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SynapseGit 開発の経緯と紹介 — 絵画の進捗管理で使ってみた

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Last updated at Posted at 2026-10-12

はじめに

IKEA で買ったゴッホ《星月夜》のレプリカに、アクリルの白・青・黒を重ねて、明度5段階の絵に描き替えています。その制作の進み具合を、自作のツール SynapseGit で工程ごとに記録してみました。

1日目の 2026-10-09 は、計画と工程1〜4の5件を記録しました。AI(Claude Code)が明度の見本と工程ごとの「地図」を提案し、私がそれを見比べて5件とも「採用」と判断しています。

SynapseGit を作り始めたきっかけは、画家・真田将太朗さんの研究を紹介した動画でした。AI の提案を画家がどう採用したかを、制作判断として記録する研究です。

この記事では、SynapseGit を作ることになった経緯、仕組み、この絵画での使い方、ほかの使いどころを順に紹介します。

開発の経緯

SynapseGit は、1本の動画をきっかけに、AI と人の共創を丸ごと記録するという大きな構想から始まりました。そこから約3か月で、「AI の提案と人の判断を分けて手元に残す道具」に絞り込み、v1.0 になりました。

きっかけ: 画家・真田将太朗さんの研究を紹介した動画

きっかけは、YouTube チャンネル「アートゥーン!」の動画 【甲陽→藝大→東大】画家・真田将太朗の卒論に迫る です。動画の公開は 2026-07-10、SynapseGit の企画書と最初のコミットは翌日の 2026-07-11 です。

動画では、画家で研究者の真田将太朗さんが、東京藝術大学の学部と東京大学大学院での研究を解説しています。要点は次のとおりです(時刻は動画内の位置)。

段階 内容 時刻
背景 AI を芸術の「敵」ではなく、新しい時代のカメラや鏡のように、表現の可能性を広げる技術として捉える 3:40〜5:34
学部(東京藝術大学)「人工知能を応用した絵画制作を通した創造性の再定義」 自作を学習させた AI が、制作途中の余白に提案を投影する。AI とのラリーで、画家が提案を採用・修正していく判断を見える形にした 11:30〜15:20
大学院(東京大学)「AIとの協働による絵画制作と創造プロセス」 AI が完成図ではなく、制作の過程をアニメーションで示す。AI の提案のどこを、なぜ採用したかという「制作判断のデータ化」を行った 21:40〜24:35
結論 AI は完成品を出すマシンではなく、制作判断を刺激し、次のステップを更新していく「参照装置」として使える 28:29〜28:54
成果 幅約3.2mの作品を制作し、大学に収蔵された 33:00〜33:35

SynapseGit は、この研究にある「AI の提案のどこを、なぜ採用したかを残す」という考え方を、特定の制作システムに依らず、手元で記録できる形にしようとしたものです。

動画で紹介された研究 SynapseGit
AI が制作途中の画面に提案する AI output(AI の提案)を、Current(今の状態)と並べて記録する
画家が提案を採用・修正していく判断を見える形にする 採用・不採用・保留と理由を、Human Decision として残す
制作判断のデータ化 判断を、検証できる履歴として手元に残す
AI は完成品を出すマシンではなく「参照装置」 AI は候補を置くまで。判断は人が行う

違いもあります。SynapseGit は、提案を作る AI や投影の仕組みを持たず、記録だけを担います。提案を手直しして使った場合の記録も、v1 にはまだありません。今回の《星月夜》では、AI(Claude Code)が工程ごとの地図を提案し、私が採用を判断しました。動画の研究に近い形の制作を、SynapseGit で記録したことになります。

動画のコメント欄(2026-10-12 時点で高評価の多い上位20件を読んだ範囲)では、研究のために専用の AI を作った点への驚きと、作品が東京大学に常設されることへの反応に、特に多くの高評価が集まっていました。生成 AI を学生論文の段階で「創造性を刺激する道具」と定義した点を評価する声や、写真の登場が絵画を変えた歴史と重ねる声もありました。

出発点: 共創の過程が見えなくなる

2026-07-11 に書いた企画書の名前は「Project Chrono-Synapse」です。生成 AI で制作物が「一瞬で出力されるもの」になり、誰がどの案を出し、どう変わったのかが見えなくなる。その過程を記録するバージョン管理として SynapseGit を構想しました。

