日立のマテリアルズ・インフォマティクスを支える若手データサイエンティスト・研究者3名が語る、世の中の理(ことわり)への探究談義120分

企業のデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)を支援する社会イノベーションカンパニーとして、様々なプロジェクトを推進する株式会社 日立製作所(以下、日立)。
今回は、日本のモノづくり産業の要のひとつともいえる「材料・素材」開発分野におけるDXを実現するマテリアルズ・インフォマティクスをメインテーマとして、若手データサイエンティスト・研究者3名に熱く語っていただきました。

各々が進める研究領域の視点から、日立ではどのような思考・アセットでどのようなプロジェクトを進めているのかまで、非常に興味深い120分インタビューとなりました。

プロフィール

竹内 雄哉(たけうち ゆうや)
株式会社日立製作所
公共システム事業部 公共デジタルソリューション推進部
2017年入社。1年間の開発実習を経て、2018年4月から素材メーカーの研究開発の効率化を支援する材料開発ソリューション(MI)を担当。これまで20社近くの材料開発効率化をデータサイエンティストとして支援 。2020年4月からは、複数のデータサイエンティストをマネジメントしながら市場ニーズの変化に合わせたソリューションデザインも担当。

 

刑部 好弘(おさかべ よしひろ)
株式会社日立製作所
研究開発グループ 人工知能イノベーションセンタ 知能情報研究部 研究員
2018年入社。研究開発グループ 知能情報研究部に配属。地理空間情報向け人工知能の研究開発に従事し、地理空間情報の国際標準化団体OGC(Open Geospatial Consortium)にて移動体データの国際標準規格仕様策定にも携わる。2019年度からは並行して材料科学向け人工知能の研究開発を進めており、主に深層生成モデル等を用いた新材料探索技術の確立に取り組んでいる。また2020年度からはMILAとの共同研究プロジェクトにも参加、人間の論理的思考を模倣するような次世代人工知能の創出にも挑戦している。

 

照屋 絵理(てるや えり)
株式会社日立製作所
研究開発グループ Lumada Data Science Lab.
ダークデータ分析ソリューションプロジェクト 研究員
2017年入社。研究開発グループ テクノロジーイノベーションセンタ入社。2018年度からデータ分析におけるデータ準備工数を削減するための自然言語処理技術の研究開発に従事。2019年度から自然言語処理技術の材料分野適用に取り組んでいる。

 

企業の大小を問わず、MIは参入余地を広げる有用な武器

――今回は「マテリアルズ・インフォマティクス」がテーマということで、まずは読者の皆様向けに、マテリアルズ・インフォマティクス(以下、MI)がどんなものかについて教えてください。

竹内:ひと言でお伝えすると、大量で多様なデータを分析して、新しい高効率な材料開発の指針を見出す手法です。具体的には、企業がもつシミュレーションデータや実験データに対してデータ科学を掛け合わせ、実験結果の予測や効果的な実験方針などを抽出できないかという領域となります。

マテリアルズ・インフォマティクスを使った材料開発のイメージ

――これまでの材料開発とは何が違うのでしょうか?

竹内:従来の材料開発では、熟練の研究者が経験に基づいた実験計画をたてては実験をして、その結果を受けて計画を修正して…という試行錯誤を経て最適な材料を発見していました。

しかし、この方法では開発効率が研究者の経験に依存してしまいますし、近年では市場から求められる材料がどんどん多様で複雑化しており、調べるべき原料組成や実験条件のパターン数も多くなります。つまり研究者にとっては、膨大な時間や労力がかかっている状況がありました。

この課題を解決するのがMIで、これまでの材料開発との違いは、開発における試行錯誤にデータ科学、主に機械学習・深層学習を適用していることです。

この領域はトレンドシフトも早く、スピード感をもって解を出す必要があるため、企業はMIを活用することで探索作業を効率化させ、短期で多くの材料開発を実現することができるようになります。

複雑系科学と違って物理や化学の理論的バックボーンが活きやすい分野なので、それらにデータ科学を掛け合わせて限界を突破していく、というわけです。

――そうなると、材料開発を進める大企業の競争力が向上するというわけですね。

竹内:大企業はもちろん、現状のリソース面で劣るベンチャー企業にとっても、MIは参入余地を広げる有用な武器になるはずです。

――なるほど。これまで多くの企業さんの事例をご覧になってきたと思います。日本におけるMIの認識は、どのように変遷していったと感じていますか?

