はじめに
「~向けSSD」という「Solid State Drive (SSD)の分類」を聞いたことがある方は多いと思います。具体的には「エンタープライズ向けSSD」、「データセンター向けSSD」、「コンシューマ向けSSD」という3種類が広く使われています。
これらSSDの分類には、性能、寿命、機能などいわゆるスペック上の違いがこめられています。その違いはSSDが使われるシステムや環境の違いに由来します。つまり、この分類を正しく理解するには、各分類のSSDがどのようなシステムや環境で使用されることを想定しているのか、ということの理解が欠かせません。
そこで今回からの記事で、上記3種類に「インダストリアル向けSSD」を加えた4種類のSSDについて、使われるシステムや環境の説明を通じてこの分類の意味と分類間の違いをまとめます。
初回となる今回は一番身近な「コンシューマ向けSSD」です。
なお、この分類については株式会社マクニカ組込み技術ラボの記事にも簡潔にまとめられておりとても参考になります。あわせてご参照ください。
まとめ
- コンシューマ向けSSDは「人間の活動と共に動作する機器」向けのSSDを指す
- コンシューマ向けSSDはデータアクセス性能(ピーク性能)、待機時(アイドル時)の消費電力の低さ、そして価格を重視する
コンシューマ向けSSDを使う機器の定義
コンシューマ向けSSDを説明する前に、コンシューマ向けSSDが使われる機器を定義します。
コンシューマ向けSSDが使われる機器は、主として人間が普段生活する環境で動作し、人間が操作し、電源投入期間も人間の活動期間と一致する機器を指します。例えば、家庭でゲームやWebページの閲覧そして動画映像鑑賞などに使用するPCを指します。
会社での日々の業務(メール作成や閲覧、資料作成や閲覧、など)に使用するメーカー製PCなどもこの条件に合致します。ただそれらのPCを対象としたSSDを「クライアント向けSSD」と呼びコンシューマ向けSSDと区別するSSDメーカーもあります。
この定義で重要なポイントは、人間が中心であることです。
コンシューマSSDが使われる機器は通常24時間365日電源投入されていることはありませんし、電源投入されていてもアイドル時間が多いです。そして人間が耐えられない高温や低温の環境で動作することもありません。
このように、コンシューマ向けSSDの機能や仕様は「SSDが搭載されるクライアント機器は人間と共にある」ことを大前提に設計されます。このことがとても重要です。
コンシューマ向けSSDの特徴
上記対象機器の定義を踏まえて、コンシューマ向けSSDの特徴を7つの項目でまとめます。今後ほかの種類のSSDもこの項目を利用して説明し、比較します。
はじめに表1に一覧を示します。
表1:コンシューマ向けSSDの特徴
項目 | 内容 |
---|---|
データアクセス性能 | 短時間でも構わないのでピーク性能重視 |
寿命 | QLC NANDでも充足可能な程度で十分 |
信頼性 | データの長期記憶特性を含め実用上十分な信頼性を有する |
消費電力 | 待機時の消費電力が低い |
価格 | 安い |
統計情報やカスタマイズ対応 | ほとんどない |
入手方法 | 量販店や通販など |
入手方法を除いた6項目についてレーダーチャートを描くと図1のようなイメージになります。あくまでも筆者のイメージです。
図1:コンシューマ向けSSDの特徴(レーダーチャートイメージ)
それでは各項目について説明します。
データアクセス性能
これは、製品のアピールポイントとしてカタログスペックに掲載される、シーケンシャルリード・ライト性能などのことです。
コンシューマ向けSSDは、一時的(短時間)でも構わないのでとにかく高いピーク性能が求められます。 特にゲーミング向けと称される製品では、物理バンド幅(PCIe Gen4 4レーン接続であれば8 GB/s)に限りなく近い性能を求められます。今年(2023年)に入り入手性が改善されたコンシューマ向けPCIe Gen5接続SSDでも、既に10 GB/sから12 GB/sの間でピーク性能の競争が起きています[1][2]。
各社これらのピーク性能をSLCキャッシュなどの技術を駆使して実現しています。SLCキャッシュが活用される理由は、SLCキャッシュの記事で説明したように、対象機器におけるSSDの使いかたはSLCキャッシュの効果を得やすいからです。
またNANDフラッシュメモリのデータ入出力インターフェースの動作周波数がどんどん上昇する中、NANDフラッシュメモリのインターフェースを高い動作周波数で安定動作させるためのSSDの設計および製造技術も各社の競争になりつつあります。
一方でピーク性能以外、例えばSLCキャッシュを使い果たした後の性能や、ランダムアクセス性能(特にランダムライト性能)はあまりアピール(重視)されません。この理由はまさに「人間が使う機器に搭載されるから」です。
具体的には、冒頭で説明したような人間の使いかたでは、SLCキャッシュを一度に使い果たすことはなく、アイドル時間も多いのでSLCキャッシュを空ける余裕があり、またランダムアクセス性能の多少の差は「人間には体感できない」、などの理由が挙げられます。
寿命
コンシューマ向けSSDは、SSDが搭載される機器の寿命よりSSDの寿命が長ければ良い、という基準で設計されます。ここで言う「SSDが搭載される機器」とは例えばノートパソコンなどです。さらに、人間が使うという時点でSSDの寿命にとり厳しい使いかた(ワークロード)には大抵なりません。
実際、私が日々の業務で使用しているノートPCに搭載されたNVMe SSD(クライアント向けSSD)は、使用開始から4年経過してもメーカー基準の使用率が20%を切る値です。
このような傾向から、近年ではコンシューマ向けSSDにQLC NANDフラッシュメモリが使われることも増えてきました。
QLC NANDフラッシュメモリは現在主流のTLC NANDフラッシュメモリよりも書き換え可能回数が少なく、それを補うためにSLCキャッシュ技術をはじめ様々な技術と組み合わせて使う必要があります。
