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「メイン事業の死」を乗り越えた富士フイルムに学ぶ、生成AI時代のエンジニア生存戦略

Last updated at Posted at 2025-12-17

自己紹介

レアゾンHDの中津留です。個人的に組織論などを学習しており、その時の備忘録です。
昨今、生成AIがブームですが、このブームが過ぎ去った後にどんな世界が待っているのか?をたまーに考えてます。
こういう場合は、たいてい歴史は繰り返されるので、過去の出来事を振り返ると今やるべきことが見えてきます。

今回は、アナログからデジタルに移り変わる時に、企業体質を変革させた「富士フィルム」を見ていきたいと思います。
時代の波に呑まれてしまった米コダック社と何が違ったのか。時代の波を乗り越えた工場のエンジニアたちは、どのようにして自分の古いスキルセットを新しい時代に適応させて、変革させていったのか。それを考えてみたいと思います。


忙しい人へ

この文章では、アナログからデジタルに移行する過程を経験した技術者がどのようにスキルセットを変容したかを紹介しているよ。
生成AIがどのように産業効率を変えるかを示した論文、Brynjolfssonら (2025)1の研究によると低スキルの人には効果があったが、高スキルの人には効果があまりなかったよ。
自分の持っているスキルをどう転用させていくかを考えることが大事だよ。


はじめに:「仕事を奪われる」と感じたことはあるか

生成AIの台頭により、コーディングという「専門技能」の価値が揺らいでいます。この状況は、2000年代初頭に「写真フィルム市場の消滅」という構造的断絶に直面した富士フイルムの状況と似ています。

本記事では、当時の富士フイルムがいかにして危機を脱したかを、 「組織の事業転換(経営の論理)」「エンジニアのスキル転用(個人の論理)」 の2つのレイヤーに分けて分析し、現代のエンジニアが取るべき戦略を考察します。


1. 経営の「Sensing」:絶頂期に発された強烈な危機感

富士フィルムがどのようにして変化対応能力(ダイナミック・ケイパビリティ)2の第一歩を踏み出したのか?それは環境変化の 「感知(Sensing)」 です。 当時のCEO古森重隆氏3が特異だったのは、写真フィルムの売上が過去最高を記録していた2000年の段階で、デジタル化による市場崩壊を確信していた点です。

彼は、まだ利益が出ている段階で、全社員に向けてこう発信し続けました。

「本業が好調なうちに次の柱を作らねば、座して死を待つのみである」

多くの企業が「茹でガエル」になって死んでいく中、この 「座して死を待つのみ」 という強烈な言葉が、組織の現状維持バイアス(Inertia)を破壊しました。 経営層は、この危機感のもと、手持ちの手段(Bird-in-hand)を組み合わせて新事業を作る「エフェクチュエーション」4の実践へと舵を切ります。


2. 現場の心理:「高すぎるプライド」が変化の原動力になった

経営層が危機感を煽っても、通常、現場の職人は「俺の仕事を変えるな」と抵抗します。しかし、富士フイルムのエンジニアは違いました。 ここで重要になるのが 「組織効力感(Organizational Self-Efficacy)」5 です。

当時の技術者は、ナノレベルの粒子制御や薄膜塗布において世界最高峰の技術を持っていました。彼らは 「自分たちは世界一の化学屋だ」という強烈なプロフェッショナルとしてのプライド を持っていたのです。

一般的に「プライドが高い職人」は変化を嫌うと思われがちです。しかし、彼らのプライドの源泉は「フィルムを作ること」ではなく、「どんな化学的課題も解決できること」 にありました。

「俺たちは写真屋じゃない、世界一の化学屋だ。だから化粧品だろうが医療だろうが、俺たちが作れば世界一になるに決まっている」

この 「個人のプライドの高さからくる組織効力感の高さ」 こそが、未経験領域への恐怖を打ち消し、ダイナミック・ケイパビリティ(変容力)を現場レベルで支えたのです。


3. 【個人の視点】エンジニアの生存戦略としての「スキルの抽象化」

では、その時現場のエンジニアはどうしたのでしょうか。
彼らは事業開発のプロではありません。昨日までフィルムを作っていた化学エンジニアです。彼らが行ったのは、事業開発ではなく 「自身の技術的アイデンティティの再定義(スキルの抽象化)」 でした。

「What」から「How」への書き換え

彼らは、「自分は何を作っているか(製品)」という定義を捨て、「自分はどんな技術操作に長けているか(機能)」という一段高いレイヤーへ認識をシフトさせました。

従来のアイデンティティ
(製品依存)
抽象化されたスキルセット
(機能的価値)
新しい適用先
(経営が作った新事業)
写真フィルムの薄膜塗布屋 ミクロン単位で均一な膜を作る技術 液晶ディスプレイ用フィルム
写真の酸化防止剤屋 活性酸素(フリーラジカル)の制御技術 アスタリフト(化粧品)
画像の色調補正屋 人間が見やすいパターン認識と強調技術 医療用画像診断システム

