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H.265/HEVC特許暗黒時代

TL;DR 暗黒時代。H.265/HEVCの未来はさほど明るくない。

免責事項

  • 本記事ではH.265/HEVCに関する知的財産のみを取り上げるため、その技術論には一切言及しません。
  • H.265/HEVCコーデック特許問題をとりまく状況は、関連する企業・団体の動向により大きく左右されます。
  • 公知情報のみに基づくよう努力していますが、記述内容の正しさについて保証するものではありません。

特許プールとライセンサー企業・団体

2017年6月現在、少なくとも 3つの特許プール と 1つの企業 が特許権を行使しています。

これは、H.265/HEVCコーデックの利用者は 少なくとも4つの特許プール・企業と個別に契約し、それぞれに対して特許使用料を支払う 必要があることを意味します。また、明らかに関連特許を保持していると考えられるものの、現時点では権利行使の態度を明らかにしていない企業も存在します。

HEVCライセンス情勢(2020/3)

2020年以前の状況:
Pre 2020 HEVC Landscape

2020年3月現在の状況:
Present Day HEVC Landscape
MC-IF Workshop資料 "Introduction and Overview of MC-IF"より引用)

MPEG LA

http://www.mpegla.com/
Sep 2014, MPEG LA Offers HEVC Patent Portfolio License (PDF)

https://www.mpegla.com/programs/hevc/licensors/

  • Alpha Digitech, Inc.
  • Apple Inc.
  • British Broadcasting Corporation (BBC)
  • Canon Inc.
  • Digital Insights Inc.
  • Electronics and Telecommunications Research Institute (ETRI) [2020年1月終了]
  • Fujitsu Limited
  • Funai Electric Co., Ltd.
  • Hangzhou Hikvision Digital Technology Co., Ltd.
  • HUMAX Co., Ltd.
  • IBEX PT Holdings
  • IDEAHUB, Inc.​
  • Industry – Academy Cooperation Foundation of Sejong University
  • Infobridge Pte. Ltd.
  • Intellectual Discovery Co., LTD. [2020年1月終了]
  • JVC KENWOOD Corporation
  • Korea Advanced Institute of Science and Technology (KAIST) [2020年1月終了]
  • Korean Broadcasting System (KBS) [2020年1月終了]
  • KPIC Ltd.
  • KT Corp.
  • Kwangwoon University Industry – Academic Collaboration Foundation [2020年1月終了]
  • M&K Holdings Inc.
  • Massachusetts Institute of Technology (MIT)​​
  • Maxell, Ltd.
  • NEC Corporation
  • Nippon Hoso Kyokai (NHK)
  • Nippon Telegraph and Telephone Corporation (NTT) [2020年1月終了]
  • NTT DOCOMO, INC. [2020年1月終了]
  • Orange SA
  • Samsung Electronics Co., Ltd.
  • Siemens Corp.
  • SK Planet Co., Ltd.
  • SK Telecom Co., Ltd. [2020年1月終了]
  • Sky Media Tech, Inc.
  • SungKyunKwan University Research & Business Foundation [2020年1月終了]
  • Tagivan II LLC
  • The Trustees of Columbia University in the City of New York
  • University - Industry Cooperation Foundation of Korea Aerospace University [2020年1月終了]
  • University – Industry Cooperation Group of Kyung Hee University [2020年1月終了]
  • Vidyo, Inc.

Access Advance(旧HEVC Advance)

https://www.hevcadvance.com/
Mar 2015, HEVC Advance Launches to Rally Critical Mass of Stakeholders to Deliver Next Generation Video Experiences
Oct 2017, HEVC Advance Announces Revised Royalty Rates for Lower-Priced Devices
Mar 2018, HEVC Advance Eliminates Content Distribution Royalty Fees and Reduces Certain Royalty Rates and Caps
Jul 2020, HEVC Advance Announces Royalty Rates to Remain at Current Levels
Aug 2020, HEVC Advance Releases Draft VVC Licensing Program Overview - includes a Joint VVC and HEVC License
(Also Announces Name Change to Access Advance LLC as its Patent Pool Focus Expands)

