概要(TL;DR)
- 心電図 R波付近(拡張終期→収縮開始の十数 ms) に、心室中隔(IVS)を頂点‐基部方向へ走る機械的トラベリング波を、フェーズトラッキング型超音波イメージングで非侵襲に観測。
- 観測波は、波数ほぼ0の領域で局所的な位相跳躍と振幅ディップ(“hole”)が共存。時空間パターンは ホモクリニック穴 の特徴を示し、大動脈弁閉鎖に伴うLamb波とは質的に異なるダイナミクス。
- 一次元複素ギンツブルグ=ラウダウ方程式(CGLE) に周期境界条件を与えた数値解と突き合わせ、位相・振幅パターンがCGLEのホモクリニック平面波解と整合することを示唆。
- 欠陥(hole)推定速度は 約 0.04 mm/ms(= 40 mm/s)。非線形波動論の普遍クラスとしてCGLEが心筋壁ダイナミクスの一部を記述し得る道を提示。
背景と目的
拡張終期から収縮開始へ切り替わる刹那、心筋には電気興奮とは別由来の機械的波動が現れることが報告されてきました。本研究は、心室中隔に沿う縦方向(心尖→基部)の運動を超音波のフェーズトラッキングで高感度に捉え、“高速・大振幅”のトラベリング波の位相パターンと振幅構造を可視化・解釈することを目的としました。
理論面では、CGLE を用いて観測波の普遍的(モデル非依存)な説明が可能かを検討します。
方法の要点
- 観測:フェーズトラッキング型超音波イメージングにより、IVSの縦方向変位場を拡張終期〜収縮開始の時間窓で連続取得。
- 解析:得られた時空間データの瞬時位相・振幅を抽出し、位相の跳躍と**振幅ディップ(hole)**の共存を評価。伝搬速度を見積もり。
-
モデル:1次元CGLE(周期境界条件) を数値的に解き、ホモクリニック平面波解に由来する位相・振幅パターンと比較。
- CGLE はベンジャミン–フェイア(Benjamin–Feir)不安定性や欠陥乱流を含む非線形波動を普遍的に記述する枠組み。
- 厳密解は未解明な部分が残るものの、観測と整合するパラメータ域が確認された。
主な結果と考察
1) 観測された“hole”を伴うトラベリング波
- 位相が急峻に跳躍し、その位置で**振幅が一過的に落ち込む(hole)**構造を検出。
- 波数がほぼ0でも位相欠陥と振幅抑制が共存し、ホモクリニック穴の特徴を満たす。
- 欠陥の推定速度 ≈ 0.04 mm/ms(40 mm/s)。
2) CGLEとの対応
- CGLEのホモクリニック平面波解で再現される位相・振幅の同時パターンと、観測結果が定性的に一致。
- これは、心筋壁に現れるトラベリング波がCGLE普遍クラスに属する可能性を支持。
- Lamb波(大動脈弁閉鎖時の異相性波)とは周波数・位相整列・発生機序の点で質的に異なる。
3) 生理・病態への含意
- 弾性・粘性パラメータの空間不均一性が位相欠陥を介して振幅を抑制するという解釈が妥当。
- 虚血や線維化などで組織特性が変化すると、異常波伝搬の様式が変わる可能性。
- 筋原線維の自発振動(SPOC/HSOs)とマクロスケールの壁波の接続原理を探る上で重要な手がかり。
用語メモ(統一表記)
- hole / ホール:振幅が低下し位相欠陥が集中する局所構造。
- ホモクリニック平面波:同一の平衡点に漸近する軌道をもつ解。CGLEに現れる欠陥構造の一種。
- CGLE:Complex Ginzburg–Landau Equation(非線形振動・波動の普遍モデル)。
関連(本シリーズ内)
- Lamb波の単純分散式モデル(JPSJ 2015)
- “hole”挙動の振幅・位相解析(BBRC 2024)
- SPOC波の束化筋原線維モデル(Biophys. Physicobiol. 2016)
論文情報・引用
Naoaki Bekki, Seine A. Shintani, Shin’ichi Ishiwata, Hiroshi Kanai.
A Model for Measured Traveling Waves at End‑Diastole in Human Heart Wall by Ultrasonic Imaging Method.
Journal of the Physical Society of Japan 85, 044802 (2016).
DOI: https://doi.org/10.7566/JPSJ.85.044802
推奨引用形式(BibTeX)
@article{Bekki2016JPSJ,
author = {Naoaki Bekki and Seine A. Shintani and Shin'ichi Ishiwata and Hiroshi Kanai},
title = {A Model for Measured Traveling Waves at End-Diastole in Human Heart Wall by Ultrasonic Imaging Method},
journal = {Journal of the Physical Society of Japan},
year = {2016},
volume = {85},
pages = {044802},
doi = {10.7566/JPSJ.85.044802}
}