ここでのポイント:
エンジニア個人が新しいビジネス(化粧品)を思いついたのではありません。経営がエフェクチュエーションで作った「新しい箱(事業)」に対して、エンジニアが 「自分のスキルはこの箱の中でこう役に立つ」と翻訳(抽象化)して適応した のです。

「写真の色あせ」と「肌の老化」が化学的に同じ「酸化」であると見抜いたエンジニアは、自身のスキルを「写真守り」から「肌守り」へ転用することに成功しました。


4. 【経営の視点】事業開発としての「エフェクチュエーション」

当時のCEO古森重隆氏が直面したのは、売上の6割が消滅するという確実な未来でした。ここで経営層が取った行動は、サラス・サラスバシー教授が提唱する 「エフェクチュエーション(Effectuation)」 のプロセスそのものでした。

これは「予測に基づく計画」ではなく、「手持ちの手段(Bird-in-hand)」から新しい市場を創造するアプローチです。

  • Bird-in-hand(手持ちの手段):6
    「我々には何があるか?」 $\rightarrow$ 写真フィルムで培った20万種の化合物ライブラリ、ナノレベルの粒子制御技術、抗酸化技術がある。
  • Lemonade(レモネード): 7
    「デジタル化(敵)をどう利用するか?」 $\rightarrow$ 液晶ディスプレイには保護フィルムが必要だ。デジタル化が進むほど売れる部材を作ろう。
  • Crazy Quilt(クレイジーキルト): 8
    「誰と組むか?」 $\rightarrow$ 自社にない創薬ノウハウを持つ企業や、臨床現場の医師たちとパートナーシップを結ぶ。

経営層はこの論理で、「写真フィルム会社」を「ヘルスケア・高機能材料カンパニー」へと強引にピボットさせました。


5. 「Generative AI at Work」が示す、現代の「スキルの平準化」

時代は飛び、現代。生成AIの登場は何を変えるのでしょうか。
2025年の論文『Generative AI at Work』1 は、残酷な事実を突きつけています。

  • 低スキル層: AIを使うことで生産性が34%向上
  • 高スキル層: 生産性向上はほぼゼロ

これは、「特定のタスク(コードを書く、定型的なバグを直す)における熟練の価値」が暴落していることを示しています。かつて富士フイルムの技術者が「フィルム製造の熟練工」であることに固執していたら生き残れなかったように、現代のエンジニアも「特定言語のコーディングの熟練工」であるだけでは、その価値はAIによって平準化されてしまいます。

この論文は、ChatGPT 3.0の導入によって、あるFortune 500企業(1社)のコールセンター業務の生産性がどの程度向上したかを調査したものです。調査対象は5,179名のカスタマーサポート担当者です。なお、最新のモデルや他社、あるいは職種が異なる場合には、結論は変わる可能性があります。


6. 現代のエンジニアがすべき「スキルのピボット」

富士フイルムの事例とAIの論文から導き出される、個人の生存戦略は以下の通りです。

Step 1: 手持ち技術の抽象化(Abstraction)

「Javaが書ける」「Reactが使える」というレイヤーから脱却し、自分のスキルを抽象化します。

  • × Javaエンジニア $\rightarrow$ ○ 大規模システムの堅牢なアーキテクチャ設計者
  • × SQLが書ける $\rightarrow$ ○ データの整合性とビジネス価値を繋ぐデータモデラー

Step 2: AIへの委譲と「目利き」へのシフト

論文が示す通り、「書く作業」はAIが得意です。人間は、AIが生成したものが「事業的に正しいか」「セキュリティ的に安全か」を判断する 「目利き(Judegment)」 と、AIが学習していない未知の課題を解決する領域へシフトする必要があります。


7. 【環境の選択】 個人がピボットしやすい組織とは

しかし、個人の努力だけでスキルの転用は完結しません。
富士フイルムのエンジニアが活躍できたのは、経営層が「化粧品」や「医療」という 新しい転用先(事業) を用意したからです。

現代において、エンジニアが「スキルのピボット」を実践しやすい環境として、手前味噌ながらレアゾン・ホールディングスのような企業は一つの解だと考えています。

事業エフェクチュエーション × エンジニアの適応

レアゾンの特徴は、経営レベルでの事業開発と、現場レベルでのスキル転用がセットで機能している点です。

経営による多産多死の事業開発
広告代理業で稼いだ資金(Bird-in-hand)を元手に、フードデリバリー(menu)、ゲーム、AIと、全く異なる領域へ次々と事業を広げています。

エンジニアに求められるスキル転用
事業領域が流動的であるため、エンジニアには「特定技術の専門家」であること以上に、「事業が変わっても通用する課題解決能力(抽象化されたスキル)」が求められます。

