コーデック
HEVC
特許
H.265

H.265/HEVC特許暗黒時代

TL;DR 暗黒時代。H.265/HEVCの未来はさほど明るくない。


免責事項


  • 本記事ではH.265/HEVCに関する知的財産のみを取り上げるため、その技術論には一切言及しません。

  • H.265/HEVCコーデック特許問題をとりまく状況は、関連する企業・団体の動向により大きく左右されます。

  • 公知情報のみに基づくよう努力していますが、記述内容の正しさについて保証するものではありません。


特許プールとライセンサー企業・団体

2017年6月現在、少なくとも 3つの特許プール と 1つの企業 が特許権を行使しています。

これは、H.265/HEVCコーデックの利用者は 少なくとも4つの特許プール・企業と個別に契約し、それぞれに対して特許使用料を支払う 必要があることを意味します。また、明らかに関連特許を保持していると考えられるものの、現時点では権利行使の態度を明らかにしていない企業も存在します。


MPEG LA

http://www.mpegla.com/

Sep 2014, MPEG LA Offers HEVC Patent Portfolio License (PDF)

http://www.mpegla.com/main/programs/HEVC/Pages/Licensors.aspx


  • Alpha Digitech, Inc.

  • Apple Inc.

  • British Broadcasting Corporation (BBC)

  • Digital Insights Inc.

  • Electronics and Telecommunications Research Institute (ETRI)

  • Fujitsu Limited

  • Funai Electric Co., Ltd.

  • Hitachi Maxell, Ltd.

  • HUMAX Co., Ltd.

  • IBEX PT Holdings​

  • Industry – Academy Cooperation Foundation of Sejong University

  • Infobridge Pte. Ltd.

  • Intellectual Discovery Co., LTD.

  • Intellectual Value, Inc.

  • JVC KENWOOD Corporation

  • Korea Advanced Institute of Science and Technology (KAIST)

  • Korean Broadcasting System (KBS)

  • KT Corp.

  • Kwangwoon University Industry – Academic Collaboration Foundation

  • M&K Holdings Inc.

  • NEC Corporation

  • Nippon Hoso Kyokai (NHK)

  • Nippon Telegraph and Telephone Corporation (NTT)

  • NTT DOCOMO, INC.

  • Orange SA

  • Samsung Electronics Co., Ltd.

  • Siemens Corp.

  • SK Planet Co., Ltd.

  • SK Telecom Co., Ltd.

  • SungKyunKwan University Research & Business Foundation

  • Tagivan II LLC

  • The Trustees of Columbia University in the City of New York

  • University - Industry Cooperation Foundation of Korea Aerospace University

  • University – Industry Cooperation Group of Kyung Hee University

  • Vidyo, Inc.


HEVC Advance

https://www.hevcadvance.com/

Mar 2015, HEVC Advance Launches to Rally Critical Mass of Stakeholders to Deliver Next Generation Video Experiences

Oct 2017, HEVC Advance Announces Revised Royalty Rates for Lower-Priced Devices

Mar 2018, HEVC Advance Eliminates Content Distribution Royalty Fees and Reduces Certain Royalty Rates and Caps

http://www.hevcadvance.com/pdfnew/LicensorList.pdf


  • Dolby Laboratories Licensing Corporation (Affiliate of Dolby Laboratories, Inc.)

  • Dolby International AB (Affiliate of Dolby Laboratories, Inc.)

  • GE Video Compression, LLC (Affiliate of General Electric Company)

  • HFI Innovation Inc. (Affiliate of MediaTek, Inc.)

  • Koninklijke Philips N.V.

  • Mitsubishi Electric Corporation

  • Samsung Electronics Co., Ltd.

  • Warner Bros. Entertainment Inc.


  • Technicolor SA [2016年2月脱退]

  • Electronics and Telecommunications Research Institute (ETRI) [2017年9月加盟]1

  • Korean Advanced Institute of Science & Technology [加盟時期不明]

  • Korean Broadcasting System (KBS) [加盟時期不明]

  • Industry Academy Cooperation Foundation of Sejong University [加盟時期不明]

  • Kwangwoon University Industry Academic Collaboration Foundation [加盟時期不明]

  • University Industry Cooperation Foundation of Korea Aerospace University [加盟時期不明]

  • University Industry Cooperation Group of Kyung Hee University [加盟時期不明]

  • HUMAX Co., Ltd. [加盟時期不明]

  • Korean Advanced Institute of Science & Technology [加盟時期不明]

  • Godo Kaisha IP Bridge 1 [2018年10月加盟]2


Technicolor社

http://www.technicolor.com

Feb 2016, Technicolor Withdraws From The HEVC Advance Pool To Enable Direct Licensing Of Its HEVC IP Portfolio

March 2018, Technicolor Agrees to Sell to InterDigital its Patent Licensing Business



  • Technicolor SA [2018年3月権利売却]

(関連記事:May 2016, Technicolor CIPO explains why the company left the HEVC Advance patent pool


InterDigital社

https://www.interdigital.com/


  • InterDigital [2018年3月権利購入]


