この記事は 「Excel業務をDX化したい。あなたならどうする? by MESCIUS Advent Calendar 2025」 の 7 日目の記事です。
「とりあえず脱Excel」で失敗していませんか?
「この Excel を DX 化したいので、良さそうな SaaS を探してきてください」
「マクロがカオスなので、RPA で何とかしてほしいです」
こういう相談を受けたとき、いきなりツール選定から入るとかなりの確率でこじれます。
- 導入した SaaS が現場に刺さらない
- Excel から Web に全面移行したけど、結局 Excel に逆戻り
- RPA が増えすぎて、メンテ対象が Excel からロボに置き換わっただけ
原因を一言でいうと、
「ツールの話をする前に、Excel に何をやらせているのかを整理していない」
ことが多いです。
この記事では、具体的なライブラリや SaaS の名前はほどほどにしつつ、
- Excel 業務をどう分解するか
- どんな DX パターンがあり得るのか
- どんな観点で意思決定すればよいか
といった 「設計思考」的なフレームワーク を整理してみます。
最後に、Excel ライク UI を実現できる SpreadJS / Wijmo などのポジションも簡単に触れます。
Step 0:Excel に「何をやらせているか」を分解する
DX の前に、まずは 今の Excel の役割を分解する ところから始めます。
1 つの Excel ファイルの中に、だいたい次のような役割が詰め込まれています。
-
① UI(入力フォーム)
- セルに入力させる
- ドロップダウンやチェックボックスを置く
- 条件付き書式でエラーを赤くする など
-
② 一時的なデータ格納
- 入力された値をそのままシートに持たせている
- 他のシステムに送るまでの一時保存
-
③ 集計・計算ロジック
- 関数(SUMIF, VLOOKUP, COUNTIF, …)
- マクロ / VBA
- 複数シートまたぎの参照
-
④ 帳票レイアウト
- 見積書、請求書、申請書などの紙/PDF 前提のレイアウト
- 「ここに社印」「ここに承認者名」のような枠
-
⑤ ワークフロー
- セルに印鑑画像を貼る
- 承認者が色を変える
- ファイル名でステータス管理(
*_承認済み.xlsxなど)
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⑥ 他システムとのインタフェース
- CSV 出力して別システムにインポート
- 逆に、システムから吐かれた CSV を読み込んで加工
いきなり「脱Excelです!」と言い出す前に、
「この Excel は、①〜⑥のうちどれを担当しているのか」
を棚卸ししておくと、後の設計が圧倒的に楽になります。
4つの Excel DX パターン
役割を分解したうえで、ざっくり次の 4 パターンで考えると整理しやすくなります。
- A:Excel 強化型
- B:Excel フロント+システム裏側分離型
- C:Excel ライク Web UI 型(SpreadJS / Wijmo など)
- D:フル SaaS / パッケージ型
順番に見ていきます。
パターンA:Excel 強化型(そのまま活かす)
「Excel が一番早い。なのでそのまま強化する」
という割り切りです。
どんなときに向いている?
- 拠点や利用者が少ない(数人〜数十人)
- 業務があまり変わらない / 変わっても Excel 側で追従可能
- システム部門にリソースがほとんど無い
- データの正規化や高度な分析は「そこまで求められていない」
手段の例
- VBA / マクロの整理・リファクタリング
- Power Query / Power Pivot で集計業務を軽量化
- OneDrive / SharePoint で最低限の共有とバージョン管理
メリット
- 初期コストが低い
- 現場の使い勝手を変えなくて済む
- 「とりあえず明日の業務を楽にする」には強い
デメリット
- Excel への依存は残る
- 属人化リスクを完全には潰せない
- 他システムとの連携や拡張性に限界がある
パターンB:Excel フロント+システム裏側分離型
「画面は Excel のままだけど、裏側のデータはシステムで持つ」
というアプローチです。
どんなときに向いている?