「会社が事業をピボットさせ、エンジニアがそれに合わせてスキルをピボットさせる」。
このサイクルが高速で回っている環境こそ、AI時代に個人のダイナミック・ケイパビリティを鍛える最適な「道場」ではないでしょうか。

8.結論:AIネイティブ世代の襲来に備えて

最後に、経営層およびシニアエンジニアに突きつけられている、もう一つの現実にも触れておきます。
それは、「AIを空気のように使いこなす新卒世代(AIネイティブ)」 の台頭です。

今の学生にとって、実装で生成AIを使うことは「カンニング」ではなく、検索エンジンを使うのと同じ「当たり前の作法」です。彼らは最初から「どうAIに指示すれば動くものができるか」という指揮官(Director)のマインドセットで訓練されています。

もし私たちが「AIを使わずに手で書いてこそ勉強だ」という 「昭和の精神論(組織のイナーシャ)」 を押し付ければ、優秀な人材は去り、組織には変化を拒む人だけが残るでしょう。かつてコダックがデジタルカメラを軽視したように。

「本業が好調なうちに次の柱を作らねば、座して死を待つのみである」

この言葉は、企業経営だけでなく、私たち一人ひとりのエンジニアキャリアそのものに向けられた警告なのです。


▼新卒エンジニア研修のご紹介

レアゾン・ホールディングスでは、2025年新卒エンジニア研修にて「個のスキル」と「チーム開発力」の両立を重視した育成に取り組んでいます。 実際の研修の様子や、若手エンジニアの成長ストーリーは以下の記事で詳しくご紹介していますので、ぜひご覧ください!

▼採用情報

レアゾン・ホールディングスは、「世界一の企業へ」というビジョンを掲げ、「新しい"当たり前"を作り続ける」というミッションを推進しています。 現在、エンジニア採用を積極的に行っておりますので、ご興味をお持ちいただけましたら、ぜひ下記リンクからご応募ください。

  1. Brynjolfsson, E., Li, D., & Raymond, L. R. "Generative AI at Work". The Quarterly Journal of Economics, 2025. 2

  2. Teece, D. J. "Explicating dynamic capabilities: the nature and microfoundations of (sustainable) enterprise performance". Strategic Management Journal, 2007.環境に合わせて、企業が自らを変革する能力のこと。感知・捕捉・変容の3つの要素に分かれると言われています。感知:市場の変化、顧客ニーズの推移、競合の動き、技術革新などの「脅威」や「機会」をいち早く察知すること。捕捉:感知したチャンスを逃さず、ヒト・モノ・カネといった経営資源を動員して捉えること。変容:競争優位を保つために、組織や資源の組み合わせを大胆に再構築し、組織自体を作り変えること。

  3. 日経ビジネス「敗れざる者たち:富士フイルム古森重隆」, 2018年.

  4. Wood, R., & Bandura, A. "Social Cognitive Theory of Organizational Management". Academy of Management Review, 14(3), 361-384, 1989. 社会的認知理論を組織管理に応用した重要論文。組織内において、達成体験(Mastery Experiences)がいかに個人の自己効力感を高め、それが組織全体のパフォーマンスや困難な状況への適応力に繋がるかを論じている。

  5. Sarasvathy, S. D. "Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency". Academy of Management Review, 2001.
    エフェクチュエーション:優れた起業家が、予測不可能な状況下でどのように意思決定し、行動しているかを体系化した思考ロジックのこと。ヴァージニア大学のサラス・サラスバシー教授が発見した理論で、一言で表すと 「ゴールから逆算するのではなく、今ある手持ちの手段から何ができるかを考える」 アプローチです。従来の考え方「コーゼーション(因果論)」との対比。
    例)料理をするとき
    従来の考え方:レシピや予定を重視
    「今夜はカレーを作ろう(目的)」と決め、スーパーに行って必要な材料(手段)を買ってくる。
    エフェクチュエーション:冷蔵庫の中身ありき。現状やコントロールできることを重視
    「冷蔵庫に余っている野菜と肉がある(手段)」のを確認し、「これを使えば肉野菜炒めか、皿うどんができそうだ(結果)」と考える。
    以下、3つの法則の他にAffordable Loss(許容可能な損失の原則)、Pilot in the Plane(飛行機のパイロットの原則)が存在する。

  6. 手持ちの手段:Bird-in-hand
    何が必要か、ではなく今あるリソースからスタートする。掌中の鳥は叢中の二羽に勝る(A bird in the hand is worth two in the bush)

  7. レモネードの法則
    予期せぬトラブルや失敗を、新しい事業のヒントとして活用する。災い転じて福となす(When life gives you lemons, make lemonade)

  8. クレイジーキルト
    ジグソーパズルのようにあらかじめ決まった答えがあるわけではなく、ハギレを組み合わせて美しい柄ができるパッチワークのようにパートナーシップによって事業の方向性を決めていくアプローチ。

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