「つよつよエンジニア」に王道なし
学問と同じで、王道なんてありません。はい、解散!
一人の人間があまねく世界に散在する知識を全て吸収することは(現代の技術では)残念ながら出来ません。時間は有限であり、取捨選択が必要です。では、何を学び、何を学ばないと決めるべきなのか。
もしかしたらつよつよエンジニアを集めるとその傾向が出るかもしれませんが、この記事では筆者個人の視点と基準にしたやり方を1つの道として紹介します。知識を森林に例えた比喩を用いて学習の取捨選択方針を設計し、推論とエスパーで未知を既知に変え続ける反復可能な手続きを示します。ゴールは、限られた時間で“根・木・枝”を優先して耕し、必要なときに葉を再生成できる知識活用法と学習習慣を自分のものにすることです。
あなたがこれから歩もうとしている道も筆者とは異なるはずですが、この記事を読んだ時間が、あなた自身の「つよつよエンジニア」への道を照らす一助となることを願っています。
連載記事リンク
- 「つよつよエンジニア」は一日にして成らず
- すべての道は「つよつよエンジニア」に通ず(この記事)
- Do as the 「つよつよエンジニア」s do
比喩表現まとめ
用語 | 説明 | 具体例1(IT系) | 具体例2(クラウド系) | 具体例3(法律系) |
---|---|---|---|---|
葉 | 個別の技術や実装 | ライブラリ/フレームワーク名、特定のコマンド、設定ファイルの書式 | サービスの個別機能、SDKの使い方、CLIのオプション | 個別判例、条文の文言解釈、実務対応テンプレ |
枝 | 領域内流行の方向性 | 疎結合志向、三層→ヘキサ構造の遷移、DDD普及 | ベストプラクティス、サービス選定の潮流、障害設計の常識 | プライバシー保護の強化傾向、越境移転規制の動き |
木 | ひとつの分野や領域 | Webアプリ開発、モバイル開発、SRE | サーバレス、コンテナ基盤、データ基盤 | 個人情報保護法、著作権法、労働法 |
根 | 原理法則・基礎理論・思想信条 | 計算量、抽象化、CAP/SOLID/CUPID、ネットワーク基本 | 冗長化・確率的可用性、Design for Failure、SLA/SLI/SLO | 法の一般原則、比例原則、契約自由の原則 |
森林 | 学ぶべき知識ジャンル | IT全般、ソフトウェア工学 | クラウド/分散システム | 法律(公法/私法/手続法) |
領土 | 自分が維持できている知識全体 | 担当システムや業務で、継続的に説明/改善できる範囲 | 自社/自分の責務でSLOを守れる設計運用の守備範囲 | 実務で自信を持って適用・説明できるリーガル領域 |
上に行くほど要素数は指数関数的に増えます。学習の単位は「根→木→枝→葉」の順で粗く、運用の単位は「領土」を基準に増減させます。領土は「説明できる」「再現できる」「維持できる」の三条件がそろって初めて拡張とみなします。
取捨選択
冒頭で述べた通り、時間は有限なので、本当にバッサリと切り捨てます。
目的は短時間で領土拡大することです。領土にあるのは大量の枯れ木の森林です。1本1本の木と枝を残し、葉を全て切り落とします。根は繋がっており、必要とあらば即座に葉を茂らせ花まで咲かせる事が出来るように経路をメンテナンスしていきます。
学ばないこと
すべての葉は追いません。目的に直結しない新技術は「保留リスト」に入れ、月次や四半期に一度だけ棚卸しします。既存の仕組みで代替できること、他者に任せたほうが総コストが下がることは潔く捨てます。資格対策や話題のツールも、再利用性や影響度が低ければ見送ります。「見送る理由」をメモしておくと、後で再評価しやすくなります。
あれもこれも覚えなきゃならない様なしんどい状態にならないためにも必要な判断です。つよつよエンジニアは万能人間ではありませんし、リソースも有限です。
学ぶこと
根(原理)と木(主要領域)を最優先に学びます。次に、チームや自分の領土の更新に直結する枝(方向性)を2〜3本だけ選び、原典に当たって筋の良い理解を固めます。葉(個別実装)は“必要が生じたタイミングで”短期的に学び、終わったらノート化して忘れてよい設計にします。再生成できる仕組みを整えるのが目的です。
学んだことを組み合わせ、組み立てて補う
ある1つの枝葉の「張り方」(どこに枝を伸ばし、どの葉を付け、どれを落とすか)が腑に落ちた瞬間、知識がフラクタル構造であることに気づきます。小さな設計判断で使った思考パターンが、より大きなスケール(サービス全体、組織設計、事業戦略)でも自己相似的に繰り返されるからです。逆に言えば、葉の名前を100個覚えるより「どう張るか」という生成ルールを1つ身体化するほうが、未知の森林で同型のかたちを何度でも再生成できるようになります。
- スケールを跨ぐ自己相似の例