http://www.hevcadvance.com/pdfnew/LicensorList.pdf

  • Dolby Laboratories Licensing Corporation (Affiliate of Dolby Laboratories, Inc.)
  • Dolby International AB (Affiliate of Dolby Laboratories, Inc.)
  • GE Video Compression, LLC (Affiliate of General Electric Company)
  • HFI Innovation Inc. (Affiliate of MediaTek, Inc.)
  • Koninklijke Philips N.V.
  • Mitsubishi Electric Corporation
  • Samsung Electronics Co., Ltd.
  • Warner Bros. Entertainment Inc.
  • Technicolor SA [2016年2月脱退]
  • Electronics and Telecommunications Research Institute (ETRI) [2017年9月加盟]1
  • Korean Advanced Institute of Science & Technology [加盟時期不明]
  • Korean Broadcasting System (KBS) [加盟時期不明]
  • Industry Academy Cooperation Foundation of Sejong University [加盟時期不明]
  • Kwangwoon University Industry Academic Collaboration Foundation [加盟時期不明]
  • University Industry Cooperation Foundation of Korea Aerospace University [加盟時期不明]
  • University Industry Cooperation Group of Kyung Hee University [加盟時期不明]
  • HUMAX Co., Ltd. [加盟時期不明]
  • Korean Advanced Institute of Science & Technology [加盟時期不明]
  • Godo Kaisha IP Bridge 1 [2018年10月加盟]2
  • Canon Inc. [加盟時期不明]
  • Nippon Telegraph and Telephone Corporation (NTT) [2019年7月加盟]3
  • NTT DOCOMO, Inc. (DOCOMO) [2019年7月加盟]3
  • SK TELECOM Co., Ltd. (SK Telecom) [2019年7月加盟]3
  • JVCKenwood Corp. [2019年10月加盟]4
  • NEC Corp. [2019年10月加盟]4
  • Intellectual Discovery Co., Ltd. [2019年10月加盟]4
  • Korean Patent Investment Corporation [2019年10月加盟]4
  • LG Electronics Inc. [2020年1月加盟]5
  • Huawei Technologies Co., Ltd. [2020年1月加盟]6
  • Toshiba Corporation [2020年3月加盟]7

Technicolor社

http://www.technicolor.com
Feb 2016, Technicolor Withdraws From The HEVC Advance Pool To Enable Direct Licensing Of Its HEVC IP Portfolio
March 2018, Technicolor Agrees to Sell to InterDigital its Patent Licensing Business
October 2019, Technicolor Joins the HEVC Advance Patent Pool, HEVC Advance Announces the Addition of Technicolor as its Newest Licensee
※注: Licensor ではなく Licensee としてHEVC Advanceに参加

  • Technicolor SA [2018年3月権利売却]

(関連記事:May 2016, Technicolor CIPO explains why the company left the HEVC Advance patent pool

InterDigital社

https://www.interdigital.com/

  • InterDigital [2018年3月権利購入]

Velos media

http://velosmedia.com/
Mar 2017, VELOS MEDIA LAUNCHES NEW LICENSING PLATFORM TO DRIVE ADOPTION OF LATEST VIDEO TECHNOLOGIES, IMPROVE CONSUMER VIEWING EXPERIENCE (PDF)

  • Ericsson
  • Panasonic
  • Qualcomm Incorporated
  • Sharp
  • Sony
  • Blackberry [2019年1月加盟]8

現時点で権利行使を行っていない企業群

Leonardo Chiariglione Blog, A crisis, the causes and a solution

  • AT&T
  • Broadcom
  • Cisco
  • Disney
  • Fraunhofer
  • Intel
  • KDDI
  • Microsoft
  • NICT
  • Nokia

簡易Q&A

H.265/HEVCって何?

国際標準化団体 ISO/IEC および ITU-T により標準化された、デジタル動画像データ圧縮アルゴリズム(動画像コーデック)の名称です。H.265/HEVCは従来「H.264」や「MPEG-4 Visual」「MPEG-2 Video」の後継となる2017年現在で最新のコーデックです。

両団体からの共同チームにより開発されたため2個の名前を持っていますが、その技術仕様は完全に同じものです。それぞれの正式名称は次の通りですが、一般には「H.265」「HEVC」「H.265/HEVC」などと呼称されます。

コーデック特許って何?