Velos media

http://velosmedia.com/

Mar 2017, VELOS MEDIA LAUNCHES NEW LICENSING PLATFORM TO DRIVE ADOPTION OF LATEST VIDEO TECHNOLOGIES, IMPROVE CONSUMER VIEWING EXPERIENCE (PDF)


  • Ericsson

  • Panasonic

  • Qualcomm Incorporated

  • Sharp

  • Sony

  • Blackberry [2019年1月加盟]3


現時点で権利行使を行っていない企業群

Leonardo Chiariglione Blog, A crisis, the causes and a solution


  • AT&T

  • Broadcom

  • Cisco

  • Canon

  • Disney

  • Fraunhofer

  • Huawei

  • Intel

  • KDDI

  • Microsoft

  • NICT

  • Nokia


簡易Q&A


H.265/HEVCって何?

国際標準化団体 ISO/IEC および ITU-T により標準化された、デジタル動画像データ圧縮アルゴリズム(動画像コーデック)の名称です。H.265/HEVCは従来「H.264」や「MPEG-4 Video」「MPEG-2 Video」の後継となる2017年現在で最新のコーデックです。

両団体からの共同チームにより開発されたため2個の名前を持っていますが、その技術仕様は完全に同じものです。それぞれの正式名称は次の通りですが、一般には「H.265」「HEVC」「H.265/HEVC」などと呼称されます。


コーデック特許って何?

知的財産(IP; Intellectual Property)権の一種です。H.265/HEVCコーデックには各企業・団体が保持する アルゴリズム特許 が含まれているため、同コーデックの利用者はアルゴリズム特許の権利者にその 特許使用料(Patent Royalty) を支払う必要があります。

一般に「ロイヤリティ・フリー(Royalty Free)」が明記されないコーデックでは、その利用にあたっては特許使用料の支払い義務が生じます。もちろん使用者による自己申告方式なのですが、未申告の場合は権利行使者からの訴訟リスクとなります。

国際標準に従ってコーデック(エンコーダ/デコーダ)を実装する場合に、必要不可欠なアルゴリズム特許は「必須特許(Essential Patent)」と呼ばれます。(関連はするものの必須でない特許も存在します。そのような特許の扱いについては当事者間係争が必要となります。)


何件くらいの特許が関係するの?

2018年7月付けの記事"High Efficiency Video Coding: How the video ecosystem is evolving"では、専門家による解析結果として下記数値が紹介されています。


  • 特許ファミリ 6500件 を精査した結果、993件 がHEVC関連と判明


    • 上位10企業:Sumsung[112件], Qualcomm[81件], LG[55件], SK Telecom[54件], Mediatek[54件], Huwawei[51件], NTT[44件], JVC Kenwood[33件], Sony[32件], ETRI[32件]

    • 約12%の特許ファミリで特許権の売買・移転が行われている



  • 3つの特許プールがカバーする特許文書 4200件 を、約 460 件の特許ファミリに分類


    • MPEG LA[360件], HEVC Advance[73件], Velos media[27件]



MPEG LA と HEVC Advance からは具体的な特許リストが公開されています。

一方、Velos media および InterDigital社 は特許リストを公開しておらず、どの特許請求項が抵触しうるのかは非公開となっています。


無償ソフトウェアコーデックの扱いは?

例えばFFmpegはH.265/HEVCコーデック(エンコーダ/デコーダ)を含んでいますが、ユーザはFFmpegソフトウェアを無償で入手できます。タダじゃないの?

FFmpegという「ソフトウェア実装の使用権」と、そのソフトウェアが利用する「H.265/HEVCコーデック特許の使用権」は独立した権利です。FFmpegのライセンス条項には、特許使用料については同ソフトウェア利用者の責任で解決する 旨が明記されています。FFmpeg License and Legal Considerations をよく読んでください。


特許プールって何?

コーデック必須特許の権利者から特許使用権を取りまとめ(=特許プール)、特許使用者からの特許使用料徴収を代行する団体です。契約処理や特許料請求・支払のハブとして特許行使者と特許使用者を仲介するため、双方にとって一定のメリットがあります。

特許使用者から集められた特許使用料は、その特許プールに参加する特許行使者間での寄与度合いにより配分されます。特許プールとしての特許使用料や収入分配比率は 特許行使者間で合意 される必要がありますが、ここで各社の利害関係調整に失敗することが起こりえます。状況からほぼ自明ですが、H.265/HEVCコーデックでは合意形成に失敗 しています。

参考までに、従来H.264コーデックでは単一の特許プール(MPEG LA)が形成されており、商業的にも広く成功している動画像コーデックとなっています。


利害関係がよく分からないんだけど?

