トヨタが目指す「ヒューマンコネクティッド社会」の屋台骨を支えるシステム・インフラストラクチャ技術について考えてみる

「すべての人に幸せを」もたらすヒューマンコネクティッドな社会の実現を目指すトヨタ自動車。どのような環境でも最適なサービス提供するため、「現地・現物」や「技術の手の内化」などを通じ、未来に向けて中長期的な技術動向の把握に努めています。

そんなトヨタが取り組んでいるコネクティッドカーやスマートシティなどといった、最先端領域の屋台骨を支えているのがシステム・インフラストラクチャ。クラウドの普及とともに変化を続ける、この領域の技術動向について、トヨタは積極的に研究を進めているといいます。

2020年12月17日に開かれたオンラインイベント「TOYOTA Developers Night~ソフトウェアエンジニアが支えるデータフローとその未来~」には、トヨタ自動車のコネクティッドカンパニーの松本 直人氏が登壇され、トヨタ自動車の事例を超え、システム・インフラストラクチャへの先端技術研究の状況についてお話しくださいました。今回はこのイベントの概要をお伝えします。

プロフィール

松本 直人 (まつもと なおと)
トヨタ自動車株式会社 コネクティッドカンパニー
コネクティッド先行開発部 主幹
1996年より特別第二種通信事業者のエンジニアとしてインターネット網整備に従事。2010年よりクラウド・コンピューティング事業者にて先端技術研究に従事。2019年より現職。5~10年先に実用化が考えられる次世代コンピューティング領域における先進技術研究に従事。

ソフトウェアエンジニアを取り巻くシステム・インフラ環境

オープニング

「TOYOTA Developers Night ~ソフトウェアエンジニアが支えるデータフローとその未来~」は、登壇者のコネクティッド先行開発部 主幹の松本 直人氏(以下、松本氏)の自己紹介からスタートしました。はじめに、松本氏は、クラウド・コンピューティングや未来のシステム・インフラストラクチャの形を探る先端技術研究に携わっている観点から、トヨタ自動車が持つ課題意識と「ソフトウェアエンジニアが知っておくべきシステム・インフラの今」を紹介したいと話されました。

システム・インフラストラクチャは、車に限らず様々なアプリケーション・サービスを担保するため、データ通信の基幹として重要なモノです。今後は、データ通信とアプリケーションのマッチングを考えていかなければならないと松本氏はいいます。

現在、クラウドサービスが普及し、良い面が強調されています。しかし、中身が見えづらくなっているなど悪い面もあるといいます。データ通信や計算機資源がクラウドの向こう側にあって、実際に何がどう繋がっているのかを、学校や会社で意識する機会が減少しているからです。そのため、システム、ソフトフェア、プログラムを開発するとき、縦割りになってしまっていることがあると松本氏は指摘します。開発者はクラウドの仕組みや問題点を意識する必要があるのです。

一気にオンライン化が進んだ2020年

ここで、松本氏から、一風変わった日本地図が示されました。これは、現在の携帯電話網の基地局分布を示しています。オープンデータなどを活用して解析することで、データ密度の高いインフラストラクチャの広がりを「見える化」したものだそうです。

松本氏は、現在のCOVID-19パンデミック状況下でも情報配信を維持できるようなネットワーク社会が到来することを、ご自身が就職した四半世紀前には予想していなかったといいます。便利な社会ですが、実はこの分布図には偏りがあり、インフラストラクチャの裏側では、経済的な合理性やネットワーク的な制限などで、日常的に障害が発生するようになっているそうです。

そんな問題の根本原因が追及されることもなく、新サービスが次々に生まれ、利用される連鎖が起きている時代に私たちは生きていると松本氏は話されます。問題の一例として、ネットワークの遅延をあげられました。例えば、沖縄と東京間では、遅延が28msec(ミリ秒)ほどあり、データ処理・応答等に影響することがあるといいます。また、ネットワークとクラウドが結合する「結節点」は、日本でも世界でも、それほど数が多くないそうです。

ネットワーク環境や時間にシビアなアプリケーションを書くときには、遅延量の存在と、さらに、遅延を考慮し、ある程度の前処理をエッジ側で行う必要が今後もあるのではないかと松本氏は指摘しました。

「つながり続ける」ことの背景にあるヒト・コト・モノを意識する

ここで、新たな地図が示されました。これは東京から京都まで新幹線で移動した際に、モバイル通信がどれだけ繋がり続けていたかを示すものだそうです。最高速度280km/hで走っていても、携帯電話と基地局の間で1000回以上接続が切り替えられ、データ通信が途切れていないことがわかります。

