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【後編】目標は自分がいなくなること。退職直前の教員が「予算ゼロ×工夫」で構築した職員室DX

Last updated at Posted at 2025-12-07

はじめに

どうも、約1年半前まで公立小学校で教員をしていました、えぬおかです!
5年間教員を務め、転職。今は株式会社Works Human Intelligenceでエンジニアをしています。

弊社アドカレの8日目です。


本テーマは前後編の2部構成でお送りします。

【前編】「ヒト」と向き合う なぜ退職直前にDXを始めたのか? アナログな現場を変えるための「共感」や「仕掛け」について。

【後編】「モノ」を作る(本記事) SharePointやありものの機材を駆使して、具体的にどんなシステムを構築したのか? その技術的な裏側について。

退職直前のプロジェクトではありましたが、非常に楽しい経験をさせてもらいました。 20人程度の小さな職員室ですが、自分のアクションで組織全体のフローを変えることには、責任感と共に大きなやりがいを感じました。

前編では、ヒトや組織を中心に話を進めてきました。
以降、モノに焦点をあてて紹介したいと思います。

転職先も決まり、ゆるりと過ごすつもりが…

エンジニアへの転職が決まり、退職の申請も完了。残り数カ月。 「立つ鳥跡を濁さず」の精神で、お世話になった学校での日々を穏やかに満喫しようと思っていた矢先のことでした。突然、職員室DXの話が持ち上がったのです。

当時、教育現場はコロナ禍で加速したGIGAスクール構想の真っ只中。 児童一人一台端末が整備され、授業でのICT活用が叫ばれる一方で、「教員たちの働き方(職員室)」は依然としてアナログなままでした。

そんな中、教育委員会主催のICT研修で紹介されたある事例が、運命を変えます。 事例紹介のスライドを見て、会場が少しざわつきました。 映し出されたのは、職員室に設置されたドデカいモニター。

そこに何が映っているのか、具体的にはよく分かりません。でも、何やら「それっぽい情報」がデジタル表示されているだけで、すごくいい感じに活用できているように見えるのです。

これを見た同僚たちが「これいい!うちでもやりたい!」と盛り上がり、横にいた私を見て言いました。

「えぬおか、最後によろしく!」

こうして、退職直前のエンジニア(予定)による、予算ゼロ・納期数ヶ月の職員室DXが幕を開けたのです。

今回のDXの制約

  • 予算ゼロ(年度末で予算なし)
  • 納期数カ月(私が退職するまで)
  • メンテナー不在(私が去った後も運用できなければならない)

特に、運用が始まったとして、すぐに退職することは確定していたので、その後も運用が続けられるような仕組みを考える必要がありました。

要件定義:ホワイトボードを「翻訳」する

研修で見た未来的なモニター。「何を表示するか」を設計するために、まずは既存のアナログ運用(レガシーシステム)の仕様を徹底的に分析することから始めました。

現状分析(As-Is):情報の「聖地」

職員室の壁一面にある巨大ホワイトボード。 ここには1ヶ月先までの行事予定や今日明日の詳細連絡が記載され、更新は主に教頭・事務の先生が担っていました。

また、毎朝の「職員朝礼」は、このボードの情報を同期するための必須イベントでした。 しかし、開催時間は多忙な朝の会直前。「週2回に減らす」という試みもありましたが、重要な連絡を見落とすリスクがあり、情報の周知徹底には課題が残っていました。

アナログ運用の「功罪」

デジタル化にあたり、アナログの良い点は継承し、悪い点だけを解消する必要があります。それぞれの特性を整理しました。

✅️ 残すべきメリット(機能要件)

一覧性: 巨大な盤面で、パッと見るだけで全体の動きが把握できる。

信頼性: 「そこを見れば最新」という単一の正解(Single Source of Truth)がある。

強制力: 職員室にいれば嫌でも目に入り、受動的に情報を得られる。

⚠️ 解消すべき課題(ボトルネック)

