日本のオープンソース文化を変えていきたい!日立在籍OSSスペシャリストによる多面的なコントリビューションを探る
もはや自前の技術だけでシステムを構築する時代ではなくなってきており、現在世の中で動いている様々なシステムを俯瞰して見ると、オープンソースソフトウェア(以下、OSS)抜きに語ることは難しいでしょう。企業としては、いかにOSSを自社戦略へと組み込むかが重要な状況だと言えます。
株式会社日立製作所(以下、日立)では、1990年代から多様なOSSコミュニティへのコントリビューションを会社として続けており、顧客への積極的なOSS活用提案などを強化、促進してきました。The Linux Foundationのプラチナメンバーとしても活動しています。
そのような日立のOSS活動を長年支えてきた人物が、今回お話を伺った中村 雄一さんです。
現在、OSSソリューションセンタのチーフOSSストラテジストに加え、Linux Foundation JapanエバンジェリストやCNCJ発起人など、日本のOSSコミュニティの発展に尽力されている中村さんは、これまでどのような思いでOSS活動に取り組み、また今後どのようなビジョンを描いているのか。じっくりとお話を伺いました。
日立製作所のOSS活動については、以下の記事もご参照ください。
▶︎ 日立OSSエンジニア×Qiita元CTO。なぜ日立製作所がOSSに注力するのか?
▶︎ コントリビュートこそが価値の源泉! 日立所属CNCFアンバサダーが考える、ビジネスとOSSコミュニティのWin-Winな関係
▶︎ OSS活動を自分の仕事に。日立Keycloakメンテナー×Qiita開発マネージャーが語るOSSのやりがいと論点
▶︎ 日立のエンジニアライフの実態とは?超エンジニアドリブンな、OSSセンタのワークスタイルに迫る。
目次
プロフィール
クラウドサービスプラットフォームビジネスユニット マネージド&プラットフォームサービス事業部
ソフトウェアエンジニアリングCoE OSSソリューションセンタ チーフOSSストラテジスト
また、2022年よりThe Linux Foundationのボードメンバーとして、国内コミュニティとCNCFなどの関連団体との橋渡しに注力。2023年にCNCFのJapan ChapterであるCNCJの設立に参画し、2024年にはLinux Foundation Japan初代エバンジェリストに就任した。
OSSができないとシステムインテグレーションのビジネスもできない
――2001年からずっとOSS活動に取り組まれているとのことですが、そもそも何がきっかけでOSSに携わることになったのでしょうか?
中村:学生の頃に研究でコンピューターが必要だったのですが、そのときにお金がかからずにOSを使えて素晴らしい、ということでLinuxを触り始めたのがきっかけです。最初は無償利用が目的だったのですが、いじっているうちに面白くなってですね。社会人になってもオープンソースをやりたかったので、日立の研究開発部門に入り、ちょうどその頃に出てきたSELinux(Linuxのセキュリティサブシステム)に業務として携わることになりました。
――中村さんは現在、Linux Foundationのエバンジェリストも務めていらっしゃいますよね。
中村:まだ始まったばかりではありますが、Linux Foundationの日本代表の福安 徳晃さんと日々お話をする中で一緒に盛り上げていこうよとなり、ありがたいことにお声がけいただきました。エンジニアの技術力向上と、オープンソースを使ったビジネスを盛り上げていくことが、ざっくりとした私のミッションになっています。
――日立入社後はどのような流れでOSSに関わっていかれたのですか?
中村:最初のうちは若かったこともあり、研究で好き勝手にやらせてもらったのですが、そのうち製品などに組み込んでいくことになりまして、いわゆるオープンソースを使った製品の開発プロジェクトに携わるようになりました。ですが、これがなかなかうまくいかなくてですね。ことごとく外していきました。
――なぜ、うまくいかなかったのでしょう?