今では、新幹線の中でメールを書き、パワーポイントで資料を作るなど、オフィス内のように仕事をすることが可能です。これを担保するため、データ通信・携帯電話網も含めたインフラストラクチャをメンテナンスしたり、さらに利便性を向上させるために動いている人々がいることが、この図から読み取れると松本氏は語ります。

高速道路も同様です。画面では東京から兵庫間の高速道路での通信状況が提示され、山やトンネルでもデータ通信が途切れていないことがわかりました。日本は、とても便利なインフラストラクチャが整備されていることがわかります。

しかし、山間部など、電波が弱い場所に行けばデータ通信は途切れます。そのため、どういう形でデータが受け渡しされているかを開発者は考えなければならないと松本氏は話します。いつでも通信ができるという思い込みで、データを常に送り続けるようなアプリケーションを簡単に書いてしまうと、データが送られなかったり、本当に欲しいデータが取れなかったりすることがあるからです。

松本氏は、ソフトウェアを開発する上でも、インフラストラクチャには何らかの制限があることを先に理解しておくことが重要だと話されました。

ネットワークは、以前とは比べものにならないくらい複雑化している

長い時間をかけ、IT業界は広がりを見せていると松本氏はいいます。ご自身が最初に就職した会社では、インターネットを日本中に張り巡らすために、物理的にいろいろなところに行き、ネットワークを張り、設定していたそうです。現在は、複数の会社が連携して繋がりを維持しており、当時とは比べものにならないくらい複雑化しているといいます。

現在は、まず、携帯電話網が存在しており、そこから、IX(インターネットエクスチェンジ)に繋がって何かを経由するか、独自の経路を通ってパブリッククラウドの事業者に繋がります。その裏側に、データ通信網が存在してデータセンターの拠点が繋がれています。トヨタがデータ解析を自社でする場合は、さらに、その設備に繋がっていくという、長い経路を通ってデータが動いています。

このように長い経路を、膨大なデータが流れるとき、どこかに必ずボトルネックが存在すると松本氏は指摘します。それが如実に表れる場所が、さきほど話題に出た、業者間で繋がる「結節点」です。携帯電話網がボトルネックとなって詰まってしまうケースは当然あり、そこを経由して、パブリッククラウドの事業者間で詰まってしまうケースも、その裏側のデータ通信網で詰まるケースも存在するのだといいます。

近い将来、多くの新しい機能持ったデバイスを繋ごうとすると、やはり、どこかで詰まってしまうケースが起こりうるとトヨタでは認識されているといいます。いずれ、ネットワークが増加していくことで、問題にならなくなることも考えられますが、こういった課題があることを、まず皆で共有しておくことが大切だと松本氏は話されました。

いまどきの最先端技術のトレンド動向と予測

クラウドへの依存度上昇

ここで、グラフが示されました。これは現在、日本企業の64.7%がクラウドを使用していることを示しています(総務省『情報通信白書』より)

松本氏は、2024年には、80%とほとんど過半数に近い状態でクラウド環境等に強く依存した社会になっていくと予測しています。現状、これを支えるサーバーの出荷数も伸びています。直近のデータを見ても、2015年、2016年には、サーバー出荷数と他の指標の連動が見られているため、この予想も間違ってはいないのではないかと松本氏は語られました。

マルチクラウド・ハイブリッドクラウドの一般化

マルチクラウド、ハイブリッドクラウドと、様々な呼び方がありますが、これもすでに一般的になっているといいます。松本氏によると、現在、最多数を占めているのは、複数クラウドや複数プライベートクラウドというケースです。これにはデータセンター連携も含んでいると思われますが、そのような使用形態が世界中の大手企業の5割を超えているといいます。もはや、当たり前のようにパブリッククラウドとプライベートクラウドを使い分ける時代になっています。

次に、松本氏は、クラウドで使われる要素技術のグラフを示しました。多様なクラウド技術が多くの企業で使われていることがわかりました。すでに、クラウド技術は「使い分けの時代」に入っているようです。

クラウド/コンテナの組み合わせ

世界中の企業におけるクラウドの利用動向を見ると、コンテナの利用が一般的になっていることや、データベースをクラウドで管理するのが当たり前になっていることがわかります。

イベントの冒頭、松本氏は、クラウド化してなかなか中身が見えづらくなってきている世の中になったと指摘していました。これは同時に、クラウドサービスが使い分けの時代に入ったことで、「クラウドサービス」といったとき、人によって意味が異なっているということを意味している、といいます。

