こんにちは。伊勢川です。
先日、ドリーム・アーツ主催の勉強会にて、「個人開発から始めるB2B SaaS」というLTをしました。本記事では、そのLTの内容をベースにしつつ、LTでは語りきれなかった内容も盛り込んでお伝えします。
本記事の概要
個人開発から6年でB2B SaaS化した経験談です。開発をしてみて起こった出来事、得られた教訓などポエム的な内容で、個人開発に興味がある人のモチベーション向上につながれば幸いです。なお、すぐ使える開発Tips等は含まれませんのでご了承ください。
開発の経緯
2017年ごろ、話が長い上司がいたのをきっかけに、AIで会議の支援をするツール「minmeeting」を作りはじめました。それをチームで使ってみると想像以上に効果があり、せっかくなら世の中に広めたいと思って、東京都主催の日本最大級のビジネスコンテストに応募してみることにしました。すると運良くファイナルまで残り、出川さんのテレビ番組にも出演する機会も得て、大きな反響をいただきました。
そのサービスがきっかけで、2019年に共創ファシリテーションのメソッドを持った会社(HackCamp社)と出会い、minmeetingの技術を活かしながら、その共創ファシリテーションを支援するSaaSを作り始めました。
SaaSの概要
人とAIの共創で新規事業開発を加速する「共創ナビivan」というサービスを提供しています。サービスの特徴は下記の通りです。
- 企業の既存資産・知財を活用した実践的な企画づくりから、人間の思考のバイアスを超えた発想支援まで可能
- アイデアの発散支援にとどまらず、評価・収束のプロセスに踏み込んだ支援を実施
- イノベーションマネジメントの国際規格「ISO56000シリーズ」に対応
- 個人の壁打ちにとどまらず、チームでの合意形成を支援
- 企業の合意形成プロセスに合わせたカスタマイズが可能(オプション)

人とAIの共創方法は大きく分けると、人とAIが対話をするチャット型(例:ChatGPT, Github Copilot)と、AIが自律的にアウトプットを出すエージェント型(例:Cline)に分類できます。
共創ナビivanは、チャット型とエージェント型とは異なり、チームでの利用を前提として作っており、チームでの合意形成プロセスをAIが支援することをコンセプトにしています。
チームで合意形成をするためのファシリテーションプロセスが製品に組み込まれており、そのプロセスの中で、発想・探索や評価・収束の部分をAIが支援するという関係性になっています。
開発をして起こった出来事
作り直しの連続
ivanの開発をはじめてからの6年間を振り返ると、作り直しの連続でした。