中村:ひとえに、ビジネスの経験がなかったからですね。それまで研究ばかりやっていたので、フロントでどのように使われるのか、お客さまからどのようなご要望があるのかの勘所や進め方が分かっていませんでした。
その後、ビジネスの経験を培うために研究開発部門を出ることになりまして、その頃は業務としてというよりかは、個人的な学術系の趣味として細々と続けていました。そのような中、7年ほど前にOSSソリューションセンタという現在の部署が立ち上がり、そちらに異動して今に至るまでOSS周りのビジネスをやらせてもらっています。
――会社のOSS活動としては随分前からやられていた一方で、専門の部署ができたのは7年前なんですね。
中村:まだまだOSS人財が少なかったですからね。Linuxは例外として、それこそ十年ほど前までは商用製品でないOSSを積極的に活用していこうという意識は社内にあまりありませんでした。
そのような中でOSSに理解のあるエグゼクティブの方が「OSSができないとシステムインテグレーションのビジネスもできない」との考えから専門部署の設立を推進してくださって、僕としてはありがたい限りでした。
日本発のクラウドネイティブな技術を継続的に生み出していきたい
――中村さんと言えば、先日立ち上がったCNCJ(Cloud Native Community Japan)の発起人のひとりでもありますよね。このCNCJ立ち上げの背景についても教えてください。
中村:ここ最近「クラウドネイティブ」という考え方が広まっていて、グローバルだと主にメガクラウドベンチャーをはじめ世界各地の約850の企業や団体がCNCF(Cloud Native Computing Foundation)に加入して基礎技術を発展させて、うまく差別化しながらサービスとして提供していますよね。
翻って日本を見てみると、そこで生まれたメガクラウドをそのまま使うに留まっていて、オリジナルの技術開発がなかなかできていませんよね。はっきり言って面白くありませんし、そのような中で技術開発をしてもなかなか盛り上がらないわけです。
――盛り上がらない最大の要因は何ですか?
中村:技術の方向性を自分たちで決められないことですかね。
自分たちだと使いにくく直したいところがいくつもあるのに、一般的な外資系ベンダー相手だと、日本で作っていませんのでなかなか直してくれません。
もちろん、個人で頑張っている人は多いのですが、会社となるとなかなかいません。このあたりは昔からの特許などで差別化をしていくクローズド戦略の習慣が染み付いていて、それはそれで重要なのですが、オープンソースを技術/経営戦略に取り込めていないことが大いに問題だと感じています。
そのような背景から、今回、日本発のクラウドネイティブな技術を継続的に生み出していきたく、CNCJを発足させました。日立も一足遅れて「クラウドネイティブだ」と言い始めたわけですが、国内でオープンソースとクラウドでやっているところは数少ないということで、会社としてはそのような目的意識を持って参画しています。
――2023年11月8日にCNCJ設立を発表されていますが、その後の状況を教えてください。
中村:一番の活動はミートアップの実施ですね。すでに10回以上開催しているのですが、2024年のゴールデンウィーク以降は各サブグループでミートアップを引っ張ってもらうという形で、実に多くの方に参加してもらっています。あとは、ひたすら団体の広報発信や、イベントの集客支援などですかね。先日開催されたKubeDay Japan 2024でも、CNCJの取り組みについてお話しさせていただきました。
――CNCJでは、今後どのようなことに取り組んでいきたいですか?
中村:今はまだ参加メンバーが500人弱くらいなのですが、アジアでナンバーワンをめざして裾野を広げていきたいと考えています。
本体のCNCFへのコントリビューションを増やしていくことが大事なのですが、そのための課題の1つとして、先ほどお伝えした「技術/経営戦略に組み込んでもらう」ことだと感じています。
――そのあたりは各社固有の話になってくるので、動きとしてはスピード感が出にくそうですね。
中村:そのような観点でも、CNCJが一種の外圧として機能し、他組織の事例紹介などをして推進していけたらと考えています。
ここ10年ほどで随分と「オープンソースをビジネスで使う」機運が高まっていますし、実際に巻き込む企業数も増えており、変わってきてはいます。一方で、まだまだ使うに留まっているので、それを戦略レベルに落とし込むところが次なるポイントだと捉えています。
ジョブ型人財マネジメントで一番恩恵を受けているのは「私」だと思う
――OSS活動をすることによる日立への良い影響などについて教えてください。
中村:ここは以前、弊社の田畑へのインタビューでも出てきたと思いますが、会社としてOSSを活用したビジネスを展開することで、結果としてコミュニティにも貢献し、その取り組みを社外へとPRすることで日立のビジネスにも戻ってくる。このサイクルが、日立としてはありがたい仕組みになっていると思いますし、現にOSSの活用についてお客さまからの引き合いは増えています。
――それはOSSならではの醍醐味ですね!日系大手企業である日立の従業員としてOSSに関わることの魅力についても教えてください。
中村:こういった活動を会社が公式に認めてくれて、かつスペシャリストのキャリアパスで評価してくれるのは非常にありがたいです。日立は歴史のある企業なので、伝統的にはゼネラリストの会社で、スペシャリストとしてやっていくのは稀なケースでした。
ジョブ型人財マネジメントが導入されてスペシャリストとしてのキャリアパスも明示されたことで、のびのびとオープンソースに携われていると感じています。以前取材いただいた2021年は過渡期だったので、今は当時よりもキャリアの幅が広がったと感じますね。
―― 3年ほどでそのような変化があったのですね。
中村:ジョブ型人財マネジメントの恩恵をもっとも受けているメンバーは誰かと聞かれたら、迷いなく「私です」と答えますね。繰り返しになりますが、事業にとってOSSが重要だという認識を会社として持っていて、OSSソリューションセンタという形で専門部署を設けてくれているのも、魅力の1つだと思っています。やはり個人での活動だとどうしても限界があるので。
――例えばどのような限界がありますか?
