概要(TL;DR)
- α-アクチニン–AcGFPをラット新生仔心筋細胞のZ線に発現させ、1本のサルコメア長(SL)をナノメートル精度で追跡可能にした。
- 撮影速度50 fpsで3 nm(Fluo-4併用時8 nm)の精度を実現し、一細胞・一サルコメア単位での動態計測を可能にした。
- 個々のサルコメアの非一様な長さ変化の時間差伝播を明らかにし、平均SL解析の限界を提示。
- 電気刺激時と同一波形を示す自発的サルコメア振動(cell-SPOC)を観測し、サルコメアの自律オシレーター性を実験的に補強。
- ミオシン活性化剤オメカンチブ・メカビル(OM)の効果を検出し、創薬応用の可能性を示した。
背景と目的
心筋細胞の拍動は、サルコメア長(SL)のわずかな変化(約100 nm)で収縮力が大きく変化するというフランク=スターリング機構に支えられている。
しかし、従来の顕微観察では平均SLの解析にとどまり、単一サルコメアのナノスケール変化とCa²⁺動態の同時計測は困難であった。
本研究では、Z線を標識する蛍光タンパク質AcGFPをα-アクチニンに融合し、生きたラット新生仔心筋細胞内で単一サルコメアの動きをナノ精度で追跡する「SL-nanometry」を確立した。
方法の要点
- 標識:pAcGFP–α-actinin プラスミドを心筋細胞に導入(Lipofectamine LTX使用)
- 観察:倒立蛍光顕微鏡+EM-CCDカメラ(60× 油浸 NA 1.45)
- フレームレート:50 fps(空間分解能3 nm)
- 同時計測:Ca²⁺指示薬Fluo-4 AM併用で[Ca²⁺]ᵢ変化とSLを同時記録
-
解析:蛍光強度プロファイルをImageJおよび独自Excelマクロで処理し、
- SL振幅
- 短縮・伸長時間
- Z線変位
- 振動周波数
を算出。
主な結果と考察
● 高精度SL計測の実現
AcGFP-Z線蛍光の位置フィッティングにより、3 nm精度でZ線間距離を測定可能となった。
Fluo-4併用でも精度は8 nmを維持し、Ca²⁺変動下でのSL–Ca²⁺同時計測を実現した。
● サルコメアの非一様な動き
連結するサルコメア間で長さ変化の時間差伝播が生じ、平均SL解析では伸長速度を過小評価することが判明。
→ サルコメアは「一斉に動く」のではなく、「波として伝わる」ことが明らかになった。
● 自発的サルコメア振動(cell-SPOC)
イオノマイシン処理+小胞体Ca²⁺遮断により、電気刺激なしで周期的振動を示すサルコメアが出現。
振動波形は電気刺激時と同一であり、サルコメアが自律的オシレーターとして振る舞うことを裏付けた。
● 創薬評価への応用
ミオシン活性化剤オメカンチブ・メカビル(OM)を添加すると、
- Z線変位が増大
- 短縮時間が延長
- 振動周波数が低下
が観測された。
これはSPOCモデルの予測「付着率↑+分子摩擦↑」と一致し、薬剤作用のナノスケール評価法としての有効性を示した。
生理学的意義と展望
本研究は、心筋細胞における興奮収縮連関をナノメートル分解能で可視化し、
サルコメアレベルでの機械的同期とその破れを初めて定量化した。
これにより、後続研究で提唱された
- Contraction Rhythm Homeostasis(CRH)
- Sarcomere Chaos with Changes in Calcium Concentration(S4C)
-
Chaordic Homeodynamics
などの新概念の実験的基盤が築かれた。
このSL-nanometry技術は、心筋疾患モデル・創薬評価・発達過程の心筋成熟解析など、今後の心筋ダイナミクス研究の標準技術として発展が期待される。
論文情報・引用
Seine A. Shintani, Kotaro Oyama, Fuyu Kobirumaki-Shimozawa, Takashi Ohki, Shin’ichi Ishiwata, Norio Fukuda.
Sarcomere length nanometry in rat neonatal cardiomyocytes expressed with α-actinin–AcGFP in Z discs.
Journal of General Physiology 143, 513–524 (2014).
https://doi.org/10.1085/jgp.201311118
推奨引用形式(BibTeX)
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