竹内:2018年から様々なプロジェクトに入っている中で、変わってきたと感じるのが、企業にとってのMIという技術の存在感ですね。当初、企業はMIの活用に試行錯誤していましたが、2019年から少しずつ変わっていき、今ではMIを使うのが既定路線になってきています。

多くの企業は、まずはデータ環境を整備するところから

――「日本は、デジタル化が遅れている」とよく言われていますが、MI領域に至っては2年弱で活用の機運が急激に高まったということですね。なぜ、このようなスピード感で意識改革が進んでいるのでしょうか?

刑部:もともとは2011年にオバマ政権が発表した「Materials Genome Initiative」というプロジェクトに端を発するとされていて、そこでは5年間で5億ドルの資金が投入され、データを活用した材料開発の短期化と低コスト化の研究が進められました。これをきっかけに、欧州や中国でも予算をかけた動きが活発化していったわけです。

一方で日本の場合は、各企業が個別に頑張ってきたところがあるので、欧米各国のようなスピード感で来られると、どうしても凌ぎきれないところが、ありました。ラボレベルでは日々地道な研究が続けられていて、世界と戦える素材を作っているのですが、デジタル化で量が質を凌駕できるようになってきたので、従来型の成功体験だけでは賄いきれない流れになっています。
日本の素材産業は製造業の屋台骨とも言われていますし、ここが変わっていかないといけない、という強い意識が芽生えてきていると感じます。

照屋:私は研究者という立場ですが、顧客との会議にもよく出席していまして、各社ともに危機感や挑戦したいという気持ちは強いと感じます。
日本のメーカー各社は、それぞれ得意領域が違うのですが、団結して材料開発のイノベーションを進めている印象ですね。

竹内:海外ではデジタル化が進んでいますが、日本はデジタル化をせずになんとかやってきた。デジタル化して様々な企業が繋がるようになると、日本の素材分野におけるポテンシャルは計り知れないと思っています。
確かに全体観を見るとデジタル化は遅れているかもしれませんが、これからも伸びるポテンシャルを秘めているので、今後を想像するとものすごくワクワクします。

――なるほど。企業がMIを活用する際のハードルは、ずばり何でしょう?

竹内:一番の要因は、データがないということです。厳密には、日々蓄積される実験データはあるものの、紙管理のためデジタル化されていないなど、MIで使えるカタチになっていない、という観点で「データがない」ということになります。
なので、まずはデータ環境を整備するところからスタートしなければならない企業が大半ですね。

照屋:私のチームが主にテキストマイニングの研究を行なっていまして、この辺りのデータ整備の課題に対応しています。具体的には、テキストで書かれた実験データ等を表形式などの分析しやすい形に抽出・加工する技術を開発しています。

分析支援と環境提供という2大MIソリューション

――次に日立のMIソリューションについて教えてください。材料開発を進めるにあたって、どのようなソリューションを提供されているのでしょうか?

竹内:大きくは2つ、「材料データ分析支援サービス」と「材料データ分析環境提供サービス」があります。
まず「材料データ分析支援サービス」とは、日立が顧客の各種材料データを預かって、機械学習やAIを活用したデータ分析を代行し、分析結果をアウトプットしてレポーティングするサービスです。具体的には、日立がこれまで扱った豊富な実績を通じて確立させた「OEPP(Optimal Experiment Planning Program)」という材料特性予測プログラムを使います。

竹内:MIの価値を感じてもらうソリューションとして、「MIを活用した材料開発といっても、何から手をつけたらよいかが分からない」と感じている企業に向けたサービスだと言えます。
最近だと、MIのデータサイエンティストを抱える企業も増えてきていて、社内分析作業がうまくいかないから日立に相談する、といったケースもあります。

――なるほど。

竹内:また、MIの価値を感じてもらえたならば、社内で普及させてもらいたいと思っています。そのための環境構築を支援するのが「材料データ分析環境提供サービス」です。企業が多様な材料データを使って、自分たちで予測モデルを作成したり、結果を可視化できるようにするもので、直感的な操作ができるようなUIになっています。

分析結果(高次元データ)を目的変数の値の高低が視覚的に把握・理解しやすいように可視化している画面

――これは、どういう仕組みなんですか?