- 現場は Excel 操作に慣れている&変えたくない
- でも、データは DB できれいに持ちたい
- 既存の Excel フォーマット(申請書など)を短期的には変えづらい
手段の例
- Excel アドイン(VSTO / Office.js)で API と連携
- Excel から REST API を叩いて、DB への保存 / 取得を行う
- 「入力テンプレートとしての Excel」と「マスタデータとしての DB」を分ける
メリット
- 画面 = Excel のままなので、現場の教育コストが低い
- データは DB に保存できるので、別の Web 画面や BI からも参照しやすい
- 段階的に Web 画面へ移行しやすい
デメリット
- Excel クライアントに依存する(ローカルインストールが前提になりがち)
- アドインやマクロのメンテが発生する
- オフライン環境や VPN など、ネットワーク制約を考慮する必要がある
パターンC:Excel ライク Web UI 型(SpreadJS / Wijmo など)
「Excel の操作感は残しつつ、ブラウザだけで完結させる」
パターン A/B と D の中間に位置するアプローチです。
どんなときに向いている?
- 現場の Excel 操作スキルは活かしたい
- ただし、クライアント環境やバージョン差をなくしたい(ブラウザだけにしたい)
- 行列ベースの UI が業務と相性が良い(見積、台帳、スケジュール表など)
- 他システムとの連携、認証、権限管理などを Web で統合したい
手段の例
- JavaScript のスプレッドシートライブラリ(例:SpreadJS)で Excel ライク UI を実装
- グリッドコンポーネント(例:Wijmo の FlexGrid)+フォームで入力 UI を作る
- バックエンドは REST / GraphQL API + DB でシンプルに正規化
メリット
- UI は Excel に近いので、現場が受け入れやすい
- クライアントに Excel をインストールしなくてもよい
- Web アプリの恩恵(ログ取得、アクセス権、スケーリングなど)を得られる
デメリット
- Web アプリ開発のスキルが必要(フロント+バック)
- 「Excel ならできた細かいこと」がそのまま再現できない場合もある
- ライブラリの学習コストやライセンス費用がかかることが多い
パターンD:フル SaaS / パッケージ型
「Excel はやめて、その業務は SaaS に任せる」
一番「脱Excel」感の強いパターンです。
どんなときに向いている?
- 業務が世の中によくあるパターンに近い
- 経費精算、勤怠、交通費、CRM、プロジェクト管理など
- 社内に開発リソースが少ない
- ベンダーサポート込みで責任を持ってほしい
メリット
- 自前開発に比べて、立ち上がりが早い
- ベストプラクティスが機能として組み込まれていることが多い
- セキュリティや法対応(インボイスなど)をベンダー側で追ってくれる
デメリット
- 現場の業務が SaaS に合わせる必要がある
- 細かい Excel 的な自由度は失われる
- ライセンスコストがユーザー数に比例することが多い
どのパターンを選ぶ?判断チェックリスト
ここまでの 4 パターンを踏まえて、
現実の案件でよく使う判断軸をチェックリスト的に並べてみます。
1. 利用人数・拠点数
- 少人数 / 1 拠点
- → A or B でも十分なことが多い
- 多拠点 / 数百人単位
- → C or D を本命に検討
2. 業務変更の頻度
- ルールがコロコロ変わる
- → 自前開発(B or C)で柔軟性を確保
- ほとんど変わらない
- → D(SaaS)でも馴染みやすい
3. 帳票レイアウトへのこだわり
- 「この見た目のままじゃないとダメ」
- → A / B / C が候補
- 「レイアウトはある程度変わっても良い」
- → D も選択肢になる
4. システム部門・開発リソース
- 開発者がほぼいない
- → A or D でスタート
- JavaScript / Web が書ける人がいる
- → C はかなり強力な選択肢になる
- .NET / Java などサーバーサイドが得意
- → B + C などの組み合わせもやりやすい
5. データ活用ニーズ
- 「月次レポートが出れば十分」
- → A / B でも何とかなる
- 「部門横断で集計したい」「将来 BI につなげたい」
- → B / C / D のいずれかで DB を前提に設計
簡易マトリクスでざっくり当たりをつける
厳密ではありませんが、感覚的には次のように当てはめると整理しやすいです。
| 条件 | 有力候補 |
|---|---|
| 小規模チーム、Excel スキル高、開発リソース少 | A(Excel強化) |
