はじめに
ワイヤレス通信の歴史において、IEEE 802.11 規格、すなわち Wi‑Fi は常に「最大スループット」の向上を中心に進化してきました。
Wi‑Fi 5(802.11ac)がギガビットの壁を突破し、Wi‑Fi 6(802.11ax)が効率性を高め、Wi‑Fi 7(802.11be)が理論 46Gbps に達したことで、
単純な帯域拡張路線は一つの限界に近づいています。
しかし現実の運用では以下の問題が残っています。
- 高密度環境での輻輳
- ローミング時の瞬断
- XR・産業用途に必要な遅延保証
- 電波エッジでの不安定性
これらを解決するために設計されているのが Wi‑Fi 8(IEEE 802.11bn)です。
Wi‑Fi 8 は「速度」ではなく「信頼性」を主軸に置いた最初の世代です。
世代比較
| 世代 | 規格 | 主目的 | 最大帯域 | 変調 | 主用途 |
|---|---|---|---|---|---|
| Wi‑Fi 6 | 802.11ax | 効率 | 160MHz | 1024‑QAM | 家庭・業務 |
| Wi‑Fi 6E | 802.11ax (6GHz) | 混雑回避 | 160MHz | 1024‑QAM | 都市部 |
| Wi‑Fi 7 | 802.11be | 最大速度 | 320MHz | 4096‑QAM | XR |
| Wi‑Fi 8 | 802.11bn | 超高信頼 | 320MHz | 4096‑QAM | 産業・医療 |
Wi‑Fi 8 の設計思想
Wi‑Fi 8 は以下を最重要指標とします。
- 95パーセンタイル遅延の削減
- パケットロス低減
- ローミング瞬断の排除
- 電力効率向上
- 干渉耐性
ピーク性能より「最悪値の改善」にフォーカスしている点が最大の違いです。
PHY層の進化
分散トーン RU(DRU)
トーンを周波数全体に分散しフェージング耐性を向上。
Enhanced Long Range(ELR)
20MHz低変調によりリンクバジェット改善。
不等変調(UEQM)
空間ストリーム毎に異なる変調を適用可能。
MAC層の進化
Non‑Primary Channel Access(NPCA)
プライマリチャネルが塞がっていても通信可能。
Dynamic Sub‑channel Operation(DSO)
デバイス能力に応じた帯域再配置。
Coordinated TWT
複数APで起床タイミングを協調。
マルチAP協調(MAPC)
- Co‑TDMA:時間調整
- Co‑SR:空間再利用
- Co‑BF:協調ビーム
- Co‑CR:チャネル推薦
従来の「競争」から「協調」への転換。
シームレスローミング(SMD)
Make‑Before‑Break ローミング。
接続を切らずに次のAPへ接続。
AI統合
- CSI圧縮
- 予測型ローミング
- トラフィック分類
無線制御がルールベースから学習ベースへ。
QoS / L4S
ECN による混雑通知と低遅延制御。
リアルタイム通信の品質保証。
ユースケース
- スマートファクトリー
- 遠隔医療
- XR/メタバース
- 大規模イベント会場
まとめ
Wi‑Fi 8 は速度競争から脱却し、通信インフラとしての成熟段階へ移行します。
有線並みの信頼性を無線で実現する初の世代です。