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「手術の何日前に、どの薬をやめるべきか」をまとめたオープンデータと API を公開しました

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Last updated at Posted at 2026-11-07

この記事は医療分野以外の方 (開発者など) 向けです。医師・薬剤師・医療安全管理者などの医療者に向けて、同じデータを紹介した記事もあります: 周術期の休薬日数をガイドライン別・根拠付きで引けるオープンデータを公開しました (医療者向け)

手術の前には、服用中の薬と手術の内容によって、薬を一時的に中止する (休薬する) 必要があります。どの薬を術前何日から休薬するかを、学会の診療ガイドラインと添付文書から薬ごとに整理したデータを作り、CC BY 4.0 のオープンデータとして公開しました。検索用の Web アプリと、JSON の API もあります。

私は外科医で、休薬の判断を支えるためにこのデータを作りました。この記事では、これがどのようなデータで、なぜ必要なのかを、医療分野以外の読者に向けて説明します。医学用語には説明を添えます。

なお、このデータは医療者が確認に使うことを想定しています。患者さんやご家族は、このデータをもとに自己判断で薬を中止・継続せず、主治医や薬剤師に相談してください。自己判断の中止は、かえって重い合併症を招くことがあります。

休薬とは

休薬の対象として代表的なのは、抗血栓薬 (血栓ができるのを防ぐ薬) です。脳梗塞や心筋梗塞の予防のために、多くの人が日常的に服用しています。抗血栓薬は、血小板の働きを抑える抗血小板薬と、血液凝固の仕組みを抑える抗凝固薬に大別されます。

抗血栓薬を服用したまま手術を受けると、出血が増えるおそれがあります。そこで術前に休薬し、手術の時点で薬効が切れているようにします。一方で、休薬中は血栓のリスクが高まります。休薬の要否と期間は、出血と血栓のリスクを比べて決めます。

休薬期間は、主に次の条件で変わります。

  • 薬の種類: 薬効が切れるまでの時間は薬ごとに異なります。抗血小板薬の中には、血中から消えたあとも、血小板が入れ替わるまで効果が続くものがあります
  • 手術の種類: 脳・脊椎・心臓の手術のように出血が重大な結果を招く手術では、長めに休薬します。抜歯や白内障手術のように出血が少なく止血しやすい手術では、継続することも多くあります
  • 麻酔の方法: 脊髄くも膜下麻酔や硬膜外麻酔 (脊椎の近くに針を刺して行う麻酔)、神経ブロックでは、穿刺部位の出血で脊柱管内に血腫ができ、脊髄を圧迫して下肢の麻痺を残すことがあります。このため、全身麻酔とは別に、より厳しい基準が設けられています
  • 患者の状態: 腎機能が低下している患者では薬の排泄が遅れるため、休薬期間を長くとることがあります。血栓リスクの高い患者では、休薬期間をできるだけ短くします

抗血栓薬以外にも、休薬の対象になる薬があります。糖尿病治療薬の SGLT2 阻害薬は、継続したまま手術を受けると、血糖値がさほど高くないまま血液が酸性に傾く重い合併症 (正常血糖ケトアシドーシス) を起こすことがあります。糖尿病や肥満症に使う GLP-1 受容体作動薬では、麻酔導入時に胃の内容物が気道に入る誤嚥のリスクが問題になります。このほか、次のような薬にも休薬の対象があります。

  • 降圧薬の一部
  • 関節リウマチの治療薬
  • 骨粗しょう症の治療薬
  • 女性ホルモン製剤
  • サプリメントの一部

手術以外では、ヨード造影剤を使う CT 検査の前に、糖尿病治療薬のメトホルミンを一時中止し、検査後 48 時間は再開しないよう添付文書に定められています。

なぜこのようなデータが必要か

休薬の見落としは、医療安全の問題になる

休薬は手術の数日から 1 週間以上前に始める必要があるため、手術日を決める外来で患者さんに指示します。ここで休薬すべき薬を見落とすと、手術当日に気づいても間に合わず、手術を延期することになります。気づかずに手術をすれば、出血が増えるおそれがあります。逆に、必要以上に長く休薬すると血栓のリスクが高まり、脳梗塞や心筋梗塞を招くおそれがあります。いずれも患者に害が及びうるため、休薬の確認は医療安全上の重要な課題とされています。

