はじめに
「Solid State Drive (SSD)の分類」の説明として、これまで「コンシューマ向けSSD」「データセンター向けSSD」そして「エンタープライズ向けSSD」について説明しました。今回は最後として「インダストリアル向けSSD」について説明します。
- 第1回:コンシューマ向けSSD
- 第2回:データセンター向けSSD
- 第3回:エンタープライズ向けSSD
- 第4回:インダストリアル向けSSD
これらSSDの分類には、性能、寿命、機能などいわゆるスペック上の違いがこめられています。その違いはSSDが使われるシステムや環境の違いに由来します。つまり、この分類を正しく理解するには、各分類のSSDがどのようなシステムや環境で使用されることを想定しているのか、ということの理解が欠かせません。
まとめ
- インダストリアル向けSSDは、過酷な環境で使われるケースが多いことが大きな特徴
- 使用機器の性格上メンテナンス性(SSDへのアクセス性)が低いケースも多く、ドライブ単体に高い信頼性と十分な寿命が必要
インダストリアル向けSSDを使う機器とSSDへの要求
「データセンター向け」や「コンシューマ向け」などと比べて「インダストリアル向け」という分類は多少わかりにくいと思います。この「インダストリアル向け」という言葉の対訳に「産業機器向け」という言葉が使われることも多いですが、この「産業機器」という単語も直感的ではないです。
そこでこの記事では「インダストリアル機器(産業機器)」を「何らかの装置を制御するための機器」と定義します。
例えば、「工場の生産装置を制御する機器」や「鉄道車両や自動車の各種装置を制御する機器」、「監視カメラを制御する機器」や「交通信号を制御する機器」などです。どれも一旦動作を開始すると人間の操作を介さずに対象装置の制御を行う機器であり、人間が普段生活しないような状況や場所で動作するものが多いです。
このようにインダストリアル向けSSDが使われる機器は多種多様ですが、いずれの場合も一旦運用に投入されれば長時間電源投入され続け、同じ動作を繰り返します。そして、温度や湿度そして振動などの動作環境は、人間の生活環境とは異なります。真夏および真冬を含め時間変化により天候条件が大きく変化する屋外、道路近くや工場内など振動に晒される場所、などの過酷な環境も考えられます。地中や水中そして宇宙までもあり得ます。
上記のような環境で使われる機器は小型(省体積)であることも多く、また処理内容が固定であること、他の機器からアクセスされないこと、などから搭載されるストレージの台数は少ないです。高々RAID 1を構成するためにドライブを2台搭載する程度です。
加えて、電源が不安定な環境では電源変動への耐性が必要ですし、バッテリーで動作する環境では消費電力は小さくかつアクセスがない時には低消費電力状態に遷移して可能な限り消費電力をカットする機能が求められます。
この定義で重要なポイントは、過酷な動作環境であることとドライブ1台1台に高い信頼性と十分な寿命が求められること、です。
インダストリアル向けSSDの特徴
上記対象機器の定義を踏まえて、これまで同様インダストリアル向けSSDの特徴を7つの項目でまとめます。
はじめに表1に一覧を示します。
表1:インダストリアル向けSSDの特徴
項目 | 内容 |
---|---|
データアクセス性能 | 搭載機器に十分な能力が求められる |
寿命 | 長寿命が求められる |
信頼性 | 環境耐性を含め様々な点で高い信頼性が求められる |
消費電力 | 電池動作時は低消費電力が求められる |
価格 | 近年は価格への要求も高まる |
統計情報やカスタマイズ対応 | 搭載機器に応じたカスタマイズが重要 |
入手方法 | 代理店経由など |
入手方法を除いた6項目についてレーダーチャートを描くと図1のようなイメージになります。あくまでも筆者のイメージです。
図1:インダストリアル向けSSDの特徴(レーダーチャートイメージ)
それでは各項目について説明します。
データアクセス性能
インダストリアル向けSSDは、その搭載機器がバラエティに富んでいるため、各搭載機器(システム)が必要とする性能を発揮することが求められます。
例えば、必ずしも最先端の性能ではなくて良いことがあります。具体的には、PCIe / NVMe SSDでも「PCIe Gen3で構わない」とか「PCIeのレーン数は1や2で構わない」というものです。性能よりも体積の小ささを重視する場合など、性能はそこそこで良いことがあります。この点は他の分類のSSDとは大きく異なります。
また、他の分類と同様に性能のブレを嫌うシステムも存在します。例えば、リアルタイム系システムはSSDへのアクセス時間のブレが少ないことを求めます。そのようなシステム向けではSLCキャッシュを無効化するなどのカスタマイズが行われます。