さらに、最近では「コンテナ化」もあり、使われ方は千差万別となりました。そのため、クラウドについて話すときは、事前にお互いがしっかりと定義を確認・理解してから、協調しなければならないことが増えているようです。

この場合、考えなければならないのは、組み合わせの方法です。ある程度の大きさまでは可能で、ある程度までのニーズまでは満たせても、全てを満たすことができる組み合わせかどうかを考えなければならなくなっていると松本氏は指摘されました。

技術のブラックボックス化

松本氏は、「地面からアプリケーション」まで見ることがあるといいます。地面とは、クラウドを司るデータセンターの地質のことです。データセンターを建設するとき、地質が非常用発電機用の燃料タンクを埋めるのに適しているのかといったことから、アプリケーション、場合によっては最終的な計算機リソースの割り当てまで全て考えて、場合によってサービス全体で物を見なければならないのだといいます。

しかし、こういったこと全てをできる人はもう存在しないと松本氏はいいます。今は、仕事が細分化しており、自分が担わない他の部分がブラックボックス化しつつあるのです。ここで、松本氏は新たな図を示されました。

実際に、ブラックボックスを「無し」にして考えたときに、どうやって設計をしてシステムを組んでいくかっていうのを表したのがこの図だそうです。

私たちがデータ通信を、モバイルの向こう側から考えたときでも、全てを見通すことはなかなかないと松本氏は話されます。実際にクラウド、モバイル通信の内側では、モバイル通信網からデータが流れてくるとき、それを受け止めるために前段でいくつか構成を組んで、負荷分散をかけて処理しているそうです。最近では、コンテナ化や仮想化が当たり前に使われるようになっており、これらが連携することで初めて動きます。場合によってはサーバーレスのランタイム環境を作って動かすこともあるといいます。

現在は、こういったことがクラウドの向こう側で動いていることを気にせずに使えるほど楽になっています。ブラックボックス化でシステム環境が構築できるのは、ある意味で喜ばしいことだと松本氏はいいます。ただ、それがどうやって動いているのかを知らないと、どこにボトルネックがあるのかや、どこで問題が発生しているのかがわからなくなるとも指摘します。

私たちの課題意識としても、システム全体を安定的に動かすためには、当然、中身を全部知った上でプログラミングをしたり、サービス開発をしたりすることが必要ではないかと松本氏はいいます。これは、当然、全てを「やる」という意味ではなく、知識として持っておいて、問題が起こったときに対処できるための「糧」として備えておく意味だと松本氏は付け加えられました。

ネットワーク広帯域化

一昔前、「仮想化はしてはいけない」という時代がありました。金融系サービスが仮想化やクラウドを使うことは2000年以前には考えられなかった、と松本氏はいいます。しかし、20年が経った今、サーバー仮想化やコンテナ化の技術等に支えられ、金融系でもクラウドは当たり前のように使われているといいます。

図は、増加傾向にあるサーバーでのコンテナの数、インスタンス、ポットが常に伸びていく傾向を示しています。サーバーを構成すると考えられるコンポーネントの成長から逆算しているといいます。

類推レベルである、と松本氏は前置きした上で、1台のサーバーの中に数千もしくは数万コンテナ化されたインスタンスが存在したり、場合によっては、現在のものとは全く異なる、コンテナ化以上のサービスを集約する機能もしくは新技術が存在したりすると、これまで以上に1台の中で様々なサービス連携が行われていくことが予測できると話されました。

コンピューティングとヒトが共存するときに避けて通れない課題

ここまで、サーバー、データ、インフラについて話をしてきましたが、それらは現実に実在しており、「クラウドの向こう側に雲があるわけではありません」と松本氏は話されます。

実際にデータセンターがあり、ネットワークが光ファイバーで繋がり、実際にコンピュータが計算することで、消費電力がかかっています。また、人が日常的にクラウドの向こう側にあるコンピュータを使い、データセンターが動くことで低周波振動等による悪影響もあるといいます。人がいない場所に巨大なデータセンターが存在している理由を思い出してほしいと松本氏は語られました。

未来社会において、人間がコンピュータと共存するためには、電力の消費、低周波振動の発生、熱交換と騒音対策へ配慮が必要になってきます。

これからの「データフローの変化」を考える

何TB、何PBのデータを扱えば、どこかに軋みが発生するのは当然

ここで、松本氏は今回のイベントの映像が、データ通信を利用して配信されていることに触れ、サーバーの位置、経路は、日本からではなく海外から配信されていたり、海外でデータ連係されていたりすることが日常的に起きているといいます。

