この記事は医療者向けです。医療分野以外の方 (開発者など) に向けて、同じデータを紹介した記事もあります: 「手術の何日前に、どの薬をやめるべきか」をまとめたオープンデータと API を公開しました
周術期および造影 CT 検査前の休薬日数を、国内外の診療ガイドラインと添付文書から薬剤ごとに整理したデータベースを作りました。値ごとに根拠の記載箇所と引用を付け、CC BY 4.0 のオープンデータとして公開しています。ブラウザで使える検索用の Web アプリがあり、登録は不要です。
- Web アプリ: https://numero-uno-jpn.github.io/kyuyaku-data/
- GitHub: https://github.com/numero-uno-jpn/kyuyaku-data
- 使い方 (画面付き): https://numero-uno-jpn.github.io/kyuyaku-data/guide.html
私は外科医です。この記事では、医師・薬剤師・医療安全管理者の方に向けて、このデータの内容と、作った理由を説明します。
なぜ作ったか
休薬の見落としは、仕組みで防ぐべき医療安全の課題である
休薬は術前数日から 1 週間以上前に始める必要があり、手術日を決める外来で指示します。ここで休薬すべき薬を見落とせば、手術当日に気づいても間に合わず延期になり、気づかずに手術をすれば出血が増えるおそれがあります。逆に、必要以上に長い休薬は血栓塞栓症のリスクを高めます。
私自身、忙しい外来で、配合錠に含まれていた抗血小板薬に気づかなかったことがあります。見慣れないホルモン製剤を見落としたこともあります。いずれも、薬の名前からは休薬が必要だと気づけませんでした。
休薬の確認には、主治医、麻酔科医、看護師、薬剤師が関わり、持参薬の鑑別や院内の休薬リストといった仕組みもあります。それでも、目の前の商品名から休薬の要否に気づけるかどうかは、最終的には個人の知識と注意力にかかっています。多職種で重ねて確認していても、「誰かが見ているはず」と頼り合って個々の確認が浅くなることがあります。見落としを個人の不注意として片付けても、次の見落としは防げません。人は忘れ、見落とすという前提で、確認を仕組みで支える必要があると考えました。
名称と資料の量が、記憶で追える範囲を超えている
1 つの成分に、先発品、後発医薬品、配合剤の商品名が数十並ぶことがあります。後発医薬品の多くは「成分名+会社名」の名称なので比較的気づきやすいものの、成分名を含まない先発品名と配合剤名は見落としやすい名称です。
根拠となる資料も膨大です。このデータが参照しているガイドラインは 30 本を超え、それぞれ数十〜数百ページあります。学会、国、版ごとに推奨日数が異なります。さらに、SGLT2 阻害薬 (正常血糖ケトアシドーシス) や GLP-1 受容体作動薬 (麻酔導入時の誤嚥) のように、数年前にはあまり意識されていなかった推奨も加わっています。改訂のたびに覚え直し続けることは、記憶だけでは困難です。
院内の休薬リストは、維持の負担が大きい
多くの病院が休薬リストを作っていますが、同じ調査を各施設が個別に行っているのが実情です。新薬の発売やガイドラインの改訂のたびに見直す必要があり、限られた人手で更新を続けるのは容易ではありません。何年も前に作られたリストがそのまま使われている現場もあります。網羅的なリストは外来の短時間では引けず、1 枚の簡易版では収載漏れが出ます。
添付文書とガイドラインで、日数が異なることがある
添付文書とガイドラインは、目的と粒度が異なるため、推奨日数が食い違うことがあります。たとえばクロピドグレルの添付文書は「本剤による血小板凝集抑制が問題となるような手術の場合には、14日以上前に投与を中止することが望ましい」としています。一方、日本・米国・欧州のガイドラインは、休薬する場合は 5〜7 日前としています。休薬期間が長いほど血栓リスクは高まるため、長いほうが安全とは限りません。一方で、アピキサバンのように両者がほぼ一致する薬や、日数を示さずに術前の中止だけを求める添付文書もあります。どちらか一方だけでは、もう一方の記載を見落とします。
旧版の日数や、別の場面の推奨が使われ続けている