寿命
インダストリアルSSDを搭載する機器は設置後の交換が難しいことも多く、かつSSDの搭載台数も少ない(高々2台程度)ことが多いです。またそれらの機器は数年から十年以上交換なしで稼働し続けることも珍しくなく、部品交換ができる限り不要で済むように設計されます。この結果、搭載されるSSDには十分に長い寿命が求められます。
インダストリアル向けSSDにいわゆる「SLCモデル」が存在する理由のひとつは、同じNANDフラッシュメモリをTLCで使用する場合と比較して長寿命を実現可能だからです。
信頼性
インダストリアル向けSSDで一番重要な要素はこの信頼性です。最終的にはストレージとして最も基本である「書き込まれたデータが読み出せること」という機能に対する信頼性にたどり着きます。高温・低温、振動や粉じん、不安定な電源や通信環境、特殊なワークロード、などの過酷な環境下でもその機能を実現しなければなりません。
この点が、動作環境が管理されている他の分類のSSDとは最も異なる点です。
消費電力
インダストリアル向けSSDを搭載する機器には、バッテリーで動作するものもあります。そのような機器では動作時間をできるだけ長くするためにSSDに低消費電力であることを求めます。SSDには、性能を必要最低限に絞る、アクセスがない時はすぐに低消費電力状態に遷移する、などの機能が必要です。
ただし、常時電源が投入されている機器やリアルタイム系システムでは、低消費電力状態への遷移や復帰にかかる時間がシステムの動作を不安定にしてしまうこともあります。そのような機器に搭載されるSSDは低消費電力状態が無効にされることもあります。
価格
インダストリアル向けSSDの価格もなかなかわかりません。一部メーカーは通販サイトでスポット販売していることもありますが、基本は企業間取引ですので通販サイトでの価格がすべてではありません。
近年は価格に対する要求も増しているようですが、前述したような要件がとても重要であるため、価格に対する要求はそれらよりは低いと考えられます。
統計情報やカスタマイズ対応
過酷な環境で動作するため、インダストリアル向けSSDではS.M.A.R.T.に代表されるモニタリング機能やエラーなどに関する統計情報の充実を求められます。また、ストレージ管理用ソフトウェア資産を引き続き使用するために、統計情報の種類や内容そしてIDなどが旧機種と全く同じであることを求められることもあります。
インダストリアル向けSSDは上記のようなカスタマイズに対応できる必要があります。
入手方法
インダストリアル向けSSDは、価格の節で触れたようにインターネット上の通販サイトでスポット販売されていることもありますが、前述したカスタマイズなどに追加の要求仕様がある場合はそれらのショップは使用できません。
またインダストリアル向けSSDは、10年などの長期間に渡り同一仕様で供給する長期供給という特徴を備える製品も多いです。これは例えば10年間生産し続けるインダストリアル機器に対しては10年間同じSSDを供給可能であることが最善だからです。この長期供給性もインダストリアル向けSSDの重要な特徴です。そのような長期供給対応製品を入手するにはそれ相応の取引が必要です。
その場合、インダストリアル向けSSDを製造販売するメーカーと直接取引するか、代理店が設定されている場合は代理店を経由して購入することになります。
サポートも購入したルート次第となることがほとんどです。購入時の契約次第ですが、例えば代理店経由で購入した場合は代理店が問い合わせ窓口になることがほとんどです。サポートの手厚さも、契約およびルート次第です。
さいごに
今回の記事では、インダストリアル向けSSDの特徴を説明しました。インダストリアル向けSSDは他の分類のSSDとは使用環境が大きく異なるため、求められる特徴もその動作環境での安定動作を第一に考えたものになります。具体的には、信頼性と寿命が重要視されます。
SSDはその使いかたで性能や寿命が大きく変わる製品です。使用もしくは検討しているSSDがどのような用途を前提としているのかを理解すると、その製品のスペックの見かたが変わるかもしれません。
最後に、これまで各分類の説明で使用したレーダーチャートをひとつにまとめたものを図2に示します。あくまで私のイメージです。
今見直すと、価格の軸でデータセンター向けがコンシューマ向けより安いのは正直極端に描きすぎたと感じています。さすがにこれは逆ですね。
その他の軸では、各分類それぞれにおいて突出している部分が他の分類の突出している部分と絶妙に重複しておらず、それぞれの分類の特徴がわかりやすく表現されていると思います。
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