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「QCDを意識しろ」と言われて現場の目が死ぬ理由──専門用語が哲学になる瞬間

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はじめに

ある業務現場で改善の旗振り役をしていたとき、最初の数ヶ月、私はうまくいきませんでした。

当時、上司は「QCDを意識しましょう」「品質マネジメントの観点で」と整った言葉でメンバーに語っていて、私はそれを見て、自分も同じように語ればよいのだと思い込んでいました。「これくらいの単語、メンバーも当然分かっているはず」と思って、同じ語彙で投げかけていたのです。

ところが、相手の目が見るからに死んでいきます。頷きの回数だけが増え、発言は減り、会議が終わっても業務は何も変わりません。

おかしいと思って業務の中に入り込んでみると、メンバーは私が当然分かっていると思っていた単語を、ほとんど何ひとつ自分の業務と結びつけていませんでした。「QCD」と言われれば「クオリティ、コスト、デリバリー」とは答えられる。けれど、それが今日の自分の作業のどこと繋がっているかは、誰も分かっていなかったのです。

やり方を変えました。プロジェクト憲章を一緒に作り、フローチャートを一緒に書き、手順書を一緒に埋める。途端に、現場が動き始めました。何が違ったのか、たどり着いた仮の答えが本稿です。

前々稿「『うちは特殊なんで』が組織を濁らせる」で扱った「縦軸(体系知への掘り下げ)を組織に流通させよ」という処方箋を、現場にどう持ち込むか、という問いの続きでもあります。

専門用語が、抽象的な哲学用語に成り下がる瞬間

PMBOKでも、QCDでも、WBSでも構いません。フレームワークというのは、本来、現場の実務を整理するための道具です。

ところが、それを口頭で、単語のまま現場に投げた瞬間、不思議なことが起きます。フレームワークが、抽象的な哲学用語に成り下がるのです。

「QCDを意識してください」と言われた側の頭の中はこうなります。「QCD……クオリティ、コスト、デリバリー……それは大事だろうな、で、何をすればいいんだ」。意味は分かるが、行動には繋がらない。教科書の章タイトルだけ読まされている感覚です。

哲学になったものは、頷くしかない。頷くしかないものは、行動を生みません。

単語のまま投げず、実務まで降ろす

うまくいったやり方は、専門用語を実務の階段まで降ろして、一段ずつ一緒に降りていくことでした。QCDの「Q(品質)」を例に並べてみます。

階段 抽象度 具体の中身
1段目 概念 品質を担保する
2段目 方針 業務がばらつかない状態を作る
3段目 手段 業務を標準化する
4段目 成果物 手順書を作る
5段目 動作 業務の構成項目を表に並べ、一つひとつ埋める
6段目 評価 各項目を5段階やABCで点数化し、現場ヒアリングで磨く

「Qを意識しろ」は1段目です。6段目まで降ろされて初めて、「では、この表のここから埋めましょうか」という動きが始まります。

階段を、教える側だけで降りるのではなく、現場メンバーと一緒に一段ずつ降りる。表を一緒に作り、項目を一緒に並べる。これを本稿では伴走と呼びます。

「あ、それうちもやってる」と言わせる

伴走の本質は、降ろし方の段取りよりも、もう少し手前にあります。それは、体系知を、現場の延長線上にあるものとして定義し直すことです。

PMBOKは、外から降ってきた世界標準ではなく、現場の足元にすでにある実践に名前を授け直すための地図として位置づけ直す。具体的に並べると、こうなります。

現場ですでにやっていること 体系の中での名前
朝礼でやっている懸念事項の洗い出し リスク識別
毎週の進捗共有・申し送り コミュニケーションマネジメント
案件開始時の関係者リスト作成 ステークホルダー登録
手順書を整える作業 品質マネジメント計画
チケット管理・タスク管理 スコープ管理/納期管理
工数の見積もりとシフト調整 コストマネジメント/資源マネジメント
引き継ぎ書の作成 クロージングプロセス

この表を一緒に見ながら話すと、現場メンバーの反応は決まって「あ、それうちもやってる」になります。

PMBOKが「外から来た正論」から「自分たちがすでに実践していることに、世界標準の語彙で名前を付け直してくれる地図」に変わる。PMBOKは宗教ではなく、ラベル付けである、と腹落ちした瞬間、現場の警戒は解けます。

そして、ラベル付けができた現場では、面白い問いが生まれてきます。「自分が今やっているこの作業はPMBOKのどの部分に当たって、ここを強化するならどんなツールをどんな手順で入れたらいいですか」と、現場メンバー自身が次の一歩を尋ねてくるようになるのです。地図として共有された体系知は、こういう問いを受け止めるための装置として機能します。