竹内:この環境画面では、一般的に地図情報などで使われる地理空間情報システム(GIS:Geographic Information System)を活用しています。
画面上に表示されている点一つひとつが多次元データとなっていて、GISで画面上に表示するために多次元データを三次元データに次元圧縮を行っています。この点をクリックすることで属性値ダイアログを表示することができるので、データサイエンティストが数値や化学構造式データを直感的に把握できるようにしています。

日立だからこそできる、多様な視点からの問題解決支援

――他の企業でもMIソリューションを提供していると思いますが、今ご紹介いただいたソリューションは、どんな点が差別化ポイントとなるのでしょうか?

竹内:実績が一番大きいかなと思います。
私はMI担当になってから2年ほどなのですが、顧客の課題は尽きません。次から次へと新たな課題が出てきます。

1つの課題をMIが解決すると、研究者は次のクリエイトへと活動を広げます。すると、そこで新たな課題が出てくる。こうやって、課題がどんどんと先進的になっていくのです。

お付き合いが長ければ長いほど、企業の本質的な課題に入っていくことができ、その蓄積がソリューションへと反映されていくので、そこが最大のポイントだと感じます。

――日本の企業は特に、自分たちの課題をなかなか共有してくれないですからね。

刑部:各社の製品に関する個別の知見はその企業の研究者には敵いません。
一方で、様々な材料を扱っている企業をかなり広く見てきたので、だからこそ見える世界というものもあると感じます。

――どういうことでしょうか?

刑部:私自身、MIのことだけではなく、他分野の技術も日々研究しています。全然違う研究領域の内容をMIに持ち込むということを日常的にやっていて、例えば座標データが時系列に並んでいるデータ構造をもつ時空間情報で使われている技術を材料開発の世界に持ち込むことで、材料シミュレーションの高速化に適用するというようなこともやっています。

ゼロから新しいアイデアを立ち上げるのは相当難しく、他分野で蓄積された知見や成功事例などにインスピレーションを受けることで技術はより深まっていきます。日立には様々な分野の研究者がいるので、そういったことが起こりやすいのです。

照屋:日立は本当にいろんな研究分野の人がいますよ。電力やプラント、データ分析。実際に素材を作っている研究者もいます。全く別の分野を研究している人が私のすぐ隣の席にいたりするので、そういった創発が起きやすいなと。

竹内:つまるところ僕たちの価値って、これまでの協創経験や豊富な人財アセットを生かして、MIや材料科学のスペシャリストを擁するお客様の壁打ち相手にもなれる、という点なんです。視点を変えるお手伝いができる。
そのために、データ分析そのものだけではなく、分析するためのデータベースを作ったり、データをそもそも用意したり、実験装置から自動的にデータが流れ込む仕組みを考えたりなどをするわけです。

照屋:MIの研究者だって、データの収集なんてやりたくないですよね。MIを活用することで、実験・分析などの本来注力したい自分の研究に没頭できるわけです。

――なるほど。多様な領域で多様な取り組みが同時多発的に進んでいるからこそ、他社にはない視点やソリューションの支援ができる、ということですね。

竹内:社内だけでなく、大学や研究機関と産学連携ができているのも、大きなアドバンテージだと思います。もともと日立が大学や研究機関用のITまわりを構築している背景もあって、大学の先生方とのつながりも沢山あります。
長年構築していった信頼関係を活かして、時には産業と研究・教育機関の触媒として機能しながら、連携を進めています。

変わっていった帝人研究員たちのマインドセット

――ここまでお話いただいたソリューションを活用した具体事例について、次に教えてください。

竹内:そうしましたら、2020年より本格的に進めている、帝人株式会社(以下、帝人)と日立の取り組みについてお伝えします。

竹内:帝人は、「中期経営計画2020-2022」でデータ利活用による素材開発の高度化を掲げていて、研究開発のDX全体を日立が全面的にバックアップしています。具体的には、サイバー空間とフィジカル空間とを繋げるCPS(Cyber Physical System)の構築と実用をめざしています。
フィジカル空間の出来事をデータ化して、それをサイバー空間で高度に処理する、すなわちMIを適用する流れを作っていくわけです。

照屋さんは、帝人がこれまで蓄積してきた論文や議事録、個別のメモなど、日々のオペレーションで出てくる情報をデジタル化して、サイバー空間でのデータ分析に使える形にするというPoC(Proof of Concept:概念実証)を進めています。
僕の方では、照屋さんが進めているPoCのデータとは別のテーマのデータを対象にしていますが、そういったフィジカル空間からデータに変換された情報に対してどのようなインフォマティクスをするかという、MIのPoCを進めてきました。

――プロジェクト開始時、帝人の研究開発現場はどのような状況だったのでしょうか?