課題1: 生成AIで作品が一瞬で出てくるようになり、途中の過程が残らない。SynapseGitの答え: 提案と判断を制作の節目ごとに記録する

企画書には、脳波や視線の記録、偉人の思考を再現する「Chrono-Engine」まで入っていました。偉人の例にはゴッホの名前も挙げています。

同じ日に範囲を絞る

同じ日に書いた「Core 構想 v0.1」で、作るものを絞りました。絵画、建築、修復のように時間をかけて進む制作について、計画・作業・観測・解釈を分けて記録する、という定義です。その中心に置いた原則が次の一文です。

原証拠は固定する。解釈は更新可能にする。物理的な変化と、画像に見えた差を混同しない。

偉人の思考の再現、創造性や貢献度の自動判定、自動の利益分配は、はっきり対象外にしました。残したのは、後から確かめられることだけです。

完成ファイルだけでは分からないこと

開発を進めるうちに、問いはこの3つになりました。

  • どれが元の参照で、手を加える前はどんな状態だったか
  • どの出力が AI によるもので、AI に何を頼んだか
  • 人はそれを採用したのか、しなかったのか、保留したのか。その理由は何か

課題2: 完成ファイルからは、どう決めたかが分からない。SynapseGitの答え: Original・Current・AI output・人の判断を分けて残す

答えを「AI が何を提案し、あなたが何を決めたかを、手元に記録する」という一文にまとめ、v1.0 の看板にしています。

3か月の歩み

2026-07-11 から 2026-10-10 までのコミットは 147 件です。開発そのものも AI エージェントと進めています。

日付 版 出来事
2026-07-10 — きっかけになった、真田将太朗さんの研究を紹介する動画が公開される
2026-07-11 — 企画書と Core 構想 v0.1。対象と対象外を決める
2026-07-15 v0.1.0、v0.2.0 手元の PC だけで動くブラウザ画面と、制作者が判断する流れ
2026-07-18 v0.3.0 公開用の書き出し(publication bundle)
2026-09-09 v0.8.0 画像の見比べ画面、判断理由の表示、非公開の制作メモ
2026-09-26 v0.9.0 スクリプトの出力を Inbox から取り込む。画像の重ね合わせ表示
2026-09-27 v0.10.0 日本語の画面
2026-10-02 v1.0.0 記録形式を v1.x の間固定。AI エージェント向けガイドと inbox put
2026-10-09 — 《星月夜》の制作を記録し、事例として公開
2026-10-10 v1.1.0、v1.2.0 事例で見つかった点を直す。コマンドを synapse 1本にまとめる

思考の再現は対象外にしましたが、最初の実制作の事例は、企画書で名前を挙げたゴッホの《星月夜》になりました。

SynapseGit とは

SynapseGit は、元の状態・今の状態・AI の案・人の判断の4つを、自分の PC に検証できる履歴として残すツールです。コマンドの操作は AI エージェントに任せられますが、判断は人が行います。

課題3: AIに作業を任せると、判断まで自動で済んでしまう。SynapseGitの答え: AIは候補を置くまで。採用・不採用・保留は人が選ぶ

1件の記録に残す4つ

枠 入れるもの 後から確かめられること
Original(元の状態) 基準にした画像 どの状態を基準にしたか
Current(今の状態) 提案の直前に観測した画像 提案の前に何を見たか
AI output(AI の提案) AI で作った案 次に何が提案されたか
Human Decision(人の判断) 採用・不採用・保留と、その理由 人がどう決めたか

最後に作られたファイルを、自動で採用したことにはしません。採用しなかった案も履歴に残ります。

設計で守っていること

  • AI は判断しない。 エージェントは候補を Inbox(取り込み待ちの置き場)に置くだけです。この時点では判断は記録されず、選ぶのは画像を見比べた人です
  • 手元に残す。 記録は自分の PC の中にあります。ブラウザ画面は 127.0.0.1 だけで動き、外へは公開されません
  • 公開は別の書き出しで。 公開用の bundle には、画像そのもの、判断の理由、生成メモ、内部 ID を入れません。画像は SHA-256 で照合できる形です
  • 証明できることを言い過ぎない。 確かめられるのは、記録したファイルのバイトが同じかどうかです。作者、著作権、物理的な変化は証明しません