属人化: 更新権限が実質的に管理職に固定されている。

場所の制約: 職員室に行かないと情報が見られない。

物理的制約: ボードの大きさにより、最大1ヶ月先までしか表示できない。

検索性の欠如: 行事の詳細を知るには、別途紙の資料を探す必要がある。

目指すシステムの要件(To-Be)

ホワイトボードの「一覧性・強制力」を維持しつつ、「場所と時間の制約」を解消する。 この課題をクリアするために、以下の3つの要件を定義しました。

Availability(可用性) 「職員室に行かないと見られない」からの解放。教室でも自宅でも、いつでもどこでもアクセスできること。

Usability(使いやすさ) 「ITが苦手な先生でも投稿できる」こと。ホワイトボードにペンで書くのと同じくらい簡単なUIであること。

Sustainability(持続可能性) これが最重要です。私が退職した後も運用が回るよう、「メンテナンスフリー」であること。コードを書かず、標準機能だけで構築すること。

技術選定:なぜ「SharePoint」だったのか

要件を満たすための手段として、Microsoft 365 (SharePoint Online) を採用しました。 他にも選択肢はありましたが、以下の理由から「SharePoint一択」という結論に至りました。

選定プロセス:消去法と積極法

× スクラッチ開発 / Google Apps Script (GAS)

エンジニアとしては自分で作りたい欲求もありました。しかし、退職まで数カ月という状況では、セキュリティや脆弱性対応まで考慮した堅牢なアプリを作る時間はありません。 何より、私が退職した後に「誰にもメンテできない秘伝のタレ(コード)」を残すことは、属人化の極みであり、最も避けるべきことでした。

× Notion 導入

モダンなツールは魅力的ですが、公立学校という環境ではハードルが高すぎます。 新たなアカウント管理の手間、コスト発生による承認プロセスの長期化。これらは「退職までの数カ月」という時間的制約の中で致命的でした。

○ SharePoint Online

これらに対し、SharePointには圧倒的なアドバンテージがありました。

認証基盤がある: GIGAスクール構想により、教育委員会が全職員分のMicrosoftアカウントとTeams環境を既に整備してくれていた。

コストゼロ: 既存ライセンス内で完結するため、追加予算の申請が不要。

GUI完結: ノーコードで構築できるため、引き継ぎが容易。

そもそもSharePointとは?

ご存知ない方のために補足すると、SharePointはMicrosoftが提供する「組織内ポータルサイト作成・ファイル共有サービス」です。 HTML/CSSを書かなくても、用意されたパーツを並べるだけで、行事予定や連絡事項を表示するWebサイトが作れます。

インフラやセキュリティの保守はMicrosoftにお任せできるため、管理者のいない学校現場にとって、これほど「安心安全で持続可能なプラットフォーム」はありませんでした。

結論

今回の技術選定の決め手は、技術的な優位性やモダンさではありません。 「組織への適合性(退職後も使い続けられるか)」。この一点において、SharePointが最適解でした。

実装:職員ポータルサイトを作ろう!