イコサペント酸エチルは、区域麻酔・神経ブロックのガイドラインの初版 (2016 年) で、出血リスクが中等度以上の手技の前に 7〜10 日の休薬が勧められていました。改訂第 2 版 (2026 年) は、休薬を支持するエビデンスがないとして、神経ブロック前の休薬を必須でないとしました。出血リスクが高く休薬が適当と判断した場合の目安としては、7 日間を示しています。
リマプロストの休薬日数を記載した資料は、出血高危険度の消化器内視鏡についてのガイドライン (2012 年) だけです。それも、チエノピリジン誘導体以外の抗血小板薬をまとめて原則 1 日とした推奨です。同ガイドライン自身が明確なエビデンスはないとしており、手術や区域麻酔のガイドラインには記載がありません。
旧版の日数や別の場面の日数は、出典が分からないまま、記憶や院内のリストを通じて受け継がれていきます。現行の資料のどこに何が書かれているかを、その場で確認できる必要があります。
どのようなデータか
2026 年 11 月 7 日時点で 157 剤を収載しています (データ版 0.8.31)。主な対象は次のとおりです。
- 抗血栓薬
- 糖尿病治療薬
- 降圧薬・利尿薬
- 抗リウマチ薬・免疫抑制薬 (生物学的製剤・JAK 阻害薬を含む)
- 骨粗しょう症治療薬
- ホルモン製剤
- 抗がん剤の一部
- 精神・神経系の薬
- サプリメント
参照している主な資料は、記事の末尾 に分野別の一覧を載せ、原典へのリンクを付けました。
検索
一般名、商品名、後発医薬品名、配合剤名のいずれでも、部分一致・ひらがな・多少の入力の誤りを含めて検索できます。配合剤名で検索すると、含まれる成分がすべて表示されます。薬効分類での絞り込みもできます。
1 剤ごとの情報
- 休薬日数: 出血リスクの高い手術と低い手術の 2 区分 (リスクの区分は資料ごとに異なります)、造影 CT 前の休薬
- ガイドライン別の値: 資料ごとの日数と、用量・腎機能による違いの要約
- 根拠: 記載箇所 (ページ・表)、資料へのリンク (PDF は該当ページ)、該当部分の引用または抜粋
- 値の由来: ガイドラインがその薬の日数を直接記載しているか、薬効分類単位の推奨を当てはめたか、「半減期の 5 倍」のような規則から算出したか
- 作者解釈: 根拠があいまいな薬 (現在 88 剤) について、どの資料のどの記述をどう読んだかを、原典の引用とは区別して記録しています
クロピドグレルを例にとると、資料ごとの値は次のとおりです。
| 資料 | 対象 | 休薬日数 |
|---|---|---|
| 添付文書 | 血小板凝集抑制が問題となるような手術 | 14 日以上前が望ましい |
| ACC/AHA 2024 | 非心臓手術 | 5〜7 日 (血小板機能の回復までの日数) |
| ESC 2022 | 非心臓手術 | 休薬する場合は 5 日前 |
| JCS 2020 | 手術 | 遅くとも 5 日前 |
| 日本麻酔科学会ほか 2026 (改訂第 2 版) | 脊髄幹麻酔・深部の神経ブロック | 7 日 |
| ASRA 2025 (第 5 版) | 脊髄幹麻酔・神経ブロック | 5〜7 日 |
表示する日数の決め方
一覧に大きく表示する日数は、現行版のガイドラインの最大値 (安全側の値) です。旧版は除き、ガイドラインに日数がない薬に限って添付文書の値を使います。ただし、現行版のガイドラインの値が薬効分類単位の推奨だけで、添付文書が薬剤名で日数を明記している場合は、長いほうを使います (例: チクロピジンは 14 日)。クロピドグレルの高リスク手術の値は 7 日で、添付文書の 14 日は使っていません。
ここでいう「安全側」は、薬効の残存を見落とさないという出血の面での安全側です。血栓の面では長いほど不利になるため、実際の日数は、ガイドライン別の値と条件 (用量、腎機能、手技) を見て判断してください。
日数の表し方は次のとおりです。
- 0: 休薬不要
- 空欄 (記載なし): 手術や区域麻酔の資料に日数の記載がない。休薬不要の意味ではありません。別の場面の値は当てはめていません
- 当日休薬: 手術当日のみ休薬 (前日までは服用可)。経口血糖降下薬の「手術前後は禁忌・不適」のように、絶食に伴う指示がこれに当たります
- 時間で書かれた値: 日数に切り上げて表示します (48 時間 → 2 日)
使い方の例
