要約
Tim O'Reillyが新たに発表した記事「What MCP and Claude Skills Teach Us About Open Source for AI」は、AnthropicのMCP(Model Context Protocol)とClaudeスキルが持つ本質的な意義を論じたものである。O'Reillyは、これらの技術に「参加のアーキテクチャ」という設計思想を見出し、AIエコシステムの未来を左右する重要な選択として位置づけている。本記事では、O'Reillyの論旨を噛み砕きながら、図解も交えて紹介する。
対象読者: AI開発者、エンジニア、AIプロダクトマネージャー、AIの動向に関心のある技術者
参照元: Tim O'Reilly「What MCP and Claude Skills Teach Us About Open Source for AI」(2025年12月3日公開)
この記事を読むことで得られるメリット
この記事を読むことで以下のことが分かる:
- 「参加のアーキテクチャ」の4つの特性(可読性・変更可能性・構成可能性・共有可能性)
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- MCPとClaudeスキルが「AIのソースを表示」と呼ばれる理由
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- OpenAI GPTとAnthropic スキルの設計思想の根本的な違い
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- オープンウェイトだけでは不十分な理由とインターフェース層の重要性
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- AIエコシステムの2つの未来像と私たちの選択
この記事を読むのにかかる時間
約10分
はじめに:この記事を噛み砕いて紹介する理由
Tim O'Reillyが新しい記事を公開した。「What MCP and Claude Skills Teach Us About Open Source for AI」というタイトルで、AnthropicのMCPとClaudeスキルがオープンソースにとって何を意味するかを論じている。
O'Reillyといえば、「Web 2.0」という言葉を広め、オープンソース運動の意義を早くから見抜いてきた人物だ。その彼が、MCPとスキルに「参加のアーキテクチャ」という本質を見出している。
正直に言うと、この記事はとても価値がある。AIに関わる人なら一度は読んでおくべき内容だと思う。
ただ、問題がある。長い。そして「参加のアーキテクチャ」「構成可能性」といった抽象的な概念が次々と出てきて、初見ではとっつきにくい。英語の原文だとなおさらだ。
だからこの記事では、O'Reillyの論旨を噛み砕きながら、図解も交えて紹介していく。元記事のエッセンスを、できるだけ多くの人に届けたい。
これは単なる技術比較の話ではない。AIエコシステムがこれからどのような方向に進むべきか、その根本的な設計思想についての問いかけだ。
参加のアーキテクチャとは何か
オープンソースがソフトウェア産業に変革をもたらしたのは、なぜか。コードが無料だったからではない。人々が「他の人が行ったことを学び、それを自分のニーズに合わせて変更し、その変更を他の人と共有すること」ができたからだ。
O'Reillyはこれを「参加のアーキテクチャ」と呼び、4つの特性を挙げている。
可読性(Readability)
システム全体を理解していなくても、個々のコンポーネントが何をするかを理解できる。Linuxカーネル全体を把握していなくても、あるシェルスクリプトが何をしているかは読めばわかる。
変更可能性(Modifiability)
すべてを書き直すことなく、1つの部分だけを変更できる。設定ファイルを1行変えるだけで挙動を変えられる。全体をフォークする必要がない。
構成可能性(Composability)
各部品は、シンプルで明確に定義されたインターフェースを通じて連携する。Unixの「パイプ」のように、小さなツールを組み合わせて複雑なことができる。
共有可能性(Shareability)
他の人がスタック全体を採用しなくても、あなたの小さな貢献が役立つ。便利な関数1つ、設定ファイル1つでも価値がある。
重要なのは、これらの特性は「システムの最も低レベルで最も複雑なレベルでは実現できない」という点だ。CPUの命令セットやカーネルの深部ではなく、人々が実際に触れるインターフェース層でこそ、参加のアーキテクチャは花開く。
MCPとスキル=AIの「ソースを表示」
O'Reillyは、MCPとスキルに初期Webの記憶を重ねている。