知的財産(IP; Intellectual Property)権の一種です。H.265/HEVCコーデックには各企業・団体が保持する アルゴリズム特許 が含まれているため、同コーデックの利用者はアルゴリズム特許の権利者にその 特許使用料(Patent Royalty) を支払う必要があります。

一般に「ロイヤリティ・フリー(Royalty Free)」が明記されないコーデックでは、その利用にあたっては特許使用料の支払い義務が生じます。もちろん使用者による自己申告方式なのですが、未申告の場合は権利行使者からの訴訟リスクとなります。

国際標準に従ってコーデック(エンコーダ/デコーダ)を実装する場合に、必要不可欠なアルゴリズム特許は標準必須特許(Standard Essential Patent; SEP)」または「必須特許と呼ばれます。(関連はするものの必須でない特許も存在します。そのような特許の扱いについては当事者間係争が必要となります。)

何件くらいの特許が関係するの?

2018年7月付けの記事"High Efficiency Video Coding: How the video ecosystem is evolving"では、専門家による解析結果として下記数値が紹介されています。

  • 特許ファミリ 6500件 を精査した結果、993件 がHEVC関連と判明
    • 上位10企業:Samsung[112件], Qualcomm[81件], LG[55件], SK Telecom[54件], Mediatek[54件], Huwawei[51件], NTT[44件], JVC Kenwood[33件], Sony[32件], ETRI[32件]
    • 約12%の特許ファミリで特許権の売買・移転が行われている
  • 3つの特許プールがカバーする特許文書 4200件 を、約 460 件の特許ファミリに分類
    • MPEG LA[360件], HEVC Advance[73件], Velos media[27件]

MPEG LA と HEVC Advance からは具体的な特許リストが公開されています。

一方、Velos media および InterDigital社 は特許リストを公開しておらず、どの特許請求項が抵触しうるのかは非公開となっています。

無償ソフトウェアコーデックの扱いは?

例えばFFmpegはH.265/HEVCコーデック(エンコーダ/デコーダ)を含んでいますが、ユーザはFFmpegソフトウェアを無償で入手できます。タダじゃないの?

FFmpegという「ソフトウェア実装の使用権」と、そのソフトウェアが利用する「H.265/HEVCコーデック特許の使用権」は独立した権利です。FFmpegのライセンス条項には、特許使用料については同ソフトウェア利用者の責任で解決する 旨が明記されています。FFmpeg License and Legal Considerations をよく読んでください。

特許プールって何?

コーデック必須特許の権利者から特許使用権を取りまとめ(=特許プール)、特許使用者からの特許使用料徴収を代行する団体です。契約処理や特許料請求・支払のハブとして特許行使者と特許使用者を仲介するため、双方にとって一定のメリットがあります。

特許使用者から集められた特許使用料は、その特許プールに参加する特許行使者間での寄与度合いにより配分されます。特許プールとしての特許使用料や収入分配比率は 特許行使者間で合意 される必要がありますが、ここで各社の利害関係調整に失敗することが起こりえます。状況からほぼ自明ですが、H.265/HEVCコーデックでは合意形成に失敗 しています。

参考までに、従来H.264コーデックでは単一の特許プール(MPEG LA)が形成されており、商業的にも広く成功している動画像コーデックとなっています。

利害関係がよく分からないんだけど?

H.265/HEVCコーデック技術の受益者は、大まかに下記4種類に区分できます。

  • [A] コーデックの研究開発に投資し、特許取得後に使用料収入をえる団体・企業
  • [B] コーデック利用したサービス提供や製品販売により収入をえる企業
  • [C] コーデック利用した動画配信サービスや録画・視聴製品を利用するユーザ
  • [D] コーデックに関する特許権9を[A]から譲渡・購入し、使用料収入をえる企業

一般に、特許プールは[A]に分類される団体・企業が集まって成立します。先行者有利になる点もあり、同一企業が[A]と[B]を兼ねることも一般的です。特許使用料の支払い義務が生じるのは [B] → [A], [D] 間です。

[C]は[B]が提供するサービス・商品に対価を払う一般ユーザ(つまり皆さん)です。一般ユーザが直接的に特許使用料を意識することはありませんが、通常は サービス・製品価格に上乗せ されており、間接的に特許使用料を支払っています。

[D]は技術開発時には存在しえませんが、時間経過とともに[A]の団体・企業が特許権を譲渡・売却することで生まれます。[D]は NPE(Non Practicing Entity) ないし PAE(Patent Assertion Entity)、乱暴な表現では 特許ゴロ ないし パテント・トロール とよばれる存在です。

で、何が問題なの?