現場が抵抗するのは、勉強不足ではない

抽象的な専門用語を口頭で投げられたとき、現場メンバーの中で起きていることは、単なる「分からない」ではありません。3つの感覚が、同時に立ち上がっています。

  1. 自分のやり方が否定された感覚。現場メンバーは、いまのやり方を、過去の試行錯誤の積み重ねとして認識しています。そこに外から「QCDが」と降ってくると、「お前のやり方は不十分だ」というメッセージとして響きます。汎用的な体系を文脈を無視して当てはめると現場固有の知恵が抜け落ちることは実際にあるので、この受け取り方は必ずしも間違いではありません。

  2. 自分の自信が脅かされる感覚。なんとか業務を回せている人にとって、その「回せている」という感覚は日々の支えです。「世界標準の体系を学んでください」と言われると、「いまのままでは不十分なのか」という暗黙のメッセージとして響きます。

  3. 学習負荷の現実的な重さ。新しいものを学ぶには時間とエネルギーが要ります。日々の業務を圧迫する形でしか学習時間は捻出できません。リターンが見えない段階で追加負荷を引き受けたくない、という判断は極めて合理的です。

これら3つは克服すべき欠点ではなく、設計の前提条件として組み込まないと、伴走は機能しません。

そして、この3つの感覚は、渡し方ひとつでまったく違う強度で立ち上がるのだと思っています。

現場に立ち上がる感覚 投げつけ型(単語のまま渡す) 伴走型(実務まで一緒に降りる)
自分のやり方が否定された感覚 強く立ち上がる ほぼ立ち上がらない
自分の自信が脅かされる感覚 強く立ち上がる ほぼ立ち上がらない
学習負荷の重さ 重く感じる 必要な分だけに収まる
結果として起きること 頷くだけで動かない 自分から次の問いが出る

同じ体系知を渡しているのに、立ち上がる感覚はまったく別物になります。違うのは中身ではなく、渡し方です。

内発的動機と、ジャストインタイムの知識提供

伴走を機能させるための条件が、一つあります。現場が問いを持った瞬間に、即応できる体系知を、教える側が手元に持っていることです。

「あれって、結局なんでやってるんでしたっけ」「他の現場では、こういうとき、どうやっているんですか」。現場メンバーが自分の言葉で問いを立てた瞬間こそが、体系知が現場に根付く瞬間です。ここで適切な体系知が差し出されると、学習は一気に進みます。

ここで教える側に求められるのが、ジャストインタイムの知識提供です。トヨタ生産方式から借りた言葉ですが、必要なときに、必要なだけ、必要な形で。前もって倉庫に積み上げて一気に渡すのではなく、現場の問いに即応する形で、適切な粒度と順序で差し出します。

ジャストインタイムが成り立つには、倉庫の裏側に十分な準備が要ります。教える側は、想定される問い、教材、模擬訓練、応答パターンを網羅的に整えておく。けれど、それを一方的に押し付けない。問いが生まれた瞬間に、必要な分だけ取り出して差し出します。準備は最大限に、提供は最小限に。倉庫はパンパンに、出荷は一個ずつ。 これが伴走の裏側で動いている設計です。

ちなみに、こうした現象には心理学の世界で名前があるようで、外から持ち込まれた解決策をその質に関係なく拒みたくなる傾向はNot Invented Here症候群、自分の中から湧いた興味で動くことは内発的動機づけと呼ばれているそうです。逆に、外圧や指示によって動く外発的動機づけは、伴走のような長期的な学習文脈では持続しにくいとも言われています。現場で起きている反応は、人間の認知としてかなり普遍的なものなのだと思います。

おわりに

専門用語は、それ自体としては正しいものです。整った体系も、整っているからこそ価値があります。ただ、それを単語のまま口頭で投げた瞬間、現場では哲学に成り下がります。

体系知を現場に届けるには、単語のまま投げず、実務の階段まで降ろし、現場メンバーと一緒に一段ずつ降りる。体系知を、外から来た正論ではなく、現場の延長線上にある地図として位置づけ直す。現場が問いを持った瞬間に、即応できる準備を裏側で整えておく。

「QCDを意識しろ」とだけ言うのではなく、「品質を担保するには手順書がいりますよね、この表、一緒に埋めましょうか」と入る。違うのは入口だけで、語っている体系の中身は同じです。けれど、現場で起きることはまったく違います。

最後に問いかけて締めます

  • 専門用語を口頭で投げた瞬間、相手の目が死んだ経験はありませんか。そのとき、実務の階段まで一緒に降りていましたか。
  • 体系知を持ち込むとき、それは「外から来た正論」として扱われていますか、「現場の延長線上にある地図」として扱われていますか。
  • 現場のメンバーから問いが生まれた瞬間に、即応できる準備は、いま手元に整っていますか。

これは現時点での仮説です。皆さんの反応で精緻化していきたいと考えています。

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