はじめに
2023年も残すところあと数日となりました。そこで今回は、例年通りNANDフラッシュメモリおよびSSD業界の1年を振り返ります。
ちなみに過去の振り返り記事はこちら。
もくじ
- 市況:Samsungも生産調整を実施
- 技術:3D NANDフラッシュメモリの積層数は300超え
- 製品:データセンター向けにもQLC NAND搭載SSDが続々
- 製品:コンシューマ向けPCIe 5.0 SSDが続々発売
- 製品:M.2 Type 2230 SSDが充実
- 価格:2023年のSSD店頭価格推移
市況:Samsungも生産調整を実施
2023年のNANDフラッシュメモリ市場はSamsungも生産調整をするような不況でした[1]。シェアトップであるSamsungの減産効果か、市況は2023年前半が底で2023年後半から回復基調にあるようです。大手各社の稼ぎ頭のひとつであるエンタープライズSSD市場も同様のようです[2]。一方でコンシューマとインダストリアル向けSSDは、その規模などからNANDフラッシュメモリの供給優先度がその他市場と比較して低いため、上記市場の変化を遅れて反映すると思われます。
世界的に色々な不安定・不確実要素を多く抱えた状態であることは変わりなく、またHigh Bandwidth Memory (HBM)[3]という強力な応用製品を持つDRAMと比べると、NANDフラッシュメモリの市況回復には多少時間がかかるかもしれません。
[1] TrendForce, "NAND Flash Industry Revenue Grows 2.9% in 3Q23, Expected to Surge Over 20% in Q4, Says TrendForce", December 5, 2023
[2] TrendForce, "Enterprise SSD Revenue Grows by 4.2% in 3Q23, with Over 20% Increase Expected in Q4, Says TrendForce", December 8, 2023
[3] SK hynix, "SK hynix Develops World’s Best Performing HBM3E, Provides Samples to Customer for Performance Evaluation", August 21, 2023
技術:3D NANDフラッシュメモリの積層数は300超え
SK hynixは、2023年2月のInternational Solid-State Circuits Conference (ISSCC)で300層超の3D NANDフラッシュメモリ[4]を発表し、8月に開催されたFlash Memory Summit (FMS)においてそれが321層であることを発表しました[5]。FMSではSk hynixは上記新メモリの量産予定時期を2025年と発表しましたし、Samsungの第9世代V-NANDが300層超えではないかという報道もあり[6]、300層超えが主流になる時代も間近のようです。
MicronとYMTCは232層3D NANDフラッシュメモリの量産を進めていて、搭載製品が市場に投入されました[7][8]。
一方Western Digital (WD)とKioxiaは、2023年3月にCMOS directly Bonded Array (CBA)技術を採用した218層3D NANDフラッシュメモリを発表しました[9]。これでWD / Kioxia連合もメモリセルと周辺回路を別々に作製して貼り合わせて製品を実現する技術の製品適用にたどり着いたことになります。
FMSでのWDの講演では、今後の3D NANDフラッシュメモリの進化の方向性として、多値度を増やす、積層数を増やす、面積あたりのセル密度を上げる、そしてアーキテクチャ的な進化、の4つを提示しました[10]。この「4つのベクトル」を含めた3D NANDフラッシュメモリの技術開発展望については、PC Watchの記事[11]が詳しいです。
今後もこの4つのベクトルとその費用対効果を意識しながら各社(連合)の技術開発動向を追うと、より興味深いかと思います。なお、2024年2月に開催されるISSCCではSamsungが280層3D NANDフラッシュメモリ(QLC)の技術発表を行うようです。
[4] Bvunarvul Kim, et al., "A High-Performance 1Tb 3b/Cell 3D-NAND Flash with a 194MB/s Write Throughput on over 300 Layers", Digest of 2023 IEEE International Solid-State Circuits Conference (ISSCC), pp. 27-29, San Francisco, CA, February 2023