私自身、忙しい外来で、配合錠 (複数の成分を 1 錠にまとめた薬) に含まれていた抗血小板薬に気づかなかったことがあります。見慣れないホルモン製剤を見落としたこともあります。いずれも、薬の名前からは休薬が必要な薬だと気づけませんでした。注意を払うだけでは防げないと考え、確認を支える道具を作り始めました。

最後は個人の記憶と注意力に頼っている

休薬の確認には、主治医、麻酔科医、看護師、薬剤師が関わります。病院には、入院時に患者さんが持参した薬を薬剤師が確認する仕組みや、院内の休薬リストもあります。それでも、目の前の薬の名前から休薬の要否に気づけるかどうかは、最終的には一人ひとりの知識と注意力にかかっています。複数の人が確認していると、互いに「誰かが見ているはず」と頼り合い、個々の確認が浅くなることもあります。商品名と成分の対応のような細かな知識は、個人の記憶やメモにとどまりがちです。

見落としを、確認した人の不注意として片付けても、次の見落としは防げません。人は忘れ、見落とすものだという前提で、確認を仕組みで支える必要があります。

人の記憶では追いつかない

薬には、成分名 (一般名) と、製薬会社が付けた商品名があります。1 つの成分に、多いものでは数十の商品名があります。

  • 先発品 (最初に発売された薬) の商品名
  • 後発医薬品 (ジェネリック医薬品) の商品名。現在の後発医薬品の多くは「成分名+会社名」の名前です
  • 配合錠の商品名

特に気づきにくいのは、成分名を含まない先発品の商品名と、配合錠の商品名です。休薬が必要な成分を知っていても、目の前の商品名がその成分を含むと気づけなければ見落とします。

休薬日数の根拠となる資料も膨大です。休薬日数は、各学会の診療ガイドラインと、医療者向けの公式文書である添付文書に記載されています。このデータが参照しているガイドラインは 30 本を超え、それぞれ数十〜数百ページあります。添付文書は製品ごとにあります。同じ薬でも、学会、国、改訂版ごとに日数が異なることがあります。

しかも推奨は更新され続けます。新薬の登場や新たなリスクの判明によって、推奨が次々に加わります。SGLT2 阻害薬や GLP-1 受容体作動薬の休薬も、数年前にはあまり意識されていませんでした。改訂のたびに覚え直し続けることは、記憶だけでは困難です。

病院ごとの休薬リストは、更新が追いつかない

記憶に頼らないために、多くの病院が休薬の対象となる薬の一覧 (休薬リスト) を作っています。このリストは病院ごとに資料を調べて作られており、同じ調査を各病院が個別に行っていることになります。

リストの維持には手間がかかります。新薬の発売やガイドラインの改訂のたびに、資料を調べ直して改訂する必要があります。改訂の頻度と資料の量に対して、限られた人手で更新を続けるのは難しく、何年も前に作ったリストがそのまま使われている現場もあります。古いリストには新薬が載っておらず、改訂前の日数が残ります。

リストの形式にも限界があります。網羅的なリストは数ページに及び、外来の短い時間では引けません。1 枚にまとめた簡易版では、載っていない薬が出てきます。

添付文書とガイドラインで、日数が異なることがある

添付文書は、承認内容に基づいて製造販売業者が法令に従って作成する公式文書で、医療者は添付文書に沿って薬を使うことが前提とされています。一方、ガイドラインは学会が研究結果をもとにまとめた推奨で、手術の種類や患者の状態ごとに細かく分けて書かれています。目的と粒度が異なるため、両者の日数が食い違うことがあります。

たとえば、抗血小板薬クロピドグレル (商品名プラビックス) の添付文書には「本剤による血小板凝集抑制が問題となるような手術の場合には、14日以上前に投与を中止することが望ましい」とあります。一方、日本・米国・欧州のガイドラインは、休薬する場合は 5〜7 日前としています。添付文書が慎重な側に長く書かれている例です。休薬が長いほど血栓のリスクは高まるため、長いほうが安全とは限りません。