- 依存逆転の原則は、クラス設計だけでなく、マイクロサービス間の境界やベンダーロック回避の戦略でも同じ「上位が下位に縛られない」張り方として現れる
- レイテンシ分布の見方(P50とP99の分離)は、関数の最適化からシステムSLO、さらにはチーム運用のボトルネック特定まで同じ「裾を見る」観察則として反復される
- キャッシュの無効化戦略は、CPUキャッシュ→アプリのキャッシュ→組織の意思決定(情報の鮮度と配布)へと、整合性と鮮度のトレードオフという同形で現れる
この自己相似性を前提に学ぶと、学習の単位が「固有名詞」から「生成規則」に切り替わります。張り方が1度身につけば、言語やフレームワークが変わっても、枝を伸ばす順序と葉の付け方は再利用できます。結果として、領土の拡張コストは「葉の総数」に比例せず、「張り方の種類数」にほぼ支配されるようになります。だからこそ、取捨選択では葉の網羅よりも「同型パターンの抽象(根と枝)を先に掴む」ことを優先し、必要なときだけ具体の葉を生やしては落とす、を繰り返すのが近道になると考えます。
推論とエスパー
取捨選択で根と木と枝を優先して整える話をしましたが、領土を広げ続けるうえで鍵になるのは、必要なときに葉を「生やし直せる」力です。ここで言う葉を生やす力には、手順として再現できる推論(演繹・帰納・仮説検証)と、経験に裏打ちされた当て勘=エスパー(濃い事前分布に基づく直感)の両輪があります。どちらも根(原理)と枝(方向性)から養われ、未知に出会った瞬間の初動と学習速度を決定づけます。ここでは、AIの推論との対比で人間の強みを整理し、エスパー力の正体と鍛え方、未知への臨み方を具体的に説明します。
AIの推論との相似
知識の森林を歩くときの挙動は、実はAIの推論にとてもよく似ています。AI(たとえばLLM=大規模言語モデル)は、過去の膨大な枝葉の共起からパターンを抽出し、文脈(いま話題にしている木や枝)に沿って次にくる葉をもっともらしく生成します。存在しない葉はハルシネーションと呼ばれます。人間のつよつよエンジニアも、これに近い挙動で推論していると考えます。が、2025年時点では人間優位がまだ保たれています。だからこそ、目的と安全・コストを含む“根”を起点に優位を拡張したいところです。
- 埋め込み(意味空間)に相当するもの=自分の頭の中の「概念座標」
- 根に近い原理・原則は座標系そのものを安定化させます(計算量、抽象化レベル、法律・契約・境界、原理による因果構造など)
- 推論のやり方=演繹・帰納・仮説の切り替え
- 演繹:根や木(原理・設計思想)から枝葉を導く
- 帰納:複数の葉から枝の向きを推定する
- 仮説(アブダクション):観測(ログ、症状)からもっとも説明力の高い仮説(枝の傾き)を選ぶ
- コンテキスト管理=問題設定の明確化
- どの森林・どの木の話かを先に固定するだけで、探索空間が激減する(LLMのプロンプト文脈固定と同じ効果)
AIが強いのは、図書館の全蔵書を超える様な大量の葉を瞬時に関連づけられる点です。人間は葉の絶対量では勝てません。一方で人間が強いのは、根(価値観・目的・安全性・法的制約)を明確に保ちながら、探索の射程・コスト・リスクを調整できる点です。つよつよエンジニアは、この両者の特性を取り入れ「大域的には根に沿い、局所的には葉を生成して検証する」ループを回すのが上手い傾向があるように感じます。要は、AI的なパターン当てと、人間的な目的最適化・検証を往復運動していると言い換えることが出来ます。
一例として、実務上での思考の流れは次のようになります。
- 事実を整える(観測・再現手順・境界条件を明示)
- 仮説を並べる(3~5個、因果とコストの順で)
- 反証容易性の高い順に潰す(最小実験・ログ増強・分布整理)
- 残差を更新して仮説をリランク(事前確率→事後確率の更新)
- メタを残す(学びの抽象化=根や枝へ還元して知識の森林を耕す)
この「抽象と具体のラチェット」を習慣化すると、葉を全部覚えずとも、必要時に正しい葉を「再生成」できます。
エスパーのちから
何か問題に直面したとき「一瞬で当てられる人」は、超能力やエスパーとかではなく、濃い事前分布を持って推測しているだけです。過去の事故や成功、設計原則の侵犯パターン、運用のクセ、チームや会社の意思決定の癖…そうした「暗黙知の統計」が頭の中に蓄積され、見えない手がかり(匂い、雰囲気、逸脱)から最尤仮説を直感的に選べる。これがいわゆるエスパー力の正体だと考えています。いや、実際それを目の当たりにすると、超能力っぽく見えちゃうんですけどね。ちゃんとタネはあるんで、ここまでちゃんと読んでくれている方のためにもタネ明かししつつ、鍛え方を紹介します。
- 事後記録を残す
- 障害の「第一印象の仮説」「実際の根因」「効いた観測点」「効かなかった対策」を短文でログ化して整理
