はじめに
こんにちは。(株) 日立製作所の Lumada Data Science Lab. の文景厚(むん)です。
みなさまは「AI研究者」が企業の中でどんな仕事をしているのかご存じですか?日立にはさまざまな分野で活躍するAI研究者がたくさんいます。この記事では、私が一緒に仕事をしているメンバーの紹介を通して、AI研究者の具体的な業務を深堀りします。
淺原 彰規さん
今回紹介するのは、(株) 日立製作所 研究開発グループ の淺原 彰規(あさはら あきのり)さんです。
💡プロフィール
2004年から研究開発グループに従事し、はじめに、カーナビゲーション向けの地図情報を扱うシステムの処理を手がけ、その後カーナビ向けの地図差分更新システム、位置情報に関するデータマイニングに携わり、現在は製品メーカーの材料関連についての開発を担当されています。
主な実績
- 国際標準「OGC Moving Features」策定
- AIの技術を活用したITソリューションとしてのマテリアルズインフォマティクス 材料&プロセス開発のためのインフォマティクスの基礎と研究開発最前線
- マテリアルズインフォマティクスを進めるには? ― 課題と対策 「研究開発リーダー」誌 8月号
- AI・機械学習の発展とデータ駆動型マテリアルズ・インフォマティクスへの展開, 日本化学会関東支部招待講演
- Use Cases and Applications of the OGC Moving Features, Location Powers(2016)
- 国際標準OGC(R) Moving Features策定動向について, Interop2015
今まで携わったお仕事
ーー携わったお仕事の内容についてお聞かせください。
カーナビゲーションの地図情報を扱うシステムの処理
最初に手掛けたテーマが、要約地図というシステムです。地図情報には道路のネットワークとか結構複雑な情報があり、そのままでは、見づらいところを略した形に変換するための仕組みを開発していました。
カーナビゲーション向けの差分更新システム
差分更新システムとは、携帯電話を車に差して、差分の地図情報を携帯電話の通信モジュールを使用して、ダウンロードして更新するシステムです。当時は通信回線が3Gでのダウンロードでしたので、ダウンロードするデータの量を減らしたいという背景から、道路工事があったところだけなどを差分としてデータを追加して配るといった、地図のメンテナンスや、通信コストをあまりかけずにできるという仕掛けを作成しました。
位置情報に関するデータマイニング
位置情報ビッグデータの解析によって、GPSの位置情報やレーザー計測などで車の動きですとか、施設単位での人流を分析して、そこから何か新しい情報を得るということをしていました。
2013年に開催された「日立イノベーションフォーラム2013」を例にとると、会場に設置したレーザーセンサーによって来場者の流れや滞留時間を計測してデータを分析。その情報を基に次年度のイベントではレイアウトを変えるという試みを実施しました。
その結果、満遍なく人が流れるようになり、各ブースへの来場者数も大幅に増加するなど、大きな効果が確認できました。
そのあと現在の製品メーカーの材料関連についての開発(マテリアルズ・インフォマティクス(MI)を基軸とした材料開発ソリューション)に至っています。
現在のお仕事の内容については、「現在携わっているお仕事」で詳しくご紹介いたします。
ーー大学で勉強されていたことについてお聞かせください。
理論物理学という、全然違う分野を専攻していて、ニュートリノ振動とかを研究していました。
現在の仕事とまったく無関係というわけではないですが、さきほどの、位置情報の話は若干物理からは遠いですが、材料系になってくると物理に近いかなと思います。物性物理学という分野があるのですが(物質の性質を研究する)、物性とは、金属の中の電子の流れとか、結晶ができる仕組みというのは、すべて物理学に入るんです。なので、現在の材料関係のソリューションの中では、物理学の知識が実は結構関係しています。
現在携わっているお仕事
ーー取り組んでいる課題を教えてください
新発想を支援するシステムの開発などに取り組んでいます。研究開発をしている人の頭の中にある知見を文章にするということを支援する、そういう仕組みを作りました。
人材の流動性が高まっていて、人の動きが激しくなっていくと、属人性な仕事ってなかなかしづらくなってしまうんです。ただ、研究開発みたいな仕事って割と属人性が出てしまうところがあり、その知見を持っている研究者が流出してしまうことがあると知見として蓄積できない。このノウハウを何とかして形にして残したい。基本的には文章として残すのがいいのですが、時間がとれなかったり、手間をかけたくなかったりということもあり、そこを書き易くすることで、書いてくれるのではというアプローチの仕方があるのではないかと考えました。「北風と太陽」みたいなイメージです。
作文を支援するツールは世の中にはたくさんあり、頭の中が整理できていて、作文をするフェーズになった時に、文章の候補が提示されたり、「その文法が違います。」と提示されるものは結構あります。あるいはテキストマイニングとか、色々な文献を分析して、「これが流行りですよ。」と言ってくれるツールもあります。ただ、いずれも情報を与えてくれるだけで、その人の頭の中が分かっているわけではない。重要なのは何かというと、その人の頭の中に持ってるモヤモヤとした知識を整理する、頭の中を整理するという行為が大事なのです。頭の中にある、もやっとした経験則とか知識をいかにして文章に落とし込むか、ここを簡単にするというのが狙いです。
下図の右にグラフがあります。これを見て説明の文章を書かなければいけないというシチュエーションの時、すっと文章が書けますか?白紙って書きにくいんですよね。
これに対して、下図のようなテンプレートがあったとします。縦軸はこう、横軸はこうだなというガイドがあると、すっと文章が書けるんです。
ガイドラインを用意してもらえると、人の頭の中が整理できるんじゃないか、ガイドラインがあるだけで頭の中が大分整理できるのではないかというそういう発想です。
イメージとしては以下の図のイメージです。従来、横軸が時間で縦軸が完成だとすると、最初がやはり時間がかかるんです。でも書き始めると意外と書けるというのは、みなさん何かしら経験があるのではないですか?