課題4: 経緯は見せたいが、元画像や判断の理由は出したくない。SynapseGitの答え: 公開用の書き出しを別に作り、画像・理由・メモは入れない

エージェントが担うのは候補を Inbox に置くところまでです。採用・不採用・保留は制作者が選び、公開用の書き出しは公開するときだけ別に作ります。

最小の使い方

自分で判断を決めてコマンドだけで記録すると、次の3行です。ブラウザで見るときは synapse serve を起動します。AI エージェントに準備を任せる場合は、エージェントが inbox put で候補を置き、判断は人がブラウザで選びます。

synapse init "$HOME/SynapseGit/demo"
synapse creator-run "$HOME/SynapseGit/demo" session-1 \
  original.png current.png candidate.png \
  --subject "制作中の作品" --creator "あなたの名前" \
  --decision defer --rationale "この候補は後で見直す。"
synapse creator-report "$HOME/SynapseGit/demo" session-1

事例: 《星月夜》の上塗りを工程ごとに記録する

1日目(2026-10-09、17:20〜18:46 の約1時間半)で、計画と工程1〜4の5件を記録し、すべて採用しました。

塗る前(Original) 工程1 白の後 工程2・3と空の一部の黒の後
塗る前のレプリカ 工程1 白の後 工程2・3と空の一部の黒の後

写真は位置情報を除いた公開用のコピーです。

AI が出した提案

AI(Claude Code)が、レプリカの画像から明度5段階の見本と、工程ごとの地図を作りました。地図の赤い輪郭が、その工程で塗る場所です。白から順に暗い色へ、5工程で塗り重ねる計画です。

計画: 明度5段階の見本 工程2の地図(赤い輪郭が塗る場所)
明度5段階の見本 工程2の地図

3枚の割り当て

枠 この事例で入れたもの
Original 塗る前のレプリカの写真(全件共通)
Current その工程を始める前の写真
AI output その工程の地図。計画の1件は明度5段階の見本
Human Decision 制作者が見比べて選んだ採用・不採用・保留

課題5: 実物の制作では、AIの案と自分の筆の結果が混ざりやすい。SynapseGitの答え: 塗った写真はAIの枠に入れず、次の工程のCurrentにする

ルールは2つです。制作者が塗った絵の写真は、AI output の枠に入れません。塗り終えた写真は、次の工程の Current になります。

エージェントが工程2の候補を置いたコマンドは次のとおりです。この時点では判断は記録されません。

O=photos/registered/20261009_step1_before.jpg
synapse inbox put .synapsegit/inbox step2-lightblue \
  "$O" photos/registered/20261009_step1_after.jpg output/steps_blue/step2_lightblue.png \
  --subject "星月夜の上塗り(白・青・黒の明度5段階)" --creator "howlrs" \
  --generation-note-file .synapsegit/notes/step2-lightblue.json --format json

記録した5件

件 Current 判断 公開用の判断メモ
計画 plan-blue-5values 塗る前 採用 この見本を計画として採用し、白から順に塗り始めた
工程1 白 step1-white 塗る前 採用 月の光の輪、星、右の明るい帯に加え、渦の明るい筋なども白で塗った
工程2 明るい青 step2-lightblue 工程1の後 採用 白に青を少し混ぜた色で、空の広い範囲を塗った
工程3 中間の青 step3-midblue 工程1の後(代用) 採用 白青を濃いめにして塗ったが、見本の「3 中間の青」より明るめになった
工程4 青 step4-blue 工程2・3の後 採用(塗る前の判断) この地図で工程4を塗ることにした

判断は、制作者の私が3枚を見比べたうえで会話の中で「採用」と伝え、エージェントが creator-run で記録しました。エージェントが代わりに選んだ判断はありません。

表の「公開用の判断メモ」は、非公開の判断理由とは別に、公開用の説明文として書いたものです。

記録して分かったこと

  • 写真のない隙間も、隠さずに書ける。 工程2と3は続けて塗り、その間の写真がありません。工程3の Current は工程2の前と同じ写真で代用し、生成メモと公開用の説明にそう書きました
  • 提案と実物のずれが残る。 工程3のメモには「見本より明るめになった」と残っています。同じ日の添削でも、見本では空の約56%が3〜4の暗さなのに、実物は白〜明るい青に寄っていました。直し方は工程4の計画に回しています
  • 採用は「その案を選んだ」記録です。 地図どおりに塗ったことや、絵が変わったことまでは証明しません。ずれは写真とメモで読み取ります
  • 公開と非公開を分けられる。 公開リポジトリには、位置情報を除いた写真、AI の提案、進捗メモ、公開用の書き出しを載せました。記録本体、判断の理由、生成メモ、受け取ったままの写真は手元に残しています