- 外来で、患者さんのお薬手帳にある商品名をそのまま検索し、休薬の要否と日数の目安を確認する
- 日数に迷ったときに、ガイドライン別の値と記載箇所を確認し、原典の該当ページを開く
- 院内の休薬リストの日数が、現行のガイドラインや添付文書と合っているかを見直す
- 院内の休薬リストや手順書を作るときの調査資料にする
院内のマニュアルや電子カルテで使う場合は、帰属表示に加えて、データの版 (Web アプリの下部に表示) と参照日を記載してください。休薬の推奨は改訂されるため、いつの情報かが分からなければ古い値が使われ続けるおそれがあります。JSON の API もあるので、医療情報部門などでシステムに組み込むこともできます。その場合も人による確認を補うものとして使い、警告が出ないことを休薬不要と扱わないでください。
利用上の注意
- 意思決定を支えるための参考情報です。休薬の可否と時期は、患者の状態と手術の内容を踏まえ、担当医が処方医や麻酔科医と相談して決めてください。プログラム医療機器ではなく、無保証です
- 休薬すべきでない場合があります。たとえば冠動脈ステント留置後の患者ではアスピリンの継続が原則です。ステント留置後の待機手術の時期は、循環器内科と協議してください
- 術後の再開時期と薬物相互作用は、主な対象ではありません
- ガイドラインや添付文書の改訂からデータへの反映まで、最大 3 か月程度かかることがあります
- 引用部分 (各資料の記載) は CC BY 4.0 の対象外です。正確な記載は必ず原典で確認してください
参照している主な資料
休薬日数の根拠として記録している主な資料です。資料名から原典を開けます。各薬の値がどの資料のどのページに基づくかは、Web アプリの各薬のページで確認できます。
抗血栓療法・区域麻酔・内視鏡
| 資料 | 発行 |
|---|---|
| 抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロックガイドライン 改訂第 2 版 | 日本麻酔科学会・日本区域麻酔学会・日本ペインクリニック学会、2026 |
| Regional Anesthesia in the Patient Receiving Antithrombotic or Thrombolytic Therapy, Fifth Edition | ASRA、2025 |
| 2020 年 JCS ガイドライン フォーカスアップデート版 冠動脈疾患患者における抗血栓療法 | 日本循環器学会、2020 |
| 2020 年 JCS/JHRS ガイドライン フォーカスアップデート版 不整脈薬物治療 | 日本循環器学会・日本不整脈心電学会、2020 |
| 抗血栓薬服用者に対する消化器内視鏡診療ガイドライン 直接経口抗凝固薬 (DOAC) を含めた抗凝固薬に関する追補 2017 | 日本消化器内視鏡学会ほか、2017 |
| 抗血栓薬服用者に対する消化器内視鏡診療ガイドライン | 日本消化器内視鏡学会ほか、2012 |
非心臓手術の周術期管理
糖尿病・腎臓・造影剤
| 資料 | 発行 |
|---|---|
| SGLT2 阻害薬の適正使用に関する Recommendation | 日本糖尿病学会 |
| メトホルミンの適正使用に関する Recommendation | 日本糖尿病学会、2020 |
| CKD 治療における SGLT2 阻害薬の適正使用に関する Recommendation | 日本腎臓学会、2022 |
| 心不全治療における SGLT2 阻害薬の適正使用に関する Recommendation | 日本循環器学会・日本心不全学会、2023 |
| KDIGO 2022 Clinical Practice Guideline for Diabetes Management in Chronic Kidney Disease | KDIGO、2022 |
| Guideline for Perioperative Care for People with Diabetes Mellitus Undergoing Elective and Emergency Surgery | CPOC (英国)、2023 |