QLC NANDフラッシュメモリ搭載コンシューマSSDを製品化したメーカーは、対象機器におけるSSDへのワークロードからQLC NANDフラッシュメモリでも十分な寿命を提供できると判断したと言えます。つまり、コンシューマ向けSSDの寿命はQLC NANDフラッシュメモリでも充足可能である、ということです。
信頼性
コンシューマ向けSSDは人間が操作する機器に搭載されるため、極端な環境での動作は想定しません。温度(高温や低温)や振動などの各種動作環境は人間が生活する環境と同じことを想定します。もしくは、SSDが搭載されるクライアント機器全体として動作環境が管理されることを前提とします。
このため、コンシューマ向けSSDに使用されるNANDフラッシュメモリの動作保証温度は摂氏0度から摂氏70度であることがほとんどです。
データの長期記憶特性(データリテンション特性)は、対象機器もしくはコンシューマ向けSSD単体が長期間非通電(電源オフ)のまま放置される可能性を考慮して、常温保管であれば寿命末期でも十分な期間データを保持可能なNANDフラッシュメモリが使われます。QLC NANDフラッシュメモリが使われる場合でも同じです。
消費電力
コンシューマ向けSSDは特に待機時の消費電力が低いことを求められます。 対象機器にはノートパソコンなどバッテリーで動作する機器も多く、それらの機器では特に低消費電力を志向し、また低消費電力であることをアピールするためです。
既に説明した通り、人間が操作するPCなどではアイドル時間も多いです。このためコンシューマ向けSSDは、ピーク性能発揮時は相応の電力を消費するもののアイドル時は積極的に低消費電力状態や電源オフ状態に入り消費電力を減らします。DRAMを搭載せずDRAMの消費電力(特にセルフリフレッシュ状態時の消費電力)を削減する製品も多いです。
例外としては、ゲーミング機器向けSSDが挙げられます。これは性能と消費電力はトレードオフの関係にあり、ゲーミング機器向けSSDの場合は常に高性能であることが第一だからです。
価格
コンシューマ向けSSDは、最新技術(例えばPCIe Gen5)への対応や容量増加などで発売当初など前世代の製品よりも割高な価格となる期間はありますが、時間が経てばその価格は下落します。そして技術がこなれて製品数が増えると価格はさらに下がります。これは他の技術や製品と同じです。
SSDの場合、その価格の大半を占めるNANDフラッシュメモリが年率20%近い割合で値下がりするため、より価格下落が顕著です。NANDフラッシュメモリをたくさん搭載している大容量モデルのほうが値下がり幅は大きいです。
さらに、コンシューマ向けSSDの価格は対象機器全体の価格に占める割合が比較的大きく、加えて一般消費者にもその価格が見えるためより競争が厳しく、安価であることが求められます。
統計情報やカスタマイズ対応
コンシューマ向けSSDはカスタマイズの余地がほとんどありません。いわゆるメーカー標準品が店頭にならびます。これは店頭で購入できる製品、つまり一般ユーザが購入して使用する製品がカスタマイズ可能である必要性は低いと考えられるためです。
ただ最近ではメーカー配布ツール(ソフトウェア)によるカスタマイズが可能なSSDも増えています。各社製品の差別化のために提供しているものですが、あくまでメーカーが開示した項目をメーカーが指定した範囲内でのみカスタマイズできるものであり、その自由度は限られています。
一方ノートパソコンなどに搭載されるクライアントSSDの場合、SSDメーカーはメーカーに製品(SSD)を納めます。このため、SSDメーカーは納品先メーカーが求めるカスタマイズに応じることが多いです。
入手方法
コンシューマ向けSSDは、街の量販店やインターネット上の通販サイトなどで購入可能です。メーカーが直販サイトを運営していることもありますが、それでも小売店からの購入が多いと思います。
またコンシューマSSDのサポートは手厚いとは言えません。対応はたいてい良くて製品交換であり、ユーザが遭遇した症状についてメーカーや販売元が積極的に調査し解決に協力することは少ないです。相性問題を事前事後含め解決することがとても難しいこともその理由のひとつです。
これに対しクライアントPCは、通常企業間取引で売買されるため一般消費者は購入できません。ノートPCへのクライアントSSD採用には、ノートPCメーカー指定試験への合格や、カスタマイズ項目への対応、サポート体制の構築など、様々な条件を満たす必要があります。この結果、クライアントSSDではSSDメーカーによるサポートも手厚いものとなります。
さいごに
今回の記事では、コンシューマ向けSSDの特徴を7つの項目で説明しました。その特徴をまとめると、データアクセス性能(ピーク性能)、待機時の消費電力の低さ、そして価格を重視している、となります。
コンシューマ向けSSDがどのようなものであるかということを理解する出発点は、コンシューマ向けSSDは人間の活動と共に動作する機器向けのSSDである、という点です。
SSDはその使いかたで性能や寿命が大きく変わる製品です。使用もしくは検討しているSSDがどのような用途を前提としているのかを理解すると、その製品のスペックの見かたが変わるかもしれません。
次回は「データセンター向けSSD」について説明する予定です。
References
[1] Micron, "Crucial Unleashes World’s Fastest Gen5 Consumer NVMe SSD and Plug-and-Play High-Performance DRAM Options for Gamers, Creatives and Professionals", May 30, 2023
[2] CFD販売、「CFD Gaming PG5NFZ シリーズ M.2接続 SSD 4TB CSSD-M2M4TPG5NFZ」(最終閲覧日:2023年7月17日)
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