はじめに
あらためて調べてみましたが、 AI の企業活用は着実に広がりを見せているようです。
帝国データバンクが 2026 年 3 月に実施した調査では、 AI を業務で「活用している」企業は約 35% に達し、活用企業のうち約 87% が何らかの効果を実感していると回答しています1。
ビジネスサイドにおいても、AI の活用そのものは、実感として特別なことではなくなっている印象があります。
その一方で、ビジネスサイドで現状 AI が担っている役割の多くは、既存業務の効率化にとどまっているケースも多いのではないでしょうか。
先の帝国データバンクの調査でも、生成 AI の活用用途としてもっとも多いのは「文章の作成・要約・校正」 (約45%) で、次いで「情報収集」 (約22%) が続き、事業のあり方そのものに関わる「企画立案時のアイデア出し」は約 11% にとどまります1。
PwC Japan が 2025 年に公表した生成AIに関する実態調査のタイトルは、「進まない変革」でした2。
2026 年版では「AI変革は選択肢から生存条件へ」と題し、競争軸が「導入」から「効果創出」と「成果還元」にシフトしたことを指摘しています3。
パーソル総合研究所の調査でも、タスクレベルでの効率化だけでは、組織全体の生産性向上には繋がりにくいことが示唆されています。4。
個々の作業はAIによって速くなっているものの、ビジネスプロセスそのものを AI を前提に設計し直す「 AI ネイティブ」なフェーズには、まだ到達していない企業が多そうです。
この記事では、事業開発という領域に絞り込み、事業開発サイクルの AI ネイティブ化のために、まず必要なことを自分なりに考えてみたいと思います。
事業開発とはなにか
グロービスのまとめによれば、事業開発とは新たな事業価値を見つけ、「顧客への価値」と「自社の経済価値」を同時に最大化させることを目的とした機能であり、市場検証からビジネスモデル設計、パートナー連携、組織化までを横断的に担います5。
自分なりに整理すると、事業開発とは、自社が保有するアセット(技術、データ、顧客基盤、ノウハウなど)をベースに、自社にとって新たな価値を提供できる可能性が高い市場や顧客セグメントを見出し、その可能性を現実のものへと変えてゆく試みだと捉えています。
イメージしやすい例として、 AWSがあげられるでしょう。
AWS はもともとクラウド事業を作ろうとして生まれたものではありません。 Amazon が自社の EC サイトを成長させる過程で内製した、 IT インフラ基盤がその出発点です。
社内向けに構築した技術資産を、外部の顧客セグメントに適合させることで、 自社にとっての新たな成長エンジンへと転換しました6。
同様の構造は、富士フイルムのヘルスケア事業の立ち上げにも見て取れます。
写真フィルム事業がデジタル化によって縮小するなか、同社は全社的な技術の棚卸しを行い、全く異なる顧客セグメントに技術の活用を適合させました。7。
いずれの事例にも共通するのは、「すでに社内にある資産を、外部に向けてどう再解釈するか」という問いではないでしょうか。
事業開発とは、ゼロから何かを生み出す仕事というより、既存の社内アセットと、現状では接点がない(あるいは薄い)市場や顧客との間にリレーションを構築する仕事ではないかと考えています。
事業開発のサイクル
事業開発は一度の意思決定で完結するものではなく、継続的な PDCA サイクルにより進んでゆきます。
実務に即した形として、以下のような5段階のサイクルで整理される例もあります8。
- 課題整理: 構想を言語化し、目標と成功指標を定める
- 技術検証・PoC設計: 技術的な選択肢を洗い出し、小さなPoCで仮説検証する
- スコープ確定・体制構築: PoC の結果を踏まえてスコープと優先順位を確定し、体制を組む
- 開発・推進: 事業判断と技術判断を並行させながら進める
- 運用・改善: リリース後の KPI とフィードバックをもとに継続的に価値を高める
不確実性が高い事業開発において、仮説構築・検証・評価・意思決定というサイクルを、いかに素早く、精度高く回せるかがポイントではないかと考えています。
事業開発の AI ネイティブ化のためにまず必要なこと
ここまで見てきたサイクルを、 AI を前提として回すためには何が必要でしょうか。まずデータ基盤の整備が必要そうです。
生成AIが、文章作成や情報収集などの個別タスクの効率化にとどまっている現状は、ビジネスを前へ進める意思決定に必要な情報が、 AI にとって参照可能な形で構造化されていないことの表れなのかもしれません。
事業開発のサイクルを回すために必要な情報は、大きく3つに整理できると考えています。
既存のプロダクトやソリューションに関するデータ
パフォーマンス指標、利用率、解約率などの定量データと、顧客からのフィードバック、問い合わせ内容、レビューなどの定性データに大別できるでしょう。
顧客チャネルに関するデータ
WEB会議システムによる打ち合わせ、対面での打ち合わせ、電話、メール、チャットツールなど、あらゆる顧客接点で発生するコミュニケーションデータは、重要な社内アセットと言えるでしょう。
ノウハウ・ナレッジに関する情報
社内の日々の議論、情報共有、検討過程における意思決定の記録など、属人化しやすい暗黙知も、事業開発における貴重なアセットの一つだと考えられます。
これら3種類の情報を AI が参照できる状態に整えることこそが、事業開発の AI ネイティブ化の出発点だと考えています。
その先の未来
データ基盤を構築し、事業開発における諸々のサイクルが AI で回るようになったその先では、「いかにして意思決定をしていくか」が問われる気がしています。
先日、事業開発には、コアとなる技術と、事業開発を推進するための熱意の両方が欠かせないという話を聞きました。経験上の肌感覚になりますが、その通りだと感じました。
不確実性が高い状況下における意思決定に必要なのは、合理性だけでなく、選択を自分たちで正解にしていくという熱意があってこそ、推進力とスピード感が生まれるのではないかと思います。
新たな事業を前に進めるためには、社内外の様々なステークホルダーと根気強く対話し、価値観をすり合わせ、リソースを引き出し、ときには反対意見と向き合いながら合意を形成していくなど、現状では人間にしかできない泥臭いプロセスが必ず存在します。
AI によって仮説構築・検証・評価を高速に回し、得られた示唆を活かして、人間は熱意をもってひたすら意思決定と向き合い続ける。
そんな未来がやってくるかもしれないと想像しています。