こちらは、githubの記録です。一人で61万行追加して、53万行消しているのが、何度も作り直したことを物語っています。(なお、依存ライブラリはgitに入れてないですし、AIエージェントによるコーディングも最近まで入れてないため、純粋に手で書いて、手で消した行数になります。)
作り直しの原因は、事業のピボットによるものがほとんどで、フレームワークの破壊的変更や依存ライブラリの切り替えなどによる作り直しも何度かありました。何度心が折れたことか。以下に作り直しの代表例を記載しておきます。
- 課金・請求を仕組み化するためチケット管理システムを開発するが、課金モデルが変わって廃止
- electronに対応して、Windowsマーケットに出すも、販売チャネルが変わって廃止
- マーケティング用にLINE公式アカウントと連携したが、売り方が変わって廃止
- ファシリテーターを支援するための音声読み上げ機能を追加したが、あまり使われず廃止
- Angularの8からスタートして、何度かの破壊的な変更を経て最新版までバージョンアップ
- モジュールが巨大化したことで、モジュールを意味のある単位で分離、その後standaloneモードに移行
- Firebaseのmodular Web SDKへの移行(Firebaseへの直接の依存関係を切るクラス設計にはなっていたが、書き換えの量は結構あった)
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ノーコード化
2年くらい作り直しの日々を続けたとき、これまでの機能を抽象化してノーコード化すれば、事業がピボットしても自分で作り直さなくてよくなるのではないかと気づき、ノーコードツール化を行いました。
簡単に会議パターンを作れるようになったことで、対応する思考フレームワークが充実していき、だんだんプロダクトの価値が向上していきました。
会議のプロセスは組織やキーマンのこだわりなどによって千差万別で、それを一つのアプリに落とし込むのは困難だと感じていましたが、ノーコード化により、そういったバリエーションにも対応できるようになってきました。
生成AIとの出会い
2022年末頃、ChatGPTが急速に流行っていて、これは面白そうだと思い、早速プロダクトに一部機能を取り入れました。当時はGPT-3.5でしたが、これでも十分に実用的だという評価をもらって、本格的に実装を開始しました。
ChatGPTのインターフェースは個人で探索的に使っていくには適切ですが、プロンプトやコンテキスト情報を入力しないといけないので、会議で使うのは困難です。また、過去に入力した条件を変えて、もう一度以降のプロセスをやり直すといったことができないので、思考プロセスや会議プロセスを再現することができません。
こういった思考プロセスや会議プロセスを、そのまま再現できるようなUIを目指して、開発を続けています。
また、LangChainの考え方にも影響を受けて、プロンプトを単発で実行するだけではなく、連鎖的に実行できるようにしたことにより、人間の想像を超えたアウトプットを出すことも可能となりました。
現在、プロセスを設計する機能は、管理者限定の機能ですが、一度このプロセス設計を習得すると、面白くていろいろ作ってみたくなるので、いずれはエンドユーザーの人もプロセス設計の楽しさが体験できるようにしたいと思っています。
仲間との出会い
このAI機能も一筋縄ではいかず、なかなかその機能の意味や面白さを他の人に理解してもらうのに苦労しました。最初の頃は、共創ナビivanを売ってくれている人にさえも、一体何を作っているのか理解されないといった始末でした。ドキュメントを整備し、サンプルをいくつか作って、何度か打ち合わせをして、ようやくその機能の持つ可能性の大きさや、面白さに気づいてもらえました。
一度理解されてからは、ビジネス的にも大きな可能性を感じるということで、これまで一緒に開発・販売を続けてきたHackCamp社と2024年に資本提携を行い、SaaS ✕ プロフェッショナルサービス事業として大々的にやっていくことになりました。これによって一挙に仲間が増え、体制が整ってきたのもこの頃です。
キックオフの様子はこんな感じでした。
HackCamp がリリースした新しいサービス、ivan についてのオフラインミーティング。
— Hal Seki ⿻ (@hal_sk) March 28, 2025
人間とAIの共創プロセスについて、様々なアイデアが出ました。ワクワクするなぁー。#共創ナビivan pic.twitter.com/X1l8Iyfnp1
こうなってくると、もはや個人開発とは言えないですね。
顧客との出会い
幸い「共創ナビivan」をプレスリリースで発表してすぐに、ぞくぞくと大手企業に採用いただいています。商談の際に出てくる意見も大事ですが、実際の業務で使ってみた上でのフィードバックに対応することで、実用性を増していきます。こういったフィードバックを取り込んだ開発ができるようになって、だんだん事業として形になってきました。
2025 グッドデザイン賞
顧客との出会いがきっかけとなって、共創ナビivanを用いて構築された仕組みが、2025 グッドデザイン賞を受賞しました。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/31026?companies=4d83b3aa-1cb5-4e86-92fe-650a28125341&years=2025
グッドデザイン賞に向けて、私自身は何もやってないのですが、社内外の関係者の皆さんのおかげで、こういう結果が得られたことを大変嬉しく、ありがたく思います。
開発をしてみてわかったこと
これから個人開発をする人、今もうやっている人のために、開発をしてみて分かったことを共有したいと思います。
個人開発では無謀?
最大速度で成長しなければ死あるのみ。これがSaaS業界の常識ではないでしょうか。これまで、苦労して立ち上げたプロダクトが、競合他社に圧倒的な差をつけられて、葬り去られたという経験を何度かして来ました。
- 個人開発では、開発スピードが足りないので、競争ができない
- 個人開発では、信用がないのでB2Bは難しい、エンタープライズは不可能
- 個人開発では、いい機能を作ってもどこかの大手にパクられたら終わる
考えれば考えるほど不利な気がしてきます。
このような疑問を持ちつつも、下記のような考えをもって自分を励ましてました。
- いたずらに開発体制を拡大するよりは、技術的負債をちゃんとコントロールしたり、AIエージェントをうまく活用できる開発にシフトしていった方が、スピードが出る
- 信用がない件は、信用がある会社と組めばなんとかなる
- パクられても影響が少ないよう、汎用ノーコードツール路線ではなく、大手が手を出しにくい小さい市場でやっていこう
結果として、自分を励ましていた言葉は正しく、
長かった個人開発のフェーズを脱して、それなりの体制で事業化するとこまでこぎつけました。
1つずつ、コツコツ継続する
個人開発の場合、やりたいことを手当たり次第やっていると、常にリソース不足で、何も成し遂げられなくなります。何も成し遂げられないと、モチベーションが下がって、継続することもできなくなります。
会社を立ち上げた直後は、なんとか早く売上を立てたいので、受託開発でもなんでも飛びつきたい気持ちになってしまいます。受託開発の会社を作りたいのならそれでいいと思いますが、自社プロダクトの会社を作りたいのなら遠回りになるため、プロダクトの立ち上げに絞った方がいいと思います。
プロダクトの立ち上げに絞ったとしても、今、事業を伸ばすために一番必要なことは何かをしっかり考える必要があります。開発者だと、どうしても開発に集中したくなってしまいますが、営業をした方が事業が伸びるなら、開発を止めてでも営業に時間を使うといった判断が必要となります。
また、今は開発に集中すべきだという判断になった場合も、あれこれ機能を揃えるよりも、具体的な業務や課題に絞って、それを解決するような機能を開発した方がよいです。
1つに集中し、小さな成果を上げることで、次にモチベーションがつながります。1つのことに集中して継続すれば、一人でもかなりのことができます。
個人開発を継続し、生産性を高める工夫については下記にまとめましたので、こちらもご参照ください。

