0
0

Delete article

Deleted articles cannot be recovered.

Draft of this article would be also deleted.

Are you sure you want to delete this article?

[9999/12/31][9章]「ちゃんと記録できている」と、思っていた

0
Posted at

目次

──「人生をデータ設計で記録した男」の物語で、これとそれを同じ一つと見なすかは、現実ではなく、私が決めていた

8章へ

〈ショートストーリー〉

年を取った。

ひとりになった部屋で、古いものを整理していた。出てきたのは、何冊かのノートと、紙の束だった。

いちばん古い紙に、見た映画が並んでいた。題名の右に、○。中学のころの、私の字だ。

冷蔵庫の扉に貼っていた、あのノートも、あった。剥がしたきり、捨てそびれていたらしい。めくると、私の字のあいだに、私のではない字が、混じっていた。牛乳、出。はいはい、と言いながら、それでも書いてくれていた行だった。あのころ私は、書かれなかった行のほうばかり、数えていた。

それから、息子の記録。生まれた日からの、身長、体重。そして、移動手段。


「二本足でしっかり歩く」。valid_from、その日の日付。valid_to、9999/12/31。

書いたときのことを、覚えている。公園で、息子が、おとーさーん、と駆けてきた。私は、しゃがんで、受け止めた。そして、誇らしく、書いた。間違えない。記録できている、と。

今、分かる。

私が書いたのは、息子が「歩ける」という、状態だった。あのとき本当に抱きとめた、駆けてくる小さな息子のほうは、どこにも書かなかった。あれは、二度と同じには起きない、一回きりのことだった。書けるものでは、なかった。

私は、握りやすいほうを、握っていた。動かない、名詞のほうを。流れて、二度と戻らない、本当のほうを、取りこぼして。


紙の上に残っているのは、ほんの少しだった。見た映画。背の伸び。健診の数値。年に何本。

でも、私が生きたのは、その隙間のほうだった。記録しなかった、無数の夜。書き留めなかった、ほとんどの日。それは、もう、どこにもない。覚えてすら、いない。

今ここにいる私は、その、書かれなかった膨大な日々の、いちばん最後に残った、一枚にすぎなかった。大半は、もう、失われていた。


最後に、自分の行を、開いた。

valid_from valid_to
1987/04/03 9999/12/31

valid_from。私の、生まれた日。これを書いたのは、母だ。私ではない。私は、自分の始まりを、知らない。あとから、教わっただけだ。

valid_to。9999/12/31。

私が、自分で入れた。ずっと、終わらないものに入れてきた、あの日付。自分自身の行にも、当たり前のように、入れていた。


その9999/12/31を、実日付に書き換えるときが、近づいている。

でも、私には、書けない。自分の終わる日を、私は知らない。息子の最初の夜を、私が書けなかったように。始まりも、終わりも、私の行の両端は、私の手では書けないように、できていた。

そして、この「私」という、たった一行。これさえ、私が、いちばん粗く選んだ、切り方にすぎなかった。○をつけた子どもと、息子を受け止めた父と、今ここにいる老人を、私は、ひとつの行に、まとめていた。べつべつに数えることも、できたのに。

私は、9999/12/31を、消さなかった。

消すのは、私ではない。

ノートを、閉じた。


〈技術ノート〉── ○を、許す

現場の覚え書きだ。物語が見落とした構造を正す。ただし崩れた記録を裁くためではない。崩すには、たいてい理由がある。

全部は、記録できなかった。

だが、それは、失敗ではない。全部を記録しようとすれば、人は、生きる代わりに、記録することになる。それを、やりかけた男も、いた。記録に取りこぼしがあるのは、生きていた、何よりの証拠だ。

芸とは、何を出来事に値させるかを、選ぶことだ。すべてを一行に立てることは、できない。何を残し、何を流すか。それを選ぶことが、そのまま、生きることだった。

彼は、息子が駆けてきた、あの一回を、書かなかった。「二本足で歩く」と状態のほうを書いて、駆けてくる息子のほうは、書かなかった。

――書けなかった。

書かなかったから、私は、しゃがんで、受け止められた。書いていたら、私は、書いていた。受け止めては、いなかった。

だから、あの○を、許す。

「見た」と「まだ」しか持てなかった、あの紙を。いつ見たかも、何度見たかも取りこぼした、いちばん最初の嘘を。あれは、子どもが、自分の人生を、初めて手で握ろうとした、その握り方だった。粗くて、足りなくて、いとおしい。

私の行の、始まりを書いたのは、母だ。私ではない。終わりを書くのも、私ではないのだろう。両端は、いつも、ほかの誰かの手にある。それでいい。自分の始まりと終わりまで自分で握ろうとするのは、いちばん古い、いちばん大きな、握りすぎだ。

名詞か、動詞か。

答えは、書かない。書けば、それも、ひとつのマスタになる。動かない一語に、固まってしまう。私は、まだ、続いているのだから。

valid_to は、まだ、9999/12/31 のままだ。

ただ、それが「終わらない」という意味でないことは、もう、分かっている。終わりを、まだ書いていない。それだけのことだ。

いつか、書かれる。私ではない、誰かの手で。

(了)

0
0
0

Register as a new user and use Qiita more conveniently

  1. You get articles that match your needs
  2. You can efficiently read back useful information
  3. You can use dark theme
What you can do with signing up
0
0

Delete article

Deleted articles cannot be recovered.

Draft of this article would be also deleted.

Are you sure you want to delete this article?