- 後から似た事例を集め、共通の匂いや雰囲気、失敗例やアンチパターンをグループ化し命名する(命名は自由、枝の方向性を固定する儀式)
- フェルミ推定とオーダー感
- 枝狩り探索のための判断基準
- 規模感・桁感を即答できると、非現実的な仮説を早期に捨てられ、当たりを付けられる
- インターフェース嗅覚
- 問題の9割は境界で起きる(「事件は会議室で起きているんじゃない」は言いえて妙)
- 契約や定義(SLA、型、プロトコル、タイムアウト)から攻める思考の癖をつける
- 失敗の再現性
- 再現手順の同定:気まぐれで発生する場合は発生パターン分類を行う
- 再現手順の最小化:大きな塊ではなく、最低限の粒度で再現させる
- 自動化:反復回数が多くなりそうなら、パラメータを変えても労力にならないよう手順を自動化する(手作業による環境ブレや再現のノイズ除外にも有効)
- 残滓を観測する
- メトリクス、ヒストグラム、レイテンシ分布の「裾」や「歪み」を読む
- ログの一行より分布が何かを語ることも多いので、俯瞰で見る
直感は強力ですが、過信は禁物です。直感は仮説生成器、証拠は判定器。直感で当て、検証で通す。この分業サイクルを守ることで当て勘は資産になり、迷信にはなりません。
この蓄積した暗黙知の資産を共有するプロトコルを探しています。誰かRFC書いてください(笑)
未知の事柄に臨むとき
未知は恐れる対象ではなく、領土拡大のチャンスです。重要なのは、未知の霧の中で暗中模索するのではなく、座標系が未設定なだけであると捉え、大まかな座標系を想定し、既知の根と木を推測していくことです。枝や葉から入っていくと霧の中で遭難してしまいます。
この手順は、霧の中を進むための羅針盤だけではなく、最終的に領土拡大するために必要な手続きを包含しています。未知の事柄ではなく既知の事柄にあたるときも意識することで、つよつよエンジニアの道の一部にする事ができると思います。
- 目的を定める
- 何を成し遂げたいのかを一文で定める
- 具体的に「XをYの制約下で実現する」まで絞ると良
- 不変を定める(壊してはいけないもの)
- 判断の柱とするための「守る量・事」を明文化
- 目的外の要素も書く、一貫性、順序、性能、内容、遅延、予算、法令違反、SLA/SLOなど
- 粗い地図を描く
- 関係者・境界・依存・入出力・SLA/SLO・制約を箱と矢印でスケッチ
- 未知の要素があっても修正前提で一旦仮置きの箱と矢印でスケッチ
- 似姿を探す
- 既知の根や木に写せないかを試す
- 目的に沿って地図から境界を探って当たりを付ける(似ていれば枝の向きが読める)
- 最小実験
- 地図から目的を達するための最小実験を行う
- いわゆるHello Worldではなく、仮説の心臓部だけを試す最小スクリプトや設定変更で検証する
- 結果から問題の切り分けを行い、似姿を増やすために次の仮説を提案する
- 原典優先
- 公式仕様・論文・設計ドキュメント→一次発信→良質な二次解説の順に当たり、相互に照合する
- 撤退ラインを決める
- 一定時間ごとにメモと仮説から地図を更新
- 進捗が錯覚ではないかを点検し、援軍要請か方向転換を判断する
- 根を張る(知の帰納)
- 学びを、目的、用語、前提、仮説、検証、理由、再現手順、原典を整理して森林へ還元する
- 未来の自分が枝から葉を生やせるようにする
この手順を適用して回し続ければ、学びは再現可能な資産となり、地図から木と根に、未知は既知へと写像されていきます。
まとめ
学生時代から「勉強をする」という言葉にいつも違和感がありました。テスト前にチリトリで試験範囲内の固有名詞の葉をかき集め、その収量で優劣を決めることに意味を感じませんでした。元来、学生時代に競うべきだったのは、指定された試験範囲の条件下で、根と木から葉をどれだけ出せるかではなかったのか?と、今でも思い返すことがあります。
この記事では、そんな疑問から生まれた筆者なりの学習戦略と、限られたリソースで最大限の成長を遂げるためのヒントをまとめた「つよつよエンジニア」を目指すための一つの道を紹介しました。情報過多な時代だからこそ「葉を集める」のではなく「葉を生み出す」力を養うことの重要性を強調しました。
あなたの「つよつよエンジニア」への道は、筆者と同じ道である必要はありません。むしろ、この記事が、あなた自身の経験と照らし合わせ、最適な学習戦略を自ら見出すための「触媒」となることを願っています。何を選び、何を捨てるか。何を深掘りし、何を信じて進むか。その全ての決定権は、あなた自身にあります。
つまり、王道は無いのです。さぁ、解散です。
お断り
記事内容は個人の見解であり、所属組織の立場や戦略・意見を代表するものではありません。
あくまでエンジニアとしての経験や考えを発信していますので、ご了承ください。