1. はじめに
東京大学で社会心理学の研究をしている M2 の髙橋龍と申します.
この記事では,oTree を使った簡単な社会実験の実装方法について解説していきます!
(この記事は oTree のセットアップについて,以下の記事を前提として書かれています)
【初心者向け】oTree を自分のPCで動かす!【Windows 編】 #Python - Qiita
今回は「社会的ジレンマ」と呼ばれるシチュエーションを題材に,超シンプルなサンプルを作ってみましょう!
このコードを理解できると,集団レベルでの相互作用をどう実験に落とし込めるかがわかるようになります.最後まで一緒に頑張りましょう!
※ 今回の記事は otree==5.11.1 を前提としています.バージョンが心配な方は,上記の記事を参考に環境構築を行ってください.
2. 今回実装する実験の概要
2.1 社会的ジレンマとは
社会的ジレンマとは,「自分だけが得をしようとすると,結果として集団全体で損をする」ような状況を指します.
例えば,みんなで一冊の本を読む輪読会では,自分だけ読まずにいれば楽をすることができますが,全員がそうすると輪読会自体が成り立たなくなります.
このような,全員が協力すると望ましい結果になるのに,自分だけ裏切ると一時的には得をする……という矛盾が社会的ジレンマです.
今回の記事では,その雰囲気を味わえるような,極めてシンプルな実験を作りましょう.
具体的には「協力する」か「非協力にする」かを選んで,協力者が多ければ多いほど全員にメリットが返ってくる……というルールにします.
2.2 今回の実験状況
- プレイヤー数: 3 人(サンプルなので少なめにしています)
- プレイヤーの行動:「協力」 or 「非協力」を選ぶ
- 協力のメリット (利得): 協力者が多いほど1人あたりのリターンが大きくなる
- 目標: oTree を使ってこのロジックを実装し,Web 上で簡単に実験を回せるようにする
3. フォルダの作成
3.1 otree startapp
でフォルダを作成する
oTree のアプリを作るときは,まずターミナルやコマンドプロンプトで,以下のコマンドを打ちます.
手順
- コマンドプロンプト,ターミナルを開く
- Windows の場合:Windows キーを押して「cmd」と入力し,Enter
- Mac の場合:Spotlight 検索で「ターミナル」と入力し,Enter
- oTree のプロジェクトフォルダに移動
cd path/to/your/otree_project
-
otree startapp simple_sd
を入力し,実行
イメージはこんな感じです.
(Created app folder
が表示されれば成功です!)
3.2 作成されたファイル構造の確認
otree startapp
コマンドを実行すると,simple_sd
フォルダ配下に以下のようなファイルが出来上がります.
__init__.py
MyPage.html
Results.html
この通りできていれば,次のステップに進んでいきましょう!
4. 実装コードの概要
ここからは実際にコードを編集していきます.oTree は __init__.py
に実験ロジックや設定を書き込むのが特徴的です.
今回は「グループメンバーで協力する人が多いほど利得が増える」というルールを実装していきます.
(難しい言葉が続くので,よく分からない人は「5. メインロジックの解説」まで読み飛ばしても大丈夫です!)
4.1 __init__.py
による実験ロジックの記述
oTree では,下記のように定数やプレイヤー数を管理する C
クラス,実験の進行管理を行う Subsession
/ Group
/ Player
クラスなどを定義します.また,ページ遷移に関するクラス(ここでは Page
など)もこの中に書いていきます.
4.2 HTML ファイル(ページテンプレート)の役割
ユーザーが実際に目にする画面は,HTML ファイル で決定します.oTree 独自のテンプレートタグ({{ formfields }}
など)が使えて,Python コード側と連動してフォームや結果を表示できます.
4.3 全体のディレクトリ構成
最終的にはこんな構成を想定しています:
simple_sd/
├─ __init__.py # 実験のメインコード
├─ MyPage.html # プレイヤーが選択するページ
└─ Results.html # 結果表示ページ
それでは,実際のコードを見ていきましょう!
5. メインロジックの解説
__init__.py
を開いてください.すると,以下のようなコードが記述されているはずです.
まずは,オレンジ色の枠の部分を編集しましょう.
以下のコードに編集してください.
# __init__.py
class C(BaseConstants):
NAME_IN_URL = 'simple_sd'
PLAYERS_PER_GROUP = 3
NUM_ROUNDS = 1
BC_RATIO = 3
これで,定数や設定値を管理する C
クラスの実装が完了しました.