特許権を行使する特許プール・企業が複数存在し、またその 特許使用料が不明確 になることから、先の区分でいう [B]コーデック利用サービス提供・製品販売を行う企業 が直接的な不利益を被ります。つまり、コーデックを利用するために必要となるコスト算出が困難となるため、ビジネス的な側面からH.265/HEVCコーデックを採用しづらいという状況が生まれます。

このような状況下では、[C]H.265/HEVCコーデックを用いたサービス・製品利用する一般ユーザ もまた間接的な不利益を被っています。つまり技術的には優れたコーデックであっても十分なサービスや製品が提供されず、代替技術や旧世代コーデックの利用を強いられることになります。

実際の普及率はどうなの?

グローバルマーケットにおけるコーデックシェアのデータ例です。

H.264 H.265 VP9
2019 82 % 12 % 5 %
2018 81 % 9 % 6 %
2017 79 % 3 % 11 %
2016 72 % 6 % ---

(encoding.com社 Global Media Formats Report より作成)

H.264/AVCは2003年に、H.265/HEVCは2013年にそれぞれ国際標準が発行されました。H.265/HEVCコーデックはH.264/AVCコーデックの2倍の圧縮性能(≒半分のデータ量でも同じ映像品質)をもつと謳われるにもかかわらず、マーケットでは古い技術が選択され続けています。

この先生きのこるのは?(2019/2)

残念ながら、H.265/HEVCコーデック特許問題は「コモンズの悲劇(Tragedy of the Commons)」に陥っています。それぞれの権利行使者は自身の利益最大化のために"正しく"行動していますが、その結果はH.265/HEVCコーデック普及を阻害し、権利行使者・メーカー/サービサー・一般ユーザまでも含むステークホルダー全員が"損"をしています。

このような膠着状況への対抗策として、主にH.265/HEVC特許非行使企業やコーデックを"利用する"企業が中心となって2015年9月に Alliance for Open Media(AOM) が設立されました。AOMは完全なるロイヤリティー・フリーをうたう動画像コーデック AV1 を開発し10、Internet上での利用を中心として急速に普及を推し進めています。
(参考:AOM AV1コーデックと特許管理, AV1コーデックメモ

一方、H.265/HEVC特許使用料を妥当な範囲におさえる努力として、特許利用企業が参画する Unified Patents の活動があげられます。NPEによる不当な特許使用料徴収に対抗・牽制するため、NPE保持特許への特許無効化手続き(IPR; Inter Partes Review)を行っており、特許訴訟数が減少するなど一定の効果が表れています。なお同組織はコーデックだけではなく、他IT産業分野においても同様の防衛サービスを提供しています。
(参考:PTAB Case List for Velos media

MPEGの創設者として30年以上議長を務めてきた Leonardo Chiariglione 氏により、2018年1月付けのブログ記事"A crisis, the causes and a solution"が公開されました。同記事中では「特許収入を前提とするMPEGビジネスモデルは終焉を迎えた(the old MPEG business model is now broke)」ことを認めています。

H.265/HEVCコーデックがおかれている現状から、次世代MPEGコーデックH.266/VVCにおいても同じ悲劇が繰り返されないよう2018年9月に The Media Coding Industry Forum(MC-IF) が設立されました。同フォーラムにはHEVC Advance、Velos media、InterDigital社も参画しています(MPEG LAは非加入)。多数企業の利害が複雑に絡むため決して楽観視できませんが、少なくとも変化の兆しが現れたと解釈してよいでしょう。

異なる方向性のアプローチとして、ライセンス・フレンドリ(licensing-friendly)を掲げたMPEG-5 EVC(Essential Video Coding)の開発も始まりました。20年以上経過して枯れた要素技術のみで構成しつつ、現行H.265/HEVC程度のデータ圧縮性能を目指しています。2018年10月のRequirements公開から2020年1月の最終ドラフト(FDIS)に向けて、映像コーデック研究開発としては異例のスピード目標となっています。
(参考:MPEG-5 EVCコーデックメモ

これまでMPEG系コーデックが市場を支配し、同時に技術革新をもたらしてきた事実は間違いありません。しかしH.265/HEVCの現状を踏まえると、今後AOM AV1コーデックのようなロイヤリティフリーモデルが普及するのか、次世代MPEGコーデックが市場支配力を持ち続けられるかは、時間とマーケットが結論を出していくものと思われます。

この先生きのこるのは?(2020/7)

2020年1月頃に、H.265/HEVCコーデックの特許プール勢力図が大きく変動しました。伝統的にMPEG系の特許管理を行ってきた特許プールMPEG LAから多数のライセンサーが離脱し、後発の特許プールHEVC Advanceへと移管したことで件数ベースでは最大の特許プールとなりました。個別ライセンサーのマネタイズ戦略を知る由はありませんが、2つの特許プールの特許使用料が強く影響しているのは間違いないでしょう。