この制作から生まれた改善

実際に使うと、ツールの引っかかりが見つかります。翌日の v1.1.0 には、この制作で出た点への対応が入りました。

課題6: 机上の設計だけでは、実制作の引っかかりが見えない。SynapseGitの答え: 自分の制作で使い、見つかった点を翌日のv1.1.0で直した

この制作で起きたこと v1.1.0 での対応
スマホの写真に位置情報が入っていて、手作業で EXIF を除いたコピーを作った 取り込む前に JPEG・PNG の位置情報を警告する(ファイルは変えない)
会話で伝えた判断を記録するのに、3枚を指定し直して creator-run を実行した synapse inbox decide で、Inbox に置いた候補のまま判断を記録できる
理由を省いた工程4に、既定の英文が入った 省いた理由は空のまま残す
公開用の書き出しは英語で、作品名と制作者名も入らないため、説明文を手で書いた --locale ja の書き出しと、作品名・制作者名の候補表示
公開用の判断メモを足して、書き出しを作り直した --replace で、検証済みの書き出しを安全に置き換える

ほかの使いどころ

向いているのは、時間をかけて進み、節目ごとに AI の案を人が選ぶ制作です。後から自分や引き継ぐ人に「なぜそうしたか」を説明する必要があるときに効きます。

課題7: 引き継いだ人が、過去の判断の理由をたどれない。SynapseGitの答え: 判断と理由を、元の状態や案と一緒に手元に残す

場面 Original / Current / AI output 人が決めること 今の位置づけ
絵画の上塗り 塗る前 / その工程の前 / 工程の地図 その地図で塗るか この記事の実制作
壁画の保全 元の壁画 / 傷みが見える今 / 控えめな処置案 処置案を採るか 15分のチュートリアル(合成画像)
AI 画像の改善 最初の生成 / 直前の版 / 改善した候補 どの候補を使うか 手元の AI エージェントの手順に組み込み済み
建築 設計 / 直前の現況 / 変更案 採用・是正・保留とその理由 想定している場面
施工・修復 処置前 / 現況 / 処置案 戻せない処置の前の判断 想定している場面
デザイン 参考資料 / 今の案 / AI の案 採否と却下の理由 想定している場面

AI 画像の改善では、最初の1枚で足りるときは記録しません。直しが必要になったときだけ、元の画像と候補を残し、人が選んだときだけ判断を記録します。

「想定している場面」でも、v1 で記録できるのは3つのファイルと判断です。画像の差分の自動検出や、BIM・CAD との連携はありません。既存の制作ソフトを置き換えるものではなく、その外側で判断をつなぐ道具です。

まとめと今後

SynapseGit を絵画に使ってみて、「AI が何を提案し、自分が何を決めたか」を工程ごとに振り返れるようになりました。あわせて、ツールの直すべき点も見つかりました。

制作の続き

絵は工程4(チューブの青)から再開します。空を暗い側へ戻し、地上の白を落とす予定です。その後、工程5(黒)、仕上げ、完成をそれぞれ1件ずつ記録します。三日月の黄色を残すかどうかは、まだ決めていません。

SynapseGit の続き

v1.0 の後に予定している機能には、この事例とそのまま重なるものが2つあります。

  • 工程のつながりの記録。 今は、「工程1の後の写真が工程2の Current になった」というつながりを記録に持てません。前の記録とのつながりを残せるようにします
  • 複数の候補を並べて比べる画面。 同じ状態から作った複数の案を、記録を変えずに並べて見比べられるようにします

この事例の限界

課題8: 記録があることが、証明だと受け取られやすい。SynapseGitの答え: 確かめるのは記録したファイルのバイトが同じかどうかだけ

この事例は開発者本人による制作です。独立した利用者の評価や、導入の成果ではありません。SynapseGit が確かめるのは記録したファイルのバイトが同じかどうかで、絵が変わったことや作者までは証明しません。

SynapseGit は Source-Available License で公開しています。商用・本番での利用には、別途書面での許可が必要です。まずは15分の壁画チュートリアルから試せます。

参考

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