| Multi-society clinical practice guidance for the safe use of glucagon-like peptide-1 receptor agonists in the perioperative period | ASA/AGA/ASMBS/ISPCOP/SAGES、2024 |
| ヨード造影剤とビグアナイド薬の併用に関する注意 | 日本医学放射線学会、2026 |
| 造影剤安全性委員会 報告書 | 日本医学放射線学会・日本放射線科専門医会・医会、2012 |
降圧薬
| 資料 | 発行 |
|---|---|
| 高血圧治療ガイドライン 2019 | 日本高血圧学会、2019 |
抗リウマチ薬・免疫抑制薬・生物学的製剤
| 資料 | 発行 |
|---|---|
| 2022 ACR/AAHKS Guideline for the Perioperative Management of Antirheumatic Medication in Patients With Rheumatic Diseases Undergoing Elective Total Hip or Total Knee Arthroplasty | ACR/AAHKS、2022 |
| BSR biologic DMARD safety guidelines in inflammatory arthritis | BSR、2019 |
| Conseils d'utilisation des traitements anti-TNF | CRI (フランス)、2013 |
| 関節リウマチ診療ガイドライン 2024 改訂 | 日本リウマチ学会、2024 |
| 関節リウマチ (RA) に対する TNF 阻害薬使用の手引き | 日本リウマチ学会、2024 |
| 関節リウマチ (RA) に対する IL-6 阻害薬使用の手引き | 日本リウマチ学会、2024 |
| 関節リウマチ (RA) に対するアバタセプト使用の手引き | 日本リウマチ学会、2024 |
| 関節リウマチ (RA) に対するヤヌスキナーゼ阻害薬使用の手引き | 日本リウマチ学会、2025 |
| IL-17 阻害薬 (PsA/AS/nr-axSpA) 使用の手引き | 日本リウマチ学会 |
| IL-12/23 阻害薬・IL-23 阻害薬 (乾癬性関節炎) 使用の手引き | 日本リウマチ学会 |
| 乾癬における生物学的製剤の使用ガイダンス (2022 年版) | 日本皮膚科学会、2022 |
骨粗しょう症治療薬・ホルモン製剤
| 資料 | 発行 |
|---|---|
| 薬剤関連顎骨壊死の病態と管理: 顎骨壊死検討委員会ポジションペーパー 2023 | 顎骨壊死検討委員会、2023 |
| ホルモン補充療法ガイドライン 2017 年度版 CQ405 | 日本産科婦人科学会・日本女性医学学会、2017 |
| U.S. Medical Eligibility Criteria for Contraceptive Use, 2024 | CDC、2024 |
精神・神経系の薬・サプリメント
| 資料 | 発行 |
|---|---|
| パーキンソン病治療ガイドライン 2018 第 3 章 MAOB 阻害薬 | 日本神経学会、2018 |
| Herbal medicines and perioperative care (JAMA 2001;286:208-216) | Ang-Lee MK ほか、2001 |
| Herbal and Dietary Supplements and Anesthesia (患者向け資料) | ASA、2020 |
旧版 (比較のために値を記録し、表示する日数には使っていないもの)
添付文書は、国内の医療用医薬品は PMDA、海外は FDA の添付文書を参照しています。
おわりに
まずは、日々の休薬の確認や、院内の休薬リストを見直す際の資料として活用していただければ幸いです。誤りや古い記載に気づいた場合は、根拠となる資料とページを添えて Issue でお知らせください。施設でお使いいただいた場合は、利用報告フォーム からお知らせいただけると励みになります (任意・非公開)。
データを正確に作るための工夫は、術前休薬日数のデータを、ガイドラインの PDF から正確に作るための工夫 に書きました。