特許プール 特許使用料 備考
MPEG LA 0.20 USD 条件によらず一律料金11
HEVC Advance 0.40~2.00 USD 製品価格・販売地域に依存12

MPEG議長Leonardo Chiariglione氏のブログ記事によると、2020年6月現在の権利者は45企業・団体に急増しており、うち2/3は3つの特許プールいずれかに所属するが、残り1/3はいずれにも属さないという分布状況です。日本でもBS4K/8K実用放送が開始されたように放送業界ではH.265/HEVCコーデック利用が本格化し始めましたが、ストリーミングや双方向Web会議など動画像コーデック需要が急騰しているWeb業界での利用はわずか12%程度に留まるため、MPEG系コーデックのプレゼンス低下は避けられないと予測しています。

MPEG動画像コーデックの歴史を振り返ると、特許問題はそれぞれの商業的成否に強い影響を与えてきました。

  • MPEG-2 Videoコーデックは2020年現在の日本でもテレビ放送に使われ続けており、明らかな成功モデルとなっています。ちなみにMPEG-2 Video必須特許は期限切れを迎えています。13
  • MPEG-4 Visualコーデックはモバイル端末を主要ターゲットとしておきながら、当初はストリーミング時間に応じた特許使用料(0.02 USD/Hour)を課そうとし、IT業界のビジネスモデルには適合せず部分的な普及にとどまりました。日本では"ガラケー"向け動画配信で利用されましたが、現在ではほぼ使われていません。
  • H.264/AVCコーデックでは当初から単純な特許使用料体系を発表し、無償ストリーミング・コンテンツでは特許使用料を無料としたことで業界を問わず広範な普及につながりました。さらにはWebRTC向けコーデックOpenH264の登場という、Cisco社が特許使用料を肩代わりするある種の破壊的イノベーションも起きました。14
  • H.265/HEVCコーデックの現状は、既に説明の通りです。Leonardo Chiariglione氏によれば、MPEG上位組織ISO/IEC JTC 1で特許問題を取り上げようとしたが一部の国から反対意見が挙がったため、ISOとしてはH.265/HEVC特許問題の存在を認識しないステータスとのことです。

2020年内には後継H.266/VVCコーデックの国際標準規格も正式発効予定であり、次世代コーデックにおける特許問題を回避する必要性が強く叫ばれています。このような状況下で、いまさらH.265/HEVC特許問題が好転すると期待を抱くのは楽観論が過ぎるでしょう。

The future's not ours to see(2020/10)

2020年は動画像コーデックにとって大きな変革の年となっています。H.265/HEVC特許問題を発端として、MPEGが策定した3種類の動画像コーデックが新たに標準化されます。

H.266/VVCはH.265/HEVCから約2倍の性能向上が図られた動画像コーデックです。H.265/HEVCでの反省をふまえて健全な特許プール結成に向けた呼びかけが行われ、2020年9月に45社が参加する会合がようやく始まりました。また2020年8月にAccess Advance(同時にHEVC Advanceから社名変更)よりH.266/VVCライセンスプログラムのドラフトが提示され、H.265/HEVCとのセット割引などが示されています。将来のことは誰にもわかりませんが、単一の特許プール結成につなげることができれば悪くない未来を期待できるかもしれません。
(参考:H.266/VVCコーデックメモ

MPEG-5 EVCは2階建のライセンス構造を提供する、古くて新しい動画像コーデックです。データ圧縮性能はそこそこだがロイヤリティ・フリーな基本機能群(Baseline profile)と、データ圧縮性能が高いが特許使用料が必要となる拡張機能群(Main profile)からなり、拡張機能については個別にOpt-in/out可能な構造となっています。2020年5月にはQualcomm、Samsung、Huaweiの3連名でMPEG-5 EVCへの支持を表明するなど、一定の普及をみる可能性が現実味を帯びてきています。

MPEG-5 LCEVCは少し変わった動画像コーデックです。H.264/AVCやH.265/HEVCなど任意の動画像コーデックと組み合わせて、解像度拡大や映像品質向上のためのエンハンスメント・レイヤを追加します。システム的(設備)にもライセンス的(コスト)にもスケーラブルな構造を取り得るため、一部のビジネスモデルに適合する可能性を期待できます。