竹内:非常に職人気質が強く、すごく誠実で研究熱心な方々だな、という印象を受けました。材料研究効率化のため、これから研究開発にデジタルを取り入れていくという状況でしたので、新しい技術と現場をスムースにつなげる役回りとして、細心の注意を払ってプロジェクトを進めていきました。

――まず何からスタートされたのでしょうか?

竹内:色々な部隊が並行して動いているのですが、ある部隊の方々のお手伝いをするにあたって、分析データがどんな開発のどんなオペレーションからできているのか、全部現地まで見に行きました。
例えば最終的に残る表の形式がどうやってできてくるのか、全て見学して、1つのパラメータを変えるのがどれだけ大変なのかなど、徹底的にヒアリングしたわけです。

そんなところから、徐々に信頼関係を構築していって、それによってかはわからないですが、現場の方々のデータ分析への見方が少しずつ変化していきました。自分たちで分析してみたい、と言ってくださったわけです。
そうやって、日立が代行するのではなく、自分たちがMIをやっていくというマインドセットになっていきました。

――素晴らしいですね。照屋さんはいかがでしょうか?

照屋:私の場合、本格的にPoCが開始する2020年4月以前から、プレPoCということでディスカッションに参加していました。先ほど竹内さんがお話しした通り、フィジカル空間のデータを作ると言う点でテキストマイニングのニーズがあったわけです。

――テキストマイニングって、具体的にはどれくらいの量を担当されるのですか?

照屋:文献量的には、最初は50本くらいから始まりました。その後、しっかりと成果が出たので、2020年4月からは約1000本、現在は1万本まで拡大させています。

竹内:2021年以降には分析環境を提供予定で、それ以前まで日立が代行してやってきた分析内容をご自身でやってもらうようになります。そこでメインで活用していた人が伝道師として社内浸透を促進していき、また伝道師が増えていく。そうやってMIの加速が期待されます。

研究者の暗黙知を可視化するというチャレンジ

――刑部さんは、帝人さんとの取り組みには、どのように関わられているのでしょうか?

刑部:私の場合は間接的な形になるのですが、「暗黙知の形式知化」の部分でお手伝いをしています。

――暗黙知の形式知化、とはどういうことでしょうか?

刑部:暗黙知とは、研究者が肌感覚でもっている、データ化されていないノウハウのことです。そういうものはルール化できないし、データから取り出そうとしても、レアケースだったりして抽出できない。でもそういうところにこそ金脈が眠っているものです。
研究者が長年蓄積してきた暗黙知を引き出して、知的生産性向上を支援するという取り組みになります。

――それはすごく面白いですね!どういう仕組みで動くものになるのでしょうか?

刑部:具体的には、AIが過去の実験データなどから自動的に質問を生成していき、それが研究者にひたすら投げられていきます。それに対して研究者は、はい/いいえの回答のみをしていくことで、自分の思考を洗練、整理していくことができます。一方で、その回答を受けたシステムが、文案を自動で合成していくことになります。

刑部:研究者がこれまでとってきた研究ノートや社内報告書、特許論文といったものは、ある種、研究者が自然言語化したデータなので、肌感覚としてもっているものが形になって現れたものだとも言えます。

そのテキスト化されたデータ化の関係性をみて整理していくことで、この知識を持っている人がこういう研究をしていたらこういうことを考える、という方向性を示すことで、思考の整理・収斂を支援しようという設計思想です。

竹内:個人的には、これが一番ワクワクするなと感じています!

物理学や量子力学など、各々が突き詰めていった研究テーマ

――お三方とも、とても面白いことをされていますね。それぞれどうやって今の日立での研究活動に関わるようになったのか、皆さまのこれまで経緯についても教えていただきたいです。まずは刑部さんからよろしいでしょうか?

刑部:私は高校生のころから物理学、その中でも量子力学を勉強していました。また、人間の脳における情報処理にも興味があって、大学では両方学べる領域として、非ノイマン型コンピューティングを研究していました。簡単に言うと、現在普及しているコンピューターとは異なる原理で動作するコンピューターを創り出す研究で、特に脳型計算や量子計算とよばれる計算原理の研究と、超伝導デバイスの物性を調べ、計算できるようなハードウェア構成を考える研究をしていました。

次世代のコンピューターを生み出す研究ということですごく楽しかったのですが、一方で、自分が生きているうちに実現できるかがわからないテーマでもあります。
博士課程修了を目前にして、せっかく自分の残りの研究者人生を費やすなら、自分の研究成果が社会に普及して使われている、という実感が得られる分野にシフトしたいなと思い、もう少しリアリティのある世界にチャレンジしようとなりました。
そんな時に出会ったのが、日立のAI部門の方でした。

――なるほど。就職しようとなった際に、日立以外は検討されたのですか?