退職後のメンテナンス性を考慮し、カスタムスクリプトは一切使用せず、SharePointの標準機能(Webパーツ)の組み合わせだけで要件を満たしました。

構築した職員ポータルサイトの主な構成要素は以下の4点です。

  1. 今日・明日の動き(ニュース投稿)
    朝の職員朝礼で確認していた最重要情報「今日・明日の行事予定」は、ニュースパーツで実装しました。 更新担当は主に教頭先生ですが、毎日ゼロから入力するのは負担です。そこで、「ページテンプレート」を作成しました。 あらかじめ見出しや表組みがセットされたテンプレートを用意することで、教頭先生は「穴埋め」をするだけで投稿が完了します。これにより、投稿ハードルを下げつつ、情報のフォーマットを統一しました。
  2. だれでも投稿できる「周知事項」(ニュース投稿)
    もう一つのニュースパーツは、カテゴリを変えて「周知事項」用としました。 ここは「誰でも投稿可能」な運用にし、保健室からお願いや研究授業の連絡など、管理職以外も発信できるようにしました。 特定の誰かしか書けない「掲示板」から、全員で共有する「広場」へと役割を変えました。
  3. ファイルビュアー
    職員会議の資料は、ファイルビューアでトップページに埋め込みました。 各自が紙にメモする運用から、常に最新のファイルを参照する運用へ。 また、SharePoint上のファイルはリンクとして扱えるため、①や②のニュース投稿の中に「詳細はこちら」として資料リンクを貼る運用も定着しました。
  4. ショートカット配置
    日々の業務に必要なショートカットを最小限に配置しました。カレンダーや校務支援システム、連絡システムへのリンクも集約。 「とりあえずここを開けば仕事が始められる」という状態を作りました。

ポータルサイトのイメージ

image.png

※Geminiさんが1分で作ってくれました。

データの源泉:Outlookカレンダー

ポータル上に表示する行事予定のデータソースには、Outlookカレンダーを採用しました。 SharePointの「イベント」Webパーツでこれを読み込むことで、教員は職員室にいなくても、手元のPCからいつでも最新の予定を確認できます。

システムを動かす「人の手」

技術的な構成はシンプルですが、このカレンダー運用が回っているのは、教頭先生と事務の先生のご尽力のおかげです。

前編の記事でも触れましたが、お二人は「学校運営の守護神」です。 これまで「ホワイトボードにペンで書く」という長年の習慣を、「Outlookにキーボードで入力する」という作業に切り替え、毎日コツコツとデータを登録してくださっています。

私が退職した後もDXが続いているのは、SharePointが優れているからではありません。 お二人がシステムに命(データ)を吹き込み続けてくれているからです。この「人の手による運用」があって初めて、システムは価値を持っています。

ハードウェアの工夫

SharePoint(ソフトウェア)を作っただけでは、DXは完成しません。 なぜなら、PCを開いてポータルにアクセスするという能動的なアクションが必要になるからです。「そこにいるだけで情報が入ってくる」ホワイトボードの体験には勝てません。

憧れと、UXとしての必然性

研修で見た「未来感のあるモニター」への憧れ。正直に言えば「かっこよさ駆動」のDXの側面もありました。 しかし、設計視点で見てもモニターの常設には大きな意義があります。

  • 情報の物理化: 実体のないデジタル情報を、物理空間に固定する
  • 強制視認: 職員室にいれば嫌でも目に入る状態(受動的アクセス)を作る

この「ホワイトボードと同じUX」を再現することこそが、デジタル移行の違和感を消す必須要件でした。

予算ゼロ・低解像度との戦い

しかし、年度末のため予算はゼロ。最新の4Kモニターなど買えません。 そこで行ったのが、倉庫の捜索です。埃をかぶっていた10年以上前の大型液晶テレビ(55インチ)を2台救出しました。
RCA端子(ファミコンやゲームキューブなどでおなじみの赤白黃の端子)がある代物です。

スペックは低く、解像度はフルHD。細かい文字は潰れてしまいます。 そこで、表示側のPC設定で工夫しました。

  • ブラウザの拡大率調整: 文字が潰れないギリギリのサイズまで拡大
  • 全画面表示(F11): メニューバーや枠を消し、情報の表示領域を最大化

設置は「床置き」から

スタンドも壁掛け金具も買う予算がありません。 結果、職員室の前方、本棚の前の床に直置きで運用を開始しました。見た目は不格好ですが、「情報を映す」という機能要件は満たしています。 まずは形にすること。見た目の改善は、運用が軌道に乗った後の未来(予算がついたとき)に託しました。

モニター2台への「役割分担」

ホワイトボードの役割を2台のモニターに分割・委譲させました。 広大なホワイトボードのすべての情報を映すことは諦め、現場の先生が最も頻繁に確認する情報だけにフォーカスしました。

