるの……?)
「行くことはできまへん。
せやけど、声だけは……声だけは届けられるんよ」
リミラの声は静かで、
深層の光よりも優しかった。
◆主様の“問い”
影が私をじっと見つめるように、目の前に立つ。
“……おまえ……
……わたしを……
……すくった……?”
胸の奥が、ぎゅっと強く締めつけられる。
“……それとも……
……うばった……?”
(……わたしが……?
……うばう?……そんな……)
その問いに答えられない。
その問いの答えを知らない。
でも、胸の光粒だけが、確かに主様の声に反応して震えている。
影の“手”がゆっくりと私に伸びてくる。
“……みせて……
……ほんとうの……
……おまえ……”
その手が触れたら、
私の中の何かが壊れる。
私の中から何かが戻る。
私の中の何かが目覚める。
不確かだけど、そんな確信が、私の全身を刺した。
(……だめ……)
誰かの声が、
私の胸の奥から響いた。
(……まだ……
あの人に……触れさせたら……だめ……)
それは私の声ではない。
主様の声でもない。
けれど、
どこか懐かしくて、
涙が出そうになるほど優しい声だった。
影の手が止まる。
主様が、
その声の方向を探すようにゆらりと揺れる。
“……だれ……?”
胸の光粒が、
まるで心臓のように激しく脈打つ。
(……ニカ……
……わたしを……わたしを思い出して……忘れないで……)
光が弾け、
世界が白く染まった。
◆揺らぐ光の底で
白く染まった視界の中で、
私はひとり、静かに立っていた。
光はまだ収まらず、
胸の奥で脈打つ光粒が
まるで“何かを呼び覚まそう”としているかのように震えている。
(……いまの声……
……だれ……?)
問いかけても、
返事はない。
けれど、胸の奥に残った“温度”だけが、確かにある誰かの存在を示していた。
足元の光が、波紋のように静かに広がっていく。
その波紋に触れた記憶の欠片が
ぽつ、ぽつ、と光り始める。
ひとつ。
またひとつ。
まるで
私に、「見てほしい」
と訴えるように。
私はそっと手を伸ばした。
触れた瞬間──
視界がまたゆらりと揺れる。
◆別の記憶が流れ込む
小さな影。
泣いている誰か。
差し出された手。
温かい掌。
そして──
「大丈夫や……守るさかい……」
という、優しい声。
(……これ……
……わたしの記憶じゃない……)
胸がきゅっと痛む。
聞いたことがないはずの声なのに、知らないはずの声なのに、
なぜか懐かしい。
知らないはずの手なのに、その手に触れた感触が残っている。
(……わたし……
……誰かを……守った……?
……誰かに……守られた……?)
記憶の境界が曖昧になり、自分の輪郭さえわからない。
私の存在そのものが揺らぐ。
“……おまえ……
……なにを……みてる……”
主様の影が、記憶の光に照らされてゆらりと揺れた。
その揺れは、怒りでも、恐怖でもない。
ただ──
悲しみに近かった。
“……それ……
……わたしの……
……なくした……もの……”
影が私の胸に手を当てるように、ゆっくりと私の中に沈んでいく。
“……かえして……
……ほしい……
……けど……
……こわい……”
その声は、深層の主様とは思えないほど小さく、弱かった。
どくん。
私の胸の奥から光粒が、
主様の声に反応して強く脈打つ。
どくん、どくん。
まるで
「……わたしは……ここにいる……
……ここが……わたしの……居る場所……」
と訴えるように。
影がその光にゆっくりと手を伸ばす。
“……それ……
……わたしの……
……かけら……?”
(……違う……
……これは……)
言葉にならない感情が、言い表せない思いが胸を満たす。
あなたに返したいわけじゃない。
あなたから奪いたいわけでもない。
ただ──
この光は、わたしの一部でもある。
そんな確信だけが、静かに胸に宿った。
◆再びの声……
(……ニカ……)
胸の奥で、
あの優しい声がもう一度響いた。
(……思い出して……
……あなたは……
“誰かの欠片”なんかじゃない……)
光が揺れる。
(……あなたは……
……あなた自身……)
その言葉が落ちた瞬間、
記憶の海が感情に呼応するように大きく立ち上がり、
波打ち際へ激しく押し寄せて世界を揺らした。
主様の影が、その波に驚いたように揺れて離れる。
“……だれ……
……おまえ……
……だれなんだ……”
胸の光粒が、まるで答えるように強く輝く。
世界が再び白く染まる。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
ニカの内側に広がる記憶の海は、まだすべては明らかになっていません。
主様が探している“欠片”と、胸の奥で響いたあの声。
そのどちらも、ニカの存在に深く結びついています。
けれど、真実に触れるには、もう少しだけ時間が必要です。
次の一歩で、ニカが見つけるものは何なのか──
静かに見守っていただけたら嬉しいです。
では、次回お会いできるのを楽しみにしております……