先ほど話に出た、沖縄から東京までの遅延(28msec)は1秒の100分の1以下なので多くの場合は気にならないといえても、実際にデータが膨大になると、ネットワークを経由する数も増えます。データ通信でボトルネックが発生するケースも想定できます。

このような状況に対応するために、最近はエッジコンピューティングなどで、できるだけ端末の近くでデータ処理をしたり、ネットワークを経由しないで処理したり、ネットワークの中間部分で統計的なデータ処理をしたりするなど、いろいろな考え方が出ているといいます。

実際に何TB、何PBのデータを扱うとなったときには、当然どこかに軋みのようなものが存在します。そういった軋みを改善するために、トヨタは先行する形で、こういったアーキテクチャ・仕組みであれば、ある程度動くのではないかという想定で、密接に関係する通信事業者との間の中に入り、協調する形で研究を進めていると松本氏は語ります。

ほとんどのデータ処理に関してはセオリーがあるといいます。「RAMアーキテクチャ」等、名称は異なっていても実際にやることは変わらないそうです。入力されるデータをサービス連携してサービスのアウトプットを出すために、「どこでやるか、どういった形でやるか、どう連携するか」がといった方法が時代によって変化しても、基本は変わらないと松本氏は語られました。

質疑応答

結節点はデータセンターの拠点か?

トークセッション終了後、松本氏と参加者との質疑応答が行われました。そこから何点かをご紹介します。まず、「結節点」とはデータセンターの拠点といった理解でよいかという質問がありました。

松本氏は、それが正解の1つで、もう1つの「結節点」として、モバイル通信事業者、携帯事業者と光ファイバーを持つ他の通信事業者との接続であったり、インターネットエクスチェンジで行われていたりする場合もあると答えられました。

OTAが進むとデータセンターはオンプレ クラウドどちらが良いのでしょうか?

つづいて、OTA(Over The Air)が進むと、データセンターはオンプレとクラウドのどちらが良いのでしょうか? という質問がありました。OTAとは、ここでは、無線を使ってソフトウェアのアップデートをすることを意味します。

松本氏は、先ほど触れられた「マルチクラウド」「ハイブリッドクラウド」の話をされ、最適なものを組み合わせて使うことが重要で、プログラマー側の腕の見せ所だと話されました。

未来のアーキテクチャを支える技術を「日本発」で出すために必要なもの、足りないものは、なんだと思われますか?

未来のアーキテクチャを支える技術を「日本発」で出すために必要なのは何だと思われますか、という興味深い質問がありました。

これに対して、松本氏はソフトウェアを開発する、もしくはオープンソースで共有することに、もう人種や地域は関係なくなっていると指摘、今後さらに「誰が」という点が希薄になっていくのではないかと語られました。

その上で、日本固有の問題を処理するケースで、その問題を解決するモノを作って出せば、きっと日本発になってしまうくらい、現在のクラウドサービス、クラウドインフラストラクチャの裏側は柔軟になっていると話されました。

トヨタは「未来」に向けた考え方を共有する人を求めている

ここまで未来のシステム・インフラストラクチャの形を探る先端技術研究の観点から、普段目にすることがないクラウド・コンピューティング環境の全体像と展望を見てきました。

今回のイベントについて松本氏は「トヨタっぽくないな」と思っていただいたのではないか、と話します。今、トヨタはこういった新しいこと、そして未来に向けた考え方を共有する人を強く求めていて、一緒に物事を考えて社会を良くしていこうとしているのだそうです。最後に、すこしでも「技術的な気づき」を共有できていたら幸いだと松本氏はまとめられました。

編集後記

ふだん何気なく使うことができているクラウドサービス。その裏では膨大な数のサーバーや多くの人々が動いており、決して「雲」「霞」のような存在ではなく「実体」があることがわかりました。

エンジニアが開発で利用するとき、「クラウドはあって当たり前」なのではなく、メリットデメリットを理解した上で、リスク感覚を持つことが大切ではないかと感じました。おそらく今後、大規模サービス開発において「無し」という選択は考えられないだけに、システム・インフラストラクチャへの意識を常に持ち続けることが大切だと思いました。

クラウドやシステム・インフラストラクチャの領域で、トヨタがこれからどんな「未来」を見せてくれるのか楽しみになってくるイベントでした。

文:神田 富士晴


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