次に,Subsession
/ Group
/ Player
クラスを実装していきます.以下のコードのオレンジ色の部分を編集してください.
# __init__.py
class Subsession(BaseSubsession):
def creating_session(self):
if self.session.config.get("players_per_group"):
self.session.config["players_per_group"] = C.PLAYERS_PER_GROUP
class Group(BaseGroup):
def set_payoffs(group: BaseGroup):
players = group.get_players()
num_cooperators = sum([p.decision == "協力" for p in players])
group_payoff = num_cooperators * C.BC_RATIO
for p in players:
p.payoff = group_payoff / C.PLAYERS_PER_GROUP
p.group_num_cooperators = num_cooperators
class Player(BasePlayer):
decision = models.StringField(
choices=['協力', '非協力'],
widget=widgets.RadioSelectHorizontal,
doc="""プレイヤーが協力するかどうか"""
)
group_num_cooperators = models.IntegerField(doc="グループ内の協力者数")
最後に,ページ遷移に関するクラスを実装します.以下のコードのオレンジ色の部分を編集してください.
# __init__.py
# PAGES
class MyPage(Page):
form_model = 'player'
form_fields = ['decision']
class ResultsWaitPage(WaitPage):
after_all_players_arrive = Group.set_payoffs
class Results(Page):
@staticmethod
def vars_for_template(player: Player):
group_players = player.get_others_in_group()
return {
"player": player,
"num_cooperators": player.group_num_cooperators,
"group_players": group_players,
"total_players": len(group_players),
"payoff": player.payoff
}
これで,実験のメインロジックが完成しました!
ここまでくれば,あとは HTML ファイルを編集して,実際の画面を作成するだけです.
あと少しです.頑張りましょう!
このセクションの残りの部分では,各クラスや編集したコードの解説をします.初学者の方は「6. ページテンプレート (HTML) の解説」まで読み飛ばしても大丈夫です!
5.1 C クラスの実装と解説 (定数,設定値)
-
PLAYERS_PER_GROUP = 3
で,1 グループ 3 人に固定. -
NUM_ROUNDS = 1
で,今回は 1 ラウンドだけ. -
BC_RATIO = 3
は,協力が多いほど利得が大きくなる比率です.たとえば,協力者が 2 人なら合計利得は 6,3 人なら 9,など.
5.2 Subsession / Group / Player クラスの解説 (実験の根幹ロジック)
-
Subsession
: セッション開始時の設定を記述する場所です.ここでは特にプレイヤー数の設定を行っています. -
Group
: プレイヤーの選択から利得を算出するロジックを管理します.set_payoffs
という名前のメソッドはよく使われるので,ぜひ覚えておきましょう. -
Player
: 各プレイヤー個別の情報を保持します.ここではdecision
(協力か非協力か) とgroup_num_cooperators
(グループ内の協力者数) を記録しています.
5.3 ページクラスの解説 (入力ページ,WaitPage,結果表示ページ)
-
MyPage
: プレイヤーが協力 or 非協力を選ぶ入力ページ.form_fields
で指定された項目が表示されます. -
ResultsWaitPage
: 全プレイヤーの回答が集まるまで待つページ.このページでGroup.set_payoffs
を呼び出し,全員の利得を一括計算しています. -
Results
: 結果表示ページ.全プレイヤーの選択状況や自分の利得などを見せています.
6. ページテンプレート (HTML) の解説
このセクションでは,MyPage.html
と Results.html
の HTML テンプレートを解説します.
参加者に対してどのような画面を表示するか,を決定するのが HTML ファイルの役割です.
6.1 MyPage.html
の解説
MyPage.html を開いてください.以下のようなコードが記述されているはずです.
こちらのコードを以下のように編集してください.
<!-- simple_sd/MyPage.html -->
{% block title %}
Decision
{% endblock %}
{% block content %}
<p>どちらかを選んでください.</p>
{{ formfields }}
{{ next_button }}
{% endblock %}
補足説明
oTree でよく使うテンプレートタグ:
-
{{ formfields }}
: Python 側で指定したform_fields
の入力フォームが生成される部分 -
{{ next_button }}
: 次のページへ進むボタン
6.2 Results.html
の解説
次に,Results.html を開いてください.以下のようなコードが記述されているはずです.
こちらのコードを以下のように編集してください.