刑部:日立以外だと、比較的大学の研究テーマに近い物性・ハードウェアアーキテクチャ分野での研究職を検討していて、唯一のAI系が日立でした。
いわゆるAI企業って、webデータや画像データなどのデジタル化が進んだ分野で華々しい成功をおさめている印象がありました。でも個人的には、もっと泥臭いところに興味があって、現実に肉薄した世界の方が僕にとっては魅力的でした。

そんな生々しいデータを大規模に扱えるAI企業を探すと、必然的に日立以外はなかなか見当たらないなってなりました。
就職活動をしている時にはMIができるなんて聞いていませんでしたが、今では材料のデータも含め、いろんな業界のリアルなデータに触れています。

――ありがとうございます。「現実に肉薄した世界」という表現が、刑部さんらしさって感じです。照屋さんはいかがでしょうか?

照屋:私も学生時代は、世の中の理(ことわり)を知りたいなと思って、博士課程で原子核理論物理学を専門に研究していました。その中でも特に、重い原子核の原子核構造の数値解析などを研究していました。原子核の構造や性質を、明らかにする研究です。
とても面白いから続けたいと思ったものの、それまで1回も就職という選択肢を考えたことがなかったので、1回くらいはやってみるか、と思って就活したら、日立に受かったという流れです。

――日立以外は考えなかったのですか?

照屋:他の選択肢もあったのかもしれませんが、少なくとも、日立は日本企業の中でも色んなリアルなモノを作っている会社だということは知っていて、BtoCはもちろん、BtoB領域でも普通は携われないようなものを沢山手がけており、それらの中身を知れるのは面白いなと感じたので、そのまま入社することにしました。

――所属されている「LumadaData Science Lab. 」とは、どんな組織なのでしょうか?

照屋:こちらは2020年度に新たに立ち上がった研究組織で、Lumadaによるデジタルイノベーションを加速させるAI・アナリティクス分野の中核組織です。私はここのメンバーとして帝人のPoCなどを担当していて、自然言語処理技術を用いた文書からのデータ抽出の技術改良・評価を担当しているということです。

――なるほど、ありがとうございます。最後に竹内さんもお願いします。

竹内:学生時代は理論物理学で複雑系物理学を専攻していて、物事の「不可逆性」について研究していました。
そのまま物理学の研究者になるつもりだったのですが、アメリカ研究留学時代に、多様な価値観のぶつかり合いから新たな着想が生まれる様を何度も実体験して、そこから「集合知のコントロール」に興味を持ち、また自身も多様性の一種を担った日本人として世界にバリューをもっと発揮していきたいと考えるに至りました。

日立は、多様な人財がグローバルにわたって存在していて、かつその人財データを利活用できそうな投資体力のある会社だと感じたので、面接を受けて、すごく面白いってなってそのまま入社しました。

――アメリカ滞在中のエピソードとして印象的だったものは何でしょうか?

竹内:あるディスカッションをしていた時に、メンバーから「君の意見を聞きたい。日本人として、個人として。」と問われました。当時日本人がその場にいるのは珍しかったのですが、その時に、僕は自分のアイデンティティがよくわからなくなったんです。日本ではあたりまえの「常識」。それに囚われていると気づいたのが、その時だったと感じています。

究極の話として、その人の頭にある情報が取り出せれば、一人ひとりが最適な自己実現を達成できるのではないかと考えています。できるかどうかは別として、僕自身はその実現のために、日立のアセットを使っている側面もあります。

もっと人間の思考プロセスに寄り添えるようなAIを実現させる

――皆さまの濃いご経歴を経て、これから会社として、または個人として、さらには研究者として、MIで描かれている未来像について教えてください。

竹内:直近の業務としては、人がやらなくて良いことはどんどんと省いていく、そこにMIやCPSを適用していくという流れを加速させていきたいなと。それを日立がやるべきだと思っています。
中長期的には、先ほど個人の自己実現の話をしましたが、僕個人としては、自分しかできないことに全員が目覚めるという世界観を目指しています。