最初が実は1番大変なんですよ。ここをカットできると意外とすぐ出来てしまうのでは?そういう思想で、最初のステップのたたき台を作ってくれるAIシステムがあれば、だいぶカットできるのではないかというのが、このアプローチです。
実際の支援システムの画面が下図になります。AIが人の考えをリードし、システムが「この単語はあなたのアイディアに関係ありますか?」というように、推測して問いかけをしてくれます。
その問いかけに対して「はい/いいえ」で答えていきます。「はい」と答えた単語は記憶されていて(図の赤枠部分)、ある程度答えていくと、システムから文案が提示されます。
ちょっと違うと感じた場合は「やりなおす」を選択してやりなおしていくと、別の文案が提示されます。提示された文章は編集ができますので、そこをスタートラインに文章を書くと、大分時間が短縮できるのではないでしょうか。こういった形で人の考えをAIがリードしてくれるというのがポイントです。
文章を作るのは深層学習が裏で動いていて、AIへのインプットデータは、過去の文献データの情報をもとに思考の範囲や単語を学習しています。インプットの文献データを変えると、その文献データに合った単語を学習して文章を提示してくれます。
今後の可能性
人の発想というのは、発散と収束を繰り返すっていうのがよくあるアプローチなんです。今、説明したシステムは収束の方向なんです。あとは発想が広がって、「ああ、色々とアイディアがあるなあ。」というのを固めていくと、固まったところを起点にして、もう一回膨らませようとなり、それを繰り返すことによって発想が出てくるというのが、よくあるブレーンストーミングのやり方で、私が今開発しているのは発散する方です。両方ができると、発散させて収束して、発散させて収束してと繰り返していくうちに、どんどん自分のアイディアが出てくるのではないかということです。
下図の右側、現在のアイディアが今回のシステム(収束)による起点として、発想した思想の壁を超えるための思考を誘導し探す(発散)、それを繰り返しているとどんどんアイディアの質が上がっていく、こういう仕掛けを構想しています。
ーー今までで一番大変だったことや印象に残っている仕事は何ですか?
色々ありますが、やはり今携わっている新発想を支援するシステムの開発でしょうか。これまでの知識を使って開発していくので、常に新しいものが印象に残るんです。
例えば、化学式の生成のエンジンでは、化学式を提案するという問題設定はピンポイントではありますが、新しい発想を支援しているんです。ちょっと問題を捉え直すと、同じ仕掛けで根本的な部分を解決できると言う事、俯瞰してみると一般的だなということがわかってくるので、少し一般化した考え方を持って、もう一度、問題を落とし直すと、色々ある問題が、実は同じだったという事が意外とあるんです。 特に機械学習などは、データを差し替えれば使え方を変えられる仕組みになっているので、技術的な内容を変えずに展開しやすいメリットがあるんです。アルゴリズムを変えるのは大変だけど、データを変えるだけで使えるとなると、だいぶ楽ですよね。機械学習とか、アルゴリズムを導入したおかげで、人が考える部分が抽象化されて、データの差し替えだけで済むようになった、割と汎用性が高くなった、世の中が変わってきたなという印象があります。物事の見方を変えてアイディアを生み出すことでパラダイムシフト感が、目の前に見える感じがある、機械学習がパラダイムシフトしているなという気がします。昔の「IT」と、今の「AIを使ったIT」の違いが出てくるんだなという意味で印象が強いと感じています。
淺原さんのとある一日
今後の野望
ーー淺原さんの今後の野望をお聞かせください。
従来の人工知能は、人工知能と言いながら、予測をするだけとか、判別するだけとか、1つの問題を解いているだけですが、AIシステムが、人に対して情報を出してくれるとか、文章を作り提案してくる仕掛けは、従来の機械学習を使うよりも、進んでいるのではと思っています。そちらを強くしていく事によって、本当の人工知能により近づけるのではないかと。純粋に判別しますという単純な問題ではなく、人と会話しながら、新しい仕掛けを開発することは、人工知能そのものを、もう少し世の中で使いやすくするための入口にならないかなと感じています。
新発想を支援するシステムは、今はテキストで入力していますが、音声認識と音声合成ができたら、「これどうですか?」、「ああ、そうだね。」みたいに、会話をしながら文章を提案してくれると、かなり本当の人工知能に近づいていくのではないか、そこをもっと強くしていきたいと思っています。「秘書」みたいな、「ドラえもん」みたいな人に寄り添うAIになると良いなと思っています。
おわりに
どうでしたか?AI研究者がどんなことをやっているのか、少しでも感じていただけたでしょうか?
人に寄り添うAIを開発したいという淺原さんの野望、とても素敵ですね。「はい/いいえ」を選択すると、文章を提案してくれるAIなどは、かなり人に寄り添っているのではないでしょうか。さらにその上をめざして日々研究・開発をしている淺原さんの一日が少しでも感じていただけたら幸いです。
このシリーズでは様々な経歴のAI研究者の方へのインタビューを通して、実際の業務内容や今後の展望などを紹介していきます。
シリーズ1:データサイエンティストの仕事~日立のデータサイエンティストに聞いてみた!~佐藤 達広~
シリーズ2:データサイエンティストの仕事~日立のデータサイエンティストに聞いてみた!~隠岐 加奈~
シリーズ3:データサイエンティストの仕事~日立のデータサイエンティストに聞いてみた!~松本 茂紀~
シリーズ4:データサイエンティストの仕事~日立のデータサイエンティストに聞いてみた!~刑部 好弘~
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。