<!-- simple_sd/Results.html -->
{% block title %}
Results
{% endblock %}
{% block content %}
<p>あなたの選択は{{ player.decision }}です.</p>
<p>他の人の選択:</p>
<ul>
{% for p in group_players %}
<li>Player {{p.id_in_group}}: {{ p.decision }}</li>
{% endfor %}
</ul>
<p>協力者の数:{{ num_cooperators }}</p>
<p>あなたの利得:{{ player.payoff }}</p>
{{ next_button }}
{% endblock %}
これで,HTML テンプレートの編集も完了です!
最後に,このアプリケーションを実際に動かすために必要な手順 (settings.py
への追加)と実行方法について説明します.
補足説明
-
{{ player.decision }}
は Python 側の変数から取得した内容を表示しています. -
group_players
から{% for p in group_players %}
でループを回すことで,他のプレイヤーの選択を列挙しています.
7. アプリの実行
7.1 settings.py
への追加
/otree-template/setting.py を開いてください.
すると,以下のようなコードが記述されているはずです.
この画像のオレンジ色の部分に以下のコードを追加してください.
# settings.py
dict(
name="simple_sd",
app_sequence=["simple_sd"],
num_demo_participants=3,
players_per_group=3,
),
下の画像のような状態になれば成功です!
7.2 otree devserver
でサーバーを起動
コードの編集が終わったら,コマンドプロンプトやターミナルで:
otree devserver
を実行してください.
成功すると,以下のような画面になるはずです.
成功したら,http://localhost:8000
(または表示された URL)にアクセスできるはずです.
アクセス後に以下のような画面になれば,成功です!
7.3 簡単な動作確認
- ブラウザで
http://localhost:8000/
を開く(上の画像のような画面にになっていればOK!). - 今回のアプリ(
simple_sd
)をクリックする. - 画面中央にある「Play in split screen mode」(オレンジ色の枠)をクリックする.
- 画面上部が管理者画面,下部がプレイヤー画面になります.画面を操作して,どんな動きをするか確認してみましょう!
以上で,実験の実装と実行が完了しました!
ここまで完走した皆さんはとても素晴らしいです!!!
8. 拡張のアイデア
このようなシンプルなひな形があれば,様々な実験を作ることができます.以下は,このサンプルを拡張するアイデアですので,ぜひ参考にしてください!
-
ラウンド数を増やす
例えばC.NUM_ROUNDS = 5
に変更すると,全 5 ラウンド分の選択と結果表示を行えます. -
参加者数を増やす
C.PLAYERS_PER_GROUP = 5
などに変えてグループ人数を増やすだけで,より多人数の協力ゲームになります. -
WaitPage の改良
結果表示前に,チャットページ(Chat クラスを使用)や追加の質問ページを挟むなど,ユーザーインタラクションを強化できます. -
利得計算の変更
協力数に応じてペナルティが発生するルール,あるいは非協力者の利得をあえて高くするルールなどに書き換えることで,社会的ジレンマの多様なバリエーションを試せます. -
連続的な協力の導入
今回は「協力」か「非協力」かの 2 択でしたが,スライダーを使って連続的な協力度を選択できるようにすると,よりリアルな社会的ジレンマを再現できます.
9. まとめ
ここまで読んでいただきありがとうございます!
今回は「社会的ジレンマ」を題材に,oTree で最小限の機能を持つサンプル実験を作ってみました.oTree は「Python を使った Web 実験」というと一見難しそうですが,シンプルなプロジェクト構成とテンプレートのおかげで,初めての人でも比較的スムーズに始められます.
押さえておきたいポイント
-
__init__.py
にロジックが集中している - HTML テンプレートを使って画面を自由にデザインできる
- WaitPage を使って全プレイヤーが入力を完了するのを待ち,共通の利得計算を行う
このあたりを理解しておけば,応用で色々な実験を作りやすくなります.
以上が,今回のサンプル実験の解説です.
ぜひ,記事の構成やコードをもとに,いろんな形の社会実験を作ってみてください!もし分からないところがあれば,公式ドキュメントをチェックしたり,コミュニティに質問してみたりするとよいですよ.皆さんの研究や学習に役立てば嬉しいです!
謝辞
本記事は,以下の手順で作成しました.(ChatGPT さん,いつもありがとうございます)
- 筆者がコードを作成
- ChatGPT に記事の目次案を提案してもらうい
- 筆者が目次案に修正を加える
- 目次の修正案に対して ChatGPT からフィードバックをもらう
- フィードバックされた目次に問題がなかったので,その目次案をもとにして原稿の執筆をしてもらう
- その原稿を筆者が加筆・修正