1990年代後半から2000年代初頭、Webが爆発的に成長した時代。誰かが巧妙なナビゲーションメニューやフォーム検証を作成すると、ブラウザで「ソースを表示」をクリックしてHTMLとJavaScriptを確認し、コピーして改変できた。
Apacheのコア開発者でなくても、PHPの内部実装を知らなくても、他者のコードから学び、再利用することができた。実際に手を動かし、リミックスし、繰り返されるパターンを見ることで、多くの人がWeb開発者になった。
MCPとスキルは、AIにおける「ソースを表示」だ。
MCP(Model Context Protocol)とは
MCPを使うと、AIシステムにデータベース、開発ツール、社内API、GitHub、Stripeといった外部サービスへのアクセスを提供する小規模サーバーを作成できる。
Claudeスキルとは
スキルはさらにアトミックだ。Claudeに特定の操作方法を教える、平易な言語による指示書の集合体である。AnthropicのMatt Bell氏の定義によれば「タスクを実行するための専門知識の束であり、基本的にプロンプトエンジニアリングとツール構成を1つにまとめた再利用可能なパッケージ」だ。
どちらも、開発者が何十年も前から書いてきたシェルスクリプトやWeb APIに似ている。Python関数を書いたり、Markdownファイルをフォーマットしたりできれば、誰でも参加できる。特別な認定も、高価なインフラも必要ない。
GPT vs スキル:拡張の2つのモデル
O'Reillyは、OpenAIのカスタムGPTとAnthropicのスキル/MCPを比較し、両者が「AI機能を拡張する方法に関する異なるビジョン」を表していると指摘する。
GPTはアプリに近い
ChatGPTと会話し、指示を与え、ファイルをアップロードすることでGPTを作成できる。結果として生まれるのは、パッケージ化されたエクスペリエンスだ。自分で使用したり、他の人が利用できるように共有したりできる。
ユーザーフレンドリーであり、チームや顧客向けの専用アシスタントを作りたいなら、簡単に実現できる。
しかし問題がある。他の人はGPTの動作を簡単に確認できない。フォークできない。自分のプロジェクトにリミックスできない。あるGPTのプロンプトエンジニアリングを別のGPTのファイル処理と組み合わせることはできない。
GPTストアは、どれだけ充実しても「壁に囲まれた庭園」のままだ。iOS App StoreやGoogle Playストアには数百万ものアプリがあるが、アプリのソースコードを閲覧したり、気に入ったUIパターンを取り出して自分のものに組み込んだりすることはできない。
スキルとMCPはファイルとコード
スキルは文字通りMarkdownドキュメントであり、閲覧、編集、フォーク、共有が可能だ。MCPサーバーはGitHubリポジトリであり、クローン作成、変更、学習ができる。これらは特定のAIシステムや企業に縛られない。
O'Reillyの表現を借りれば:「スキルとMCPはアプリではなくコンポーネント。製品ではなく素材。」
オープンソース革命は、検査、変更、共有できる成果物から生まれた。ソースコード、マークアップ言語、設定ファイル、スクリプト。コンピューターだけでなく、学び構築しようとする人間にも読みやすいもの。MCPとスキルはこの伝統を引き継いでいる。
オープンウェイトだけでは不十分
AI業界では「オープン」という言葉がよく使われる。特にモデルの重み(パラメータ)を公開する「オープンウェイト」が注目されている。
しかしO'Reillyは、オープンウェイトは「必要だが十分ではない」と指摘する。
モデルの重みはプロセッサの命令のようなものだ。重要ではあるが、ほとんどの開発者が実際に参加し、イノベーションを起こす場所ではない。700億パラメータのモデルをダウンロードしても、普通の開発者がそれを改善したり、新機能を追加したりすることは現実的ではない。
本当のアクションはインターフェース層にある。
MCPとスキルが新たな可能性を切り開くのは、AI機能と特定の用途の間に「安定したわかりやすいインターフェース」を作るからだ。ほとんどの開発者が実際に参加するのはここだ。
そしてAIによってプログラミングがさらに民主化されるにつれて、現在開発者ではない人々も参加するようになる。O'Reillyが言うように、プログラミングとは特定のプログラミング言語を使うことではない。問題を適切に分解し、コンピューターが理解できる方法で表現することだ。スキルは「プロンプトエンジニアリング+ツール構成」であり、それこそがAI時代のプログラミングなのだ。
興味深いことに、ChatGPTの漏洩したシステムプロンプトを見ると、MCPサーバーのパターンがすでに独自のAIアプリに隠されていたことがわかる。「これがあなたにしてほしい行動です。これがあなたがすべき行動の結果です。」という形式だ。MCPとスキルは、この隠された構造を公開し、共有可能な成果物に変えたのだ。
