──「人生をデータ設計で記録した男」の物語で、その紙に「一年間有効」とは、どこにも書いていなかった
〈ショートストーリー〉
会社の健康診断は、毎年秋だった。
朝、何も食べずに行く。並んで、測られる。身長、体重、血圧、採血。一時間で終わる。あとは、結果を待つだけだ。
数週間して、結果票が届いた。封を開ける。今年も、ほとんどの欄が、基準値の中におさまっていた。
異常なし。
ほっとした。これで一年、大丈夫だ。
正直、毎日のことには、疲れていた。
今日は何歩あるいたか。何を食べたか。きのうより増えたか、減ったか。体重計に乗るたび、採点されている気がした。少し食べすぎれば、うしろめたい。歩かなければ、うしろめたい。毎日、毎日、付け直される。
健診の一枚は、それを止めてくれた。「健康」という、動かない一語。今年の私は、これでいい。
結果が出るまでは、少しだけ控えていた。酒も、揚げ物も。
問題なし、と分かった晩、私はその紙を、相手に見せた。「異常なし、だって」。相手はのぞきこんで、よかった、と笑った。そして台所から、冷えたのを二本、持ってきた。
栓を抜いて、相手のグラスに、軽く当てた。久しぶりの、一杯だった。
気持ちよく飲んだ。異常なし、なのだから。健康だと、紙が言っている。
一年は、あっという間だった。
飲み会があれば、飲んだ。疲れた日は、歩かなかった。深夜の揚げ物。週末の二日酔い。どれも、一回ずつのことだった。一回くらい、と思った。次の健診まで、私は健康なのだから。
何も、記録しなかった。記録するようなことは、何も起きていない気がした。私は、健康というマスタを、持っていた。
次の秋が来た。
同じように、朝、何も食べずに行った。同じように、測られた。
結果票の封を、開ける。
ひとつの数字が、基準値をはみ出していた。肝臓の欄。去年は、おさまっていたところだった。
紙を、見つめた。
私はこの一年、何も付けていなかった。なのに、ここに、一年ぶんが書いてあった。飲んだ夜も、歩かなかった日も、深夜の揚げ物も。一回ずつ、と思っていたものが、ぜんぶ、足されていた。
付けなかった台帳を、体のほうが、付けていた。
去年をやり直すことは、できなかった。数字は、もう、出ていた。
〈技術ノート〉── 有効期限は、データに書いていない
現場の覚え書きだ。物語が見落とした構造を正す。ただし崩れた記録を裁くためではない。崩すには、たいてい理由がある。
健診の結果に、「一年間有効」とは、どこにも書いていない。
書いたのは、彼だ。
ある朝、体を測る。出てくるのは、その朝の、一枚の写真だ。そこには、撮った瞬間のことしか写っていない。なのに彼は、その一枚に、勝手に有効期限を貼った。向こう一年、これは真実だ、と。
マスタと、トランザクションの違いは、データの形ではない。同じ数字でも、一回きりの出来事として置けば、トランザクション。「しばらく真実であり続ける」として握れば、マスタになる。違いは、そのデータが、どれだけの期間ほんとうでいられるかという、扱う側の取り決めだけだ。一年の有効期限を貼った瞬間、一枚の写真は、マスタになった。
この一枚には、もう二つ、見ておくことがある。
ひとつ。写真は、撮った瞬間から古びる。前の章で扱ったのは、「いつまで真実か」だった。終わりの日を、いつ書くか。だが健診の一枚には、もっと早い問題がある。終わりの日を待つまでもない。それは撮った次の日から、もう少しずつ古い。一年もつ前提で握った写真は、はじめから、長すぎる期限を見積もった、古い写しだった。
ふたつ。測ったことが、本人を変えた。「健康と認定されたから、飲む」。結果が出るまで控えていた酒を、出たとたんに解禁した。測定が、測られたはずの本人のふるまいを、変えてしまう。紙が「健康」と言ったから、彼は、健康から少し遠ざかるほうへ動いた。測るという行為は、対象の外には、立てない。
そして、いちばん苦いところ。
翌年の数字は、嘘をつかなかった。彼が一年付けなかった台帳を、体のほうが、一行ずつ付けていた。飲んだ夜も、歩かなかった日も。一回ずつのつもりだったものが、すべて足し込まれて、肝臓の数字になって出てきた。
彼がマスタとして握っていた「健康」は、動かない一語ではなかった。一年ぶんの、動詞の合計だった。逃げ込んだ名詞は、名詞ではなかった。
最後に。これは、すべて記録しろ、という話ではない。
毎日すべてを書き、毎食を採点する暮らしが、どうなるかは、前に見た。あれは、別の牢獄だ。健康を、おおまかなマスタとして握ること自体は、悪くない。人は、自分を毎分、測り直しては生きられない。
間違いは、握ったことではなく、期限だった。一年は、長すぎた。そして、紙が一枚あるからといって、その一年、体が休んでいたわけではない。こちらが名詞を握っているあいだも、体は、ずっと、動詞を書いている。