中村:例えば、カンファレンスに参加するための旅費などは当然個人で負担する必要がありますし、人脈開拓も大変なので、世の中にインパクトを残そうとすると、会社として後ろ盾がないとどうしても厳しい部分が出てきます。
日立の場合はThe Linux Foundationのプラチナメンバーなので、問い合わせをしたら最優先で対応してくれますし、人も紹介してくれます。日本でプラチナの立場を利用できるのは3社だけですからね。
あと、日立グループの膨大なリソースやノウハウを活かしながらOSS活動ができる点も良いですね。一般的に事業会社でOSS活動をしようとすると、どうしても自社サービスで使われるものだけに取り組む必要があると思いますが、日立の場合は非常に多くのサービスを展開しているので、必要となるOSSも多岐にわたります。このあたりは本当に大きなアドバンテージだと感じています。
日本のオープンソースの文化を変えていきたい
――中村さんにとって、OSSのやりがいは何だと感じますか?
中村:技術としてオープンなので、全て中身が見えるところですね。もともと物理学など基礎的な学問をやっていた身として、中身が探究できるところが、個人的には魅力的でやりがいがあると感じています。あとは「人」ですね。競合など関係なく、世界中の人と会ってアカデミックな議論ができる。そのような意味でも楽しいと感じています。
――今後の取り組みやチャレンジについても教えてください。
中村:先ほどお伝えしたOSSのサイクルを、OSSソリューションセンタを超えて日立全体でやっていけるようにしていきたいと考えています。
日立全体でなら、日立グループの膨大なリソースやノウハウを活かしながらOSS活動ができます。我々が社外のコミュニティとも連携し、活性化させながら、本気で取り組むことで、日本のOSS文化も変わってくると信じています。
あとは、私自身OSSのスペシャリストとしてキャリアアップしていきながら、他のメンバーもスキルアップし、スペシャリストとしてのキャリアパスを歩めるような道筋を作っていきたいと思います。
――OSS活動を始めたいけれど、何から始めたら良いのかわからない、という人は、何から始めるべきでしょう?
中村:オープンソースなので様々ですが、一番簡単なのは興味のあるミートアップに参加してみることですね。そこで話すネタを見つけて、実際に自分もライトニングトークなどで発信してみる。多様な人と会話することでアイデアが見つかると思いますので、そのようなところからですかね。
――あとはQiitaのような場所で記事をアウトプットするなどもありですね。
中村:そうですね。ちなみに私の場合、Qiitaは最近、新しい技術を試してまとめてみた、というのを公開しています。ここで発信したものを束ねてメディアなどに持って行ったり、国際会議のネタにしていたりしています。
――今後、どのような人と一緒に働きたいですか?
中村:技術への好奇心があり、インプットしたことを人に伝えていきたい人ですね。それができれば、先ほどお伝えしたうちのチームにいる田畑みたいにコンサルタントとしてビジネスを推進したり、乗松みたいにコミュニティへのコントリビュートで活躍したりできると思います。
――ありがとうございます。それでは最後に、読者の皆さまにメッセージをお願いします。
中村:時代はジョブ型なので、日立を100%利用してやるぞ! という人に来てもらい、日立の看板をフルに活用してもらえればと思います。
編集後記
やはりと言いますか、25年ほどのOSSキャリアを持つ方へのOSS活動インタビューは非常に面白く、言葉一つひとつに深みがありました。大ベテランの中村さんが考えるOSS活動の魅力は「人にあり」ということで、日立製作所のOSSソリューションセンタには魅力的な方がたくさんいらっしゃいます。本記事を読んで興味を持たれた方は、まずは一度お話を聞いてみてはいかがでしょうか。
取材/文:長岡 武司
撮影:平舘 平
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