問いを変える:搾取か、参加か
O'Reillyは記事の後半で、経済的な視点を導入する。
現在のAI経済論のほとんどは「AIはどれだけの雇用を奪うのか?」という問いに焦点を当てている。しかしこれは間違った問いだ、とO'Reillyは言う。これはAIを労働者や既存企業に「対して」行うものと捉える見方だ。
正しい問いは:
「すべての貢献者に価値が行き渡る参加型市場を創出するAIシステムを、どのように設計するか?」
今、何が壊れているか考えてみよう:
- 貢献度が見えない: AIモデルが誰かの作業から学習しても、その貢献を認識・補償する仕組みがない
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- 価値獲得が集中している: 一握りの企業が利益を獲得し、モデルのトレーニングに相談を受ける何百万人ものコンテンツクリエイターは何も得られない
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- 改善ループが閉じている: AIでより良い方法を見つけても、その改善を簡単に共有したり、他者の発見から恩恵を受けたりできない
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- 信号品質が弱い: 特定のスキルやMCPサーバーが適切に設計されているかどうか、試してみなければわからない
MCPとスキルは、これらの問題に対する解決策の萌芽だ。経済的な視点から見ると、「参加型AI市場の初期段階のインフラ」と言える。MCPレジストリとスキルギャラリーは、発見可能なコンポーネントと検査可能なパターンが集まる場所になりつつある。
O'Reillyが提案する具体的なアクション
- イノベーションを検証可能にする: 効果的なパターンを開発したら、クローズドなアプリではなく、読みやすい指示やツール設定として公開する
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- オープンプロトコルをサポートする: MCPはすでにOpenAI、Google、Microsoft、Replitなど多くの企業に採用されている
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- 魔法を文書化する: モデルが特定の指示によく反応するなら、そのパターンを形式化し、バージョン管理し、フォーク可能にする
まとめ:どちらの未来を生きたいか
O'Reillyは記事をこう締めくくっている:
「今私たちが行うアーキテクチャの選択が、AIが搾取の力となるのか、それとも広く共有される繁栄の原動力となるのかを決定づけるのです。」
AIプログラミングの未来は、モデルの重みを誰が公開するかによって決まるのではない。一般の開発者が参加し、貢献し、互いの成果を基に構築するための最適な方法を、誰が生み出すかによって決まる。
そしてそこには「次世代の開発者」——専門知識、経験、人間的な視点に基づいて再利用可能なAIスキルを作成できるユーザー——も含まれる。コードを書けなくても、自分の専門分野の知識をスキルとして形式化できれば、AIエコシステムへの貢献者になれる。
私たちは今、選択の岐路に立っている。
AI開発をアプリストアやプロプライエタリなプラットフォームのように見せるか。それともオープンウェブやUnixから派生したオープンソースの系譜のように見せるか。
どちらの未来を生きたいだろうか。
この記事の要点
- 参加のアーキテクチャの4特性: 可読性・変更可能性・構成可能性・共有可能性が、オープンソースの本質である
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- MCP・スキルはAIの「ソースを表示」: 誰でも閲覧・編集・フォーク・共有できる成果物である
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- GPTとスキルの違い: GPTは「アプリ」、スキルは「コンポーネント」という設計思想の違いがある
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- オープンウェイトの限界: モデルの重みよりも、インターフェース層での参加が重要である
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- 問うべきは「参加型市場の設計」: AIが搾取の力か繁栄の原動力かは、今のアーキテクチャ選択で決まる
元記事: What MCP and Claude Skills Teach Us About Open Source for AI(Tim O'Reilly、2025年12月3日)