| Excel は残したい、でもデータは DB で持ちたい | B(Excel+API) |
| 操作感は Excel のまま、ブラウザだけで完結させたい | C(Excel ライク UI) |
| 業務が標準的、システム部門に余力なし、ベンダーサポート重視 | D(SaaS / パッケージ) |
「正解はこれ」というよりは、
「今の状況だと、この 2 パターンくらいに絞れそう」
という “候補絞り” のためのマトリクス として使うのがよいです。
シナリオで考える:3つのよくあるケース
ケース1:部門内だけで使う集計 Excel
- 利用者:同じ部の 5〜10 人
- 用途:営業実績の月次集計/チーム内共有
- 帳票:特にこだわりなし(ピボットテーブルで見られれば OK)
この場合、
- A:マクロ整理 + Power Query / Pivot で十分
- B:必要に応じて CSV を DB に流し込む仕組みを追加
あたりから入るのが現実的です。
いきなり C / D でシステム化すると、コストに見合わないことが多いです。
ケース2:全社配布の申請書 Excel(経費精算など)
- 利用者:全社員
- 用途:経費申請/交通費申請
- 帳票:フォーマットは変えられるが、承認フローは必須
この場合、
- 「承認」「履歴」「監査」「モバイル対応」などを考えると、
- D(専用 SaaS)が一番フィットしやすい
- ただし、既に Excel 文化が強く、SaaS への切り替えに時間がかかる場合は、
- B(Excel フロント+裏側システム)で段階移行
- or C(Web 版の申請画面)を新設して移行期間を設ける
といった 段階的な戦略 が重要になります。
ケース3:複雑な台帳/見積 Excel(レイアウト命)
- 利用者:特定部門の数十人
- 用途:見積作成/台帳管理/シミュレーション
- 帳票:レイアウトが命。Excel の行列ベース UI がしっくり来ている
この場合、
- 行列ベースの UI を捨てると、生産性が大きく落ちる
- しかし、Excel ファイルのままだと
- 同時編集 / 整合性 / 履歴管理がつらい
ので、
- C:SpreadJS / Wijmo などの Excel ライク UI + Web アプリ
-
- 裏側は DB でしっかりデータ管理
という構成がかなりハマりやすいです。
SpreadJS / Wijmo の居場所
MESCIUS が提供している
- JavaScript スプレッドシートライブラリ SpreadJS
- UI コンポーネントライブラリ Wijmo
は、上でいうと パターンC にきれいにハマります。
- Excel で作り込んだ UI を Web 上で再現したい
- でも、アドイン配布やバージョン管理から開放されたい
- ブラウザさえあれば現場が使えるようにしたい
といったニーズがある場合に、
「Excel を捨てる」のではなく、
「Excel 的な操作感を Web に持ってくる」
というアプローチが取れるのが強みです。
SpreadJS であれば、
- Excel ファイルのインポート/エクスポート(ExcelIO)
- セル単位の入力制限や条件付き書式
- 関数/数式エンジン
など、Excel 的な表現力をかなりの範囲で Web でも使えます。
Wijmo であれば、
- グリッド(FlexGrid)
- チャート
- 入力コントロール
などを組み合わせて、
- 「台帳はグリッドで」
- 「明細の編集は専用フォームで」
といった Excel より一歩進んだ UI にも発展させやすくなります。
まとめ:DX の本質は「ツール選び」ではなく「設計思考」
この記事で伝えたかったポイントを、最後にもう一度まとめます。
- Excel 業務 DX でまずやるべきは、
- 「この Excel が何の役割を果たしているか」を分解すること
- その上で、4 パターンから当たりをつける
- A:Excel を強化して延命する
- B:Excel をフロントに据えつつ、裏側をシステム化する
- C:Excel ライク UI を Web に移植する(SpreadJS / Wijmo など)
- D:業務に合う SaaS / パッケージに寄せていく
- 「現場の操作感」「データ活用ニーズ」「開発リソース」のバランスを見ながら、
- どのパターンを
- どの順番で
- どのくらいの粒度で進めるか
を意思決定するのが、設計者の仕事です。
もし、いま手元に「秘伝 Excel」があるなら、
今日できる第一歩として、
その Excel の中に、「① UI」「②データ」「③ロジック」「④帳票」「⑤ワークフロー」「⑥連携」
が、どのくらいの割合で詰まっているか眺めてみる
ところから始めてみてください。
それだけでも、「次の一手」の選択肢が少しクリアになるはずです。