【関連記事】個人開発の生産性を上げる5つの視点と32の工夫
1人会社のデメリット
個人開発では、マーケティング・営業・カスタマーサクセス・サポート・開発からバックオフィス業務まで全て一人でやらなければなりません。これは自分の経験や視野を広げるきっかけにもなりますし、いろいろ勉強になりました。
ただ、一人会社を経験してみると、デメリットも目につきます。
- 社会的な信用が得にくく、銀行口座の開設などができないことがある
- マーケティングのためにSNS等でコンテンツを拡散しようと思っても、一人だと拡散しにくい
- 自分が詳しくない分野の専門家(営業・マーケティング・法務・労務・会計・税務等)に相談しようと思ったら、そういう人を探して、問い合わせをして面談して、契約をして、税金を計算して、お金を払うといったことを都度やらないといけない
- 税務申告など、無知や不注意で申告期日をすぎるとペナルティがあるが、それを注意してくれる人などいない
- 情報収集も積極的にやっておかないと取り残される
それなりの規模の会社に所属していると、経理や法務の専門家に気軽に相談することができますし、期日を守らなかったら然るべき部門が注意をしてくれます。会社にいるだけで、事業に必要な情報が共有される機会も多いです。会社に所属しているときは、煩わしいと感じる期日の督促や共有会議も、一度外の世界を経験すると、大変ありがたいことだったことがわかります。
特にセキュリティ周りは体系的な理解と細かい知識が必要
個人開発で特に注意した方がよいのが、セキュリティ周りです。サービスを公開すると、ユーザーが使い始めるより先に、攻撃が来ます。
PaaSを使っている場合は、プラットフォームの推奨事項を守っていれば一定のセキュリティが担保されますが、PaaSのデフォルトの仕様に罠があるため、網羅的にチェックしておく必要があります。IaaSを使っている場合は、OS以上のレイヤーが自分の責任範囲となるため、設計・構築・テストにはさらに細心の注意を払う必要があります。
具体例で言うと、共創ナビivanはインフラにGoogle Cloud(Firebaseも一部利用)を採用していますが、構築当初、下記のチェックリストの存在を知らず、Cloud Functionsの環境変数にシークレット情報を置いてしまうといった失敗をしたことがあります。
https://firebase.google.com/support/guides/security-checklist?hl=ja
幸い、それを用いた攻撃の履歴は見つかりませんでしたが、ヒヤリハットとなりました。これを機に、クラウドプラットフォーマーが提供するセキュリティ推奨事項は、念入りにチェックするようになりました。
また、PaaSの上のアプリケーションレイヤーは完全に自分の責任となるため、体系的なセキュリティ知識をアップデートするため下記関連記事のような勉強も継続して行うようにしています。

【関連記事】情報セキュリティマネジメント・情報処理安全確保支援士試験の受験記
さらに、B2Bのサービスのセキュリティ要件も年々厳しくなっている印象で、ぱっと思いつくだけでも下記のような要件を求められるケースが増えてきました。
- 認証対策(パスワードポリシー、ブルートフォース等各種攻撃対策、MFA、SSO、IP制限等)
- データ保護(通信時・保存時の暗号化等)
- 攻撃・侵入対策(WAF/IPS/IDS等)
- マルウェア・脆弱性対策(ウィルススキャン、SCA, SAST, DAST等)
- AIセキュリティ対策(学習データへの利用禁止等)
- 追跡性(監査ログ・バックアップ等)
- DR・BCP対策(冗長性・障害自動復旧の仕組み等)
- ISMS(ISO27001, ISO27017)相当のセキュリティマネジメント体制や認証
これらも、世の中の状況をよく見ながら、先回りして対応をしておく必要があり、常に情報のキャッチアップが欠かせません。
自分のプロダクトを育てるのは楽しい
話は少し変わって、最後に個人開発の醍醐味についても紹介しておきます。
顧客から頼まれてソフトウェアを開発し、顧客から感謝されるのも、それなりにやりがいはあります。
しかし、自分で考え開発したソフトウェアが、顧客にウケたときは、それを遥かに上回るやりがいと楽しさがあります。(※個人の感想です。)
自分で作り上げたプロダクトには、愛と責任感が自然と湧いてきます。これこそが継続の原動力となります。そして、愛をもってプロダクトを育てていると、どこからか熱狂的なファンの人たちが集まって、応援してくれるようになることが多いように思います。
まとめ
以上の要点を3つにまとめると下記の通りです。
- きっかけは小さな不満でも構わない。小さな成果を1つずつ積み上げることで、大きな成果につながる
- 個人開発は、視野を広げ、さまざまなことを学ぶきっかけとなり、自己成長につながる
- 自分のプロダクトを育てるのは楽しく、プロダクトへの愛や責任感を育て、それが次の学びにつながる
いろいろ書きましたが、今回の記事で一番伝えたかったのは、個人開発は楽しく、お金だけじゃないリターンもたくさん得られるため、少しでも興味がある人はぜひチャレンジしてほしいということです。
さいごに

https://dreamarts-pr.connpass.com/event/362008/
ドリーム・アーツ主催の次回勉強会は、11/13に開催されます。
AI✕プロダクト開発のテーマにご興味がある方はぜひご参加ください。