[5] Jungdal Choi, "Industry-Leading "4D" NAND Technology and Solutions Enabling Multimodal AI Era", Keynote 3, Flash Memory Summit 2023, Santa Clara, CA, August 2023
[6] Tom's Hardware, "Samsung to Produce 300-Layer V-NAND in 2024: Report", August 17, 2023
[7] ITmedia、「本格的なPCIe 5.0 SSDの普及到来か Crucial「T700」デビュー」、2023年6月12日
[8] StorageNewsletter, "YMTC 232-Layer 3D NAND Memory", July 17, 2023
[9] キオクシア、「キオクシアとウエスタンデジタル、最新の3次元フラッシュメモリを発表」、2023年3月30日
[10] Alper Ilkbahar, "Reinvigorating Virtuous Cycle of Growth for NAND Flash", Keynote 11, Flash Memory 2023, Santa Clara, CA, August 2023
[11] 福田 昭、「技術革新を迫られるNANDフラッシュの高密度化」、PC Watch、2023年11月29日
製品:データセンター向けにもQLC NAND搭載SSDが続々
データセンターおよびエンタープライズ向けSSDでは、PCIe 4.0もしくは5.0対応でE3.SなどのEnterprise and Datacenter Standard Form Factor (EDSFF)というフォームファクタ[12]を採用した製品が多数発表および発売されました。PCIe 5.0対応製品[13]はその高いアクセス性能を謳い、PCIe 4.0対応製品ではQLC NANDフラッシュメモリ採用による高密度大容量実現を強調する製品が多いことも特徴です[14][15]。高性能と大容量そしてコストパフォーマンスを求めてNANDフラッシュメモリおよびSSDの技術革新を先導するこの市場でも、適用技術の棲み分けが進みつつあるように見えます。
2022年のFMSを席巻したCompute eXpress Link (CXL)は、2023年も引き続きホットな話題でした。2022年にCXLコンソーシアムとMoUを締結したJEDECは、2023年に具体的なCXL接続メモリモジュールの仕様を策定しました[16]。ただ、CXLをインターフェースとするメモリおよびストレージはその高い要求性能からまずDRAMを主体に実現されると考えられ、また現在はユースケースの模索とソフトウェアを含めたエコシステムの構築中に見えることから、NANDフラッシュメモリの出番はもう少し先ではないかと考えます。
[12] SNIA, "SSD Form Factors", Retrieved on December 11, 2023
[13] Kioxia, "KIOXIA Introduces New PCIe 5.0 SSDs for Enterprise and Data Center Infrastructures", August 7, 2023
[14] Micron, "Micron Scales Storage to New Heights With Launch of Two Data Center Drives", May 16, 2023
[15] Solidigm, "Solidigm Introduces the D5-P5430 — A Data Center SSD with Exceptional Density, Performance, and Value", May 16, 2023
[16] JEDEC, "JEDEC Publishes New Standard to Support CXL Memory Module Implementation", August 1, 2023
製品:コンシューマ向けPCIe 5.0 SSDが続々発売
2023年は、PCIe 5.0対応SSDの製品数が増え、かつMicronがCrucialブランドでT700を市場投入した[17]ことで漸く一般店頭でもある程度余裕(?)を持ち購入できるようになりました。間を空けずにSeagateがFireCuda 540を投入した[18]ことも大きいかと思います。
個人的には、SamsungがPCIe 5.0対応製品を発表した時がコンシューマ市場でのPCIe 5.0対応SSDの本格的なスタートなのかな、と考えています。やはりSamsung製品の有無は大きいですね。ただ、Samsungのコンシューマ向けM.2 SSDは現行シリーズのナンバリングが"990"ですので、次のシリーズでどうなるのか気になります(4桁に突入?)
