本シリーズは、新谷が主著または共著として発表した査読付き原著論文を紹介します。
Seine A. Shintani, Seiji Yamaguchi, Hiroaki Takadama (2022) Microscopy 71(5): 297‑301
DOI: https://doi.org/10.1093/jmicro/dfac030
TL;DR
- DET膜(Deformable & Electron‑Transmissive film)=変形可能で電子が通る超薄膜で濡れ試料を密封し、真空SEMでそのままリアルタイム観察を可能にした。
- 膜が立体形状に追従しつつ差圧に耐えるため、摘出心臓のような大型・水和試料や液中現象のその場観察ができる。
- 構造の解像と自由な運動の追跡を、膜の圧着(プリロード)調整で切り替えられる。
- 環境SEM/NanoSuit®/SiN・グラフェン窓の弱点の隙間を埋め、“濡れたまま×動く”対象をSEMの解像で扱える実用ルートを示した。
なにが新しいか(概念の要点)
- “変形する電子窓”という発想:硬い窓材のサイズ・平面性の制約を越え、柔らかい電子透過膜で液体ごと封止。真空と水系ダイナミクスを直接ブリッジ。
- マクロからナノまでを一望:器官スケールの往復運動に数十 nm 級の微小ゆらぎが重畳する実像を同一視野・同一モダリティで把握。
- 操作で“モード切替”:圧着を強めれば微細構造がくっきり、緩めれば自然な運動を追跡——観たいものに合わせて最適化できる。
しくみ(直感的イメージ)
- 試料と溶液をDET膜で密封(漏れなく薄く覆う)。
- 膜が3D形状に沿ってたわむ(組織の凹凸にフィット)。
- 電子線が膜を透過し、膜直下の濡れ試料から信号を取得。
- プリロード調整で、構造強調↔自由運動を切替。
ポイント:“乾かさない/凍らせない”まま、生体・ソフトマター・溶液反応のその場観察へ。
何が見えたか(代表例)
- 摘出マウス心臓(未固定・溶液中):サブミクロン級の往復運動に、数十 nm 級のナノオシレーションが直交的に重畳——多軸的拍動の像が立ち上がる。
- 液中ダイナミクス:結晶の析出/沈降/破砕/衝突や、1 µmビーズ群のふるまいをその場で連続追跡。
従来法との関係(位置づけ)
- 環境SEM:蒸気環境での観察は可能だが、自由な液中運動や厚みのある立体組織は制約。
- NanoSuit®:表面被覆で“生”観察に迫るが、水浸・自由運動が本質の試料は難しい。
-
SiN/グラフェン窓:電子透過◎だが脆く平板。大型・起伏試料に不向き。
→ DET膜は“柔らかい電子窓”として自由運動×濡れ×立体というニッチを埋め、SEMの可視化領域を拡張。
意義と波及
- 心筋機械学:階層的運動(器官↔ナノ)の同時把握で、生理的ゆらぎの理解を前進。
- ソフトマター/材料反応:液中で起こる瞬間の現象を、SEMの解像で“そのまま”可視化。
- 計測設計:乾燥・固定・凍結に依存しない第4の選択肢として、迅速な試行と新規指標の創出を後押し。
限界と今後
- 膜由来アーチファクトや電子線ダメージの見極めが前提。
- 対象・目的に応じた加速電圧/線量/圧着などの最適点を、標準手順化していく余地がある。
論文情報・引用
Seine A. Shintani, Seiji Yamaguchi, Hiroaki Takadama.
Real‑Time Scanning Electron Microscopy of Unfixed Tissue in Solution Using a Deformable and Electron‑Transmissive Film.
Microscopy 71(5): 297‑301 (2022).
DOI:https://doi.org/10.1093/jmicro/dfac030
推奨引用(BibTeX)
@article{Shintani2022DET,
author = {Seine A. Shintani and Seiji Yamaguchi and Hiroaki Takadama},
title = {Real-Time Scanning Electron Microscopy of Unfixed Tissue in Solution Using a Deformable and Electron-Transmissive Film},
journal = {Microscopy},
year = {2022},
volume = {71},
number = {5},
pages = {297--301},
doi = {10.1093/jmicro/dfac030}
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