【左の画面】今日・明日の詳細 「チャイムの時間の変更は?」「出張者は?」 毎朝の朝礼で口頭確認していたレベルの細かい情報を常時表示します。これにより、朝礼がなくなっても情報の抜け漏れを防ぎます。

【右の画面】1週間の流れ(Weekビュー) 「明後日の会議は何時からだっけ?」 先生たちは常に数日先の準備をしながら動いています。月表示では細かすぎて見えないため、あえて「週表示」に固定し、直近の予定把握に特化させました。

この2画面体制により、「足元の確認」と「少し先の見通し」の両立を実現しました。

常時表示のモニターイメージ左(今日・明日の詳細)

image.png

常時表示のモニターイメージ右(1週間の流れ)

image.png

※Geminiさんが1分で作ってくれました。

おわりに - エンジニアとして思うこと

「ない」からこそ、工夫が生まれる

今回のプロジェクトは、予算ゼロ・納期1ヶ月という「ないない尽くし」のスタートでした。 しかし、だからこそ工夫が生まれました。

  • 予算がないから、Microsoft 365(既存資産)を徹底的に使い倒した
  • 機材がないから、倉庫の廃材モニターを復活させた
  • 人がいないから、誰でも触れるノーコードを選んだ

「ない」と嘆いて立ち止まるのではなく、工夫ひとつで現状は打破できる。その手応えを実感できたことは、私にとって大きな財産です。

最適解を選び抜くこと

エンジニアになった今、改めて思います。 技術は「手段」に過ぎません。課題を解決できるなら、それは高度なプログラムである必要はなく、運用でも、動画でも、物理的なモニター設置でも構わないのです。

制約の中で、ユーザー(先生たち)にとってのベストは何かを考え抜き、最適解を提供すること。 それが、私がこの職員室DXから学び、これからも大切にしていきたいエンジニアとしての姿勢です。

結び

当初の目的は「ホワイトボードの代替」でしたが、運用を続けるうちに、設計時には意図していなかった副産物が生まれました。

DXの意図しない副産物

  1. 職員会議のペーパーレス化
    以前の職員会議では、決定事項を各自が手元の紙やノートにメモしていました。これでは認識のズレが生まれます。 しかし、会議資料をポータル(ファイルビューア)で一元管理したことで、「ここ(クラウド)を修正すれば、全員が同じ決定事項を参照できる」という状態になりました。 結果として、ペーパーレス化が一気に加速しました。

  2. 情報発信の「民主化」
    以前は、情報の更新権限が実質的に教頭先生や事務の先生に固定されていました。 しかし、SharePointで「誰でも投稿できる場所」を作ったことで、情報の流れが変わりました。 「DX前は気にならなかったけど、変わってみると便利」 それぞれの先生が気軽に情報を発信できるようになり、投稿ハードルが下がりました。

退職後も、システムは生きているか?

私が退職して約2年。 正直なところ、転職直後は「運用が回らず廃止されたのではないか」と怖くて聞けずにいました。

しかし、(前編)の後日談でも触れた通り、その心配は杞憂でした。夏休みの元同僚との飲み会で聞いた話、そして実際に7月に現地で見た光景は、私の想像を超えていました。

「床置きの旧型モニター」は、「天井吊りの4Kモニター」へ。

予算ゼロで始めたシステムが、学校の正式な予算でアップデートされ、インフラとして稼働していたのです。 (※現在の細かな運用ルールまでは確認できていませんし、今回の投稿内容と実際の運用に乖離があるかもしれませんが、あの巨大モニターが稼働している事実だけは確かです。)

おわりに

新卒から5年間。私を育ててくれた公立小学校という温かい場所で、最後にこのような挑戦をさせてもらえたことは、エンジニアとしての原点になりました。

「ない」を嘆かず、工夫で解決する。 過去を振り返って記事を書くうちに、当時の熱量を思い出しました。 明日からも、エンジニアとして成長できるよう努力や工夫をしていきたいです!!

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