■静寂
光が消えた。
いや──正確には、光という概念そのものが剥がれ落ちていった。
足元の感覚が薄れていく。
上下も左右も、距離も、空気の重さすら曖昧に感じる。
音は消えてない。私の中の鼓動は確かに脈打っている。
だけど、“音という仕組み”が世界から抜け落ちていく。
呼吸しているはずなのに、
胸の動きだけがあるのに、
その証拠となる音がどこにも存在しない。
(……ここ、どこ……?)
自分のいる場所の曖昧さに怖くなる。
でも、それ以上に──どこか懐かしい。
その懐かしさに、胸の奥がざわつく。
ざわつく理由は分からない。
けれど、この静寂を私は“知っている”……
そのとき。
何かが、私に触れた。
■痕跡
空気が揺れた気配はない。
温度も、触れた重さも感じない。
ただ、“存在の痕跡”だけが胸の奥に触れた。
(……誰……?)
私の問いは声にならない。
声という仕組みも、ここには存在しない……?
代わりに──
言葉の“形”だけが、逡巡する私の思考の隙間に落ちてくる。
──ニカ。
それは、音ではない。
方向も距離もわからない。
本当に聞こえたのか、それとも、思い出したのか。
それすら曖昧でわからない。
ただ、その形だけが胸を締め付けた。
(……知ってる……?
いや……知らない……
でも……どうして……温かく感じるの……?)
矛盾が胸の奥で静かに渦を巻く。
どこか懐かしいと感じるのに、怖い。
私はこんな懐かしさ知らない。
だけと、どこか温かい。
その揺らぎの中で──
世界の中心が、ゆっくりと“形”を現していく。
光でも影でもない。
静寂そのものが、人の輪郭を象っていくような不思議な感覚。
■輪郭
髪の色ははっきりしない。
瞳の色も揺れていて、はっきりわからない。
人の輪郭はあるのに、見つめてもどこか焦点が合わない。
“それ”は存在しているのに、存在していない。
ただ──
そこに“誰か”がいる。
それだけは、確かだった。
(……あなたは……誰……?)
私の問いは届かない。
私の問いかけは、しんと静かな静寂に掻き消されるように届かない。
揺らぎの中の“それ”は、ただこちらを見ている。
その表情は、じっと見ても、はっきりわからない。
けれど、確かに私を優しい視線で“見ていた”。
そして──
再び、言葉の形だけが落ちてくる。
──ニカ。
私は、その言葉に胸が跳ねるのを感じた。
理由は分からない。
でも、その呼び方は……
どこか、懐かしかった。
深層は閉じず、揺らぎだけが静かにそこに立っていた。
その周囲には、しんとした静寂だけが満ちていた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
第21話は、深層編の中でも
“静寂が形を持ち始める瞬間”を描いた回でした。
音のない世界、
揺らぎとして顕現する存在、
そしてニカの胸に落ちる“言葉の形”。
次回、第22話では──
この揺らぎの正体に、少しだけ触れていきます。
静かに続く深層の物語に、
もう少しだけお付き合いいただけたら嬉しいです。