すべての薬で添付文書が長いわけではありません。抗凝固薬アピキサバン (商品名エリキュース) のように、添付文書とガイドラインの日数がほぼ同じ薬もあります。日数を示さずに術前の中止だけを求める添付文書もあります。どちらか一方だけを見ていると、もう一方の記載に気づけないため、両者を並べて確認できることが重要です。

古い版や別の場面の日数が使われ続けている

休薬日数には、改訂で変わったにもかかわらず旧版の日数が使われ続けているものや、別の場面の推奨がそのまま手術に当てはめられているものがあります。

一つ目の例は、イコサペント酸エチル (商品名エパデール) です。魚油由来の EPA を精製した薬で、主に中性脂肪を下げる目的で使われ、抗血小板作用もあります。区域麻酔・神経ブロックのガイドラインは、初版 (2016 年) で、出血リスクが中等度以上の手技の前に 7〜10 日の休薬を勧めていました。この日数は広く知られています。しかし改訂第 2 版 (2026 年) は、休薬を支持するエビデンスがないとして、神経ブロック前の休薬を必須でないとしました。出血リスクが高く、休薬が適当と判断した場合の目安としては、7 日間を示しています。

もう一つの例は、リマプロスト (商品名オパルモンなど) です。血管を拡張して血流を改善する薬で、腰部脊柱管狭窄症 (腰の神経の通り道が狭くなる病気) などに使われ、抗血小板作用もあります。この薬の休薬日数を記載した資料は、ポリープ切除など出血リスクの高い内視鏡処置についてのガイドライン (2012 年) だけです。それもリマプロストを名指しした推奨ではなく、複数の薬をまとめて原則 1 日とした推奨で、同ガイドライン自身が明確なエビデンスはないと述べています。手術や区域麻酔のガイドラインには、リマプロストの休薬の記載がありません。この 1 日を手術に当てはめると、裏付けのない日数を手術に使うことになります。

旧版の日数や別の場面の日数は、出典が分からなくなったまま、記憶や院内のリストを通じて受け継がれていきます。これを正すには、現行の資料のどこに何が書かれているかを、その場で確認できる必要があります。

そこで、資料ごとの日数と、その記載箇所を薬ごとにまとめたデータを作り、公開しました。

どのようなデータか

2026 年 11 月 7 日時点で 157 剤を収載しています。各薬剤について、次の情報を持っています。

  • 名称: 一般名、英語名、商品名、後発医薬品名
  • 休薬日数: 出血リスクの高い手術と低い手術の 2 区分 (リスクの区分は資料ごとに異なります)
  • 資料ごとの値: どの学会のどの版が、どの場面について何日としているか
  • 根拠: 記載箇所 (ページ・表)、資料の URL、該当部分の引用
  • 値の由来: 資料がその薬の日数を直接記載しているか、薬効分類単位の推奨を当てはめたか、「半減期の 5 倍」のような規則から算出したか

クロピドグレルを例にとると、資料ごとの値は次のとおりで、対象とする場面も日数も異なります。

資料 対象 休薬日数
添付文書 血小板凝集抑制が問題となるような手術 14 日以上前が望ましい
ACC/AHA ほか 2024 (米国) 非心臓手術 5〜7 日 (血小板機能の回復までの日数)
ESC 2022 (欧州) 非心臓手術 休薬する場合は 5 日前
日本循環器学会 2020 手術 遅くとも 5 日前
日本麻酔科学会ほか 2026 (改訂第 2 版) 脊髄幹麻酔・深部の神経ブロック 7 日
ASRA 2025 (米国区域麻酔学会、第 5 版) 脊髄幹麻酔・神経ブロック 5〜7 日

データでは、資料ごとの値をすべて並べたうえで、現行版のガイドラインの最大値を「安全側の値」として持たせています。ガイドラインに日数がない薬に限り、添付文書の値を使います。クロピドグレルの高リスク手術の値は 7 日で、添付文書の 14 日は使っていません。ここでいう「安全側」は、薬効の残存を見落とさないという出血の面での安全側です。血栓の面では長いほど不利になるため、実際の日数は、資料ごとの値と条件を見て担当医が決めます。