今やっているデータ分析は、人が意図して残したデータに対してのものですが、本来的には人が意図的に残さないようなものを記録して分析・知識化することが大切だと思います。近未来的にそういうものができたとしたら、分析を通して自身の思考の特性だったり、アイデンティティが分かるようになって、より生きやすい世の中になるんじゃないかなと思っています。

照屋:直近だとテキストマイニングをやっている立場として、材料研究者の支援を続けることです。研究者たちはデータ収集をしたくないはずで、そこの煩雑なところをこっちで準備してあげるね、と。そんなプラットフォームを、早く作り上げたいなと思っています。
将来的な話は…、難しいですね。

少なくとも、よくAIが仕事を奪うと言われていますが、早く奪ってくれよと(笑)人間は既存のデータ分析では明らかに出来ないような先進的なことや、世の中の理を探求するようなもっと高次元の事柄に注力できるようになってほしいです。

刑部:今の機械学習や深層学習の技術は、ある意味でシンプルです。表現として適切かわかりませんが、ものすごく高級な電卓みたいな感じだと思っています。使う側の使いこなしがかなり求められるし、リアルな問題を解こうとすればするほど、人間が期待する挙動とアルゴリズムの出力がズレるので、そこに対しての対応が研究者の主な関心のひとつになっている印象です。

ゆえに、MIみたいな複雑な自然現象に使おうとなるとどうしても足りないところが多いので、そういうところを突き詰めていって、MIで使える技術を突き詰めていくのが自分のミッションだと捉えています。

一方で先ほどもお話しした暗黙知にも関わる部分として、もっと人間の思考プロセスに寄り添えるようなAIがないといけないな、とも思っています。研究者は、それこそ数百年前からずっと、洞察力をもって観察して理論式を立てていくという活動を続けてきたわけです。マシンパワーも、顧客のリテラシーも高まっている中で、もっと人間の感覚に近い挙動をするようなものが必要になってくるかなと。

Qiita Zineの別記事でも言及されている通り、日立はヨシュア・ベンジオ教授が所長を務めるMILAと協働研究をしていまして、教授は日々、「今の機械学習システムは脊髄反射的だから、そうでないAIが必要だ」と言っています。
どう実現するかは色々あると思いますが、MIでもそういう方向で、研究者がもっと使いやすくなるような技術を突き詰めていければと思っています。

――いやはや、本当に熱いお話をありがとうございました!最後に、読者の皆さまに一言ずつメッセージをお願いします。

照屋:とにかく、色んなことを実際にやってみることができる環境が日立にあります。日立の対象とする分野はとにかく幅広いですし、帝人さんのようにPoCという形で技術を試用いただけるお客様もいます。また、日立は色々な考え、バックグラウンドや技術を持った人がいるので、それらの人の話を聞くのもとても面白いです。

刑部:日立に入ると色んな業種分野にアプローチしていくことになるのですが、そういうときに必要になるのは、元々のバックグラウンドを持っていることと、新しい領域への好奇心を忘れないことだと思います。
今回の3人も、各々が拠り所となる学問や研究テーマに添って考えていたと感じます。そういったしっかりした個性があるからこそ、それぞれのオリジナリティを掛け合わせることができていると感じます。

竹内:会社って利用する場所だと思うんですよね。日立はアセットだらけなので、それを生かさない手はないのですが、それを使って仕掛ける人が圧倒的に足りていません。自分で新しいビジネスを立ち上げる!という人がもっといた方が良いです。
パッションは誰でも持てるはずなので、あとはそれを、日立のどんな技術を使って爆発させてやろうか、そんなことを考えている人たちと一緒に何かできたらなと思っています。

編集後記

熱い、熱すぎる!今回のインタビューを終えて感じたことです。
各々がもつ軸となる価値観や世の中への視座をベースに、リアルで生々しい世の中の事象を一つずつ整理して可視化し、人を人たらしめるアクションへとフィットさせていく。技術領域としてはマテリアルズ・インフォマティクスという括りのお話ではありましたが、その先には、私たち一人ひとりのウェルビーイングを模索していく姿勢を垣間見ることができました。
膨大で多様なアセットを活用し、自分自身の軸に従って、魅力的なデータサイエンティストや研究者たちと世の中の理を探究していく。そんな環境こそが、日立製作所のもつ魅力だと感じる120分強のインタビューでした。

取材/文:長岡 武司
撮影:平舘 平


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