H.265/HEVCコーデック技術の受益者は、大まかに下記4種類に区分できます。


  • [A] コーデックの研究開発に投資し、特許取得後に使用料収入をえる団体・企業

  • [B] コーデック利用したサービス提供や製品販売により収入をえる企業

  • [C] コーデック利用した動画配信サービスや録画・視聴製品を利用するユーザ

  • [D] コーデックに関する特許権4を[A]から譲渡・購入し、使用料収入をえる企業

一般に、特許プールは[A]に分類される団体・企業が集まって成立します。先行者有利になる点もあり、同一企業が[A]と[B]を兼ねることも一般的です。特許使用料の支払い義務が生じるのは [B] → [A], [D] 間です。

[C]は[B]が提供するサービス・商品に対価を払う一般ユーザ(つまり皆さん)です。一般ユーザが直接的に特許使用料を意識することはありませんが、通常は サービス・製品価格に上乗せ されており、間接的に特許使用料を支払っています。

[D]は技術開発時には存在しえませんが、時間経過とともに[A]の団体・企業が特許権を譲渡・売却することで生まれます。[D]は NPE(Non Practicing Entity) ないし PAE(Patent Assertion Entity)、乱暴な表現では 特許ゴロ ないし パテント・トロール とよばれる存在です。


で、何が問題なの?

特許権を行使する特許プール・企業が複数存在し、またその 特許使用料が不明確 になることから、先の区分でいう [B]コーデック利用サービス提供・製品販売を行う企業 が直接的な不利益を被ります。つまり、コーデックを利用するために必要となるコスト算出が困難となるため、ビジネス的な側面からH.265/HEVCコーデックを採用しづらいという状況が生まれます。

このような状況下では、[C]H.265/HEVCコーデックを用いたサービス・製品利用する一般ユーザ もまた間接的な不利益を被っています。つまり技術的には優れたコーデックであっても十分なサービスや製品が提供されず、代替技術や旧世代コーデックの利用を強いられることになります。


この先生きのこるのは?

残念ながら、H.265/HEVCコーデック特許問題は「コモンズの悲劇(Tragedy of the Commons)」に陥っています。それぞれの権利行使者は自身の利益最大化のために"正しく"行動していますが、その結果はH.265/HEVCコーデック普及を阻害し、権利行使者・メーカー/サービサー・一般ユーザまでも含むステークホルダー全員が"損"をしています。

このような膠着状況への対抗策として、主にH.265/HEVC特許非行使企業やコーデックを"利用する"企業が中心となって2015年9月に Alliance for Open Media(AOM) が設立されました。AOMは完全なるロイヤリティー・フリーをうたう動画像コーデック AV1 を開発し5、Internet上での利用を中心として急速に普及を推し進めています。

(参考:AOM AV1コーデックと特許管理, AV1コーデックメモ

一方、H.265/HEVC特許使用料を妥当な範囲におさえる努力として、特許利用企業が参画する Unified Patents の活動があげられます。NPEによる不当な特許使用料徴収に対抗・牽制するため、NPE保持特許への特許無効化手続き(IPR; Inter Partes Review)を行っており、特許訴訟数が減少するなど一定の効果が表れています。なお同組織はコーデックだけではなく、他IT産業分野においても同様の防衛サービスを提供しています。

MPEGの創設者として30年以上議長を務めてきた Leonardo Chiariglione 氏により、2018年1月付けのブログ記事"A crisis, the causes and a solution"が公開されました。同記事中では「特許収入を前提とするMPEGビジネスモデルは終焉を迎えた(the old MPEG business model is now broke)」ことを認めています。

H.265/HEVCコーデックがおかれている現状から、次世代MPEGコーデックH.266/VVCにおいても同じ悲劇が繰り返されないよう2018年9月に The Media Coding Industry Forum(MC-IF) が設立されました。同フォーラムにはHEVC Advance、Velos media、InterDigital社も参画しています(MPEG LAは非加入)。多数企業の利害が複雑に絡むため決して楽観視できませんが、少なくとも変化の兆しが現れたと解釈してよいでしょう。

異なる方向性のアプローチとして、ライセンス・フレンドリ(licensing-friendly)を掲げたMPEG-5 EVC(Essential Video Coding)の開発も始まりました。20年以上経過して枯れた要素技術のみで構成しつつ、現行H.265/HEVC程度のデータ圧縮性能を目指しています。2018年10月のRequirements公開から2020年1月の最終ドラフト(FDIS)に向けて、映像コーデック研究開発としては異例のスピード目標となっています。

これまでMPEG系コーデックが市場を支配し、同時に技術革新をもたらしてきた事実は間違いありません。しかしH.265/HEVCの現状を踏まえると、今後AOM AV1コーデックのようなロイヤリティフリーモデルが普及するのか、次世代MPEGコーデックが市場支配力を持ち続けられるかは、時間とマーケットが結論を出していくものと思われます。


参考情報





  1. Electronics and Telecommunications Research Institute (ETRI) joins HEVC Advance (PDF) 



  2. IP Bridge Joins HEVC Advance 



  3. BLACKBERRY JOINS THE VELOS MEDIA LICENSING PLATFORM 



  4. 知的財産の一種である特許権は、資産として売買することが可能です。特許権を購入した企業[D]は、第三者企業[B]に対して該当特許の使用許諾を行い、その対価を徴収することで収益を得ます。 



  5. AV1コーデックは、AOM創設メンバの Google、Cisco、Mozilla それぞれが開発していた動画像コーデック VP10、Thor、Daala をベースとして共同開発されました。