2020年はMPEGという組織にとっても大きな転換点になりました。2020年6月にはLeonardo Chiariglione氏がMPEG議長の座を辞し、自身のブログでは「MPEGは死んだ(MPEG passed away)」に続いて「ISOは封建的無秩序偽善的愚鈍無能」とまで記しています。ISO/IEC JTC 1下部組織SC 29/WG 11としてのMPEGは残っていますが、H.266/VVC、MPEG-5 EVC、MPEG-5 LCEVCの“次”がどうなるかは全くの未知数といえます。

MPEGが大きく揺れる一方、Leonardo Chiariglione氏は新しい非営利団体MPAI(Moving Picture, Audio and Data Coding by Artificial Intelligence)を2020年9月に発足しました。動画像コーデック(や音声コーデック)の標準仕様策定を目指すという目的は同じですが、MPEGを反面教師とし特許ライセンスの扱いが異なる策定プロセスを採用しています。MPEGでは「技術募集(Call for technologies)の後に特許宣言を受けとり(Receive patent declarations)」ますが、MPAIでは「ライセンス構造定義(Define framework licence)の後に技術募集(Call for technologies)」の順序としています。MPEGとMPAIの関係性や、各団体の今後の動向もまた注目されます。

2019〜2020年にかけては、AOMによるロイヤリティー・フリーなAV1コーデックでも大きな動きがありました。2019年3月にSISVEL社よりAV1コーデックの特許プール創設が突然に発表され、翌4月にはAOMよりロイヤリティー・フリーなAV1コーデック保護を掲げた対抗宣言が行われました。その1年後の2020年3月には14の特許権者からなる特許プール開始が、続く5月には2社が使用許諾契約を結んだ旨がアナウンスされました。それ以降は2020年10月現在まで特に動きがみられませんが、AV1コーデック周辺でも特許問題はくすぶっています。

「おねがい、教えてちょうだい、あたしはここからどっちへいったらいいのかしら」
「それはかなり、あんたがどこへいきたいかによるなあ」とねこ。
「どこでもいいんですけど――」とアリス。
「ならどっちへいってもかんけいないじゃん」とねこ。
「でもどっかへはつきたいんです」とアリスは、説明するようにつけくわえました。
「ああ、そりゃどっかへはつくよ、まちがいなく。たっぷり歩けばね」

"Alice's Adventures in Wonderland", Lewis Carroll, 山形浩生訳より)

参考情報


  1. Electronics and Telecommunications Research Institute (ETRI) joins HEVC Advance (PDF) 

  2. IP Bridge Joins HEVC Advance 

  3. NTT, NTT DOCOMO, and SK TELECOM Join the HEVC Advance Patent Pool 

  4. HEVC Advance Announces JVCKenwood, NEC, Intellectual Discovery, and Korean Patent Investment Corporation as Newest Licensors 

  5. HEVC Advance Announces LG Becomes a Licensor and Licensee of its HEVC Patent Pool 

  6. Huawei Joins HEVC Advance 

  7. HEVC Advance Passes 10,000 Patent Milestone - announces Toshiba Corp. Joins as a Licensor 

  8. BLACKBERRY JOINS THE VELOS MEDIA LICENSING PLATFORM 

  9. 知的財産の一種である特許権は、資産として売買することが可能です。特許権を購入した企業[D]は、第三者企業[B]に対して該当特許の使用許諾を行い、その対価を徴収することで収益を得ます。 

  10. AV1コーデックは、AOM創設メンバの Google、Cisco、Mozilla それぞれが開発していた動画像コーデック VP10、Thor、Daala をベースとして共同開発されました。 

  11. https://www.mpegla.com/wp-content/uploads/HEVCweb.pdf 

  12. https://www.hevcadvance.com/pdfnew/RoyaltyRatesSummary.pdf 

  13. 2020年7月1日現在、マレーシアでの特許3件のみ残存。 

  14. MPEG LAによるH.264/AVC特許使用料には年間上限額が設定されているため、Cisco社が同上限額を支払うことで特許使用権を得られるという仕掛けです。Cisco社の"善意"ももちろん否定しませんが、同社は既に多額の(おそらく年間上限額に到達)特許料を支払っており、本業ビジネスへの影響もかんがみたビジネス判断と思われます。 

yohhoy
「なんにも知らないって、すっごくしあわせ!」--スヌーピー
https://yohhoy.hatenadiary.jp/
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