値の表し方にも区別があります。0 は休薬不要、null は資料に日数の記載がないことを表し、休薬不要の意味ではありません。手術や区域麻酔の資料に記載がない薬は、別の場面の値を当てはめずに null としています。手術当日のみ休薬する薬 (前日までは服用可) には、当日休薬を示すフラグを付けています。

API からは次のように取得できます。商品名から一般名を引き、その詳細を取得する例です。

// ブラウザ / Node.js
const BASE = 'https://numero-uno-jpn.github.io/kyuyaku-data/v1';
const { lookup } = await (await fetch(`${BASE}/lookup.json`)).json();

// 配合錠では 1 つの商品名に複数の成分が対応するため、すべての成分を確認する
const names = lookup['プラビックス錠75mg'.toLowerCase()] ?? [];   // ['クロピドグレル']
if (names.length === 0) {
  // 見つからないことは、休薬不要を意味しない
}
for (const name of names) {
  const { drug } = await (await fetch(`${BASE}/drugs/${encodeURIComponent(name)}.json`)).json();
  drug.surgery.display_high_risk_days_before;   // 7 (高リスク手術の 7 日前)
  drug.surgery.display_low_risk_days_before;    // 0 (休薬不要)
  drug.guideline_variations.surgery;            // 資料ごとの値・対象・記載箇所・引用
}

認証は不要で、CORS にも対応しています。全件を 1 ファイルにまとめた JSON もあります。API の詳細は次回の記事で扱います。

誰の役に立つか

  • 手術・処置・検査の前に服用薬を確認する医療者 (主治医、麻酔科医、歯科医師、看護師、薬剤師)
  • 院内の休薬手順書や休薬リストを整備する部門 (薬剤部、医療安全管理部門など)
  • 医療機関向けのシステムや、服薬管理アプリの開発者

何の役に立つか

第一に、薬の名前から休薬の要否と日数の目安をすぐに確認できます。一般名、商品名、後発医薬品名、配合錠名のいずれでも検索できます。配合錠名で検索すると、含まれる成分がすべて表示されます。

第二に、添付文書と各ガイドラインの値を並べて比較し、記載箇所までたどれます。記憶している日数や院内の休薬リストの日数が、現行の資料と合っているかを確認できます。

第三に、API を通じてシステムに組み込めます。たとえば、処方薬の一覧と照合して、休薬の確認が必要な薬を強調表示できます。ただし、これは人による確認を補うもので、置き換えるものではありません。未収載の薬や日数の記載がない薬もあるため、システムが何も警告しないことは休薬不要を意味しません。院内のリストやシステムで使う場合は、院内で内容を確認したうえで、データの版 (data_version) と参照日を記録してください。いつの情報か分からなければ、古い日数が使われ続けるおそれがあります。

休薬の最終的な判断は、患者を診ている医師が行います。このデータが担うのは、その前段の「思い出す」「調べ直す」手間と見落としを減らすことです。手術の延期や、出血・血栓の合併症を一件でも防ぐ助けになればと考えています。

利用上の注意

  • このデータは医療者の判断を支える参考情報です。休薬の可否と時期は、患者の状態と手術の内容を踏まえ、担当医が処方医や麻酔科医と相談して決めます。プログラム医療機器ではなく、無保証です
  • 抗血栓薬でも、休薬すべきでない場合があります。たとえば冠動脈ステント (狭くなった心臓の血管を内側から広げる金属の筒) を留置した患者では、アスピリンの継続が原則です。日数だけで判断しないでください
  • 術後の再開時期と薬物相互作用は、このデータの主な対象ではありません
  • 資料の改訂からデータへの反映まで、最大 3 か月程度かかることがあります
  • ライセンスは CC BY 4.0 です。ただし、資料からの引用部分 (quote_excerpt など) は各資料の著作物であり、対象外です

おわりに

まずは、薬剤ごとに休薬を調べる際の資料として活用していただければ幸いです。その延長として、医療機関のシステムや服薬管理アプリへの組み込みなどにも利用できます。誤りに気づいた場合は、根拠となる資料とページを添えて Issue でお知らせください。

データを正確に作るための工夫は、術前休薬日数のデータを、ガイドラインの PDF から正確に作るための工夫 に書きました。

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