PCIe 5.0対応SSDは、その性能とあわせて発熱対策の必要性が大きく取り上げられています。コンシューマ向けPCIe SSDが多く採用するM.2フォームファクタは、現状では製品単体での発熱対策(放熱)が難しいです(選択肢が少ない)。この結果、TeamGroupの水冷システム[19]のような巨大な冷却機構まで登場しています。正直、このサイズの冷却機構を付けたらM.2フォームファクタのメリットがなくなるのではないかと思うのですが……そろそろ2.5インチなどケース付きフォームファクタのPCIe接続SSDがコンシューマ向けにも登場するかもしれません。その場合、接続方法にケーブルを使うのかサーバ機器のようなバックプレーンを使うのかが技術的なポイントになります。
SSDの発熱はSSDコントローラによる部分も大きく、SiliconMotionは開発中のPCIe 5.0対応コントローラの発熱量が現行PCIe 5.0対応SSDに搭載されたSSDコントローラより30%小さいと、中国で開催されたイベントで主張しています[20]。同じ性能で発熱量が少なければ、単純に冷却機構を簡素化できるだけでなく、より高い性能を出す余地も生まれます。
これに対してPhisonは新しいPCIe 5.0対応SSDコントローラE31Tを2024年のCESで発表するようです[21]。この新コントローラはTSMC 7nmプロセスで製造するそうで、TSMC 12nmプロセスで製造している現行のE26よりも低消費電力であることが期待できます。2024年はこのコントローラを搭載したPCIe 5.0対応SSDにも注目です。
[17] AKIBA PC Hotline!、「最大12,400MB/sの「Crucial T700 PCIe Gen5 SSD」が発売」、2023年6月10日
[18] AKIBA PC Hotline!、「SeagateのPCIe 5.0 SSD「FireCuda 540」が発売、最大10,000MB/s」、2023年6月29日
[19] TeamGroup、「SIREN GD120S AIO SSD Cooler Black」、2023年12月4日閲覧
[20] Tom's Hardware, "Silicon Motion's PCIe 5.0 SSD Controller is Reportedly Faster and Draws 30% Less Power Than Phison's E26", November 16, 2023
[21] Tom's Hardware, "Phison reveals specs for new USB 4, PCIe Gen 5 SSD hardware -- more details at CES 2024", December 8, 2023
製品:M.2 Type 2230製品が充実
2023年は、ValveのSteam DeckおよびASUSのROG Allyに代表されるポータブルゲーミングPCやMicrosoftのSurfaceシリーズに搭載されたストレージの換装用として、フォームファクタにM.2 Type 2230を採用したPCIe SSDが数多く発売されました。特に、MicronとWDが自社ブランドで製品を投入したことは大きなニュースでした[22][23]。Seagateも発売しています[24]。
ほとんどの製品がPCIe 4.0対応で、リードの最大性能は5,000 MB/s程度に達します。これは最高性能7,000 MB/s程度を誇るPCIe 4.0対応SSDのハイパフォーマンスモデルよりは一段落ちる性能ですが、それでもPlayStation 5増設用M.2 SSDの性能要件に匹敵します。
最も製品が多いM.2 Type 2280フォームファクタのSSDと比較すると同容量帯でも価格が多少割高ですが、この性能でかつ小型・省フットプリントであることは大きな特徴ですので、今後これらの特徴を活かしたホストが増える可能性があります。
[22] AKIBA PC Hotline!、「Type 2230規格の「Micron 2400 SSD」が発売、PCIe 4.0対応」、2023年3月3日
[23] Western Digital、「ウエスタンデジタル、ハンドヘルドゲーミングPCの容量を拡張する
新しいゲーミングNVMe SSD」、2023年9月13日
[24] Seagate、「Seagate FireCuda 520N SSD、モバイル・デバイスの容量を拡大し性能向上を実現」、2023年10月19日
価格:2023年のSSD店頭価格推移
最後に、2023年を通じてのSSD店頭価格推移(個人調べ)をまとめます。
調査方法は、これまで通り複数の小売Webサイトでの販売価格(税込)を毎週調査してその単純平均を算出する、という定点観測です。調査期間は2023年年頭から12月第3週(12/10週)までです。
分類は、SATA SSD (6Gbps) およびPCIe 3.0接続とPCIe 4.0接続のNVMe SSDの3種類とし、それぞれ容量帯別の単純平均値を示します。PCIe 5.0接続製品も調査はしていますが製品数が少ないので掲載しません。
実際の価格はメーカーなどによりピンキリですし、この調査では新旧モデルの区別やセールなどでの最安値も追いかけていません。さらにこの値は単純平均値です。ここで示した価格で購入できることを保証するものではないことにご注意ください。
SATA SSD (2.5 inch)
まずSATA SSD (6Gbps)です。M.2ではなく2.5インチケース品に絞っています。8 TB品は製品数が少ないので省略します。
図1:SATA 6Gbps SSD(2.5インチケース品)2023年年間平均価格推移
全体的に秋口にかけて値下がり傾向を示していますがそれ以降値上がりしています。おそらく円安の影響です。それでも年始と年末で比較すると値下がりしています。
今後も為替が大きく変動する可能性はありますが、1 TBモデルはおおよそ10,000円のラインで落ち着きそうです。
NVMe SSD (PCIe 3.0)
次にPCIe 3.0接続対応NVMe SSDです。こちらはM.2形状のみでかつヒートシンクなしです。4 TB品は製品数が少ないので省略します。
図2:PCIe 3.0接続M.2 SSD(M.2、ヒートシンクなし)2023年年間平均価格推移
こちらも秋口以降値下がりが止まり一部値上がりする傾向を見せていますが、SATA製品の価格(図1)とほとんど変わらない値段まで値下がりしたことがわかります。
NVMe SSD (PCIe 4.0)
最後にPCIe 4.0接続対応NVMe SSDです。こちらもM.2形状のみでかつヒートシンクなしです。他のグラフと比較しやすくするためにこちらも4 TBモデルのグラフは省略します。
図3:PCIe 4.0接続M.2 SSD(M.2、ヒートシンクなし)2023年年間平均価格推移
全体としては、他の製品群と同様に秋口までは価格が下がり続けてその後円安と共に値下がりが停止した、という状態です。PCIe 3.0接続製品の同容量モデルと比較するとまだ数千円高い状態に見えます。2 TBモデルはかなり購入しやすくなりました。PlayStation 5の増設向けとして最も売れた容量帯かもしれません。
価格比較
最後に、500 GB、1 TB、2 TB、4 TBの4つの容量帯について、SATA、PCIe 3.0、PCIe 4.0の各製品の年始と年末(12/10週)での平均価格差を示します。
あくまでも私が調査した範囲内での比較結果であることにご注意ください。
表:2023年容量帯別SSD平均価格比較表(単位:円)
容量帯 | SATA | PCIe 3.0 | PCIe 4.0 | |
---|---|---|---|---|
500 GB | 年始 | 6,651 | 7,890 | 10,984 |
年末 | 6,408 | 6,495 | 8,459 | |
価格差(下落率) | 243 (4%) | 1,395 (18%) | 2,525 (23%) | |
1 TB | 年始 | 11,789 | 12,428 | 16,799 |
年末 | 10,368 | 10,503 | 13,861 | |
価格差(下落率) | 1,421 (12%) | 1,925 (15%) | 2,938 (17%) | |
2 TB | 年始 | 24,744 | 26,646 | 34,691 |
年末 | 23,229 | 21,754 | 27,318 | |
価格差(下落率) | 1,515 (6%) | 4,892 (18%) | 7,373 (21%) | |
4 TB | 年始 | 55,107 | 88,180 | 83,540 |
年末 | 53,154 | 61,050 | 52,154 | |
価格差(下落率) | 1,953 (4%) | 27,130 (31%) | 31,386 (38%) |
注:下落率は「(価格差)÷(年始平均価格)」の百分率表記(小数点以下四捨五入)。4 TBモデルは参考レベル。
2022年は年末時点で年始と比較して値上がりしたモデルが多いくらいでしたが、2023年は全ての容量帯および接続種別において年末時点で年始と比較して値下がりしています。
SATAの値下がり率は10%を切るレベルです。PCIe接続製品は20%前後の値下がり率です。来年この表にPCIe 5.0接続製品を加えるとより傾向がわかりやすくなりそうです。
この表を見渡すと、やはりPCIe 4.0接続製品のコストパフォーマンスが良いように見えます。1 TBモデルでも2 TBモデルでもPCIe 3.0接続製品と数千円の差しかないのであればPCIe 4.0接続製品のほうがお得だと考えられます。その分値下がり幅も大きいので購入する時期が重要かもしれません。
まとめ
今回の記事では、NANDフラッシュメモリやSSDにまつわるニュースや出来事を取り上げて、2023年を振り返りました。
身近なコンシューマ向けでは、この2023年はPCIe 5.0 SSDがなかなか市場に広まらず、その分PCIe 4.0対応製品の多様化と価格下落が目立ちました。また記事内でも触れたM.2 2230など小型SSDの増加に代表される、製品形状や使いかた(搭載製品)の多様化も見られました。
メモリ市場は引き続きデータセンター市場やエンタープライズ市場の状況に大きく影響を受ける状態が続くと思われます。それらメモリを使う側も含め世界経済は2024年も世界情勢に大きく左右されそうですが、そんな中でも技術開発が着実に進むものと考えられます。
ライセンス表記
この記事はクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。